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松ヶ崎稲草

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ベトナム・カンボジア国境をともに越えた日本人女性と大阪梅田で会う

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 八月十六日、京都では大文字の送り火が行われる。
 幼少時は、毎年、家族で見ていた。
 今年、和彦が見るのは、十二年ぶりだ。
 鴨川沿いへ一人で歩いて行き、家族連れの喧騒に囲まれながら、大、妙、法、船、左大文字、の五山送り火を見送った。

 盆休みが明けて、次の日曜日が郵政外務員試験だった。
 もう少し勉強する時間が欲しかった。
 試験を終えた手応えは、合格点には達していないだろう、と思えた。

 試験の帰り、バスに乗るため川端通りに出る。目に入った大きな鴨川の流れを見る。
 来年も郵政外務員の試験を受けよう、という気は、あまり起こらない。
 早く、ただのバイトから脱出しなくては、との思いを、試験を受けて強くした。

 翌週の定休日は、梅田まで出て、ベトナムで日本語教師をしていて、二カ月前に帰国した加奈さんと再会した。

 ベトナム・サイゴンのバスターミナルで夜明け前にバスを待っている加奈さんを初めて見た時、和彦は、雰囲気から、ベトナム人女性かと思っていて、カンボジアへの国境を越える際のパスポートチェックで日本人だと分かった。
 プノンペンに着いて、ドイツ人男性と三人で部屋をシェアした。

 加奈さんはイギリスに語学留学していたこともあり英語が堪能で、三人での会話も盛り上がった。
 ドイツ人男性は、五年ほど帰らず旅行を続けていて、もはや観光に興味はない、アンコールワットも、入場料がもったいないので見ない、と言う。
 ただ、いろんな国のいろんな街へ行き、いろんな人に会い、いろんな物を食べるのが楽しいんだ、それで十分だ…、と満ち足りた表情で安食堂のビールを旨そうに飲みながら、語る。
 加奈さんの英語はソフトかつ滑らかで、旅行者のいい加減な出たとこ勝負の英語とは全然違い、和彦にはネイティブと遜色ないように聴こえる。
 和彦は、もともと全く英語が出来ない状態で日本を出発し、宿などで欧米人旅行者と会話をすることと、あとは自分なりの独学で付け焼き刃の英語を身に付け、何とかコミュニケーションを取っているために、かなり怪しい発音で、相手が聴いてくれればどうにか会話が成立するが、最初から聴こうとしない相手もいる。
 和彦の顔を見て、日本人だと思うと、会話を避けられるようなことも、旅行中には多い。
 そんな背景があるので、欧米人と日本人とが入り交じって宿泊や食事をする、という出来事があると、嬉しく、また、できるだけいろんな話をしよう、という気になった。

 アンコールワットのあるシュムリエプへは、加奈さんと和彦の二人で川を船で渡って移動した。
 他に欧米人や日本人の旅行者も多く乗っていたが、現地の人も短い距離の乗り降りに使用する船上で、突然銃声が響いた。
 現地の警察官が降りる合図だった。

 雄大なアンコール遺跡の中で、加奈さんが日本語教師としてベトナムへ赴任した経緯や現地での苦労話を聴いたり、和彦の今までの旅行の話をしたりした。

 加奈さんは先月、日本へ帰って来て、とりあえずアルバイトをしよう、と履歴書に貼るための写真を撮って、自分の顔を見たら、愕然とした、と言う。

「私、ベトナム人やってことがバレた!と思ってしまって…」
「現地化してたもんなあ」
 今も加奈さんはバイトはせず、この先どうしようか考え、迷っている。
 「和彦さんは、凄いなあ。六年も日本を離れてたのに、帰ってすぐにバイト始めて…」
 「すっからかんになって帰って来たから、しゃあないもんな。でも、おれもバイトしながら迷ってるし、考えてるとこやで」
 「バイトしながらっていうのが、凄い。なかなか、回りの人に合わせるの、大変と違うの?」
  「合わせてない、合わせられへんし。浮いてるよ。黙々と、作業だけしてるよ」
  「私、そういうの、耐えられへんからな…」
 日本へ帰ると、すぐに自分の居場所を見つけられず、引きこもり状態に陥ってしまう元海外長期旅行者は多い、と聞く。
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