21 / 114
第2章 夢のかけら
闇の従者・3
しおりを挟む
「ロ、ヴァル。私……落し子なんかじゃ、なかったわ」
見開いた瞳からぽろぽろと涙を零して呟くセレスティアに、ロヴァルが思わず足を踏み出した。そのロヴァルの肩を掴んで、カインが力任せに引き戻す。
「あれはもうお前の知ってるセレスティアじゃない。行けば殺されるぞ」
「ロヴァル? どうしていつものように、抱きしめてくれないの? 私がっ、私が嘘をついたからっ」
両手で頭を抱えて蹲ったセレスティアの中から、不気味な鼓動音が鳴り響いた。水に濡れたようにねっとりとした音は不安定にセレスティアの中を駆け巡り、彼女の体をがくがくと激しく震わせていく。
「セレスティア!」
「……こ、こは……暗くて……とても寒い」
唇から零れる音は低くしゃがれた声となり、頭を抱えていた両手には真っ黒な爪が伸び始める。その手がめきめきっと音を立てて、一気に巨大化した。浮き上がった血管は早く短く不安定に脈打ち、今にも弾けそうに血の色を透かしている。
「誰もいない。あ……あ……私はまた……ひとりで、朽ち果てていくの?」
頭を抱え俯いていたセレスティアがゆっくりと顔を上げて、涙に濡れた瞳をロヴァルへ向けた。
「……ロヴァル。ロヴァル、助けて……。私にはもう、あなたしかいないの」
「セレスティア!」
愛しい名前を呼んで、ロヴァルがセレスティアへと駆け出した。救いを求めて伸ばされた手を握り、震える体を抱きしめて、セレスティアの名を何度も何度も繰り返し呼ぶ。そのロヴァルの腕の中で、涙を流していたセレスティアの瞳がぐるんと回転して真紅に染まった。
「セレスティア。俺はずっとそばにいる」
「――――うれしい」
しゃがれた声で呟いて、セレスティアがロヴァルの背中へ手をまわした。その巨大な手に生えた黒い爪がロヴァルの背中めがけて勢いよく振り下ろされた瞬間。
「この馬鹿がっ!」
カインの怒号にロヴァルが顔を上げるより早く、腕の中のセレスティアが耳を突くほど鋭い声で絶叫した。
「ぎゃあああっ!」
身も凍るような悲鳴を上げてロヴァルの腕の中から飛び出したセレスティアが、失った右腕を抑えながらカインをぎろりと睨みつた。カインの剣によって切り落とされた腕からはぼたぼたと黒い塊が零れ落ち、それは地面に落ちる前に黒い死者の影となり空に浮遊していく。
「おのれっ!」
血色の目を向けてカインを見据えるセレスティアの腕からは延々と死者が溢れ出し、辺りは一気に暗黒の影に埋め尽くされる。
「セレ、ス……」
「ロヴァル! いい加減に目を覚ませ!」
「……セレスティアが望むのなら、死んでもよかった」
俯いた視界に映る、セレスティアの右手。膨れ上がり、血管を浮き上がらせたそれは、誰が見ても人の手ではない。まだ生温いその手に触れて、ロヴァルが悲しそうに目を伏せる。その背後では、苛立ちを押さえきれないカインが、耐え切れずに怒鳴り声を上げた。
「いい加減にしろ! あれがお前のセレスティアだと思うのかっ!」
――――ロヴァル。
遠くにセレスティアの声を聞いたような気がして、ロヴァルが項垂れていた頭をぱっと上げた。絶望に沈んだ力ない瞳に映るのは、切れた右腕から死者の影を垂らし続けるセレスティアの姿。
――――否。
そこにいるのはセレスティアの姿をした魔物だった。
「……セ、セレス」
「ヴ……ア……アアアッ!」
ロヴァルがその名を口にする前に、セレスティアの絶叫が空を埋め尽くす死者の影を大きく震わせた。影はそれぞれ口を大きく開けて恨めしい声で泣き叫び、じわりじわりと隣の影に溶け合い始める。融合し、膨張し、泣き叫びながらひとつの巨大な影に姿を変えていく。
「ウオオオオッ……――――!」
瞳もなく穴を開けただけの眼窩から血の涙を流し、泣き叫ぶ大きな口から真っ黒な瘴気を垂れ流す巨大な死者の影。
霧のように広がりながら辺りを包んだ瘴気は、そこに植えられた木々や教会の残骸さえも一瞬にして風化させていく。みるみるうちに干からびて崩れていく木々に目を見開いたカインが、嫌悪感をあらわにして空に伸びた死者の影を見上げた。
