戦国武将異世界転生冒険記

詩雪

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Pro-logue

~ここは神界~

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「俺は死んだのか…」

 おぼろげな意識の中思う。

 ―――はい。死にました

 どこからともなく、そう答えが返ってくる。

「…くっ、情けなし!」

 ―――仕方が無いわよ。あれだけの人数に囲まれちゃあね

「殿は無事逃げ遂せただろうか…」

 ―――大丈夫だったみたいね

「誠か!?」

 声の主はくすっと笑い、

 ―――まこと、まこと

「そうか。役目は果たせたという事か」

 その言葉を聞いてうなだれ、なぜか疑うことなく安心する。しかし、さっきから頭の中で答えるこれは何なのだろうか。気になって聞いてみる。

不躾ぶしつけながら、貴殿は何者であろうか」

 ―――私? 神と呼ばれている存在よ

 そう答えが返ってきて、甚之助じんのすけは笑う。

「笑止な。自ら神を名乗るとは言語道断。本来なら獄に繋ぎたいところだが…。誠ならば此処は浄土か地獄のいずれかという事になるな。…いや、俺は戦とはいえ多くの殺生をしてきた。浄土には渡れまい」

 沸々と湧き上がる思考と、声の主に不信を感じられずにはいられないが、自分は死んだという事はなんとなくわかる。

よわい三十。十分に生きた。悪くない生涯であった」

 戦国期の武将の平均寿命は四十代と言われている。別段早世そうせいではない。

 と思った瞬間、目の前が形作られて行く。

「ぬっ」

 何もない真っ白な世界、見たことがない光景が広がる。

「こ、ここは…?」

「こんなに早く自分の死を受け入れる人珍しいわ!」

 声のする方へ顔を向けると、純白の衣に身を包み、黄金色の長い髪をなびかせた、天女のような美しい女が佇んでいた。

「さぁ、とりあえずあっちで話しましょう?」

 そういってうながしてくるが、素直に言う事を聞くほど愚かではない。とまどいながらも太刀に手を伸ばそうとするが、意識のみが働き、腕を動かすという動作が連動しない。

「拙者の刀は何処いずこか」

「そんなのあるわけないじゃない。刀どころか身体もないわ。あなたは魂、そうね…言い換えるなら、記憶だけの存在なのよ」

 魂だけの存在と言われ自分は霊にでもなったのかと考えるが、なるほど、確かに自身の肉体を認識できないので言い得て妙だ。

「はぁ」

 溜息をつき、こっちこっちと手招く女の後を追うことにした。

 女の導くままについていくと、これまた神々しい雰囲気の老人を中央に、七人?(人とは思えない)の老若男女の神らしき者たちがいた。

 その姿形は人間にも見えるが、ツノが生えている者、信じられない巨躯の者、漆黒の見たことのない無い装いの者もいる。

(あれはいわゆる南蛮の装いか?)

 などと考えていると、

「よく来たのぉ」
「さぁ、そこに座ってー」

 中央の老人がそう言い、最初の自称女の神に促されるがまま、いぶかしみながらも腰掛けに座った。

「む、座れた?」

 いつの間にか身体があり、それを認識している自分がいた。さっきまでの浮遊感は無くなり、自身の存在を強く感じる。そして老人の神らしき人物が長く伸びた髭を撫でつつ笑いながら話す。

