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17_慟哭
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私は、里美と再会した懐かしさと、朱美がその娘だという事に驚きつつ、二人を見ていた。
「朱美は、朱美の本当の父親はあなたなの」
里美の言葉に一瞬何を言っているのか理解できなかった。里美の隣に座っていた朱美も、このことは聞かされていなかったのだろう。驚愕の表情で、私と里美を交互に見ている。朱美の父親が私。そんなはずはない。里美とは付き会うことも出来ずに別れているはずだった。
「何を言っているんだ。そんなはずないじゃないか。君は、あの後会社を辞めて、私や会社の同僚とも連絡を一切取らずに姿を隠した。こんなに近くで生活しているなんて知らなかった。ましてや、朱美が君の娘だなんて」
「三十数年前、会社を辞めてあの時期の友達とは連絡を取らなくなった。上京して一人で暮らしている内に、結婚してもいいかなという人に出会ったの。結婚式の数週間前に一度だけあなたに連絡したのを覚えてる。あなたにも付き合っている人がいて、それでも最後に一度だけ会ってくれた」
私は、思い出していた。里美と離れて、三年後に同僚の知り合いから紹介された女性と結婚する事になった。一緒に居てても、自分の感情が揺さぶられることも無く、里美のように近くにいるとドキドキするような感情は芽生えなかった。そんな時に、音沙汰の無かった里美から連絡が入った。優子に嘘を付き、里美と待ち合わせたホテルで再会した。そして里美と出会った後に私は当時付き合っていた優子と籍を入れた。
「思い出したよ。たった一度だけ、君との再会の夜に」
あの時、里美と初めて一晩を過ごした。二人ともに若かった。辛かった思い出を忘れるかのように愛し合った。
「あの後、妊娠したの。結婚した人には内緒にしていた。最後までバレはしなかった。でも、結婚生活はうまくはいかなかった。朱美が生まれて一年後には別れて実家に戻って来ていた」
その後の事は、朱美から聞いている内容と一緒だった。実家で親に朱美を見てもらいながらも、里美は働きだした。数年後に今の養父と出会い、実家の近くに住み始めた。朱美が里美の若かりし頃に勤めていた会社に就職したのは知っていたが、過去の話は敢えて話さなかったらしい。里美にとっては、もう過去の事になっていた。
私は、朱美を見た。彼女が私の血の繋がった娘。私は、知らなかったとはいえ、我が子を抱いてしまった。私が怒りに任せて殴り倒した養父よりも下劣な人間だ。娘を性的な目で見ていた自分を許せなかった。
「雄一が、私のお父さん?お母さん、本当なの、今の話は、本当なの」
朱美が、話し終わった里美に詰め寄る。彼女は朱美の頭を撫でて、自分の胸に抱き寄せる。咽び泣く朱美を優しく抱いて、耳元でささやく。
「ごめんね朱美。もっと早くに話しておくべきだった。雄一とあなたが出会う前に。こうなる前に話しておくべきだった」
私は、抱き合う二人を見て、ゆっくりと立ち上がる。
「少し、一人になりたい」
マンションから出ると、雪がちらついていた。再び駐車場に戻ると、エンジンをかけて車が暖まる前に走り出していた。
目的地など無かった。ただ走っていたい。運転することで、他の事を考えないようにしたかった。しかし、頭をよぎるのは、朱美の事だった。
車を走らせている中、私の頭の中はぐるぐると回っていた。 朱美が自分の娘だという現実。知らなかったとはいえ犯した許されざる罪。何度も思い出そうとしては、思考がそこで止まってしまう。養父が朱美にしたことと、自分が朱美に抱いていた感情。そのすべてが混じり合い、田村の心は限界に達していた。
やがて、車は自然とかつて雅也を埋めた山道に向かっていた。ここは、彼が人生の中で犯した最も大きな罪の起点だった。あの時、里美を守るために仕方なかったとはいえ、その行為の重さが今も私を苦しめている。
雪が深々と降り続ける中、私は車から降りるとゆっくりと歩き始めた。冷たい風が私の顔に吹き付け、積もり始めた雪が地面を白く染めていく。車中から持ってきた懐中電灯を付けているが、若い頃の様に体が反応しない。足元は滑りやすく、樹々の根っこで躓きそうになりながらも、私は歩みを止めなかった。あの場所を目指して前進していた。
三十年前に彼を埋めた場所。辻井雅也の死体を埋めた場所を。このけもの道のような道を里美と歩いたのを想い出す。俺の人生は里美に出会い、そして朱美に出会うことで大きく運命が変わってしまった。里美の時も、朱美の時も愛する気持ちに嘘偽りはなかった。あの時の気持ちは本気だった。本気で愛していた。今でもそれは変わらない。
私は木々の生い茂る中から夜空を見上げた。右に左に揺れながら、風に舞い上げられながらそれでも地面を目指して舞い落ちてくる花弁雪を見た。さっきまではまだらになっていた地面が薄っすらと白い物で覆われてきている。
私は、何故辻井雅也の葬った地を訪れようとしているのか自分でもわからなかった。彼に許しを請おうとは思っていないし、里美の罪を隠す必要があった。里美の心を自分のものにしたかった。
私は、自分の欲望のために、愛を語り、愛する人を守っているかのように見せたかったのだろうか。私は辻井雅也を埋めた場所に辿り着いた。そこには目に見える何かが残っているわけではない。ただ、記憶の中にその場所がはっきりと刻まれていた。
雅也を埋めた場所で罪を犯した両手を見続ける。
「雅也・・・」私は両ひざを折り、雪が積もり始めた地面に跪いた。
口にするたびに、心の中にわだかまっていた感情が再び押し寄せる。私は、雪の降りしきる夜空を見上げた。舞い落ちる雪が静かに地面と私の肩に降り積もる。まるで、その罪を包み隠そうとしているかのように、静寂の中で降り続けていた。
「俺は…お前を殺した。許してほしいとは思っていない。だが、俺の中であの時から何もかもが狂ってしまったんだ」
私は、いつしか声をあげて泣き出していた。涙がとめどなく流れだす。私は、静かに頭を下げて体を丸めるように地面にひれ伏した。雪の冷たさが膝を通して全身に染み渡る。雅也を殺したこと、朱美との関係、すべてが今、彼の心を押し潰そうとしていた。
「俺はどうすればいい…どうすれば許されるんだ…」
私の叫びは、冷たく静まり返った山の中に吸い込まれていく。応える者は誰もいない。ただ、舞い落ちる雪だけがその場を静かに覆い尽くしていく。
OpenAI DALL·E
「朱美は、朱美の本当の父親はあなたなの」
里美の言葉に一瞬何を言っているのか理解できなかった。里美の隣に座っていた朱美も、このことは聞かされていなかったのだろう。驚愕の表情で、私と里美を交互に見ている。朱美の父親が私。そんなはずはない。里美とは付き会うことも出来ずに別れているはずだった。
「何を言っているんだ。そんなはずないじゃないか。君は、あの後会社を辞めて、私や会社の同僚とも連絡を一切取らずに姿を隠した。こんなに近くで生活しているなんて知らなかった。ましてや、朱美が君の娘だなんて」
「三十数年前、会社を辞めてあの時期の友達とは連絡を取らなくなった。上京して一人で暮らしている内に、結婚してもいいかなという人に出会ったの。結婚式の数週間前に一度だけあなたに連絡したのを覚えてる。あなたにも付き合っている人がいて、それでも最後に一度だけ会ってくれた」
私は、思い出していた。里美と離れて、三年後に同僚の知り合いから紹介された女性と結婚する事になった。一緒に居てても、自分の感情が揺さぶられることも無く、里美のように近くにいるとドキドキするような感情は芽生えなかった。そんな時に、音沙汰の無かった里美から連絡が入った。優子に嘘を付き、里美と待ち合わせたホテルで再会した。そして里美と出会った後に私は当時付き合っていた優子と籍を入れた。
「思い出したよ。たった一度だけ、君との再会の夜に」
あの時、里美と初めて一晩を過ごした。二人ともに若かった。辛かった思い出を忘れるかのように愛し合った。
「あの後、妊娠したの。結婚した人には内緒にしていた。最後までバレはしなかった。でも、結婚生活はうまくはいかなかった。朱美が生まれて一年後には別れて実家に戻って来ていた」
その後の事は、朱美から聞いている内容と一緒だった。実家で親に朱美を見てもらいながらも、里美は働きだした。数年後に今の養父と出会い、実家の近くに住み始めた。朱美が里美の若かりし頃に勤めていた会社に就職したのは知っていたが、過去の話は敢えて話さなかったらしい。里美にとっては、もう過去の事になっていた。