「最悪だな」
死者の影はセレスティアの叫びに合わせて所構わず瘴気を噴出し、その度に木々や家が粉々になり風に崩れ去っていく。死者の影を操るセレスティアは正気を失い、完全な魔物と化している。このままではカザールが風化し、消えてなくなるのも時間の問題だ。
「おい、ロヴァル」
隣で呆然とセレスティアを見つめていたロヴァルは、その声にやっと目を覚まして数回強く頭を振った。
「俺があの影を抑えているうちに、お前はセレスティアを……倒せ」
低い声でそう言って、自分の剣を強引にロヴァルの手に握らせる。背中の羽をふわりと広げて地面を蹴ったカインが、高度を上げる前に一度だけ背後のシェリルへと視線を向けた。
「シェリル、お前はどっか遠くに離れてろ」
「え……ちょっと待って、カイン!」
「ついて来るな。足手まといだ!」
反射的に踏み出していたシェリルの足が、カインの一言でぴたりと止まる。何も言う事が出来ずにただ上を見上げたシェリルの前で、カインはふいっと後ろを向いてそのまま死者の影の方へ飛んで行った。
誰かを守りながらでは戦えない。ついて行った所で、足手まといになるのは目に見えていた。足手まといだとはっきり言われ、分かりきっていた事なのにシェリルの胸がずきんと痛む。
「……そんな事、分かってるわよ」
『ロヴァル』
手に握りしめた剣の重みを感じながら、ロヴァルは目の前で蠢くセレスティアを真っ直ぐに見つめていた。
カインに切り落とされた腕からは今も黒い影が溢れ出し、白い肌は赤い血管に埋め尽くされ、そこにセレスティアの面影は少しもなかった。
「……セレスティア」
呼んでも、あの声は戻って来ない。響くのは狂ってしまったセレスティアの心の声だけ。
「ヴアアアアアッ!」
『イヤッ! 死ヌノハ嫌ダッ! ヒトリデ逝クノハ』
轟音を上げて死者の影が更に大きく膨張した。それはまるでセレスティアの悲しみと恐怖を糧として成長しているようにも見える。
空の高い所まで上昇したカインは足元で蠢く影の暴走を食い止める為、両手を向けて呪文を唱え始めた。それに合わせて具現した光の粉は、カインの手のひらから真下の死者へ雨のように降り注ぎ、そこに薄く透き通った光の結界を張り巡らせた。
結界によってそれ以上広がる事を止められた影がその中にどんどん凝縮され、結界の中はあっという間に黒く染まる。カインが結界を制御しているとは言っても、更に溢れ出てくる影が結界を突き破るのは時間の問題だ。影を消滅させるには、セレスティアを倒す以外に、もう手段はない。
『皆……離レテ行ク。誰モ戻ッテハ来ナイ。私ハ、落シ子デハナカッタノダカラッ。既ニ、コノ世ノ者デハ、ナカッタノダカラッ!』
ぴしっと音を立てて、結界に亀裂が走った。それを慌てて止めたカインの額から汗が流れ落ちる。いくら天界戦士最強の腕を持つカインでも、たったひとりで死者の影とセレスティアを倒す事は出来ない。
結界を解けばそれこそカザールなど一瞬で崩れ去ってしまう。かと言って、このまま影を抑え続ける事も出来ない。
「くそっ。ロヴァル、何してる! 早くやれっ!」
真下でセレスティアと向かい合ったまま、剣を握るだけで動こうとしないロヴァルに痺れを切らしたカインが怒鳴り声を上げた。
『私ヲ……殺スノ……?』
低い呻き声に隠れてかすかに届いたセレスティアの声に、ロヴァルが緩く首を振る。
「……ない。……出来るわけがない。俺はっ……――――お前を愛している俺が、お前を殺せるわけないだろっ!」
見開いた瞳からぼろぼろと涙を零しながらカインの剣を放り投げたロヴァルが、そのままセレスティアの体を強く抱きしめた。
「この馬鹿! 早く剣を取れ!」
「……悪い、カイン。でも、こいつはセレスティアだ。……俺の愛した女なんだ」
激しく震えるセレスティアの体をきつく抱きしめたロヴァルに、死者の影が獲物を見つけた獣のように群がり始める。足も腕も影に掴まれ凍るような感覚に包まれながら、それでもロヴァルはセレスティアを離そうとはしなかった。