「ふぉっふぉっふぉっ、もうそこまで自身を形作りおったか。見事じゃ」

 訳が分からないことを言われ、戸惑う。

「ゼウス様ぁー、甚之助さんが困ってますよぉ」

 右端に座るわらべがそういった。俺は戸惑いながらも、これを問わずにはいられなかった。

「恐れながら、貴殿らは神という事で相違ありませぬか?」

「あなたの知識の限りでは、そういう事になるわね」

 老人の左隣に座る妖艶な雰囲気を纏う女がそう答える。

「っ!」

 俺は急ぎ腰掛けから立ち上がり、勢いよくひざまずいた。なぜかそうしなければならない衝動に駆られたからだ。

 身体が認識できるようになってからというもの、この者たちからは只ならぬ雰囲気と、包み込まれるような感覚がある。

 間違いない。この者たちは、神と呼ばれる存在だ。

「神と同座など打ち首もの。即刻何なりとご処断召されよ」

 こういってひざまずく甚之助を見て、神々が目を丸くする。

「処断も何もあなたもう死んでるんだってばっ!」

 笑いながら言うのは隣にいる、甚之助をここまで連れてきた女神。

「笑っちゃだめよフォル。この子はいたって本気よ」

 笑う女神をたしなめたのは、先ほどの妖艶な女神。

「さて甚之助よ。座ってくれんかの。このままでは話もできんわぃ」

 苦笑いしながら中央に座る老人の神がそう言い、座ること強く勧めてくるので、素直に言う事を聞いておく。

「では、御免つかまつる」


 ◇


「さて、甚之助よ。まずは名乗らせてもらおうかの。儂は創造神ゼウスじゃ。他の神に力を与える、神の管理者といったところかのぉ」

 そういって、まず中央の神が名乗った。白髪に長い髭を蓄え、その発する言葉は軽妙だが得も言えぬ重みがある。

「私は運命神フォルトゥナ! 導く者とも言うわ。よろしく! 強い魂を見つけて導くのがお仕事ね」

 隣に佇む、ここまで俺を連れてきた女神がそう名乗り、くるくると回りながら踊るように自己紹介をしている。

 不遜ふそんながら、騒がしい神だな…

「僕はパーン。獣神だよ」

 右端に座る童の神が言う。

 銀髪の髪から山羊のような角が生えていて、右肩にはふわふわと綿毛のようなモノが浮いている。本当に角なのか、その綿毛は何なのか…今は聞くべき事ではないだろうな。

 本人は面白いものを見るかのように、爛々らんらんと目を輝かせながら俺を見ている。

 なんだかこの神には話しかけてもいいような気がして、獣神という聞きなれない神に聞いてみた。

「恐れながら、獣神様は…家畜の神という事でございまするか?」

「それは地球の一柱だよ。だからその神ではないかな。今の甚之助さんにはちょっとわからないかもねー」

「左様でございまするか…」

 と、これまた聞いた事が無いという単語と、投げかけられた言葉に頭を抱えたが、獣神様がさりげない助け舟を入れてくれる。

「甚之助さん! 今はわからなくて大丈夫! そのうち分かるようになるから!」
「承知仕りました」

 分かる気がしないのだが?

「俺は戦神のマルスだ! 貴様の居た国ではタケミカヅチと同じようなもんだ!」

 獣神様の横に座っている神が、馬鹿デカい声で名乗った。信じられない巨躯を持つ、いかにも戦好きな風貌をした中年らしき男神。

 俺はその瞬間、ガタッと腰掛けから立ち上がり、驚きを隠せなかった。

(聞いたことがあるっ! 養老年代七二〇年代の書物にその御名が書き記されていると。武士としてこの方だけには最大限の敬意を払わねば!)

「ふぉっふぉっふぉっ、さすがに知っておるかの戦神は」

 創造神ゼウスが笑いながらそう言う。

「はっ、願わくば生きている間にお会いしとうございました」

「がっはっは! そいつは叶わぬな! お前はもう死んでいる!」

 そう真面目に答えるマルスを見て、

「マルスうるさい!」
「うぐっ…」
「しっかし、マルスって戦のある星ではスゴイ有名だよねぇ」

 ツッコむ運命神フォルトゥナと、言いながらキャッキャと笑う獣神パーン。フォルトゥナに睨《にら》まれマルスは黙ってしまった。苦手なのだろうか?

 まぁそれは俺の埒外らちがいだ。……それで、星とは?

