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序章〜英雄譚の始まり〜
第3話 少年は対峙する
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「ヴォォァァァアアアッッ」
突然の爆音でライの意識は完全に覚醒した。
全身が焼けるように熱く、辺りを見渡すと自室が火に包まれていた。火が移っていた上着は脱ぎ捨て裸足のまま外へ飛び出す。
そこで見たものは見慣れた村の景色ではない。
唸り声を上げながら燃え盛る炎の海だった。殆どの建物が木造であったため、無事な建物は見当たらない。
「お兄ちゃんっっ⋯何処⋯」
リアナの声が聞こえ、その方向へ向かうと瓦礫の下敷きになった母とその傍で泣き噦るリアナの姿があった。
「母さんっ⋯どうしてこんなことに⋯」
「あ、のね、リアナが怖くて、動けなかったからお母さんが手を引いてくれたの、でもね、上から木が落ちてきて、お母さんだけがね、下敷きになっちゃったの。」
リアナは全て自分のせいであるかのように、苦しそうな声で呟いた。
「そうか⋯よし、誰か呼んでくるよ、リアナは此処で少しだけ待っててね、」
そう言って歩き出そうとした瞬間、ライの小さな体は真横に吹き飛んだ。
その勢いのまま瓦礫に身体を打ち付ける。
「ガハァッッ!」
「お兄ちゃんっっ!」
なんとか立ち上がると、先ほどまで自分がいた位置に黒く巨大な何かがいた。
それは目を合わせただけで相手を総毛立たせる恐怖と憎悪の塊。
Cランクの魔物、グレアウルフだった。
大人でも前に立つだけで身体を引きちぎられるだろう鋭利な尖爪をもち、体長は成人男性の二、三倍はある。
魔物特有の禍々しいオーラはグレアウルフの実力をはっきりと示していた。
その怪物はゆっくりと首を傾けて、小さな少女とその母親に近づく。
少女は恐怖で小さな身体を震わせ、母親は悔しそうに涙を流していた。
母親は少女を守るように手を伸ばすが、瓦礫の下敷きになった下半身がそれを許さない。
「いやだよぉ⋯死にだぐないよぉ⋯」
少女は濃厚な死が近づいてくるのを必死に避けようと後ずさるが、瓦礫に阻まれる。
「いやだよぉ⋯いやだぁ⋯⋯」
少女は必死に首を振る。
しかし、どうすることもできない。
グレアウルフが目の前まで来てから、少女は短い自分の人生の最後を悟った。
「あぁ⋯おにい⋯⋯ちゃん⋯」
少女は最後の最後に兄を呼ぶ。小さな少年を。
まだ青年とも呼べないような少年を。
たとえ来たとしても消して目の前の化け物に敵うわけがないとわかっていても。
どう頑張っても逃げられないと悟っていても。
ただ自分の元へ来てほしい。
そして、
「た⋯す⋯けて⋯」
死の塊を目の前にした幼い少女は願う。
まだ死にたくない、と。
そして、その願いは、
「うわぁぁぁぁああああ!!」
小さな英雄によって叶えられる。
「俺の⋯家族に⋯近づくなああっ!!!」
少年の身体に宿る、秘められし才能が、十二年の時を経て、開花する。
肌を通り越して、内臓まで焼き尽くすような業火の中。
守るべき者に背を向け、圧倒的な力という理不尽に真正面から相対する。
その姿、まさに英雄譚の英雄そのもの。
成長途中の小さな身体は目の前の怪物からすれば豆粒と同然。本来なら、恐怖に押し潰され一歩たりとも動けないだろう。
でも⋯
「今は⋯今だけは⋯っっ、絶対に引けないっっ!!!」
小さな背中はぼんやりと黄金色に発光し、次第にその輝きを増して行く。
グレアウルフは警戒を最大限に強め、一歩後ずさった。
こいつは危険だ。そう判断したのだ。
一人と一匹の瞳孔が交錯する。
互いに相手を認め、本気を出そうとしているからこそ、どちらも動けない。
先手を取ったのはグレアウルフだった。少年の身体を引き裂こうと鋭利なもの爪を待つ腕を横に薙振るう。大人でも一刀両断できる彼らの渾身の一撃だ。
しかしその腕は何も捉えることなく空振りに終わった。
たしかにそこにいた少年の姿はグレアウルフの視界にはいなかった。
