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6_ストーカー

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 8月に入って、生田里美の誕生日が迫っていた。ビアガーデンの一件より会社では、ほとんど会話も交わしていなかった。誕生日に花束を贈ろうと1ヶ月前くらいから思っていた。花言葉を調べるため、本も買ってきて調べたりもした。

 しかし、彼女の誕生日が近づくにつれ、『彼氏がいる女の子にアタックしても、無駄ではないだろうか』ダメでもともとと考えていても、いざ断られたら惨めな思いをするのは、自分自身だ。正直言って振られてしまうのが怖かった。彼女に私はふさわしくないと、弱気な気持ちが心を占めた。

 会社では、生田さんの話をするのを避けるようになった。噂でしか聞いたことがない男が気になっていた。結局彼女の誕生日には何もできずに、日は過ぎていった。山下と遊びに行った清里で買った土産も、里美に渡せずに袋に入ったまま一ヶ月が過ぎた。夏が過ぎていく9月、彼女をきっぱりと諦めきれていない。夜になると、車で彼女の自宅前を通ってしまう。自分にもきっと他にいい人に出会えると思いながら、会社では、彼女の姿を探してしまう。

 はっきり里美の口から、付き合っている人がいると聞くまで納得できそうにはない。かといってそんなことをズバリと聞ける勇気も私にはなかった。仕事もろくに手につかず、ストレスは溜まり、投げやりな気持ちでイライラする毎日が続いた。

 でも近いうちに私は、自分と決着をつけないといけないと思った。

 10月に入って彼女は、髪型を変えた。今までのソバージュからストレートの髪へと。長い黒髪のストレートヘアは、彼女をさらに魅力的に見せた。

 社員の誰かが、髪を切ったその理由を聞いた時に彼女は言ったそうだ。

「昔の自分を忘れるため」と。

 仕事をしていても、彼女が歩いていると、私は遠目で彼女を追っていた。彼女と付き合いたいという想いは持ちながらも、自分の気持ちを言い出せなかった。何も言わず、目と目を合わせるだけで相手の気持ちがわかる訳がない。私がどれほど彼女のことを想おうと、所詮彼女には伝わらない。

 11月の会社での慰安旅行。宴会の時も私は、彼女の姿を目で追っていた。宴会が始まって中盤に差し掛かった頃、里美が私の横に来て一度だけビールをグラスに注ぎに来てくれた。

「田村さん飲んで」彼女はグラスにビールを注いだ。私が礼を言うと、

「また後で来るから」と笑いながら他の社員の中に入って行った。それっきりだった。

 酒の入った席だとは言え、自分の好きな女性が他の男と慣れ合っているのを見るのは、辛かった。私は会も終盤になった頃、席を立って外へ出た。

 諦めようと思い出したのはこの頃だった。会社に居る時は彼女を目で追いかけて。夜は彼女の自宅の前を用もなく車で走る。ストーカーまがいの行為を里美が知ったら好きとか嫌いとかのレベルで無く、訴えられても仕方ないことをしている自分が恥ずかしかった。そんなになってまで里美のことが好きだったが、今の自分は彼女に本当の気持ちが言えない。

 里美に出会って二回目の年が明けて、平成五年。課内の忘年会も新年会も私の隣には里美がいた。しかし私から話していくことはしなかった。後輩たちの配慮が余計に苦痛だった。

 忘年会が終わってから根本が私に言った。

「生田さんが、田村さんともっと話がしたかったって言ってたで。私は女だから、こっちから話しかけられなかったけど、男の田村さんから話しかけて欲しかったって」

 これは本当のことか。嘘つき常習犯の根本がからかっていたのかは、今となってはわからない。

 諦めと未練とを交互に繰り返している私に、根本が情報を持ってきた。

 生田さんと彼氏との仲があまり上手く行っていないということだった。このことは生田さんと仲良くしている男性社員も私に話していたので事実だろう。

 私はそれを聞いた時、彼女にもう一度だけという気が出てきた。未練だけ残して去ることができなかった。

 5月のゴールデンウィークに入ってから、彼女の自宅に電話をした。もし彼女が出ればもう一度誘ってみようと思った。

 生田さんは三人姉妹の次女と聞いていた。電話口に出たのは彼女の妹だった。里美お姉ちゃんは、朝から出て行っていないと言っていた。私はその夜遅く彼女の家に行ってみたが『アルト』は止まっていなかった。もう一度と期待していたが、またもや空振りに終わったみたいだった。

 それから1週間くらいして、生田さんと仲の良い男性社員の梅田から、彼女に誘われて食事に行ったと聞いた。夜のドライブをした後、ゲームセンターで遊んで帰って来たらしい。

 いつも根本からは生田さんを誘っても、一人では行かないと聞いていたのに、それも彼女の方から男性社員を誘いデートなんて、私は崖から突き落とされたみたいだった。どん底の気分だった。

「彼女が落ち込んでて、気持ちを晴らすために俺を誘ってきた」と梅田は俺の気持ちを知ってか知らずか、その時の様子を語ってきたが、何の慰めにもなりはしなかった。

 課内のイベントで潮干狩りに行った時も、私の気持ちは回復していなかった。今年は女性社員も多く、7人が参加してくれた。去年来てもらえなかった生田さんも来たが、私は複雑な心境であった。

 去年の春頃から彼女を意識しだしてから、幾度となく課内の行事で会ってはいるが、私は彼女に自分の気持ちを伝えられずにいた。彼女に会うたび、話すたびどんどん彼女に惹かれていく。それでいながら、周りからの情報や自分の気持ちの浮き沈みもあり、初めて意識しだした頃とは違って、素直な気持ちで「好きだ」と思えなくなってしまった。

 それでも彼女に写真を撮ってあげると言って、彼女だけを一番初めにカメラに収めた。

 夏の焼肉パーティーや、慰安旅行などで彼女に近づく度に、忘れよう、他の女性を見つけようとする私の心が、揺れ動いてしまう。

 いつから好きという感情が芽生えたのかも、今となってはわからない。そもそも恋愛とはそのようなものかもしれない。知らない間に彼女を意識していた。あれから、一年と半年眠れない夜が続いた。自分の勇気の無さに泣いたこともあった。あの頃は周りが何と言おうと本気で彼女を好きだった。愛というものが、ひとりひとり違うものであるのなら、少なくとも私自身あれが愛だと思っていた。

 いいところしか見ようとしなかったのかもしれない。そしていくつものチャンスがありながら、はじめの一歩が踏み出せなかった。

 どこかでけじめをつけないといけないのは分かっているが、私にとっては彼女は高嶺の花だった。恋愛に関しては自信などこれっぽちも持ち合わせていなかった。

 人を好きになることって、愛するってのはこんなにも苦しいのか。胸が締め付けられるくらい。彼女の行動や仕草に喜んだり、嫉妬してしまう。自分の不甲斐なさに、自分を憎み。全てのものを破壊したい欲望にかられる。

 彼女を守りたい。彼女をいつまでも見つめていたい。一時も忘れられないあの笑顔。沈んだ顔。彼女の表情一つ一つに意味があり、行動にも意味がある。そんな風に思ってしまうのは何故なのだろうか。

 他に好きな人ができたら忘れることができるだろうか。そんなことを考えて結婚紹介所に入会したり、親戚からの見合いを受けたりしてみたが、生田里美への想いがますます強くなるだけだった。



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