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第4章 舞踏会パニック
衝撃の朝
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見た事もない場所にいた。
瑞々しい緑の葉を枝いっぱいに広げた大木が、まるで大きく伸びでもするかのように、風にまどろんで揺れていた。囁きあう葉ずれの声は、小鳥の囀りに合わせて楽しげに歌っている。
風が誘う大地に、どこまでも続く柔らかな新緑の絨毯。澄み渡った青空に、ワルツを踊る白い小鳥。かすかに届く香りは、緑の絨毯に羽根を広げた美しい花々からの贈り物。
楽園と言う名は、この場所の為にあるのだと、そう思った。
見上げた丘の上に、美しい男女が立っている。
陽光にきらきらと輝く金髪を風に揺らしながら、幸せそうに微笑んでいる。エルフにも劣らない容姿を持つ二人は、けれどエルフとは決定的に違うものを持っていた。
その背にある、大きな二枚の白い翼。
今はもう、存在する事のない種族の証。
背中を覆い隠すほどの翼が、大きくゆっくりと羽ばたいた。ふわりと舞った風に、幾つかの羽根が戯れに舞い落ちる。その向こうで、緑と蒼を溶かしたような不思議な色をした瞳が、ゆっくりとこちらを振り返った。
背の高い男と、儚げな雰囲気を纏う女。
まるで双子のようにそっくりな微笑を浮かべた彼らの顔を、どこかで見たような気がした。
がたんっ、と激しい物音で目が覚めた。
反射的にぱっと開いた目とは反対に、レフィスの脳はまだ眠りの淵をゆらゆらと漂っている。開いた目が映し出すものを、脳が理解するまでに軽く数秒をかけて、レフィスが重い体をゆっくりとベッドから起こした。
「……おはよう。……イーヴィ?」
隣に寝ていたはずのイーヴィを探して、レフィスが部屋の中をぐるりを見回した。その寝ぼけ眼が捉えたものは寝起きのイーヴィではなく――見た事もない、「男」の姿だった。
「ぎゃあああああああっ!!」
優雅な朝のひとときをぶち壊す絶叫が轟いたのは、それから数秒後の事であった。
何事かと慌てて駆けつけたユリシスとライリが見たものは、ベッドの上で仰向けに転がるレフィスと、そのレフィスを上から押さえつけている見知らぬ男の姿だった。
「石女が男連れ込んでるよ」
見るからに楽しそうな笑みを浮かべたライリの横で、剣の柄に手をかけていたユリシスが堂々とこれ見よがしに大きく溜息をつく。
「何事かと思えば……」
呆れ顔のユリシスを視界の端に捉えて、レフィスが顔を真っ赤にしながら必死に手足をばたつかせる。男の手で口を塞がれている為、必死の抗議も「むがぅっ」と潰れた呻きにしかならないのが悲しい所だ。声が自由になるものならば、「違うの! 知らない男が部屋の中にいて、いきなり襲い掛かってきたの! 私は無実なの――っ!」と叫んでいた事だろう。
「邪魔しちゃ悪いし、行こうか? ユリシス」
「あぁ……まぁ、そうだな。そいつで楽しめるかどうかは保障出来ないが」
「ふがーっ、あぐ、むぅぅぅがぅっ!(ちょっとーっ! 待って、助けてよーっ!)」
好き放題言いながらこの事態を一番楽しんでいるライリと、呆れ顔にも困惑の色を浮かべつつ冷静を装うユリシス。そんな二人を睨みつけるレフィスの上で、事の発端となった男がゆっくりと身じろぎした。
「……」
無言のままゆっくりとレフィスから離れ、男がベッドの脇に立ち尽くした。その隙に逃げ出したレフィスを、ユリシスが自分の後ろに匿うように引き寄せる。
「……あ、りがとう」
「邪魔して悪かったな」
「馬鹿っ!」
少し照れながらお礼を言ったかと思うと、今度はその口を尖らせて、レフィスがユリシスの背中をばしんっと叩いた。
「痴話喧嘩もいいけどさ、ほら……あれどうもしなくていいの?」
自分から動こうとはこれっぽっちも思っていないライリが、他力本願丸出しでベッドの脇に立ち尽くしたままの男を指差した。
「っていうか、誰なの?」
「僕に聞かないでよ。連れ込んだのは君じゃないか」
「連れ込んでないってば!」
その声に、それまで俯いたままだった男がゆっくりと顔を上げた。
少し乱れた髪をかき上げ、真っ直ぐにこちらを見つめてくるその顔を見た瞬間、レフィスの脳がかちりと小さな音を立てた。
どこかで見たような気がする。目の前の男と、似た雰囲気の誰かを……どこかで。
「……分からない?」
静かに問いかけて、男が考え込む仕草をする。
「私にも、何がどうなってるのか分からないんだけど」
どくんと胸が早鐘を打つ。
何だかとてつもなく嫌な予感がした。
朝、目が覚めると、部屋にいた見知らぬ男。
一緒にいたはずのイーヴィが、どこにもいない理由。
それに加えて、この聞き覚えのある喋り方。
「……ねぇ、もしかして……」
イーヴィなの?
……と問いかけるより先に、目の前の男がとてつもなく色っぽい笑みを浮かべてレフィスを見つめ返した。
男にあるまじき色気。
体中どこからでも漂う危険な大人のフェロモン。
……もう、それだけですべてを悟った気がした。
瑞々しい緑の葉を枝いっぱいに広げた大木が、まるで大きく伸びでもするかのように、風にまどろんで揺れていた。囁きあう葉ずれの声は、小鳥の囀りに合わせて楽しげに歌っている。
風が誘う大地に、どこまでも続く柔らかな新緑の絨毯。澄み渡った青空に、ワルツを踊る白い小鳥。かすかに届く香りは、緑の絨毯に羽根を広げた美しい花々からの贈り物。
楽園と言う名は、この場所の為にあるのだと、そう思った。
見上げた丘の上に、美しい男女が立っている。
陽光にきらきらと輝く金髪を風に揺らしながら、幸せそうに微笑んでいる。エルフにも劣らない容姿を持つ二人は、けれどエルフとは決定的に違うものを持っていた。
その背にある、大きな二枚の白い翼。
今はもう、存在する事のない種族の証。
背中を覆い隠すほどの翼が、大きくゆっくりと羽ばたいた。ふわりと舞った風に、幾つかの羽根が戯れに舞い落ちる。その向こうで、緑と蒼を溶かしたような不思議な色をした瞳が、ゆっくりとこちらを振り返った。
背の高い男と、儚げな雰囲気を纏う女。
まるで双子のようにそっくりな微笑を浮かべた彼らの顔を、どこかで見たような気がした。
がたんっ、と激しい物音で目が覚めた。
反射的にぱっと開いた目とは反対に、レフィスの脳はまだ眠りの淵をゆらゆらと漂っている。開いた目が映し出すものを、脳が理解するまでに軽く数秒をかけて、レフィスが重い体をゆっくりとベッドから起こした。
「……おはよう。……イーヴィ?」
隣に寝ていたはずのイーヴィを探して、レフィスが部屋の中をぐるりを見回した。その寝ぼけ眼が捉えたものは寝起きのイーヴィではなく――見た事もない、「男」の姿だった。
「ぎゃあああああああっ!!」
優雅な朝のひとときをぶち壊す絶叫が轟いたのは、それから数秒後の事であった。
何事かと慌てて駆けつけたユリシスとライリが見たものは、ベッドの上で仰向けに転がるレフィスと、そのレフィスを上から押さえつけている見知らぬ男の姿だった。
「石女が男連れ込んでるよ」
見るからに楽しそうな笑みを浮かべたライリの横で、剣の柄に手をかけていたユリシスが堂々とこれ見よがしに大きく溜息をつく。
「何事かと思えば……」
呆れ顔のユリシスを視界の端に捉えて、レフィスが顔を真っ赤にしながら必死に手足をばたつかせる。男の手で口を塞がれている為、必死の抗議も「むがぅっ」と潰れた呻きにしかならないのが悲しい所だ。声が自由になるものならば、「違うの! 知らない男が部屋の中にいて、いきなり襲い掛かってきたの! 私は無実なの――っ!」と叫んでいた事だろう。
「邪魔しちゃ悪いし、行こうか? ユリシス」
「あぁ……まぁ、そうだな。そいつで楽しめるかどうかは保障出来ないが」
「ふがーっ、あぐ、むぅぅぅがぅっ!(ちょっとーっ! 待って、助けてよーっ!)」
好き放題言いながらこの事態を一番楽しんでいるライリと、呆れ顔にも困惑の色を浮かべつつ冷静を装うユリシス。そんな二人を睨みつけるレフィスの上で、事の発端となった男がゆっくりと身じろぎした。
「……」
無言のままゆっくりとレフィスから離れ、男がベッドの脇に立ち尽くした。その隙に逃げ出したレフィスを、ユリシスが自分の後ろに匿うように引き寄せる。
「……あ、りがとう」
「邪魔して悪かったな」
「馬鹿っ!」
少し照れながらお礼を言ったかと思うと、今度はその口を尖らせて、レフィスがユリシスの背中をばしんっと叩いた。
「痴話喧嘩もいいけどさ、ほら……あれどうもしなくていいの?」
自分から動こうとはこれっぽっちも思っていないライリが、他力本願丸出しでベッドの脇に立ち尽くしたままの男を指差した。
「っていうか、誰なの?」
「僕に聞かないでよ。連れ込んだのは君じゃないか」
「連れ込んでないってば!」
その声に、それまで俯いたままだった男がゆっくりと顔を上げた。
少し乱れた髪をかき上げ、真っ直ぐにこちらを見つめてくるその顔を見た瞬間、レフィスの脳がかちりと小さな音を立てた。
どこかで見たような気がする。目の前の男と、似た雰囲気の誰かを……どこかで。
「……分からない?」
静かに問いかけて、男が考え込む仕草をする。
「私にも、何がどうなってるのか分からないんだけど」
どくんと胸が早鐘を打つ。
何だかとてつもなく嫌な予感がした。
朝、目が覚めると、部屋にいた見知らぬ男。
一緒にいたはずのイーヴィが、どこにもいない理由。
それに加えて、この聞き覚えのある喋り方。
「……ねぇ、もしかして……」
イーヴィなの?
……と問いかけるより先に、目の前の男がとてつもなく色っぽい笑みを浮かべてレフィスを見つめ返した。
男にあるまじき色気。
体中どこからでも漂う危険な大人のフェロモン。
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