「うぉぉぉぉぉあああああ!」
グレアウルフの攻撃を懐に潜り込むことで躱した少年は己の小さな拳を握りしめ、あらん限りの力で振るった。
その拳は魔物の皮膚をいとも簡単に突き抜け鮮血が飛散した。
しかし致命傷にまでは至らず、グレアウルフは間一髪のところで後方へと飛んだ。
「ヴヴヴゥ!!」
「はぁはぁはぁっ」
グレアウルフは呻き声を上げ腹をかばうように体を丸める。
少年にとって有利な状況ではあるが、得たばかりの力を使いこなすことは難しく、かなり疲弊していた。
「はぁはぁっ、はああぁぁ!」
少年が次の攻撃を仕掛けようとグレアウルフとの距離を一瞬にして詰めた。
予想よりも機敏な少年の動きに、血を流し体力を奪われたグレアウルフは反応が遅れた。
そして少年はその少しの隙を見逃さない。
「これでッ!終わりだぁぁッッ!」
少年の放った一撃はグレアウルフの心臓、魔石を捉えた。
刹那、グレアウルフはとてつもない衝撃に、断末魔と共にその巨体を後方へと吹き飛ばされ、絶命した。
少女は目の前の少年を見つめる。驚愕の目で。
少年が今、相対していたのは大人が数人、束になっても敵わないCランクの魔物である。
しかし、少女の目には少年が拳を振るった瞬間、魔物の巨体が吹き飛んだように見えた。
ありえない。あり得るはずがない。
そう頭に言い聞かせるが、目の前で起こった現実がそれを受け入れさせない。
「おにい⋯ちゃん⋯??」
振り向いてこちらを見つめた少年は、黄金色に光り輝き、背中に龍をかたどった不思議な紋章が描かれていた。
神々しく、しかし安心感を持たせるその少年の目は少女の母親を見つめていた。
軽々と瓦礫を持ち上げ、母親を助け出す。母親も少女と同様に驚愕の目で見つめる。
「あんた⋯ライかい?」
「リアナ、母さん、無事でよかった。本当に。でも、村の人はまだ危険だ、俺が行かなきゃ。だから、もう少しだけ待っていてくれ。」
そういうとライは驚異的な跳躍でその場を後にした。
数時間後ーー突然村を襲った悲劇は一人の犠牲者も出さず、たった一人の小さな少年によって幕が下された。
突然の爆音でライの意識は完全に覚醒した。
全身が焼けるように熱く、辺りを見渡すと自室が火に包まれていた。火が移っていた上着は脱ぎ捨て裸足のまま外へ飛び出す。
そこで見たものは見慣れた村の景色ではない。
唸り声を上げながら燃え盛る炎の海だった。殆どの建物が木造であったため、無事な建物は見当たらない。
「お兄ちゃんっっ⋯何処⋯」
リアナの声が聞こえ、その方向へ向かうと瓦礫の下敷きになった母とその傍で泣き噦るリアナの姿があった。
「母さんっ⋯どうしてこんなことに⋯」
「あ、のね、リアナが怖くて、動けなかったからお母さんが手を引いてくれたの、でもね、上から木が落ちてきて、お母さんだけがね、下敷きになっちゃったの。」
リアナは全て自分のせいであるかのように、苦しそうな声で呟いた。
「そうか⋯よし、誰か呼んでくるよ、リアナは此処で少しだけ待っててね、」
そう言って歩き出そうとした瞬間、ライの小さな体は真横に吹き飛んだ。
その勢いのまま瓦礫に身体を打ち付ける。
「ガハァッッ!」
「お兄ちゃんっっ!」
なんとか立ち上がると、先ほどまで自分がいた位置に黒く巨大な何かがいた。
それは目を合わせただけで相手を総毛立たせる恐怖と憎悪の塊。
Cランクの魔物、グレアウルフだった。
大人でも前に立つだけで身体を引きちぎられるだろう鋭利な尖爪をもち、体長は成人男性の二、三倍はある。
魔物特有の禍々しいオーラはグレアウルフの実力をはっきりと示していた。
その怪物はゆっくりと首を傾けて、小さな少女とその母親に近づく。
少女は恐怖で小さな身体を震わせ、母親は悔しそうに涙を流していた。
母親は少女を守るように手を伸ばすが、瓦礫の下敷きになった下半身がそれを許さない。
「いやだよぉ⋯死にだぐないよぉ⋯」
少女は濃厚な死が近づいてくるのを必死に避けようと後ずさるが、瓦礫に阻まれる。
「いやだよぉ⋯いやだぁ⋯⋯」
少女は必死に首を振る。
しかし、どうすることもできない。
グレアウルフが目の前まで来てから、少女は短い自分の人生の最後を悟った。
「あぁ⋯おにい⋯⋯ちゃん⋯」
少女は最後の最後に兄を呼ぶ。小さな少年を。
まだ青年とも呼べないような少年を。
たとえ来たとしても消して目の前の化け物に敵うわけがないとわかっていても。
どう頑張っても逃げられないと悟っていても。
ただ自分の元へ来てほしい。
そして、
「た⋯す⋯けて⋯」
死の塊を目の前にした幼い少女は願う。
まだ死にたくない、と。
そして、その願いは、
「うわぁぁぁぁああああ!!」
小さな英雄によって叶えられる。
「俺の⋯家族に⋯近づくなああっ!!!」
少年の身体に宿る、秘められし才能が、十二年の時を経て、開花する。
肌を通り越して、内臓まで焼き尽くすような業火の中。
守るべき者に背を向け、圧倒的な力という理不尽に真正面から相対する。
その姿、まさに英雄譚の英雄そのもの。
成長途中の小さな身体は目の前の怪物からすれば豆粒と同然。本来なら、恐怖に押し潰され一歩たりとも動けないだろう。
でも⋯
「今は⋯今だけは⋯っっ、絶対に引けないっっ!!!」
小さな背中はぼんやりと黄金色に発光し、次第にその輝きを増して行く。
グレアウルフは警戒を最大限に強め、一歩後ずさった。
こいつは危険だ。そう判断したのだ。
一人と一匹の瞳孔が交錯する。
互いに相手を認め、本気を出そうとしているからこそ、どちらも動けない。
先手を取ったのはグレアウルフだった。少年の身体を引き裂こうと鋭利なもの爪を待つ腕を横に薙振るう。大人でも一刀両断できる彼らの渾身の一撃だ。
しかしその腕は何も捉えることなく空振りに終わった。
たしかにそこにいた少年の姿はグレアウルフの視界にはいなかった。
「うぉぉぉぉぉあああああ!」
グレアウルフの攻撃を懐に潜り込むことで躱した少年は己の小さな拳を握りしめ、あらん限りの力で振るった。
その拳は魔物の皮膚をいとも簡単に突き抜け鮮血が飛散した。
しかし致命傷にまでは至らず、グレアウルフは間一髪のところで後方へと飛んだ。
「ヴヴヴゥ!!」
「はぁはぁはぁっ」
グレアウルフは呻き声を上げ腹をかばうように体を丸める。
少年にとって有利な状況ではあるが、得たばかりの力を使いこなすことは難しく、かなり疲弊していた。
「はぁはぁっ、はああぁぁ!」
少年が次の攻撃を仕掛けようとグレアウルフとの距離を一瞬にして詰めた。
予想よりも機敏な少年の動きに、血を流し体力を奪われたグレアウルフは反応が遅れた。
そして少年はその少しの隙を見逃さない。
「これでッ!終わりだぁぁッッ!」
少年の放った一撃はグレアウルフの心臓、魔石を捉えた。
刹那、グレアウルフはとてつもない衝撃に、断末魔と共にその巨体を後方へと吹き飛ばされ、絶命した。
少女は目の前の少年を見つめる。驚愕の目で。
少年が今、相対していたのは大人が数人、束になっても敵わないCランクの魔物である。
しかし、少女の目には少年が拳を振るった瞬間、魔物の巨体が吹き飛んだように見えた。
ありえない。あり得るはずがない。
そう頭に言い聞かせるが、目の前で起こった現実がそれを受け入れさせない。
「おにい⋯ちゃん⋯??」
振り向いてこちらを見つめた少年は、黄金色に光り輝き、背中に龍をかたどった不思議な紋章が描かれていた。
神々しく、しかし安心感を持たせるその少年の目は少女の母親を見つめていた。
軽々と瓦礫を持ち上げ、母親を助け出す。母親も少女と同様に驚愕の目で見つめる。
「あんた⋯ライかい?」
「リアナ、母さん、無事でよかった。本当に。でも、村の人はまだ危険だ、俺が行かなきゃ。だから、もう少しだけ待っていてくれ。」
そういうとライは驚異的な跳躍でその場を後にした。
数時間後ーー突然村を襲った悲劇は一人の犠牲者も出さず、たった一人の小さな少年によって幕が下された。
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