「じゃあ次はワタシ♪ 私はディーナ。愛と美をつかさどっているわ」

 創造神ゼウスの左隣に座っている女神が自己紹介をする。

 美を司っているだけあって、運命神フォルトゥナに無い妖艶さと美しさが目に眩しく、紫の長い髪が右目を覆っている。

 頬杖をついてこちらに視線を送る姿は、多くの男子を虜とするに違いない。フォルトゥナは可愛らしい、ディーナは美しいといった印象だ。

 あまり視線を向けることは出来ず、俺は素早く会釈した。

「さて、そろそろ喋らせてもらおうかのぅ」

 次に口を開いたのがゼウスの右隣に座る老婆の姿をした神。

「あたしゃ大地神メーテル。よろしゅうな甚ちゃんや」

「じ、甚ちゃん?」

 とっさの呼び名に慌てる。草色の髪を後ろに結わえ、顔に多くのシワを蓄えてはいるが、まだまだ現役じゃと言わんばかりに大地神メーテルは意地悪く笑っている。

「かわいかろう? 甚ちゃん。ひっひっひ」
「は、はぁ…」
「メーテル様いいじゃん! 甚ちゃんかわいい!」

 大地神様なら何とか腑に落ちるが、この騒がしい女神に言われるとなんとなく得心がいかない。俺は隣でくるくる回る運命神様にこっそり恨めしい目を向けた。

「ハーバーンだ。魔神である」

 前触れもなく話し出した神に目をやる。愛と美の女神ディーナの左隣に座る、ずっと書物を読んでいる細身の、しかし重みのある声を発する神。その姿は漆黒の南蛮のごとき装いで、目の部分に透明な板らしきものを装着している。

 つまりタキシードに眼鏡姿。

 髪は俺と同じ黒である。

「ま、魔神様にございまするか…」
 
魔神という神も聞いたことが無い。ハーバーンは俺には興味はないと言いたげに、一言話すと書物に目を落としていた。

「甚。考えなくていい。今のあなたにハーバーンはわからない」

 そういったのが、一番左に座る幼い少女のような神。

「私は水神ミズハノメ」

 水神は分かりやすい。おそらく海などを司っておられるのであろう。

 青い目と自身の背丈と同じぐらいの、青く長い髪が印象的だ。先ほどから空中に浮く水の玉で手毬をしたり、水で魚を形どったりと、もはやことわりの外だ。沈黙以外に無い。

 そして目の前の八神が名乗ったので次は俺が名乗らなねばなるまい。

「既にご存じかと思いまするが、拙者、甘木郡守こおりのかみ様筆頭家老相良甚左衛門が嫡男、相良甚之助に御座います。以後お見知りおきを。創造神様、運命神様、獣神様、戦神様、愛と美の神様、大地神様、魔神様、水神様」

 名を告げ、全員の名を復唱し改めてひざまづく。

「ふぉっふぉっふぉっ、甚之助よ、跪かんでよいて。それからその言葉遣いも無用だぞぃ。お主は我らがここへ招いた客人とも言える。気楽にやってくれると嬉しいぞ」

「そうよ甚君。そうかしこまられるとこっちもやりずらいわ!」

 その言葉と皆の視線を受け、俺は固辞することが出来ず、『もはやこれまで』と諦めた。

「恐れ多くありまするが…ゴホン! あいわかった。そうしよう」

 そう応えるのであった。


「さーて、甚之助。自己紹介も済んだことじゃ。改めて状況とこれからの説明と行こ――――」

「待って待ってゼウス様。甚君を導くのは私の仕事よ!」

 ゼウスが口を開こうとするとフォルトゥナがそれを遮る。

「おお。そりゃそうじゃの。いざなうのは久々じゃったからはやったわ。ではフォルトゥナ、よろしく頼むぞい」

 運命神以外の神の姿がスッと消え、フォルトゥナに向き直る。

「まずは改めて。あなたは死にました。ここは現世で生を終えた魂が集まる場所、“神界”。ここはもう大丈夫ね? で、なぜ死んだか覚えてる? どの程度覚えているかっていうのもこれからの説明に必要な事だから、死んじゃう前、覚えてる限りで教えて欲しいかな」

「ああ。覚えている限りで答えよう」

 俺はゆっくりと思い出しながら語った。

「俺は、甘木軍の足軽大将として漆川うるしかわ軍との合戦に臨んでいた。第一軍として合戦予定地手前の中央丘に陣取ることに成功し…――敵将を討ったが、直後に敵に囲まれ、あえなく討ち死にした」

 フォルトゥナは沈黙している。

「甚君」

 俺の名を呼び、語り掛ける。

「戦も人の営みの一部。私たちはそれを見ているのが役目だから、あなたの現世での生涯にかける言葉は無い」

 ただし、と付け加える。

「全部合ってるって事は伝えておくわ」

「君がここに導かれ、八神わたしたちを認識できる理由がわかった。過去にこれほど現世の記憶を保ってここまで来た人はほとんどいないわ。大抵の場合、病気で死んだとか、事故で死んだとか、死に直結した事象しか覚えてないの。言っちゃえば、そういう状態で私以外の神を認識することはできないのよ」

「つまり甚君の魂は強く、大きく、やり遂げた者の綺麗な魂だという事よ。少しでも未練があれば魂は淀み、この神界で現世の姿を完全に再現することはできないわ」

 確かに、俺は八人の神の姿を見ているし、声もはっきり聞こえている。さらに生前の自分自身の姿を今は自分の目で確認できている。

「ここからが本題よ。これから君は私の『魂の選別』を受けることなく、行き先を自分で選ぶことが出来るわ」

「どういう事だ?」

「甚君の知識の範囲内でわかりやすく表現すると」


 “浄土” “地獄” “虚無” そして、“転生”

 “浄土”とは、次なる生命に生まれ変わるため、現世の器の空きを待つ場所。

 “地獄”とは、汚れた魂を浄化し、浄土へ渡れるよう試練を受ける場所。

 “虚無”とは、数々の転生を繰り返し、すり減った魂が還る場所。

 “転生”とは、前世の魂のまま、新たな器に入り現世へ渡る事。

「私のおススメは転生よ♪」

 さっきまでの真剣な眼差しの女神は何処へいったのか、頬に手を当てながら顔を寄せてくる。

 状況不利と判断。仰け反りながら質問する。

「すまぬ、浄土と転生の違いが解らぬ。結局浄土も運命神の導きで現世の器に入るのだろう?」

「まぁ、当然の質問ね。浄土は次の器に入るのを待つ場所ってのは言った通り。でも、その間魂は前世の記憶を失っていくわ。そして、いつ次の器に入れるのかはわからない」

「浄土は順番を待つんじゃなくて、ふさわしい器がってことなの。ふさわしい器が空くのはいつになるかわからないわ。私達は既存の生命に干渉できないから、他の魂と入れ替えることはできない。つまり、最悪浄土に魂のまま永遠に居続ける事になるの」

「なるほど…気の遠くなるような話だ」

「対して転生は待つ必要はないわ。すぐに現世へ渡ることが出来るから、前世の記憶をもったまま」

「ふむ」

「そして何より、ゼウス様が新たに作った器に入ることになるの。その器はこの神界で生まれた器だから、その新たな器には私達八神がいろいろな力を与えてあげることができるの」

「要するに、神が与えたまう様々な才をもって、前世の記憶と共に新たな生を歩むことが出来る、という事か?」

「その通り!」
「それは…聞く限り転生一択だな」
「でしょ?」

 フォルトゥナの説明通りなら、自由な生を歩むことが出来る。後悔のない人生だったが、古くから代々続く家を守ることに全てを捧げてきた。

 だが俺は幼い頃、父からの厳しい訓練の毎日に嫌気がさし、諸国を流れる自由気儘な生活をしてみたいと思っていた時期がある。それが叶うならそういう生も悪くない。

「少し一人で考えさせてくれないか?」

「もちろん! ここでは時の概念はないわ。ゆっくり考えてみてね!」

 そういうと、フォルトゥナの姿がスッと消えた。


 ◇


 一方、説明終えたフォルトゥナを加えた神たち。

「すごいわ。あの戦の事、甚君が知りうる事全部覚えてたのよ!」

「やはりのぅ。儂が見えて声が聞こえるほどじゃ。儂は魂は均一にしか作らん。よほど地球で大きく育ったようじゃ」

 フォルトゥナは興奮冷めやらぬ様子、ゼウスも大きな存在となった甚之助の魂に笑みがこぼれる。

「確かにあいつの最後の単騎掛け、俺の加護が無いにもかかわらず見事なものだった。あれであいつの魂はさらに大きく輝いたとみる。俺は奴を気に入った! 転生するなら加護をやる! ゼウス爺、いいだろう?」

「あーマルスずるい! それなら僕も甚之助さんに加護あげたい!」

「…私も」

 戦神であるマルスは甚の武勇にほれ込んだのか、転生後の肉体に加護を与えると言い出し、獣神パーンと水神ミズハノメもそれに続いて、創造神ゼウスに水を向ける。

「そもそも加護は現世の者にお主たちの意思で好きに与えられるもの。だが、あまり均衡は崩さぬようにのぅ」

 ゼウスの言葉にマルスとパーンは手を打ち、ミズハノメも静かに感謝の目をゼウスに向けた。

「それにしても、マルスとパーンはともかくミズハちゃんまでなんて珍しいんじゃない?」

 とフォルトゥナがミズハノメに話しかける。

「甚はきっとやさしい人。あの世界に転生するなら、私のお庭に遊びに来て欲しい」

「あーそういえばあったわね、あの世界にミズハの庭。誰か来たことあるの?」

「ミズハちゃんのお庭って、たしか危険なことわりだらけで、人は簡単には来られないようになってるのよね?」

 そう話すミズハノメに、愛と美の女神ディーナとフォルトゥナが聞く。

「そう。人には干渉できないし、いっぱい来られると困る。だからわかりにくいとこに作った。最後に世の糧が来たのは……おぼえてない」

「とにかく滅多に来ないって事ね。この際全員の加護つけちゃってもいいんじゃない?」

「それいいねディーナ!」

 面白半分で言ったディーナの一言に、フォルトゥナが楽しそうに追随する。

「これこれ。甚之助の意思が無い限り、無闇に与えちゃいかんぞ」
「わかってますよぅ」
「はぁ~い」


 ◇


「お待たせした」

 俺の一言で、フッと八神が姿を現した。

「あら、甚君。案外早かったわね」
「そうか?」
「して、どうするか決めたかの甚之助や」

 隣のフォルトゥナが話し、ゼウスが返答を促した。

 条件付きで、俺は決めた。


 ――――ああ、転生する


「決まりだな! さて甚。早速だがこの戦神マルスの加護を受け取れぃ! これでお前は転生先で最強の人間となれるぞ! がっはっは!」

「待ってくれ、そのことなんだが…」

 と、張り切るマルスの言葉に頭を下げた。

「ありがたいが、神々の力や天賦の才は必要ない」

「なんだと!?」

 俺は前世で天賦の才を持っていた人間を知っている。

 そやつは弓の名手だったが、才に溺れ、鍛錬を怠る腑抜けに俺は見えた。なまじ戦で役に立ったから若いながら将にまで上り詰めたが、用兵を知らず、将として戦で功を挙げる事は無かった。最後は小さな戦で功を焦り、無謀な突撃で部下を大勢死なせた挙句、逃げる背を討たれ死んだという末路だ。

 俺はそやつの才をうらやんだこともあったが、身の丈に合わぬ才は破滅をもたらすと悟った。才とその者の器は、同程度であるべきだ。器が小さければ才は溢れ破滅をもたらし、器が大きすぎれば無用の長物となろう。俺はそうはなりたくなかった。

 最初は赤子だろう? ただでさえ前世の記憶を持って生まれるんだ。

 神の寵愛を受けた最強の赤子など、まともな生を送れるわけがない。俺はごく普通の人間として生きたい。学び、鍛錬し、成したいことを成せる生を送りたいんだ。

 その事をつらつらと伝える中、戦神を筆頭に皆が目を丸くしている。

 ただ、魔神ハーバーンを除いて。

「そして出来ることなら、生きた年月相応の記憶を引き継げないだろうか。例を挙げるなら、来世に産まれ五年の歳月の生なら、前世の記憶は産まれてから五年の歳月の記憶でいい。そのようにした方が、俺はに生きてゆける気がするのだ。…傲慢だろうか?」

 『めんどくさっ!』

 七神の言葉が神界に響き渡る。ハーバーンだけは天を仰いでいた。次いで『はぁ』と神達のため息がこだまし、創造神ゼウスが口を開いた。

「甚之助や、安心せぃ。それは傲慢とはいわん。よく言えば真面目。悪く言えばクソ真面目じゃ」
「まぁ、強欲じゃないだけまだマシかもね…」
「僕、逆に尊敬するよ」
「うぉー! つまらねぇぞ、甚!」
「甚ちゃんがワシらを届いた理由を垣間見たのぅ。ひっひっひ」
「私の加護つけたら大勢泣かせる事になるのは明白だわっ!」
「甚…やっぱりやさしい」

 皆一様に喋り出す。一神ズレたことを言っているが、甚之助は気付かず顔を伏せたまま黙っている事しか出来なかった。


 ◇


「じゃあ、転生する前に言っておくわね」
「ああ」

 運命神フォルトゥナが転生前の注意事項を話し始める。

「まず、願いは叶えてあげられる。甚君の記憶は引出しにしまっておきます。でも、記憶を引き継ぐといっても、転生後に影響する事は引き継げないわ。例えば君の両親やそれに準ずる近しい人の記憶よ。友人や仕えた主の事。あとはそれに連なる人たちね。さっきの弓の人? そういった人の事は引き継がれないわ。総じて、名は持って行けない」

「わかった。それを聞いて安心した。前世の両親を覚えていては、次の両親に戸惑いを隠せる気がせぬ。それで…一つ聞いてもよいか?」

「なになに?」

「次の世に戦はあるのか?」

「あるわ。戦いの場は前世よりはるかに多いと思う。人同士もあるけど、より強大な人外との闘いが多いよ。甚君の居た前世とは全く異なる世界だから」

「人外? 物の怪の類か。信じられんが偽る意味もないだろう。危険な世のようだな」

 俺は少し考え、

「では、最後にわがままを聞いてもらいたい」

「言ってごらんなさい♪」
「言ってみよ。大抵の事は叶えてやれるぞぃ」

 フォルトゥナは叶える気満々、ゼウスも大盤振る舞い待ったなしの雰囲気だ。

「俺の名と武士の矜持は残せるか? 人の記憶が消えるとなると、武士の心は成り立たぬ。人との繋がり無くしては育まれない。幼少より生き抜くために、武士の矜持は持っていたいのだ」

「安心せぃ。それはお主の魂に刻まれておる。名も残してやろう」
「そんなんでいいの? ほんと欲が無いねぇ」
「感謝する」

 全ての条件がそろい、運命神は力を解放し始めた。

 そこに、一人ソワソワとしていた獣神パーンがもう我慢できない、と前に出た。

「待って待って甚之助さん! おまじないかけてあげる! 強くならなければいいんでしょ? 甚之助さんはここへ来たばかりだけど、僕も含めてみんな応援したいと思ってるんだよ!」

 というと甚之助がかたくなに固辞しそうなので、あえて『おまじない』と言う表現を使って呼び止める。

「ああ。才は御免被るが、神々の御心ならば有り難く頂戴したい」

「じゃあ、はいっ!」

 甚之助の身体に一瞬光が灯る。

「い、今のは?」
「僕の眷属と仲良くなれるおまじないだよ!」
「眷属…? よくわからんが、気の置けない仲間はいいものだ。感謝する」

 そんな甚之助とパーンのやり取りを見て、他の神も集まってくる。

「私も。お友達になれるおまじない」
「ったく、おらぁ!」
「あたしゃもついでにの」
「甚には役に立たないかもだけど…っと」

 水神ミズハノメ、戦神マルス、大地神メーテル、愛と美の神ディーナの順に次々と『おまじない』が掛けられていった。

「皆、感謝します。しかし、戦神様のまじないは大丈夫でござるか」

「俺のはいい武器に出会えるようにするだけのもんだ。別に肉体に影響は与えねぇよ。転生先にお前の大好きな『刀』は今んところ存在しないからな? 武士なのに刀が無いなんて骨抜きだろう。せめてものまじないだ。大人しく受け取っておけ!」

「なんと、太刀が無いとは。そうであるなら有り難く」
「甚之助。儂のまじないはどうじゃ? 寿命一万年は固いぞ?」
「…ご無用に願います」

 『なんじゃつまらん』などとゼウスと話してると、魔神ハーバーンが近づき、

 ズズズッ

 黒いモヤのようなものが俺を包み込んだ。

「魔神様?」

 不意を突かれたように、一瞬間を置いてハーバーンの名を口にする。他の神達も『えっ』という顔をしている。

「大した影響はない。さっさと失せろ」

 今まで自己紹介以外に一切話さなかった神が甚之助に力を与えた。他の神達は驚きを隠せないようだ。

「ご、ごめんごめん甚君。ハーバーンが自分の意志でやるなんて今までなかったから、私達もびっくりしただけだよ。大丈夫っ! めずらしいってだけで、本当に甚君の力にな影響は無いから安心して!」

 そう言って助け舟を出す運命神の言葉に安心する。

「そうであったか。一瞬死を覚悟したが安心した。魔神様、感謝します」

 ハーバーンは書物に目を落としながら『フンッ、もう死んでおるわ』と言った。

「さぁ気を取り直して最後はわたし! 君に素敵な運命が訪れますように!」

 運命神フォルトゥナの光に包まれ、目の前が白くなっていく。

「ではゆくがよい甚之助! 次の世界がお主を待っておる!」

 ゼウスの言葉と共に身体は宙に浮き、転生が始まろうとしているのが分かる。もう会う事は無いと感じながら、俺は感謝と覚悟を伝えた。

「八の神々よ、これまでのお導き感謝する! 我が新たなる生をご覧じあれっ!」

「いってらっしゃい!」
「ふぉっふぉっふぉっ」
「頑張ってね、甚之助さん!」
「行って来い!」
「ばいば~い」
「元気でのぅ。ひっひっひ」
「甚。またね」
「…フン」

 スーッと甚之助が消えるのを見届け、獣神パーンが右肩に浮いている綿毛に話しかけた。

「さぁ僕の子。あとは頼んだよ。その赤子はごく普通の人間の赤子と全く変わらない。その世界ではすごく弱い存在だから、すぐに死んじゃわないように少し面倒見てあげてね」

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 ロードという名を持った逆立つ金髪の目立つエメラルド色の瞳を持つ主人公がいた。  10才の頃からストンヒュー王国の宮廷使用人見習いだった。  ストンヒュー王国とは動物と人が言葉を交えて共存する異世界である。  お目付け役として3匹のネズミにロードは見守られた。  記憶を無くしていたので王様の意向で宮殿に住まわせてもらっている。  12才の頃、レジェンドオーブ・スライムという絵本と出会い竜に乗って異世界に旅立つことを夢見る。  それからは仕事に勉強に体を鍛えることで忙しかった。  その頑張りの分、顔が広くなり、国中の人と動物たちと友達になった。  そして彼は19才にまで育ち、目標だった衛兵になる道を諦め使用人になる。  しかしスライム勇者に憧れた青年ロードの冒険は、悪い竜が現れたことによりここから始まる。  

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向原 行人
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しゃむしぇる
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 こちらの作品はカクヨム様にて先行公開中です。外部URLを連携しておきましたので、気になる方はそちらから……。  職場の上司に毎日暴力を振るわれていた主人公が、ある日危険なパワハラでお失くなりに!?  そして気付いたら異世界に!?転生した主人公は異世界のまだ見ぬ食材を求め世界中を旅します。  異世界を巡りながらそのついでに世界の危機も救う。  そんなお話です。  普段の料理に使えるような小技やもっと美味しくなる方法等も紹介できたらなと思ってます。  この作品は「小説家になろう」様及び「カクヨム」様、「pixiv」様でも掲載しています。  ご感想はこちらでは受け付けません。他サイトにてお願いいたします。

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