私は、朱美を見た。彼女が私の血の繋がった娘。私は、知らなかったとはいえ、我が子を抱いてしまった。私が怒りに任せて殴り倒した養父よりも下劣な人間だ。娘を性的な目で見ていた自分を許せなかった。
「雄一が、私のお父さん?お母さん、本当なの、今の話は、本当なの」
朱美が、話し終わった里美に詰め寄る。彼女は朱美の頭を撫でて、自分の胸に抱き寄せる。咽び泣く朱美を優しく抱いて、耳元でささやく。
「ごめんね朱美。もっと早くに話しておくべきだった。雄一とあなたが出会う前に。こうなる前に話しておくべきだった」
私は、抱き合う二人を見て、ゆっくりと立ち上がる。
「少し、一人になりたい」
マンションから出ると、雪がちらついていた。再び駐車場に戻ると、エンジンをかけて車が暖まる前に走り出していた。
目的地など無かった。ただ走っていたい。運転することで、他の事を考えないようにしたかった。しかし、頭をよぎるのは、朱美の事だった。
車を走らせている中、私の頭の中はぐるぐると回っていた。 朱美が自分の娘だという現実。知らなかったとはいえ犯した許されざる罪。何度も思い出そうとしては、思考がそこで止まってしまう。養父が朱美にしたことと、自分が朱美に抱いていた感情。そのすべてが混じり合い、田村の心は限界に達していた。
やがて、車は自然とかつて雅也を埋めた山道に向かっていた。ここは、彼が人生の中で犯した最も大きな罪の起点だった。あの時、里美を守るために仕方なかったとはいえ、その行為の重さが今も私を苦しめている。
雪が深々と降り続ける中、私は車から降りるとゆっくりと歩き始めた。冷たい風が私の顔に吹き付け、積もり始めた雪が地面を白く染めていく。車中から持ってきた懐中電灯を付けているが、若い頃の様に体が反応しない。足元は滑りやすく、樹々の根っこで躓きそうになりながらも、私は歩みを止めなかった。あの場所を目指して前進していた。
三十年前に彼を埋めた場所。辻井雅也の死体を埋めた場所を。このけもの道のような道を里美と歩いたのを想い出す。俺の人生は里美に出会い、そして朱美に出会うことで大きく運命が変わってしまった。里美の時も、朱美の時も愛する気持ちに嘘偽りはなかった。あの時の気持ちは本気だった。本気で愛していた。今でもそれは変わらない。
私は木々の生い茂る中から夜空を見上げた。右に左に揺れながら、風に舞い上げられながらそれでも地面を目指して舞い落ちてくる花弁雪を見た。さっきまではまだらになっていた地面が薄っすらと白い物で覆われてきている。
私は、何故辻井雅也の葬った地を訪れようとしているのか自分でもわからなかった。彼に許しを請おうとは思っていないし、里美の罪を隠す必要があった。里美の心を自分のものにしたかった。
私は、自分の欲望のために、愛を語り、愛する人を守っているかのように見せたかったのだろうか。私は辻井雅也を埋めた場所に辿り着いた。そこには目に見える何かが残っているわけではない。ただ、記憶の中にその場所がはっきりと刻まれていた。
雅也を埋めた場所で罪を犯した両手を見続ける。
「雅也・・・」私は両ひざを折り、雪が積もり始めた地面に跪いた。
口にするたびに、心の中にわだかまっていた感情が再び押し寄せる。私は、雪の降りしきる夜空を見上げた。舞い落ちる雪が静かに地面と私の肩に降り積もる。まるで、その罪を包み隠そうとしているかのように、静寂の中で降り続けていた。
「俺は…お前を殺した。許してほしいとは思っていない。だが、俺の中であの時から何もかもが狂ってしまったんだ」
私は、いつしか声をあげて泣き出していた。涙がとめどなく流れだす。私は、静かに頭を下げて体を丸めるように地面にひれ伏した。雪の冷たさが膝を通して全身に染み渡る。雅也を殺したこと、朱美との関係、すべてが今、彼の心を押し潰そうとしていた。
「俺はどうすればいい…どうすれば許されるんだ…」
私の叫びは、冷たく静まり返った山の中に吸い込まれていく。応える者は誰もいない。ただ、舞い落ちる雪だけがその場を静かに覆い尽くしていく。
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