「ずっと一緒だと……約束したから」
『コンナ私ノ……側ニ居テクレルト、言ウノ? ……アナタガ』
「当たり前だ。お前が何者でも構わないと言った事を忘れたのか? セレスティア」
腕の中でただ震えるばかりのセレスティアに頬を寄せ、優しく髪をなでながら、ロヴァルは静かに目を閉じる。
『せ、れす……てぃあ? ソレガ、私ノ……名前?』
「そうだ。お前は魔物でも死者でもない、ただのセレスティアだ。そして、俺の女なんだよ」
『アナタハ……トテモ温カイ。一緒ニ居ルト、満タサレル。……ズット、一緒ニ居テクレルノデショウ?』
背中にセレスティアの長く伸びた爪を感じながら、ロヴァルが強く頷いた。その爪が振り下ろされても決して腕を離さないように、ロヴァルはセレスティアの体を壊れそうなほど強く腕の中に抱きしめて閉じ込める。
「藍晶石に誓う。何があっても、絶対にお前をひとりにはさせない」
『藍晶石……?』
「――――誰よりも愛している。セレスティア」
『セレスティア。俺、行って来る。聖地に行って、藍晶石を持ち帰って来るよ』
『そんな、危険だわ』
『俺はお前とずっと一緒にいたい。藍晶石は俺たちを導く幸せの石だろ? 大丈夫だよ』
(藍晶石? ……藍晶石、誰かの瞳と同じ……綺麗な色。真っ直ぐで、嘘のない強い瞳。それは私たちの、愛の証だったのではないの?)
『セレスティア』
遠く、近くで声がした。
その声にはっと目を開いたセレスティアの前で、黒く長い爪がロヴァルの背中めがけて勢いよく振り下ろされた。
――――ずっとずっと一緒に、いてくれるんでしょう?
『こいつはセレスティアだ。俺の愛した女なんだ』
――――藍晶石は幸せの。
『君は形だけの落し子』
――――私をひとりにしないで。
「や……やめて――っ!」
結界の中に閉じ込められていた死者の影が、セレスティアの絶叫と共にぶわっと大きく膨らみ、そして弾かれるように爆発した。
――――ずっと一緒だと 約束しただろ?
見開いた瞳からぽろぽろと涙を零して呟くセレスティアに、ロヴァルが思わず足を踏み出した。そのロヴァルの肩を掴んで、カインが力任せに引き戻す。
「あれはもうお前の知ってるセレスティアじゃない。行けば殺されるぞ」
「ロヴァル? どうしていつものように、抱きしめてくれないの? 私がっ、私が嘘をついたからっ」
両手で頭を抱えて蹲ったセレスティアの中から、不気味な鼓動音が鳴り響いた。水に濡れたようにねっとりとした音は不安定にセレスティアの中を駆け巡り、彼女の体をがくがくと激しく震わせていく。
「セレスティア!」
「……こ、こは……暗くて……とても寒い」
唇から零れる音は低くしゃがれた声となり、頭を抱えていた両手には真っ黒な爪が伸び始める。その手がめきめきっと音を立てて、一気に巨大化した。浮き上がった血管は早く短く不安定に脈打ち、今にも弾けそうに血の色を透かしている。
「誰もいない。あ……あ……私はまた……ひとりで、朽ち果てていくの?」
頭を抱え俯いていたセレスティアがゆっくりと顔を上げて、涙に濡れた瞳をロヴァルへ向けた。
「……ロヴァル。ロヴァル、助けて……。私にはもう、あなたしかいないの」
「セレスティア!」
愛しい名前を呼んで、ロヴァルがセレスティアへと駆け出した。救いを求めて伸ばされた手を握り、震える体を抱きしめて、セレスティアの名を何度も何度も繰り返し呼ぶ。そのロヴァルの腕の中で、涙を流していたセレスティアの瞳がぐるんと回転して真紅に染まった。
「セレスティア。俺はずっとそばにいる」
「――――うれしい」
しゃがれた声で呟いて、セレスティアがロヴァルの背中へ手をまわした。その巨大な手に生えた黒い爪がロヴァルの背中めがけて勢いよく振り下ろされた瞬間。
「この馬鹿がっ!」
カインの怒号にロヴァルが顔を上げるより早く、腕の中のセレスティアが耳を突くほど鋭い声で絶叫した。
「ぎゃあああっ!」
身も凍るような悲鳴を上げてロヴァルの腕の中から飛び出したセレスティアが、失った右腕を抑えながらカインをぎろりと睨みつた。カインの剣によって切り落とされた腕からはぼたぼたと黒い塊が零れ落ち、それは地面に落ちる前に黒い死者の影となり空に浮遊していく。
「おのれっ!」
血色の目を向けてカインを見据えるセレスティアの腕からは延々と死者が溢れ出し、辺りは一気に暗黒の影に埋め尽くされる。
「セレ、ス……」
「ロヴァル! いい加減に目を覚ませ!」
「……セレスティアが望むのなら、死んでもよかった」
俯いた視界に映る、セレスティアの右手。膨れ上がり、血管を浮き上がらせたそれは、誰が見ても人の手ではない。まだ生温いその手に触れて、ロヴァルが悲しそうに目を伏せる。その背後では、苛立ちを押さえきれないカインが、耐え切れずに怒鳴り声を上げた。
「いい加減にしろ! あれがお前のセレスティアだと思うのかっ!」
――――ロヴァル。
遠くにセレスティアの声を聞いたような気がして、ロヴァルが項垂れていた頭をぱっと上げた。絶望に沈んだ力ない瞳に映るのは、切れた右腕から死者の影を垂らし続けるセレスティアの姿。
――――否。
そこにいるのはセレスティアの姿をした魔物だった。
「……セ、セレス」
「ヴ……ア……アアアッ!」
ロヴァルがその名を口にする前に、セレスティアの絶叫が空を埋め尽くす死者の影を大きく震わせた。影はそれぞれ口を大きく開けて恨めしい声で泣き叫び、じわりじわりと隣の影に溶け合い始める。融合し、膨張し、泣き叫びながらひとつの巨大な影に姿を変えていく。
「ウオオオオッ……――――!」
瞳もなく穴を開けただけの眼窩から血の涙を流し、泣き叫ぶ大きな口から真っ黒な瘴気を垂れ流す巨大な死者の影。
霧のように広がりながら辺りを包んだ瘴気は、そこに植えられた木々や教会の残骸さえも一瞬にして風化させていく。みるみるうちに干からびて崩れていく木々に目を見開いたカインが、嫌悪感をあらわにして空に伸びた死者の影を見上げた。
「最悪だな」
死者の影はセレスティアの叫びに合わせて所構わず瘴気を噴出し、その度に木々や家が粉々になり風に崩れ去っていく。死者の影を操るセレスティアは正気を失い、完全な魔物と化している。このままではカザールが風化し、消えてなくなるのも時間の問題だ。
「おい、ロヴァル」
隣で呆然とセレスティアを見つめていたロヴァルは、その声にやっと目を覚まして数回強く頭を振った。
「俺があの影を抑えているうちに、お前はセレスティアを……倒せ」
低い声でそう言って、自分の剣を強引にロヴァルの手に握らせる。背中の羽をふわりと広げて地面を蹴ったカインが、高度を上げる前に一度だけ背後のシェリルへと視線を向けた。
「シェリル、お前はどっか遠くに離れてろ」
「え……ちょっと待って、カイン!」
「ついて来るな。足手まといだ!」
反射的に踏み出していたシェリルの足が、カインの一言でぴたりと止まる。何も言う事が出来ずにただ上を見上げたシェリルの前で、カインはふいっと後ろを向いてそのまま死者の影の方へ飛んで行った。
誰かを守りながらでは戦えない。ついて行った所で、足手まといになるのは目に見えていた。足手まといだとはっきり言われ、分かりきっていた事なのにシェリルの胸がずきんと痛む。
「……そんな事、分かってるわよ」
『ロヴァル』
手に握りしめた剣の重みを感じながら、ロヴァルは目の前で蠢くセレスティアを真っ直ぐに見つめていた。
カインに切り落とされた腕からは今も黒い影が溢れ出し、白い肌は赤い血管に埋め尽くされ、そこにセレスティアの面影は少しもなかった。
「……セレスティア」
呼んでも、あの声は戻って来ない。響くのは狂ってしまったセレスティアの心の声だけ。
「ヴアアアアアッ!」
『イヤッ! 死ヌノハ嫌ダッ! ヒトリデ逝クノハ』
轟音を上げて死者の影が更に大きく膨張した。それはまるでセレスティアの悲しみと恐怖を糧として成長しているようにも見える。
空の高い所まで上昇したカインは足元で蠢く影の暴走を食い止める為、両手を向けて呪文を唱え始めた。それに合わせて具現した光の粉は、カインの手のひらから真下の死者へ雨のように降り注ぎ、そこに薄く透き通った光の結界を張り巡らせた。
結界によってそれ以上広がる事を止められた影がその中にどんどん凝縮され、結界の中はあっという間に黒く染まる。カインが結界を制御しているとは言っても、更に溢れ出てくる影が結界を突き破るのは時間の問題だ。影を消滅させるには、セレスティアを倒す以外に、もう手段はない。
『皆……離レテ行ク。誰モ戻ッテハ来ナイ。私ハ、落シ子デハナカッタノダカラッ。既ニ、コノ世ノ者デハ、ナカッタノダカラッ!』
ぴしっと音を立てて、結界に亀裂が走った。それを慌てて止めたカインの額から汗が流れ落ちる。いくら天界戦士最強の腕を持つカインでも、たったひとりで死者の影とセレスティアを倒す事は出来ない。
結界を解けばそれこそカザールなど一瞬で崩れ去ってしまう。かと言って、このまま影を抑え続ける事も出来ない。
「くそっ。ロヴァル、何してる! 早くやれっ!」
真下でセレスティアと向かい合ったまま、剣を握るだけで動こうとしないロヴァルに痺れを切らしたカインが怒鳴り声を上げた。
『私ヲ……殺スノ……?』
低い呻き声に隠れてかすかに届いたセレスティアの声に、ロヴァルが緩く首を振る。
「……ない。……出来るわけがない。俺はっ……――――お前を愛している俺が、お前を殺せるわけないだろっ!」
見開いた瞳からぼろぼろと涙を零しながらカインの剣を放り投げたロヴァルが、そのままセレスティアの体を強く抱きしめた。
「この馬鹿! 早く剣を取れ!」
「……悪い、カイン。でも、こいつはセレスティアだ。……俺の愛した女なんだ」
激しく震えるセレスティアの体をきつく抱きしめたロヴァルに、死者の影が獲物を見つけた獣のように群がり始める。足も腕も影に掴まれ凍るような感覚に包まれながら、それでもロヴァルはセレスティアを離そうとはしなかった。
「ずっと一緒だと……約束したから」
『コンナ私ノ……側ニ居テクレルト、言ウノ? ……アナタガ』
「当たり前だ。お前が何者でも構わないと言った事を忘れたのか? セレスティア」
腕の中でただ震えるばかりのセレスティアに頬を寄せ、優しく髪をなでながら、ロヴァルは静かに目を閉じる。
『せ、れす……てぃあ? ソレガ、私ノ……名前?』
「そうだ。お前は魔物でも死者でもない、ただのセレスティアだ。そして、俺の女なんだよ」
『アナタハ……トテモ温カイ。一緒ニ居ルト、満タサレル。……ズット、一緒ニ居テクレルノデショウ?』
背中にセレスティアの長く伸びた爪を感じながら、ロヴァルが強く頷いた。その爪が振り下ろされても決して腕を離さないように、ロヴァルはセレスティアの体を壊れそうなほど強く腕の中に抱きしめて閉じ込める。
「藍晶石に誓う。何があっても、絶対にお前をひとりにはさせない」
『藍晶石……?』
「――――誰よりも愛している。セレスティア」
『セレスティア。俺、行って来る。聖地に行って、藍晶石を持ち帰って来るよ』
『そんな、危険だわ』
『俺はお前とずっと一緒にいたい。藍晶石は俺たちを導く幸せの石だろ? 大丈夫だよ』
(藍晶石? ……藍晶石、誰かの瞳と同じ……綺麗な色。真っ直ぐで、嘘のない強い瞳。それは私たちの、愛の証だったのではないの?)
『セレスティア』
遠く、近くで声がした。
その声にはっと目を開いたセレスティアの前で、黒く長い爪がロヴァルの背中めがけて勢いよく振り下ろされた。
――――ずっとずっと一緒に、いてくれるんでしょう?
『こいつはセレスティアだ。俺の愛した女なんだ』
――――藍晶石は幸せの。
『君は形だけの落し子』
――――私をひとりにしないで。
「や……やめて――っ!」
結界の中に閉じ込められていた死者の影が、セレスティアの絶叫と共にぶわっと大きく膨らみ、そして弾かれるように爆発した。
――――ずっと一緒だと 約束しただろ?
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる