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第5章 ブラッディ・ローズ覚醒
リュシオン文明
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暗い森を抜けてフィスラ遺跡に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。しかしそれは感覚のみで、実際太陽すら分厚い雲に覆われている為、確かな時間は分からなかった。
森の中にひっそりと存在する、朽ち果てた遺跡。一見すると屋敷のようにも見える。遺跡を囲む石壁の塀と遺跡の壁には蔓草が絡み付き、その一部は既に枯れてなお未練がましくしがみ付いている。
不気味な雰囲気の漂う遺跡に圧倒されていたレフィスの視界に、向こうから遺跡周辺を調べに行っていたイーヴィが戻ってくるのが見えた。近付くにつれ、イーヴィの険しい表情がはっきりと見て取れ、レフィスが無意識に固唾を呑み込んだ。
「誰かいるのかしら。……遺跡に張られていた結界が壊れてたわ。無理矢理こじ開けた感じがしたけど」
「秘宝目当ての魔族か何か?」
面倒くさいなと愚痴りながら、ライリが遺跡の入り口へと目を向ける。釣られて視線を移したレフィスに、イーヴィがいつになく真剣な声で静かに言った。
「レフィス、貴女は常に誰かと一緒にいなさい」
「う、うん。ユリシスにもそう言われたし」
「そう。だったら絶対にユリシスと離れては駄目よ。意地でもしがみ付くくらい一緒にいなさい」
最後の方はレフィスを安心させようとしたのか、少しだけ笑いを含みながら言って、イーヴィは険しくなる表情を隠すようにレフィスに背を向けた。
「禁忌の秘宝が隠されている場所の特定が先だ。二手に分かれた方がやりやすいが、あまりお互いが離れるのも危険だ。何かあったらすぐに駆けつけられる距離にいた方がいいだろう。イーヴィはライリと、レフィスは俺と来い」
「そうね。それがいいわ」
特に反論もなく全員が頷いて、先にイーヴィとライリが遺跡へと歩き出した。その後に続こうとしたレフィスを、ユリシスが止める。
「先に行くな。馬鹿」
呆れたように言って、ユリシスが素早くレフィスを追い抜いていく。
「ちょっと、ユリシス! 待ってよ」
慌てて走り出したレフィスの胸元が、一瞬だけちくりと痛んだ。針先で突かれたような僅かな痛みに首を傾げたレフィスだったが、今はユリシスを追う事で一杯で、その痛みについては深く考えようとはしなかった。
遺跡に入ると、まず外とは明らかに違う温度の差に驚いた。異様に冷たい空気が、遺跡内部を覆っている。それはまるで外界と切り離され、異界へと足を踏み入れてしまったかのような恐怖にも似た感覚。
急速に奪われていく体温をこれ以上逃さないように、ぎゅっと強く握り締めた拳が、ふいに柔らかな熱に包まれる。はっとして顔を上げた先に、薄く笑うユリシスがいた。
「震えてるな。戻るか?」
「……えっ?」
昨夜の出来事が思い出され、レフィスの体がびくんと震える。それを見て、ユリシスが一瞬だけ目を伏せた。
「冗談だ。……もう残れとは言わない」
伏せた瞳を再度レフィスへ向けて、今度は強くはっきりとした声で呟く。
「お前は常に、俺の側にいろ」
有無を言わさない口調でそういうと、ユリシスはレフィスの手を引いたまま崩れかけた階段を上っていく。引かれる手の強さに驚きはしたものの、レフィスはそれが嫌ではなかった。昨夜、雪の中で抱きしめられた時と同じように、今もまた心の奥でユリシスの存在を心地良く感じ、それを認めている自分がいることを静かに感じ始めていた。
随分と昔の遺跡だと言うのに、内部は割と綺麗に原形を保っていた。所々崩れてはいるが、扉や部屋などは、それが昔どのような姿をしていたのか分かるくらいには面影を残している。さすがはリュシオン文明の遺跡と言うべきか。遺跡自体を守る巨大な結界が長い時を経てもなお、こうしてその効力を未だ保ち続けている。レフィスは、かつて大陸を支配していたと言う神族の力の強さに改めて驚愕した。
「大昔の遺跡を守り続けるくらいの巨大な力があったのに、どうして神族は滅びてしまったのかしら」
「さあな。……ただ、力ある者は己を過信する。神族は自らの手で滅びの道を選んだんだ」
「ルナティルスの人々も? 神族の末裔である彼らも、自分たちの力を過信してしまったの? だから……」
言いかけて、レフィスが口を噤んだ。先を歩いていたユリシスが足を止め、真っ直ぐにレフィスを見つめている。
「お前は神魔が……ルナティルスが、怖いか?」
「えっ?」
自分を見つめる紫紺の瞳の奥、かすかに揺らめく悲しみを垣間見て思わず息を呑む。何か言わなくてはと意味も分からず焦る心に急き立てられ、レフィスが唇を動かした。しかし、それよりも早くレフィスの足が何者かの手によって掴まれ、レフィスは言葉は元より息すら呑み込んで立ち竦んだ。
「……っ!」
恐る恐る足元へ視線を落したレフィスの瞳が捉えたものは、床からにょきりと生えた手首が自分の右足を掴んでいる光景だった。
驚きと恐怖で動けずにいたレフィスが、反射的にユリシスへと手を伸ばす。
「レフィスっ!」
「ユリ……」
言葉は最後まで届かず、レフィスは伸ばした手がユリシスに届く前に、石の床へと引きずり込まれて行った。
「レフィス!」
レフィスを呑み込んだ床は一度だけ波紋を揺らし、そして瞬時にあるがままの姿に戻り、拳を振り下ろしたユリシスを冷たく拒絶する。鈍い音と共に、石の上に赤い雫が零れ落ちた。
「レフィス! レフィス!」
焦燥する叫びは、その名を持つ者を呼び寄せる代わりに、暗い空に不気味に煌く月を招こうとしていた。
森の中にひっそりと存在する、朽ち果てた遺跡。一見すると屋敷のようにも見える。遺跡を囲む石壁の塀と遺跡の壁には蔓草が絡み付き、その一部は既に枯れてなお未練がましくしがみ付いている。
不気味な雰囲気の漂う遺跡に圧倒されていたレフィスの視界に、向こうから遺跡周辺を調べに行っていたイーヴィが戻ってくるのが見えた。近付くにつれ、イーヴィの険しい表情がはっきりと見て取れ、レフィスが無意識に固唾を呑み込んだ。
「誰かいるのかしら。……遺跡に張られていた結界が壊れてたわ。無理矢理こじ開けた感じがしたけど」
「秘宝目当ての魔族か何か?」
面倒くさいなと愚痴りながら、ライリが遺跡の入り口へと目を向ける。釣られて視線を移したレフィスに、イーヴィがいつになく真剣な声で静かに言った。
「レフィス、貴女は常に誰かと一緒にいなさい」
「う、うん。ユリシスにもそう言われたし」
「そう。だったら絶対にユリシスと離れては駄目よ。意地でもしがみ付くくらい一緒にいなさい」
最後の方はレフィスを安心させようとしたのか、少しだけ笑いを含みながら言って、イーヴィは険しくなる表情を隠すようにレフィスに背を向けた。
「禁忌の秘宝が隠されている場所の特定が先だ。二手に分かれた方がやりやすいが、あまりお互いが離れるのも危険だ。何かあったらすぐに駆けつけられる距離にいた方がいいだろう。イーヴィはライリと、レフィスは俺と来い」
「そうね。それがいいわ」
特に反論もなく全員が頷いて、先にイーヴィとライリが遺跡へと歩き出した。その後に続こうとしたレフィスを、ユリシスが止める。
