20 / 21
10
山形へ行くことを店長に告げる
しおりを挟む
金曜日の朝、京都へ帰り、午後から店へ出勤。野菜の作業場でいつものように黙々と袋詰め作業などをする。
十一月に入り、少しずつ空気も冷たくなり、店の野菜コーナーも冬の鍋によく合う野菜や冬の色の濃い葉物類が目立つようになる。
リンゴはジョナゴールドに加え、ふじも出てきた。国内リンゴシェアの半数以上を占める人気品種とあって、店の入り口付近に箱ごと豪快に積み上げられる。
野菜の旬など、和彦はこの店で働き始めてから店で何となく覚え、本などを読んでうろ覚えの知識を補強した。
リンゴの品種についても、初めは何も知らなかった。
この日は、いつもの作業をしながらも心の中ではこの店で働くのも来年の春までか…、という感慨のようなものが湧き起こっていた。
夕方前になって店長が野菜の作業場に現れ、午後に納品される野菜類を店頭に出すタイミングについての事務的な話をした後、店へ戻ろうとした時、和彦は、ちょっとお話が…、と切り出す。
和彦は、前日山形へ行って来たことや、実は農業をやりたいと思っていることなどを話した。
ひとしきり和彦の話を聴いた店長は、ちょっと来なさい、と和彦を連れて階段を昇り始めた。
面接の時に昇ったらせん階段を昇り、面接の時に使った部屋へ案内され、店長はドアを閉めた。
「そりゃ、ええことやけどな」
店長は切り出す。
「でもな、来年の春から、とか言うなや。そりゃ俺も、お前がこのままでええとは思ってない。三十過ぎてバイトのままでええとは思ってない。実はな、まだ先の話やけど、店で農場を持つ計画があるねん。場所は上賀茂がええな、と思ってる。それが実現したら、そこの責任者にしたるやないか。そんなん、やりたがる奴おらんからな。すぐにはでけへんけど、それ待ってて、やっぱりウソやったな、て思ってから行っても遅くはないやろ。来年の春はやめてくれ。考え直してくれへんか…」
和彦は店長から引き留めを受けるとは思っていなかった。
これまでの人生でも、仕事を辞めます、と言って引き留められたことはなかった。
農場ができる、というのは悪い話ではない。山形へ行く気持ちもあったが、不安も大きかった。
引き留められてみると嬉しく感じるもので、また、店長が和彦の今後のことまで考えてくれているらしいことにも感謝の念が湧き、和彦の気持ちは店に残る方へと翻っていた。
アメリカ大統領選は、調停騒ぎまで起こるほどの僅差で、ブッシュが当選した。不正があったのでは、との疑惑を後々まで招く結果となった。
十一月に入り、少しずつ空気も冷たくなり、店の野菜コーナーも冬の鍋によく合う野菜や冬の色の濃い葉物類が目立つようになる。
リンゴはジョナゴールドに加え、ふじも出てきた。国内リンゴシェアの半数以上を占める人気品種とあって、店の入り口付近に箱ごと豪快に積み上げられる。
野菜の旬など、和彦はこの店で働き始めてから店で何となく覚え、本などを読んでうろ覚えの知識を補強した。
リンゴの品種についても、初めは何も知らなかった。
この日は、いつもの作業をしながらも心の中ではこの店で働くのも来年の春までか…、という感慨のようなものが湧き起こっていた。
夕方前になって店長が野菜の作業場に現れ、午後に納品される野菜類を店頭に出すタイミングについての事務的な話をした後、店へ戻ろうとした時、和彦は、ちょっとお話が…、と切り出す。
和彦は、前日山形へ行って来たことや、実は農業をやりたいと思っていることなどを話した。
ひとしきり和彦の話を聴いた店長は、ちょっと来なさい、と和彦を連れて階段を昇り始めた。
面接の時に昇ったらせん階段を昇り、面接の時に使った部屋へ案内され、店長はドアを閉めた。
「そりゃ、ええことやけどな」
店長は切り出す。
「でもな、来年の春から、とか言うなや。そりゃ俺も、お前がこのままでええとは思ってない。三十過ぎてバイトのままでええとは思ってない。実はな、まだ先の話やけど、店で農場を持つ計画があるねん。場所は上賀茂がええな、と思ってる。それが実現したら、そこの責任者にしたるやないか。そんなん、やりたがる奴おらんからな。すぐにはでけへんけど、それ待ってて、やっぱりウソやったな、て思ってから行っても遅くはないやろ。来年の春はやめてくれ。考え直してくれへんか…」
和彦は店長から引き留めを受けるとは思っていなかった。
これまでの人生でも、仕事を辞めます、と言って引き留められたことはなかった。
農場ができる、というのは悪い話ではない。山形へ行く気持ちもあったが、不安も大きかった。
引き留められてみると嬉しく感じるもので、また、店長が和彦の今後のことまで考えてくれているらしいことにも感謝の念が湧き、和彦の気持ちは店に残る方へと翻っていた。
アメリカ大統領選は、調停騒ぎまで起こるほどの僅差で、ブッシュが当選した。不正があったのでは、との疑惑を後々まで招く結果となった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

かたつむり
松ヶ崎稲草
現代文学
宅配便の配達をしている僕の小学生の息子が学校でほとんど話をしていないらしい、と分かる。幼稚園の時は元気な子だったのに。夫婦で思い悩みつつ、内向的な性格を今も完全に克服はできていない自分自身の半生についても思いを巡らせる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。


体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる