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第2章 夢のかけら
ふたりの落し子・2
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『セレスティアはカザールの人々にとって何より大切な存在だ。それを失うと言う事は……ロヴァル、君にも分かるだろう? どうしてもセレスティアを連れて行くと言うのなら、それに代わるものを持って来なさい。そうすれば人々の信仰は受け継がれ、ロヴァル、お前も愛しいセレスティアを一緒になれる』
島を出る時の事を思い出しながら、ロヴァルは藍晶石のかけらを手のひらにぎゅっと握りしめた。
天使の涙と呼ばれる、聖地にしか存在しない藍晶石のかけら。それはセレスティアの代わりを受け継ぐものとして十分なものであった。女神アルディナに対する信仰心は藍晶石に受け継がれ、セレスティアを支えにしてきたカザールの人々も目に見える対象を無くすことはない。
しかし。
「シェリル……」
小さく名前を呼んで、ロヴァルは頭の中にシェリルの姿を思い浮かべる。不思議な雰囲気をもつカインと一緒に、海のど真ん中に現れた乙女。そのシェリルの額にくっきりと刻まれていた三日月の刻印を思い出したロヴァルは、それを振り払うように強く頭を振った。
「セレスティア。お前……」
言いかけた言葉を飲み込んで顔をあげた視線の先に、カザールが小さく映る。ロヴァルの住む国であり、たったひとりの存在が島民の心の拠り所となっている小さな島国。そこにはロヴァルの帰りを待っているセレスティアがいる。
水平線の向こうに見えるカザールを、ロヴァルは暫くの間ただ黙って見つめ続けていた。
ロヴァルが出ていった部屋の中では、カインが訝しむように眉間に皺を寄せて考え込んでいた。僅かに俯いた視界に、シェリルの三日月の印が映る。世界にひとりしか存在しない、神の落し子の証。
「……落し子?」
唇から零れ落ちた疑問の答えは、部屋の外から返ってきた。
「そう、神の落し子は二人いた」
その声にはっとして顔を向けると、開けっ放しになっていた扉の向こうからディランが現れた。扉を静かに閉めて部屋の中へ入ってきたディランは、ベッドの上に座るカインとその腕の中でぐったりしているシェリルを見ながら、昨夜の事を謝罪した。
「昨夜は悪かったよ。僕らの国にとってシェリルの存在は少々危険なものだったからね。少し焦りすぎたようだ」
「危険? こいつがか?」
腕の中で力なくぐったりとしたシェリルを見ながら鼻で笑ったカインに、ディランは言い返す事なく黙って頷いた。
「大陸から遠く離れたカザールを支えているのは、たったひとりの存在だ。今では神官セレスティアが、カザールの国と人々を支えている。彼女がいなくなればカザールは支えを失い、滅んでしまうと皆は考えているんだ。それくらいセレスティアは神聖視されている」
「ひとりの神官が、良くそこまで慕われるな」
カインの言葉に一瞬間を置いたディランは、ちらりとシェリルへ目を向けて静かに呟いた。
「世界にひとりしかいない存在だからだよ。セレスティアは……シェリルと同じ刻印を持つ、神の落し子だ」
その一言でカインとシェリルは、やっとロヴァルたち海賊が自分たちを見て驚いた理由を知った。
大陸から遠く離れ、島の周囲に魔物が巣食うカザールでは、万が一何かあった時の為に頼るものが何もない。魔物の襲撃に遭えば、逃げる場所さえないのだ。
そんな孤立したカザールの人々の支えになっているのはアルディナを奉る教会であり、落し子という存在セレスティアだった。その彼女の存在すら疑わしくなってしまうのなら、支えを失ったカザールは一気に崩壊してしまうだろう。だからこそディランたちは、シェリルの素性を確かめようとしていた。
「僕たちはそれを信じて疑わなかった。でもシェリル、君が本物の落し子だと気付いてしまった」
少し悲しそうに言って窓際へ近寄ったディランは、青い海を映した瞳を静かに閉じて緩く首を振った。
「普通ならこの海には魔物が出る。けれど今日に限って一匹も現れなかった。それはこの船に神の力を受け継いだ者が乗っているからじゃないのかい? ――カザールに着けば、ロヴァルは真っ先にセレスティアの所へ行くだろうね。そして、真実を知る。今までのカザールが偽りであったのか、そうではないのか……」
「ディラン」
カインの胸元に頭を預けたまま黙って話を聞いていたシェリルが、ゆっくりと顔を上げてディランへと向き直った。その静かな声に、ディランも窓の外からシェリルへ視線を戻す。
「ロヴァルは……もしかして、セレスティアの事を?」
「そう、ロヴァルとセレスティアは恋人同士だよ。カザールの宝でもあるセレスティアと一緒になる為に、ロヴァルはあの洞窟へ行った。セレスティアの代わりとなりうる神聖な藍晶石を手に入れる為にね。それをウォアズ神父に渡せば、ロヴァルは晴れてセレスティアを迎える事が出来たんだけど……そこへ君たちが現れたってわけさ」
ディランが言い終わるのと同時に、部屋の外が騒がしくなり始めた。廊下を行き交う海賊たちの声が部屋の中にまで届き、シェリルたちは海賊船が目的地に着いた事を知る。
「カザールに着いたようだ。……信仰の終わりを告げる時かもしれないね」
島を出る時の事を思い出しながら、ロヴァルは藍晶石のかけらを手のひらにぎゅっと握りしめた。
天使の涙と呼ばれる、聖地にしか存在しない藍晶石のかけら。それはセレスティアの代わりを受け継ぐものとして十分なものであった。女神アルディナに対する信仰心は藍晶石に受け継がれ、セレスティアを支えにしてきたカザールの人々も目に見える対象を無くすことはない。
しかし。
「シェリル……」
小さく名前を呼んで、ロヴァルは頭の中にシェリルの姿を思い浮かべる。不思議な雰囲気をもつカインと一緒に、海のど真ん中に現れた乙女。そのシェリルの額にくっきりと刻まれていた三日月の刻印を思い出したロヴァルは、それを振り払うように強く頭を振った。
「セレスティア。お前……」
言いかけた言葉を飲み込んで顔をあげた視線の先に、カザールが小さく映る。ロヴァルの住む国であり、たったひとりの存在が島民の心の拠り所となっている小さな島国。そこにはロヴァルの帰りを待っているセレスティアがいる。
水平線の向こうに見えるカザールを、ロヴァルは暫くの間ただ黙って見つめ続けていた。
ロヴァルが出ていった部屋の中では、カインが訝しむように眉間に皺を寄せて考え込んでいた。僅かに俯いた視界に、シェリルの三日月の印が映る。世界にひとりしか存在しない、神の落し子の証。
「……落し子?」
唇から零れ落ちた疑問の答えは、部屋の外から返ってきた。
「そう、神の落し子は二人いた」
その声にはっとして顔を向けると、開けっ放しになっていた扉の向こうからディランが現れた。扉を静かに閉めて部屋の中へ入ってきたディランは、ベッドの上に座るカインとその腕の中でぐったりしているシェリルを見ながら、昨夜の事を謝罪した。
「昨夜は悪かったよ。僕らの国にとってシェリルの存在は少々危険なものだったからね。少し焦りすぎたようだ」
「危険? こいつがか?」
腕の中で力なくぐったりとしたシェリルを見ながら鼻で笑ったカインに、ディランは言い返す事なく黙って頷いた。
「大陸から遠く離れたカザールを支えているのは、たったひとりの存在だ。今では神官セレスティアが、カザールの国と人々を支えている。彼女がいなくなればカザールは支えを失い、滅んでしまうと皆は考えているんだ。それくらいセレスティアは神聖視されている」
「ひとりの神官が、良くそこまで慕われるな」
カインの言葉に一瞬間を置いたディランは、ちらりとシェリルへ目を向けて静かに呟いた。
「世界にひとりしかいない存在だからだよ。セレスティアは……シェリルと同じ刻印を持つ、神の落し子だ」
その一言でカインとシェリルは、やっとロヴァルたち海賊が自分たちを見て驚いた理由を知った。
大陸から遠く離れ、島の周囲に魔物が巣食うカザールでは、万が一何かあった時の為に頼るものが何もない。魔物の襲撃に遭えば、逃げる場所さえないのだ。
そんな孤立したカザールの人々の支えになっているのはアルディナを奉る教会であり、落し子という存在セレスティアだった。その彼女の存在すら疑わしくなってしまうのなら、支えを失ったカザールは一気に崩壊してしまうだろう。だからこそディランたちは、シェリルの素性を確かめようとしていた。
「僕たちはそれを信じて疑わなかった。でもシェリル、君が本物の落し子だと気付いてしまった」
少し悲しそうに言って窓際へ近寄ったディランは、青い海を映した瞳を静かに閉じて緩く首を振った。
「普通ならこの海には魔物が出る。けれど今日に限って一匹も現れなかった。それはこの船に神の力を受け継いだ者が乗っているからじゃないのかい? ――カザールに着けば、ロヴァルは真っ先にセレスティアの所へ行くだろうね。そして、真実を知る。今までのカザールが偽りであったのか、そうではないのか……」
「ディラン」
カインの胸元に頭を預けたまま黙って話を聞いていたシェリルが、ゆっくりと顔を上げてディランへと向き直った。その静かな声に、ディランも窓の外からシェリルへ視線を戻す。
「ロヴァルは……もしかして、セレスティアの事を?」
「そう、ロヴァルとセレスティアは恋人同士だよ。カザールの宝でもあるセレスティアと一緒になる為に、ロヴァルはあの洞窟へ行った。セレスティアの代わりとなりうる神聖な藍晶石を手に入れる為にね。それをウォアズ神父に渡せば、ロヴァルは晴れてセレスティアを迎える事が出来たんだけど……そこへ君たちが現れたってわけさ」
ディランが言い終わるのと同時に、部屋の外が騒がしくなり始めた。廊下を行き交う海賊たちの声が部屋の中にまで届き、シェリルたちは海賊船が目的地に着いた事を知る。
「カザールに着いたようだ。……信仰の終わりを告げる時かもしれないね」
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