飛べない天使

紫月音湖(旧HN/月音)

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第2章 夢のかけら

芽生える思い・1

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 石畳の上に描かれた魔法陣が淡く光を放ち始めた。その上にぽつぽつと集まり始めた小さな光の粒が人らしき形を留めるくらいにまで大きく膨らんだかと思うと、中から真っ白い二枚の翼が光を弾かせて飛び出した。
 長い階段。足元の魔法陣を取り囲むように建つ四本の柱。見覚えのある風景をぐるりと見回して、シェリルは崖の上に建つ月の宮殿へと視線を向ける。

「何だか随分遠回りしたみたいだな」

 その声に首を巡らせたシェリルは、ひとりでさっさと階段を降りていくカインの姿を見つけて慌てたように後を追った。

「アルディナ神殿じゃ、お前がいなくなって大騒ぎしてるだろうな」

「そうだわ。一度帰らなきゃ。でも、その前にセシリアさんに報告しに行かないと」

 一度ここから転がり落ちそうになった事があるシェリルは、注意深く階段を降りながらちらりと月の宮殿へ目を向けた。

 シェリルが女神に会う為に極秘情報まで教えて協力してくれたセシリアは、シェリルたちの行動を知る権利がある。それにシェリルもセシリアに話しておかなければならない事がたくさんあった。
 夢のかけらを手に入れた事はもちろん、その他にもルシエルに仕えていると言うディランの存在。ロヴァルの傷を治した不思議な力。そして、カインの左耳のピアスについても。

「俺は行く所がある。セシリアの所へはお前ひとりで行ってくれ」

 思っても見ない言葉に顔を上げたシェリルが、前を歩くカインの背中に思わず手を伸ばした。その手をすり抜けたカインはあっという間に人ごみに埋もれて消え、シェリルはひとりその場に取り残された形となる。

「ちょっと、カイン!」

「終わったらルーヴァの家で待ってろ。変な薬飲まされんじゃねーぞ」

 一度も振り返らなかったカインに、シェリルがむっとして頬を膨らませた。

「何なのよっ!」

 時には妙に優しくなってシェリルの胸を騒がせたかと思うと、今度は突き放したようにそっけない態度に出る。その度にシェリルの心はかき乱されてしまい、自分でもどうしたいのかが分からなくなってしまう。
 行き交う人の波にかき消され、既に見えなくなってしまったカインの姿を未練がましく探している自分に気付いて、シェリルは頭を強く左右に振った。

(知らない! あいつがどこに行こうと私には全然関係ないんだからっ!)

 自分の中からカインを追い出そうとして心の中で叫んだ言葉は、逆にシェリルの脳裏にブロンドの髪と真っ赤な口紅を思い出させた。

(まさか、リリスのところへ?)

 そこまで考えてびくんと目を開いたシェリルのすぐ前に、同じ色をした影があった。
 いつのまにか考え込みながら歩いていたらしいシェリルは、突然目の前に現れた人影を避ける事が出来ずに勢いよくぶつかってしまった。

「きゃっ!」

 思いっきり顔面からぶつかったシェリルは、何か硬いものに打たれた鼻を手で押えながら、よろけた体を何とか真っ直ぐ立て直す。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 少し赤くなってしまった鼻をさすりながら顔を上げたシェリルの前に、何となく会いたくないと思っていた人物が立っていた。

「あら、あなた」

 見事なブロンドの髪に真っ赤な口紅。そして少し癖のある強い香りが、シェリルの頭の芯にまで響く。まるで燃えるような真紅の薔薇の香り。

「確か、あの時カインと一緒にいた……。やっぱりあなたが落し子だったのね」

 言いながらリリスはシェリルの額についた三日月の刻印をじいっと見つめて、そしてふっと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「カインが落し子と出かけたって噂になってたからちょっと心配してたけど、相手があなたじゃその必要もなかったみたいね。少しはマシになったけど、田舎臭さは十分残ってるわよ。女なら化粧くらいしなさい」

 馬鹿にしたような笑みを向けたまま、リリスが持っていた魔道士の杖でシェリルの鼻をつんっと軽く叩く。

「痛っ!」

「顔に傷を作るものじゃなくてよ」

 打身で赤くなった鼻を治してくれるのかと思えばただ悪戯に触っただけで、リリスはそのままシェリルにくるりと背を向けた。かと思うともう一度振り返って、今度は鋭く尖った刃のような瞳でシェリルを真っ直ぐに睨みつける。

「カインに手を出したら許さないわよ。人間であろうと容赦しないわ」

 シェリルの反論を押さえ込んで強い声音でそう言ったリリスは、再び何事もなかったようにあの妖艶な笑みを浮かべて、シェリルの前から溶けるように消えた。
 リリスの変わり様に驚いて結局一言も言い返せなかったシェリルは、暫く立ち尽くしたまま呆然としていたが、やがて胸の奥からふつふつとこみ上げてくるものを感じて、きゅっと強く唇を噛み締めた。

(何っ! どうしてあそこまで言われなくちゃならないの! 大体リリスだってカインの恋人じゃないはずなのにっ)

 心の中でそう叫んだシェリルは自分の内に潜む黒い感情に気付いて、思わず口元に手を当てた。

「……私」

 今まで感じた事のない黒い炎のような感情を消し去ろうとして、シェリルが胸いっぱいに空気を吸い込んだ。何度か頭を振って気持ちを入れ替えようとしてみたものの、一度芽生えた思いは簡単に消えてはくれず、シェリルの胸の奥に深い痕跡を残すだけだった。

「私……きっと物凄く嫌な顔してる」

 泣きそうな声で呟いて、シェリルは諦めたように重い足を引きずりながら月の宮殿へと歩いて行った。
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