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16_再会
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カフェに行った数週間後、私は朱美からマンションで一緒に食事をしようと誘われていた。約束の時間に朱美から預かっている合鍵で彼女のマンションのドアノブにキーを挿し込み解錠すると、いつもの様にドアをそっと開けて、同時に体を滑り込ませる。どこかで後ろめたさがあるのだろう。誰かに見られるとという思いが行動に現れている。いつもは寝室のある部屋までの廊下も電気が灯っているのだが、今日は灯っていない。キッチンの方も明かりが消えているので短い通路は暗かった。私が来るまでの間、寝室でゆっくりしているのだろうか。寝ている所を起こしてやるのも可哀そうだ。
そう思いながらも狭い玄関で靴を脱ぎかけた時、女性の喘ぎ声を聞いたような気がした。私は暗い通路を足早に朱美の寝室の前まで行くとノックもせずに押し開けた。寝室は豆電球の明かりで薄ぼんやりとだが明るい。朱美のベットの上で男が彼女の上に覆いかぶさるような姿勢で腰を動かしている。
私はその状況を見ると同時に怒りが頂点に達しているのが自分でも不思議だった。ドアの開閉で気付いた二人が同時にこちらを見る。その時にはすでに男の右顔面に私の左拳がめり込んでいた。男は避けることも出来ず、ベッド横の壁に左上半身がぶつかる。
私はシャツだけの男に向かって右肘を折り曲げた状態で肘を顔の中央めがけて叩き込むと、顔面に当たった右肘に鼻骨の砕ける音と感触が伝わって来た。
私は体も大きい方では無いし、むしろ小さく腕力も弱い方だ。喧嘩なども経験が無かったが、この時の私は、自分を抑えることが出来なかった。完全に無防備な状態で幾ら非力とは言え、完璧に当たった二発で男の反撃の力さえも奪っていた。鼻と口から血を流しながら恐る恐る私を見上げる目には、恐怖の色が感じ取れた。全裸の朱美はベットの上で布団を体に引き寄せて未だ状況を理解出来ずに怯えていた。それは、私に怯えていたのか、養父の体を心配していたのか。
幾度か朱美からは養父の容姿を聞いたような気がする。血を流して怯えている男は、朱美の養父に間違いないようであった。
私は朱美の怯えている表情を見て自分のしたことの愚かさに気付いた。いい年をして暴力で解決しようとしていた自分を恥じた。
無言で玄関へ向かう私の背中には、朱美の言葉は何一つ降りかからなかった。マンションを出ると外は寒かった。
今夜は雪になる予報だったとふと思い出す。マンションの駐車場を横切り、自分の車を止めてある駐車場まで歩き始めた。
少しは、怒りは収まって来ていた。養父のしていることも、自分がしていることと何が違うのだろうか。血の繋がらない親子が、私と同じように好意を持っていても何ら可笑しくないではないか。傍目から見れば、非常識と映るのだろうが。私も既婚者でありながら、成人した息子が居ながら、息子と同じ年の女性に手を出してしまった。恋に年齢は関係ないという人もいれば、親子ほど離れているなんてありえないという人もいる。
美しい物や可愛いものを見て素直に美しいとか可愛いという事の何処が間違っているのだろうか。そして、それを手に入れる事の何処が非常識なのだろうか。もちろん理性はあるが、それだけでは抑えきれない感情もある。朱美との関係がまさにそれだった。
車を止めている駐車場で自分の車に乗り込みエンジンをかけたが、すぐには出て行かなかった。フロントガラスの霜を取る必要もあったし、私がしでかした過ちも気になっていた。
朱美は何故すぐに助けを求めなかったのだろうか。もしかすると、私が行くことを知ったうえで養父と会ったのではないだろうか。私の気持ちを試してみたのだろうか。いくつもの疑問が頭をよぎる。
車が暖まった頃に、エンジンを止めた。車を降りると、朱美のアパートへと向かった。
アパートに戻り朱美の部屋のドアを開ける。
「朱美入るよ。さっきは申し訳なかった。一度話し合おう」
私は、玄関で靴を脱ぎ、廊下を進む。先程とは違い、玄関から廊下の明かりも奥のキッチンも明るかった。キッチンの方から一人の女性が姿を現す。その女性は、朱美ではなかった。髪は短くショートにして、歳は私より少し若いくらいだが、目鼻立ちのはっきりした美人だった。その顔を見た瞬間私の体に電流が走ったかのような衝撃を受けた。
