35 / 69
第5章 ブラッディ・ローズ覚醒
リュシオン文明
しおりを挟む
暗い森を抜けてフィスラ遺跡に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。しかしそれは感覚のみで、実際太陽すら分厚い雲に覆われている為、確かな時間は分からなかった。
森の中にひっそりと存在する、朽ち果てた遺跡。一見すると屋敷のようにも見える。遺跡を囲む石壁の塀と遺跡の壁には蔓草が絡み付き、その一部は既に枯れてなお未練がましくしがみ付いている。
不気味な雰囲気の漂う遺跡に圧倒されていたレフィスの視界に、向こうから遺跡周辺を調べに行っていたイーヴィが戻ってくるのが見えた。近付くにつれ、イーヴィの険しい表情がはっきりと見て取れ、レフィスが無意識に固唾を呑み込んだ。
「誰かいるのかしら。……遺跡に張られていた結界が壊れてたわ。無理矢理こじ開けた感じがしたけど」
「秘宝目当ての魔族か何か?」
面倒くさいなと愚痴りながら、ライリが遺跡の入り口へと目を向ける。釣られて視線を移したレフィスに、イーヴィがいつになく真剣な声で静かに言った。
「レフィス、貴女は常に誰かと一緒にいなさい」
「う、うん。ユリシスにもそう言われたし」
「そう。だったら絶対にユリシスと離れては駄目よ。意地でもしがみ付くくらい一緒にいなさい」
最後の方はレフィスを安心させようとしたのか、少しだけ笑いを含みながら言って、イーヴィは険しくなる表情を隠すようにレフィスに背を向けた。
「禁忌の秘宝が隠されている場所の特定が先だ。二手に分かれた方がやりやすいが、あまりお互いが離れるのも危険だ。何かあったらすぐに駆けつけられる距離にいた方がいいだろう。イーヴィはライリと、レフィスは俺と来い」
「そうね。それがいいわ」
特に反論もなく全員が頷いて、先にイーヴィとライリが遺跡へと歩き出した。その後に続こうとしたレフィスを、ユリシスが止める。
「先に行くな。馬鹿」
呆れたように言って、ユリシスが素早くレフィスを追い抜いていく。
「ちょっと、ユリシス! 待ってよ」
慌てて走り出したレフィスの胸元が、一瞬だけちくりと痛んだ。針先で突かれたような僅かな痛みに首を傾げたレフィスだったが、今はユリシスを追う事で一杯で、その痛みについては深く考えようとはしなかった。
遺跡に入ると、まず外とは明らかに違う温度の差に驚いた。異様に冷たい空気が、遺跡内部を覆っている。それはまるで外界と切り離され、異界へと足を踏み入れてしまったかのような恐怖にも似た感覚。
急速に奪われていく体温をこれ以上逃さないように、ぎゅっと強く握り締めた拳が、ふいに柔らかな熱に包まれる。はっとして顔を上げた先に、薄く笑うユリシスがいた。
「震えてるな。戻るか?」
「……えっ?」
昨夜の出来事が思い出され、レフィスの体がびくんと震える。それを見て、ユリシスが一瞬だけ目を伏せた。
「冗談だ。……もう残れとは言わない」
伏せた瞳を再度レフィスへ向けて、今度は強くはっきりとした声で呟く。
「お前は常に、俺の側にいろ」
有無を言わさない口調でそういうと、ユリシスはレフィスの手を引いたまま崩れかけた階段を上っていく。引かれる手の強さに驚きはしたものの、レフィスはそれが嫌ではなかった。昨夜、雪の中で抱きしめられた時と同じように、今もまた心の奥でユリシスの存在を心地良く感じ、それを認めている自分がいることを静かに感じ始めていた。
随分と昔の遺跡だと言うのに、内部は割と綺麗に原形を保っていた。所々崩れてはいるが、扉や部屋などは、それが昔どのような姿をしていたのか分かるくらいには面影を残している。さすがはリュシオン文明の遺跡と言うべきか。遺跡自体を守る巨大な結界が長い時を経てもなお、こうしてその効力を未だ保ち続けている。レフィスは、かつて大陸を支配していたと言う神族の力の強さに改めて驚愕した。
「大昔の遺跡を守り続けるくらいの巨大な力があったのに、どうして神族は滅びてしまったのかしら」
「さあな。……ただ、力ある者は己を過信する。神族は自らの手で滅びの道を選んだんだ」
「ルナティルスの人々も? 神族の末裔である彼らも、自分たちの力を過信してしまったの? だから……」
言いかけて、レフィスが口を噤んだ。先を歩いていたユリシスが足を止め、真っ直ぐにレフィスを見つめている。
「お前は神魔が……ルナティルスが、怖いか?」
「えっ?」
自分を見つめる紫紺の瞳の奥、かすかに揺らめく悲しみを垣間見て思わず息を呑む。何か言わなくてはと意味も分からず焦る心に急き立てられ、レフィスが唇を動かした。しかし、それよりも早くレフィスの足が何者かの手によって掴まれ、レフィスは言葉は元より息すら呑み込んで立ち竦んだ。
「……っ!」
恐る恐る足元へ視線を落したレフィスの瞳が捉えたものは、床からにょきりと生えた手首が自分の右足を掴んでいる光景だった。
驚きと恐怖で動けずにいたレフィスが、反射的にユリシスへと手を伸ばす。
「レフィスっ!」
「ユリ……」
言葉は最後まで届かず、レフィスは伸ばした手がユリシスに届く前に、石の床へと引きずり込まれて行った。
「レフィス!」
レフィスを呑み込んだ床は一度だけ波紋を揺らし、そして瞬時にあるがままの姿に戻り、拳を振り下ろしたユリシスを冷たく拒絶する。鈍い音と共に、石の上に赤い雫が零れ落ちた。
「レフィス! レフィス!」
焦燥する叫びは、その名を持つ者を呼び寄せる代わりに、暗い空に不気味に煌く月を招こうとしていた。
森の中にひっそりと存在する、朽ち果てた遺跡。一見すると屋敷のようにも見える。遺跡を囲む石壁の塀と遺跡の壁には蔓草が絡み付き、その一部は既に枯れてなお未練がましくしがみ付いている。
不気味な雰囲気の漂う遺跡に圧倒されていたレフィスの視界に、向こうから遺跡周辺を調べに行っていたイーヴィが戻ってくるのが見えた。近付くにつれ、イーヴィの険しい表情がはっきりと見て取れ、レフィスが無意識に固唾を呑み込んだ。
「誰かいるのかしら。……遺跡に張られていた結界が壊れてたわ。無理矢理こじ開けた感じがしたけど」
「秘宝目当ての魔族か何か?」
面倒くさいなと愚痴りながら、ライリが遺跡の入り口へと目を向ける。釣られて視線を移したレフィスに、イーヴィがいつになく真剣な声で静かに言った。
「レフィス、貴女は常に誰かと一緒にいなさい」
「う、うん。ユリシスにもそう言われたし」
「そう。だったら絶対にユリシスと離れては駄目よ。意地でもしがみ付くくらい一緒にいなさい」
最後の方はレフィスを安心させようとしたのか、少しだけ笑いを含みながら言って、イーヴィは険しくなる表情を隠すようにレフィスに背を向けた。
「禁忌の秘宝が隠されている場所の特定が先だ。二手に分かれた方がやりやすいが、あまりお互いが離れるのも危険だ。何かあったらすぐに駆けつけられる距離にいた方がいいだろう。イーヴィはライリと、レフィスは俺と来い」
「そうね。それがいいわ」
特に反論もなく全員が頷いて、先にイーヴィとライリが遺跡へと歩き出した。その後に続こうとしたレフィスを、ユリシスが止める。
「先に行くな。馬鹿」
呆れたように言って、ユリシスが素早くレフィスを追い抜いていく。