「先に行くな。馬鹿」
呆れたように言って、ユリシスが素早くレフィスを追い抜いていく。
「ちょっと、ユリシス! 待ってよ」
慌てて走り出したレフィスの胸元が、一瞬だけちくりと痛んだ。針先で突かれたような僅かな痛みに首を傾げたレフィスだったが、今はユリシスを追う事で一杯で、その痛みについては深く考えようとはしなかった。
遺跡に入ると、まず外とは明らかに違う温度の差に驚いた。異様に冷たい空気が、遺跡内部を覆っている。それはまるで外界と切り離され、異界へと足を踏み入れてしまったかのような恐怖にも似た感覚。
急速に奪われていく体温をこれ以上逃さないように、ぎゅっと強く握り締めた拳が、ふいに柔らかな熱に包まれる。はっとして顔を上げた先に、薄く笑うユリシスがいた。
「震えてるな。戻るか?」
「……えっ?」
昨夜の出来事が思い出され、レフィスの体がびくんと震える。それを見て、ユリシスが一瞬だけ目を伏せた。
「冗談だ。……もう残れとは言わない」
伏せた瞳を再度レフィスへ向けて、今度は強くはっきりとした声で呟く。
「お前は常に、俺の側にいろ」
有無を言わさない口調でそういうと、ユリシスはレフィスの手を引いたまま崩れかけた階段を上っていく。引かれる手の強さに驚きはしたものの、レフィスはそれが嫌ではなかった。昨夜、雪の中で抱きしめられた時と同じように、今もまた心の奥でユリシスの存在を心地良く感じ、それを認めている自分がいることを静かに感じ始めていた。
随分と昔の遺跡だと言うのに、内部は割と綺麗に原形を保っていた。所々崩れてはいるが、扉や部屋などは、それが昔どのような姿をしていたのか分かるくらいには面影を残している。さすがはリュシオン文明の遺跡と言うべきか。遺跡自体を守る巨大な結界が長い時を経てもなお、こうしてその効力を未だ保ち続けている。レフィスは、かつて大陸を支配していたと言う神族の力の強さに改めて驚愕した。
「大昔の遺跡を守り続けるくらいの巨大な力があったのに、どうして神族は滅びてしまったのかしら」
「さあな。……ただ、力ある者は己を過信する。神族は自らの手で滅びの道を選んだんだ」
「ルナティルスの人々も? 神族の末裔である彼らも、自分たちの力を過信してしまったの? だから……」
言いかけて、レフィスが口を噤んだ。先を歩いていたユリシスが足を止め、真っ直ぐにレフィスを見つめている。
「お前は神魔が……ルナティルスが、怖いか?」
「えっ?」
自分を見つめる紫紺の瞳の奥、かすかに揺らめく悲しみを垣間見て思わず息を呑む。何か言わなくてはと意味も分からず焦る心に急き立てられ、レフィスが唇を動かした。しかし、それよりも早くレフィスの足が何者かの手によって掴まれ、レフィスは言葉は元より息すら呑み込んで立ち竦んだ。
「……っ!」
恐る恐る足元へ視線を落したレフィスの瞳が捉えたものは、床からにょきりと生えた手首が自分の右足を掴んでいる光景だった。
驚きと恐怖で動けずにいたレフィスが、反射的にユリシスへと手を伸ばす。
「レフィスっ!」
「ユリ……」
言葉は最後まで届かず、レフィスは伸ばした手がユリシスに届く前に、石の床へと引きずり込まれて行った。
「レフィス!」
レフィスを呑み込んだ床は一度だけ波紋を揺らし、そして瞬時にあるがままの姿に戻り、拳を振り下ろしたユリシスを冷たく拒絶する。鈍い音と共に、石の上に赤い雫が零れ落ちた。
「レフィス! レフィス!」
焦燥する叫びは、その名を持つ者を呼び寄せる代わりに、暗い空に不気味に煌く月を招こうとしていた。
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