慟哭 ~あの時の気持ちは本気の気持ち、今でもそれは変わらない~

杉 孝子

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8_二年越しの告白 後半

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 里美は黙ったまま頷いた。

「そう」

 私は溜息とともに言葉に出した。わかっていたことではあったが、やはりショックだった。これを怖れていたのだ。真実を目の当たりにすることを。それから逃げていたのだ。二年間もの間。そして今、彼女から答えてもらって良かったとも思っていた。複雑な気持ちだった。

「俺と付き合ってくれというつもりだったのに」

 私は笑おうとしたが、いつもの笑い方ができなかった。

「本当は知っていた。付き合っている人がいるってことは。でも、生田さんの事はずっと前から好きだったし、どうしても答えを本人から聞きたかった。諦めようとしたけど諦められなかった。周りから彼氏がいるから諦めろって言われても。それに、生田さんも周りから言われたりするだろ。田村がどうのこうのって。迷惑かけたね。俺が言うのが遅かったかもしれん。生田さんが会社に入ってきて、もう三年経つんだから」

 私の告白を彼女は真剣に、私の目を見て聞いていてくれた。私が話終えると彼女が口を開いた。

「何となく前から、そうなんかなって気はしてた。でも田村さんってお見合いしたんじゃなかった」

 里美は私を上目遣いで見つめる。

 私は正直言って慌てた。里美を諦めようと見合いをしたのは事実だが、根本や岸本の誰かから漏れて、見合い話の件だけが彼女に伝わったのだろう。

「いいや、あれは違う。見合いとかじゃないんだけどな」

 私は嘘をついた。里美を忘れるだろうと思って紹介してもらったが、どうしても里美と比べてしまい、さらに好きになる結果となった。

 里美は納得したかどうかわからなかったが、彼女は話しだした。

「社内恋愛って憧れてるんよ。毎日顔も合わせられるし。私も、田村さんの気持ちが分かる。高校の時に好きだった人がいたの。その人とはグループで遊びに行ったりしてたけど、好きになったら告白したくなった。周りのみんなは好き勝手なこと言ってたけど。私は言わないと気が済まない方だから、告白したわ。結局駄目だったけれど」

 里美は、そう言って笑った。可愛くそして愛おしかった。本当に恋人にしたかった。この一瞬で二年間の想いも今終わってしまった。私は寂しかったが、自分の想いを少しでも伝えられたことに満足していた。