「ちょっと、ユリシス! 待ってよ」
慌てて走り出したレフィスの胸元が、一瞬だけちくりと痛んだ。針先で突かれたような僅かな痛みに首を傾げたレフィスだったが、今はユリシスを追う事で一杯で、その痛みについては深く考えようとはしなかった。
遺跡に入ると、まず外とは明らかに違う温度の差に驚いた。異様に冷たい空気が、遺跡内部を覆っている。それはまるで外界と切り離され、異界へと足を踏み入れてしまったかのような恐怖にも似た感覚。
急速に奪われていく体温をこれ以上逃さないように、ぎゅっと強く握り締めた拳が、ふいに柔らかな熱に包まれる。はっとして顔を上げた先に、薄く笑うユリシスがいた。
「震えてるな。戻るか?」
「……えっ?」
昨夜の出来事が思い出され、レフィスの体がびくんと震える。それを見て、ユリシスが一瞬だけ目を伏せた。
「冗談だ。……もう残れとは言わない」
伏せた瞳を再度レフィスへ向けて、今度は強くはっきりとした声で呟く。
「お前は常に、俺の側にいろ」
有無を言わさない口調でそういうと、ユリシスはレフィスの手を引いたまま崩れかけた階段を上っていく。引かれる手の強さに驚きはしたものの、レフィスはそれが嫌ではなかった。昨夜、雪の中で抱きしめられた時と同じように、今もまた心の奥でユリシスの存在を心地良く感じ、それを認めている自分がいることを静かに感じ始めていた。
随分と昔の遺跡だと言うのに、内部は割と綺麗に原形を保っていた。所々崩れてはいるが、扉や部屋などは、それが昔どのような姿をしていたのか分かるくらいには面影を残している。さすがはリュシオン文明の遺跡と言うべきか。遺跡自体を守る巨大な結界が長い時を経てもなお、こうしてその効力を未だ保ち続けている。レフィスは、かつて大陸を支配していたと言う神族の力の強さに改めて驚愕した。
「大昔の遺跡を守り続けるくらいの巨大な力があったのに、どうして神族は滅びてしまったのかしら」
「さあな。……ただ、力ある者は己を過信する。神族は自らの手で滅びの道を選んだんだ」
「ルナティルスの人々も? 神族の末裔である彼らも、自分たちの力を過信してしまったの? だから……」
言いかけて、レフィスが口を噤んだ。先を歩いていたユリシスが足を止め、真っ直ぐにレフィスを見つめている。
「お前は神魔が……ルナティルスが、怖いか?」
「えっ?」
自分を見つめる紫紺の瞳の奥、かすかに揺らめく悲しみを垣間見て思わず息を呑む。何か言わなくてはと意味も分からず焦る心に急き立てられ、レフィスが唇を動かした。しかし、それよりも早くレフィスの足が何者かの手によって掴まれ、レフィスは言葉は元より息すら呑み込んで立ち竦んだ。
「……っ!」
恐る恐る足元へ視線を落したレフィスの瞳が捉えたものは、床からにょきりと生えた手首が自分の右足を掴んでいる光景だった。
驚きと恐怖で動けずにいたレフィスが、反射的にユリシスへと手を伸ばす。
「レフィスっ!」
「ユリ……」
言葉は最後まで届かず、レフィスは伸ばした手がユリシスに届く前に、石の床へと引きずり込まれて行った。
「レフィス!」
レフィスを呑み込んだ床は一度だけ波紋を揺らし、そして瞬時にあるがままの姿に戻り、拳を振り下ろしたユリシスを冷たく拒絶する。鈍い音と共に、石の上に赤い雫が零れ落ちた。
「レフィス! レフィス!」
焦燥する叫びは、その名を持つ者を呼び寄せる代わりに、暗い空に不気味に煌く月を招こうとしていた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる