Lv.1の英雄

さささくら

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序章〜英雄譚の始まり〜

第4話 事件翌日

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太陽の光が果てしない遠方から滲むように広がった。朝の気配が潮をのように残っていた夜を追い出し、村の新たな一日を鶏鳴が告げる。

ーーー昨夜の悲劇から一夜明け、夜通し復旧作業にあたっていた村人たちは流石に疲弊し、皆顔に疲れがにじみ出ていた。

「ーーーーッ。ーーーーライッ!!」

遠くから自分の名前が聞こえ、ライは夢と現の間をふらふらと彷徨う。
寝不足でまだ寝ていたいのだが、

「ーーーーライッ!!」

今度ははっきりと、いや耳の真横で叫ばれた自分の名前にライは渋々といった様子で体を起こす⋯⋯予定だったのだがどうも彼の体は言うことを聞いてくれない。
仕方なく視線だけを声の方へと向けると母親のレイナが今にも泣き崩れそうな顔で彼を見ていた。

「⋯どうしたんだよ母さん、そんな顔して」
「よかった⋯昨日はどうなることかと」

ライは昨日のことを明確には覚えていない。リアナを助けるために黒く巨大な何かと戦ったことだけだ。その何かに物凄い恐怖を覚えたことだけは鮮明に覚えている。

「あとは⋯なぜか背中が暖かかったな。全身を血液が駆け巡るあの感じ⋯なんだったんだ?」

自然と声に出た言葉を聞いたレイナは泣き顔から一変、驚愕の表情を浮かべた。周りにいた大人も皆こちらを驚いた様子で見ている。

「ライ、あれを覚えてないのかい」
「え、うん。なんのことかさっぱり⋯」

ライの記憶は本当に曖昧でこうやって誰かに昨日のことを聞かれなければすぐに忘れてしまっていただろう。

「お前は一人でグレアウルフを倒したんだよ、しかも一匹だけじゃなく群れをだよ」
「⋯⋯ごめんそれは信じられない」
「母さんもはじめは信じられなかったんだけど、これを見るとそうもいかないよ」

そう言ってレイナが革のバッグから取り出したのは薄気味悪く黒光りした鋭利な爪だった。
昨日ライが倒れていたすぐそばに落ちていたらしい。
それを見た瞬間、ライの脳裏に前夜の激しい戦いの記憶がフラッシュバックした。

いきなりの出来事に思わず目を強く閉じたライだが、徐々に整理がつくと、昨夜この村に、そして自分に起こったことを思い出した。

「そうか、俺はグレアウルフを⋯⋯」
「そうだよ、やっと思い出したかい」

レイナが呆れたように言う。ライはそれでも信じられないといった様子で自分の手をまじまじと見つめた。

「あれ、レイにいちゃん、背中おけがしてるよ?」

不意に顔を出した知り合いの子供に指摘され、レイナがライの背中を見た。そこには直径30センチほどの丸型の傷があった。
まるで怪我をしてすぐに再生したかのように傷口の皮膚はグチャグチャだった。

「あんたこの背中どうしたんだい」
「それが⋯⋯昨日背中が熱くなったくらいで特に怪我をした記憶はないんだ」
「⋯⋯私お兄ちゃんの背中何でそうなったかわかるかも」

レイナの後ろに隠れていたリアナが顔を出して深刻そうにいった。
その場にいた全員の視線がリアナへと注がれ彼女は一歩後ずさったが、真剣な顔でリアナを見ているライの様子を見て仕方なく口を開いた。

「昨日ね、お兄ちゃんがリアナを助けてくれた時、お兄ちゃんの背中に龍が描かれてたの」
「えっ、リアナは龍を知っているのかい」

龍とは麒麟キリン鳳凰ホウオウに並ぶ伝説の生き物で、ある国では神の使いと称されたり、ある国では神そのものだと言われたりするいわば伝説だ。
もちろんリアナが見たことのあるわけがなくその場全員が不可解だと言う顔をした。

「私がちっちゃいとき、お兄ちゃんが読んでた絵本に龍が出てきてたの」
「あ⋯⋯あれか」

たしかにライは幼い頃、大好きだったおじいちゃんと一緒に毎日のようにその本を読んでた。
その本は魔王に支配されて滅亡寸前の世界を一人の勇者が救う、という王道の英雄譚だった気がする。

「たしかにライがそんな本読んでたねぇ、ある日いきなり英雄になるだなんて言い出して、その時は驚いたもんだよ」

レイナは昔を懐かしむように笑った。

「俺はそんなこと言ってたのか⋯⋯」
「⋯⋯そういえばあの本の英雄も胸に龍が描かれていなかった?」
「昔のことすぎて覚えてないや」

たしかに絵本の英雄にも描かれていたような描かれていなかったような。ライはどうにかして思い出そうとしたが極度に疲れていたせいか頭が回らなかった。

「もしかしたら⋯⋯英雄の仕事ジョブ持ってるんじゃないかいあんた」
「からかうのはやめてくれ、もし英雄なら村が凄惨な状態になる前に助けられてているだろうし、そもそも【英雄】なんて仕事ないじゃないか」

目を輝かせて言ったレイナに対しライは自嘲気味に頰を緩めた。
仕事ジョブとはこの世界の住人なら一人一つは最低でも得るもので、神から与えられる役割であり能力で、その力を恩恵と言う。稀に二つの仕事を得るものもいて、その多くは冒険者として名を馳せる。
例えばレイナは【村人】と言う仕事ジョブを持ち、農耕のスキルが一般人より高いと言う恩恵を得ている。
しかし、【英雄】と言う仕事ジョブは存在しない。あくまでも英雄譚の中だけの存在と言うわけだ。
昔はあったと言う噂も聞くが、あくまで噂は噂である。
ライにとって自分が英雄なんて考えられないし、なったとしても務まるはずがない。
そもそも【英雄】の仕事ジョブがないので気にする必要もないが。


ーーでも、たしかに感じたあの力はなんだったのだろう。


「レイナもライもそんなところで話してないでさっさと休憩所に行きなさい。ライは俺が運んでってやるから。」

ライがなんとか昨日の力について思い出そうとした時、父親のバローダが魔物の死体の処理を終えて姿を現し、その場は解散となった。

「ライのジョブはクミア祭でロン婆に観て貰えばいいだろう」
「そうだな、それまで楽しみに取っとくよ」

バローダにそう言われ、ライはひとまず力のことは忘れ、回復に専念することにした。


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