「田村さん、これからも仲良くしてね」彼女は言った。

「うん」私は、精一杯頑張って答えた。

 しばらく沈黙が続いた。私は里美を見て微笑んで見せ、

「出ようか」と言った。

「うん」彼女も頷き、笑みを返してきた。

 勘定を私が済ませ、彼女と一緒にレストランを出る。やはり外は寒かったが、ゆっくりと車まで並んで歩いた。特に言葉は交わさなかった。

 車に乗り込み、エンジンをかけて、暖気運転もそこそこで駐車場を出た。

「田村さん、コロンか何かつけてる」

 走りだした車内で、里美が聞いてきた。

「なぜ、匂う。少しつけてるけど。コロン」

「たいていの女の人は、男の人が香水つけるのって嫌うみたいだけど、私は結構好きなの。近づいた時にすって匂ってくるのが」

 私はこれからも、このコロンをつけていようと思った。車は湖岸道路を走った。このまま夜のドライブに行けたなら良かったのにと少し思いながら。

『良かった。これでよかった』里美の自宅へ向かう時に私は思った。もしかすると独り言のように声に出ていたかもしれない。彼女に聞こえたかどうかわからなかったが。

 自宅近くに来た時に、近道で住宅街の中を通った。静かにシートにもたれていた里美が。

「田村さん、よくこの道知ってたね。私の友達なんか何回教えても迷うのに」

「ああ、よく車で走り回ってるから」私は軽く話題を変えようと、

「生田さん、小説読む?テレビで紹介してた恋愛小説を買って。読んだ本があるんだけど」

「読む。私、本読むの好きなんよ」里美は話に乗って来た。

 彼女が本を読むとは知らなかった。思ってもみなかった答えに、私は少し驚きながら言った。

「それなら読んでるかもしれないな。『マディソン郡の橋』なんだけど」

 里美の自宅前には、お姉さん夫婦の車が止まっていたので、自宅の隣の自宅前に停める。私は、後部座席から一冊の本を取り出して彼女に渡した。

「私、これ読みたかったのよ。買おうかなって思ってたところだったの」

 本心かどうかはわからなかったが、喜んでくれているだけで私は嬉しかった。

 その時、私が駐車している家人が乗った車が、私の前方で止まった。彼女が気を利かして、少し先の店舗駐車場に車を移動するように私に言う。

 店の駐車場に移動して再度車を止めた。私はすぐに話の続きをしたくなった。

「生田さんが本好きだったとは知らなかったな。俺も色々読むけど、これは感動したから、読んでみて欲しな」

「どんな話なの?」

 私は少ししゃべり始めてから気がついた。

「これ以上言ったら読む楽しみがなくなるよ」

 彼女は両手で本を抱えて、「そうね。読んでみるわ」と言った。

「俺本好きだから、今までにSFとかホラーとか。最近ハードボイルドなんかも読んでる」

 彼女は私の読んだことのない純文学の題名を言った。

「うーん。純文学は読まないからなぁ」

「私クラッシャージョーのファンやったのよ」

「クラッシャージョーって、高千穂遙だろ。二、三冊読んだけど。平井和正って知ってる?あの幻魔大戦の」

「映画だったら知ってるけど」

 その時、邪魔が入った。運転席のガラスを男が叩いていた。共通の話題を見つけられたのについてなかった。

 50歳前後の太り気味の男だった。手で下に振る仕草をして、窓を開けるように指示していた。私がウィンドウを下げると、男は顔を近づけてきた。

「あんたらさっき家の前に車止めてたけど、何か用あるんか?」

「いいえ」私が答えても、男は警戒した表情を崩さずにいた。

「何も用なかったんか?」

「はい」

 男は私の答えにまだ満足せずに、それでも車から離れていった。私は窓を閉めて里美の方を見る。彼女は男の後ろ姿を見ていた。

「あの人、隣のおじさん。いつもは優しい人なのに」

「びっくりした。俺は生田さんのお父さんかと思った」

 隣の住人なら里美を知ってないはずはないのにと思ったが、意外と隣の子供達の顔までは知らないのかもしれない。

 とんだ邪魔者のせいで話が途切れて、しばらく沈黙が続いた。彼女は意味もなく、本をペラペラとめくっていた。

「そろそろ帰るね」

 里美の方から言い出した。時間は午後10時前になっていた。お姉さん夫婦は、まだ帰っていないようで、車は止まったまま。もしかすると今夜は実家に泊まるのかもしれない。

「今日はありがとう。その本もあげるから読んでな」

 私は、今日の礼を彼女に伝えた。

「この本くれるの?」彼女が嬉しそうに言う。

「俺は、読んだから」

「ありがとう」

「それじゃ月曜日に会社で」

 私は車から降りた彼女に言うと、片手を上げて車を出した。

 たったの2時間に、今まで想い続けてきた彼女に対する気持ちをすべて打ち明けるのは、無理だと思うしできなかったとも思う。

 でも私が里美を好きだということだけでも知ってもらいたかった。それは周りから間接的でなく、私が直接いう事に意味がある。

 2年間告白できなかったが、彼女に気持ちを伝えることが出来て、良かったと思う。告白しないままでいたら、私はこの先の人生で、すべてに自信が無くなっただろう。

 それに何といっても嬉しかったのが、彼女に本をあげた時に、あんなに喜んでもらえるとは思わなかった。読んだ後に里美も同じ感動を味わうだろうか。十人十色とよく言うが、人はそれぞれ違う見方をするが、私と里美が同じ本を読み、同じ感動を持てるかもしれない。そうであって欲しい。それだけでいいと私は思う。

 この二年間は無駄ではなかった。私はそう信じて帰路に就いた。

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