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夢の記
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夢の中で、大学院の先輩のNさんから呼び出された。
「今日は、新入生がくるから、宜しくね」
桜の開花も近づく3月の今日この頃は、そんな時期であったか。しかし、私は修了式を控えている身である。去りゆくものが新しきものに、一体何をすると言うのか。
私の傍には、同期生のWがいた。彼女は、
「じゃあ、大学院を案内すれば良いですね」
Nさんは頷き、私に目で問いかけた。君はどうする。
その場の勢いで、私も彼女に同行することになった。
我々の研究室は6階である。階段を降りると、一人の男、いや男の子が立っていた。どう見ても小学生である。彼が、私の後輩になる新入生なのか。
「どうぞ宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げられ、私も
「ああ……」
と頭を掻きながら返した。無礼な人間である。
「外に出て、案内しよう」
とWが言うので、新入生を真ん中に、自動扉から外へ出た。
すると、私の知らないパン屋が開店している。昼時であったので、3人でご飯を食べることにした。
店主を務めているのは、今や誰もが知る大物声優Tである。相変わらずの甘い声色で、我々に注文を尋ねた。
「おすすめは?」
「トマトチーズトーストです」
「では、それで」
「承知しました」
古い竈門がごうごうと火を吹き、空気の波に揺れている。古典的な製造方法のようだ。その上に置かれたパンはどんどん膨らんでゆく。チーズもどろどろに溶けてきた。
ふと、新入生の様子が気になったので、一声かけようかと思った。その時、私は自身の目を疑った。
彼の顔が一瞬にして溶けてしまっているのだ。熱のせいなのか、それとも、ついに正体を現したのか。変形した目でこちらをぎらりと見つめた。
私は喉が詰まり、思わず目を逸らした。すると、先程のパンが膨張に膨張を重ねて、ついに店を飲み込もうとしていた。大きな破裂音と共に、我々は弾け飛んでしまった。
場所は変わって、私は一つの映像を見せられていた。スクリーンに映っているのは、巨大な虫の産卵の様子である。大きさは成人男性と変わらない。工事中の一般的な車道の端で、粛々と行為は行われていた。どこからともなく、アナウンスが聞こえてきた。
「これが、生命の誕生……これが、生命の誕生……これが、……」
同じ言葉を繰り返している。
それよりも、私は目の前の映像に魅せられていた。あまりにもリアルなのだ。普段は虫など一切興味がない私だが、無性に触れてみたくなった。恐る恐る、手を伸ばす。
その時だ。巨大な虫が私の存在を知覚した。気づけば、私は映像の中にいた。先程伸ばした手が、ぶよぶよした卵に触れてしまった。産卵期のメスは気性が荒い。教科書にはそう書かれていたはずだ。しかし、私の理解は、あまりに遅すぎた。
羽音を響かせながら、巨大な虫は猛烈なスピードで私を追いかけてくる。とにかく、逃げなければ殺される。あの鎌で、殺される。空から、能天気なアナウンスが聞こえてきた。
「ほら、だから言ったのに。ほら、だから言ったのに。ほら、……」
「うわあああ!」
そう叫びながら私は豪快に布団から転げ落ち、夢から覚めたのである。
追記
つい先日、私はイチゴを腐らせてしまい、生ごみとして捨てた。今から考えれば、あれは「トマト」チーズトーストではなく、「イチゴ」チーズトーストだったのかもしれない。
「今日は、新入生がくるから、宜しくね」
桜の開花も近づく3月の今日この頃は、そんな時期であったか。しかし、私は修了式を控えている身である。去りゆくものが新しきものに、一体何をすると言うのか。
私の傍には、同期生のWがいた。彼女は、
「じゃあ、大学院を案内すれば良いですね」
Nさんは頷き、私に目で問いかけた。君はどうする。
その場の勢いで、私も彼女に同行することになった。
我々の研究室は6階である。階段を降りると、一人の男、いや男の子が立っていた。どう見ても小学生である。彼が、私の後輩になる新入生なのか。
「どうぞ宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げられ、私も
「ああ……」
と頭を掻きながら返した。無礼な人間である。
「外に出て、案内しよう」
とWが言うので、新入生を真ん中に、自動扉から外へ出た。
すると、私の知らないパン屋が開店している。昼時であったので、3人でご飯を食べることにした。
店主を務めているのは、今や誰もが知る大物声優Tである。相変わらずの甘い声色で、我々に注文を尋ねた。
「おすすめは?」
「トマトチーズトーストです」
「では、それで」
「承知しました」
古い竈門がごうごうと火を吹き、空気の波に揺れている。古典的な製造方法のようだ。その上に置かれたパンはどんどん膨らんでゆく。チーズもどろどろに溶けてきた。
ふと、新入生の様子が気になったので、一声かけようかと思った。その時、私は自身の目を疑った。
彼の顔が一瞬にして溶けてしまっているのだ。熱のせいなのか、それとも、ついに正体を現したのか。変形した目でこちらをぎらりと見つめた。
私は喉が詰まり、思わず目を逸らした。すると、先程のパンが膨張に膨張を重ねて、ついに店を飲み込もうとしていた。大きな破裂音と共に、我々は弾け飛んでしまった。
場所は変わって、私は一つの映像を見せられていた。スクリーンに映っているのは、巨大な虫の産卵の様子である。大きさは成人男性と変わらない。工事中の一般的な車道の端で、粛々と行為は行われていた。どこからともなく、アナウンスが聞こえてきた。
「これが、生命の誕生……これが、生命の誕生……これが、……」
同じ言葉を繰り返している。
それよりも、私は目の前の映像に魅せられていた。あまりにもリアルなのだ。普段は虫など一切興味がない私だが、無性に触れてみたくなった。恐る恐る、手を伸ばす。
その時だ。巨大な虫が私の存在を知覚した。気づけば、私は映像の中にいた。先程伸ばした手が、ぶよぶよした卵に触れてしまった。産卵期のメスは気性が荒い。教科書にはそう書かれていたはずだ。しかし、私の理解は、あまりに遅すぎた。
羽音を響かせながら、巨大な虫は猛烈なスピードで私を追いかけてくる。とにかく、逃げなければ殺される。あの鎌で、殺される。空から、能天気なアナウンスが聞こえてきた。
「ほら、だから言ったのに。ほら、だから言ったのに。ほら、……」
「うわあああ!」
そう叫びながら私は豪快に布団から転げ落ち、夢から覚めたのである。
追記
つい先日、私はイチゴを腐らせてしまい、生ごみとして捨てた。今から考えれば、あれは「トマト」チーズトーストではなく、「イチゴ」チーズトーストだったのかもしれない。
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