思い出した夢

松ヶ崎稲草

文字の大きさ
上 下
5 / 24
4

引っ越した巣鴨での日々

しおりを挟む
 寮を出て、岡村と入れ替わりに巣鴨駅から近いマンションの一室へ入った和彦は、以前の巣鴨のボロアパート時代と同じように自堕落な生活を送っていた。
 牛丼の松屋や立ち食いの富士そばへ行ったり、コンビニ弁当を買って食べたり、たまにご飯を炊いてスーパーで納豆、豆腐やマルシンハンバーグやモモちゃん餃子などを買って来て食べたり、コンビニでスティック状のチョコレートやポテトチップスを買い込んで食べたり、『週刊プロレス』を毎週読んだり、ボブ・マーリーを繰り返し聴いたり、レンタルビデオを借り、普通の洋画やマイナーな映画、ジム・ジャームッシュ監督の映画、黒澤明監督や小津安二郎監督のモノクロ映画を観たり、と時代の動きとはほとんど関係のない余暇の過ごし方をしている。
 新聞はスポーツ紙しか読まず、テレビのニュースは観ない。PKOという言葉が新聞の見出しに躍っていたが、正確な意味を知らない。
 ライター講座の課題は、喫茶店へ一人で行って書いたりする。
 岡村が残した荷物も少し置いてある中途半端な部屋をずっと借り続ける気持ちはないが、良かったのは巣鴨駅へ近く便利になった面だろうか。
 ボロアパートの頃は、駅から少し歩き巣鴨とげぬき地蔵商店街を通って、きぬた食堂という安食堂の手前にある入り組んだ路地を抜けた所に部屋があり、決して遠くはなかったが、出掛けるのは少し億劫だった。
 とげぬき地蔵商店街は常に人通りが多く、毎月、四日、十四日、二十四日の縁日は凄まじい人出となる。東京中、いや関東中の老人が集結し身動きが取れないような時もあり、いつからか和彦は縁日の時、とげぬき地蔵商店街を通らず遠回りをして一文字女子学園の前の道を通ることにしていた。縁日以外でも週末などは混み合い、常に人ごみと老人達の話し声に揉まれている感じがした。
 同じ巣鴨でも駅を挟んで反対側に住むと、以前とはかなり趣きが異なる。
 この春、今までの自分に区切りをつけよう、と思い切って服装や髪形を変えてみた。
 散髪屋ではなく美容院へ行き、ややふんわりとしたヘアースタイルにしてもらい、赤のブルゾンを買い、愛着した。毎年、春は暖かく明るい陽射しとともに何かが始まる予感、得体の知れない期待感がある。
 巣鴨へ移ってしばらくが経ち、和彦がいつものように松屋へ牛丼を食べに行くと、有線放送から尾崎豊の曲が流れていた。
 アルバイトの店員達は大声で私語を交わしながら、有線に合わせ『十五の夜』を歌う。尾崎豊はこの四月、二十六歳の若さで亡くなった。公園での凍死という衝撃的な最期は様々な憶測を呼びマスコミの格好のネタとなり、ファンにとっては彼を神格化する要素となり、尾崎の歌が好きでも嫌いでもなかった和彦も、彼らしい最期だと思った。
 和彦も高校時代から二十歳にかけて牛丼屋でバイトしていたので、客が少ない時間帯に店員どうし会話したいのは分かるが、あまりにも大声でじゃれ合うように喋るのを聴いていると、落ち着いて食べられなくなってくる。
 多分高校生らしい男のバイトがバイクを買った話を聞いた女のバイトが「良いなぁ~、私も、バイク乗りたいな~」と大声で他愛なく言う。他三人ほどの一人客と一緒に和彦はそそくさと腹を満たし、店を出る。
 松屋や富士そばに飽きてくると、五百円で定食が食べられるとげぬき地蔵商店街のきぬた食堂へ行く。
 このところ有線放送のプログラムがそうなっているのか、どのチェーン店へ食べに行ってもコンビニへ買い物に行っても尾崎豊の曲ばかり耳にするが、きぬた食堂には音楽が掛かっていない。
 ワイドショーを流すテレビを見ながら静かに焼きサバ定食を食べた後、以前住んでいたボロアパートへの路地に面した、狭く、場末の雰囲気が充満した、いつ行っても客がほとんどいないパチンコ屋へ入る。
 和彦が勤める大型チェーンのパチンコ店と比較すると同じ業種とは思えないような店で、飛行機台が四種類ほどしか置いておらず、店内には店の二階に住んでいるおばちゃんが、いたり、いなかったりする。
 和彦はきぬた食堂へ食べに行った帰りには必ずその『ポピー』というパチンコ屋に寄り、ビッグシューターやうちのポチといった平台を打つ。打っても打っても、玉が増えも減りもしない。適当に、ちょろちょろと出続ける。
 古びた店内はガラガラで、流れる音楽もちょっと古い。尾崎豊も掛かっていない。どういうわけか、和彦はそんな空間が落ち着く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...