「どうして、ここにいるんだ」
私は、辛うじて声を絞り出した。
彼女の後ろに朱美が立っていた。
「お母さん、知り合いなの。田村さんを知っているの」
朱美も彼女に問いかける。
里美は私を見詰めたまま頷いた。
「君の娘だとは知らなかった。朱美からも聞いていなかったし」
「朱美、あなたにも話しておかなければならないの。一緒に聞いてくれる」
里美の後ろで朱美が頷く。
「雄一とお母さんと知り合いだって知らなかったから。だから、どんな関係だったか私も聞きたい。知っておきたい」
二人は、小さなキッチンの奥に私を誘った。いつもは朱美と二人で座って食事をするために使っている小さなキッチンは、二人掛けのソファとローテーブルが置かれているだけだった。
私は、キッチンに入りながら、養父の状態を朱美に聞くと、代わりに里美が答えた。
「救急車を呼ぶ程でも無いわ。自業自得よ。自分の脚で病院に行くなりすればいい」
朱美から連絡を受けて、里美が来た時に、マンションから追い出したようだった。
里美の言い方は静かだったが怒りが込められていた。タブーを犯した養父への怒りは母親として当然のことだった。
里美と朱美にソファを譲り、私はフローリングの床にクッションを敷いて、その上に座る。暫くの沈黙の後、私が先に口を開いた。
「久しぶりだね、里美。君がこんなに近くに居たなんて知らなかった」
里美が小さく頷いたように感じた。彼女は朱美の方を少し見てから、
「朱美があなたと付き合っていたなんて、知らなかった。一人暮らししてみたいって言って来ても、そんな年になったのかな位に思ってた」
「付き合ったから一人暮らししたわけじゃない。朱美は父親から逃げたかったんだよ。君にも相談できなかったみたいで」
「朱美とあの人の事は知ってたわ。隠していてもわかるのよ。朱美も本当の父親じゃないことを知っていたし」
私は朱美の方を見ると、彼女は少し俯いていた。その表情が読み取れなかった。いつもの元気で無邪気な朱美ではなかった。
「血は繋がってなくても、父親には違いない。娘からすれば、そんな場所から逃れたい気持ちはわかる。だから、私も後押ししたんだ、一人暮らしするのを応援しようと」
里美は、寂しげに私を見詰めていた。朱美の瞳が懐かしく感じたわけだ。里美の娘だから。顔は似ていないが、親子と聞くと目元が似ていなくもない。里美の次の言葉を聞くまでは、そんなことを考えていた。
そう思いながらも狭い玄関で靴を脱ぎかけた時、女性の喘ぎ声を聞いたような気がした。私は暗い通路を足早に朱美の寝室の前まで行くとノックもせずに押し開けた。寝室は豆電球の明かりで薄ぼんやりとだが明るい。朱美のベットの上で男が彼女の上に覆いかぶさるような姿勢で腰を動かしている。
私はその状況を見ると同時に怒りが頂点に達しているのが自分でも不思議だった。ドアの開閉で気付いた二人が同時にこちらを見る。その時にはすでに男の右顔面に私の左拳がめり込んでいた。男は避けることも出来ず、ベッド横の壁に左上半身がぶつかる。
私はシャツだけの男に向かって右肘を折り曲げた状態で肘を顔の中央めがけて叩き込むと、顔面に当たった右肘に鼻骨の砕ける音と感触が伝わって来た。
私は体も大きい方では無いし、むしろ小さく腕力も弱い方だ。喧嘩なども経験が無かったが、この時の私は、自分を抑えることが出来なかった。完全に無防備な状態で幾ら非力とは言え、完璧に当たった二発で男の反撃の力さえも奪っていた。鼻と口から血を流しながら恐る恐る私を見上げる目には、恐怖の色が感じ取れた。全裸の朱美はベットの上で布団を体に引き寄せて未だ状況を理解出来ずに怯えていた。それは、私に怯えていたのか、養父の体を心配していたのか。
幾度か朱美からは養父の容姿を聞いたような気がする。血を流して怯えている男は、朱美の養父に間違いないようであった。
私は朱美の怯えている表情を見て自分のしたことの愚かさに気付いた。いい年をして暴力で解決しようとしていた自分を恥じた。
無言で玄関へ向かう私の背中には、朱美の言葉は何一つ降りかからなかった。マンションを出ると外は寒かった。
今夜は雪になる予報だったとふと思い出す。マンションの駐車場を横切り、自分の車を止めてある駐車場まで歩き始めた。
少しは、怒りは収まって来ていた。養父のしていることも、自分がしていることと何が違うのだろうか。血の繋がらない親子が、私と同じように好意を持っていても何ら可笑しくないではないか。傍目から見れば、非常識と映るのだろうが。私も既婚者でありながら、成人した息子が居ながら、息子と同じ年の女性に手を出してしまった。恋に年齢は関係ないという人もいれば、親子ほど離れているなんてありえないという人もいる。
美しい物や可愛いものを見て素直に美しいとか可愛いという事の何処が間違っているのだろうか。そして、それを手に入れる事の何処が非常識なのだろうか。もちろん理性はあるが、それだけでは抑えきれない感情もある。朱美との関係がまさにそれだった。
車を止めている駐車場で自分の車に乗り込みエンジンをかけたが、すぐには出て行かなかった。フロントガラスの霜を取る必要もあったし、私がしでかした過ちも気になっていた。
朱美は何故すぐに助けを求めなかったのだろうか。もしかすると、私が行くことを知ったうえで養父と会ったのではないだろうか。私の気持ちを試してみたのだろうか。いくつもの疑問が頭をよぎる。
車が暖まった頃に、エンジンを止めた。車を降りると、朱美のアパートへと向かった。
アパートに戻り朱美の部屋のドアを開ける。
「朱美入るよ。さっきは申し訳なかった。一度話し合おう」
私は、玄関で靴を脱ぎ、廊下を進む。先程とは違い、玄関から廊下の明かりも奥のキッチンも明るかった。キッチンの方から一人の女性が姿を現す。その女性は、朱美ではなかった。髪は短くショートにして、歳は私より少し若いくらいだが、目鼻立ちのはっきりした美人だった。その顔を見た瞬間私の体に電流が走ったかのような衝撃を受けた。
「どうして、ここにいるんだ」
私は、辛うじて声を絞り出した。
彼女の後ろに朱美が立っていた。
「お母さん、知り合いなの。田村さんを知っているの」
朱美も彼女に問いかける。
里美は私を見詰めたまま頷いた。
「君の娘だとは知らなかった。朱美からも聞いていなかったし」
「朱美、あなたにも話しておかなければならないの。一緒に聞いてくれる」
里美の後ろで朱美が頷く。
「雄一とお母さんと知り合いだって知らなかったから。だから、どんな関係だったか私も聞きたい。知っておきたい」
二人は、小さなキッチンの奥に私を誘った。いつもは朱美と二人で座って食事をするために使っている小さなキッチンは、二人掛けのソファとローテーブルが置かれているだけだった。
私は、キッチンに入りながら、養父の状態を朱美に聞くと、代わりに里美が答えた。
「救急車を呼ぶ程でも無いわ。自業自得よ。自分の脚で病院に行くなりすればいい」
朱美から連絡を受けて、里美が来た時に、マンションから追い出したようだった。
里美の言い方は静かだったが怒りが込められていた。タブーを犯した養父への怒りは母親として当然のことだった。
里美と朱美にソファを譲り、私はフローリングの床にクッションを敷いて、その上に座る。暫くの沈黙の後、私が先に口を開いた。
「久しぶりだね、里美。君がこんなに近くに居たなんて知らなかった」
里美が小さく頷いたように感じた。彼女は朱美の方を少し見てから、
「朱美があなたと付き合っていたなんて、知らなかった。一人暮らししてみたいって言って来ても、そんな年になったのかな位に思ってた」
「付き合ったから一人暮らししたわけじゃない。朱美は父親から逃げたかったんだよ。君にも相談できなかったみたいで」
「朱美とあの人の事は知ってたわ。隠していてもわかるのよ。朱美も本当の父親じゃないことを知っていたし」
私は朱美の方を見ると、彼女は少し俯いていた。その表情が読み取れなかった。いつもの元気で無邪気な朱美ではなかった。
「血は繋がってなくても、父親には違いない。娘からすれば、そんな場所から逃れたい気持ちはわかる。だから、私も後押ししたんだ、一人暮らしするのを応援しようと」
里美は、寂しげに私を見詰めていた。朱美の瞳が懐かしく感じたわけだ。里美の娘だから。顔は似ていないが、親子と聞くと目元が似ていなくもない。里美の次の言葉を聞くまでは、そんなことを考えていた。
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