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初講義
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四月になったが、夕暮れ時は肌寒く、出掛けるのが億劫になる。
巣鴨から都営三田線に乗り、水道橋駅に着いて地上へ出ると周囲は薄暗くなっていた。居酒屋やパチンコ屋の電飾が光り始めている。
徒歩二分ほどの東京ドームでは巨人戦が行われているだろう。隣接する後楽園ホールでもコンサートやプロレス興行などが行われていそうだ。
いずれにしても開場時間には重ならなかったようで、駅周辺の人通りは多いが、ぶつからずに歩ける程度で助かった。
JRガード下のマクドナルドの隣りにある薄暗く目立たない外壁のビルへ入るとすぐ階段で、二階へ昇ると事務局になっている。半開きになったドアを覗き込み、スチールデスクに向かう、どちらかと言うと陰気くさい雰囲気を持つ白髪の男性に、今日から受講するんですが、と郵送されてきた通知ハガキを見せると、受講証を発行してくれた。
三階の教室で講義がありますんで、と低いぼそぼそした声で男性は言った。言われた通り細長い階段をさらに昇ると、少し視界が広がる。教室に着いた。
小中学生が使うのと同じようなオーソドックスな学習机と椅子に、大の大人達二十人ばかりが窮屈そうに座っている。正面には黒板と教壇がある。
椅子を引いて席に着きながら歴史を感じさせる教室をざっと見渡すと、妙に気持ちが落ち着いた。正式な専門学校ではなく『ライター講座』という週一回の教室だが、和彦としては大枚をはたき一念発起して受講を申し込んだ。
皆が講義の開始を黙って待つ様子を観察する。会社帰りらしいスーツ姿の男性やツーピースを着た女性の他、和彦と同じように家からそのまま来た感じのデニムシャツやジーンズの人もいる。
二階の事務局にいた白髪の男性が教室へ入って来て、ぼそぼそと喋り始める。みんな聴こえているのかな、と回りをちらちら見てみるが、黙って座っている人達の表情が読み取れない。
―この講座では、毎回課題をその場で書いてもらったり、宿題として出したりする。書くには、ボールペンとかシャープペンシルとかあるが、できれば鉛筆を使ってほしい。鉛筆はBとか2Bなどの柔らかいものを使ってほしい。HやHBなど硬い鉛筆を使って書くと、書く内容まで硬くなってしまう。―
書くことに関わる職業に就きたい、とは高校生の頃から思っていたが全く無関係な生活を送ってきた和彦は、話を聴きながら、物を書く学校へ来た、と実感する。森川、と名乗るその男性は、今日の初講義の講師で、ライター講座のメイン講師となる評論家を紹介する。
教室の後方からおぼつかない足取りで入ってきた講師は、見たところ八十歳近く、森川さんとは違った意味で視点がショボショボとして定まらない。配布された茶色っぽい紙の資料には気鋭の評論家・角谷渡氏と書かれているが、目の前にいる好々爺のような人とのギャップが凄い。喋り方も、ぽつり、ぽつりといった感じで音がこもり、聴き取りづらい。
和彦は一瞬呆気に取られそうになったが、気鋭の人、と資料にはあるので突然鋭いことを言うかも知れないと思い直し、注意深く耳を傾ける。授業を受けるということが久しぶりで新鮮なのも手伝い、集中して話を聴いた。
角谷先生の口調に慣れてくると、聴き取りやすくなってきた。もともと自分はこんな集中力を持っていたのかも知れない。小中高時代は集中力がなく授業がつまらなかったが、この調子で聴いていれば、と少し悔やむ。
角谷先生は早くも課題を出す。和彦は文章を書きたいと思い続けていただけで実際に書いた経験には乏しいが、制限時間内に一生懸命書いた。心に残る本を書け、という課題だった。
思い出すまま、高校時代から最近に掛けて読んだ本を挙げ連ねる。それらの本の内容と言うよりも、読んだ頃の自分の状況について、記述していく。
巣鴨から都営三田線に乗り、水道橋駅に着いて地上へ出ると周囲は薄暗くなっていた。居酒屋やパチンコ屋の電飾が光り始めている。
徒歩二分ほどの東京ドームでは巨人戦が行われているだろう。隣接する後楽園ホールでもコンサートやプロレス興行などが行われていそうだ。
いずれにしても開場時間には重ならなかったようで、駅周辺の人通りは多いが、ぶつからずに歩ける程度で助かった。
JRガード下のマクドナルドの隣りにある薄暗く目立たない外壁のビルへ入るとすぐ階段で、二階へ昇ると事務局になっている。半開きになったドアを覗き込み、スチールデスクに向かう、どちらかと言うと陰気くさい雰囲気を持つ白髪の男性に、今日から受講するんですが、と郵送されてきた通知ハガキを見せると、受講証を発行してくれた。
三階の教室で講義がありますんで、と低いぼそぼそした声で男性は言った。言われた通り細長い階段をさらに昇ると、少し視界が広がる。教室に着いた。
小中学生が使うのと同じようなオーソドックスな学習机と椅子に、大の大人達二十人ばかりが窮屈そうに座っている。正面には黒板と教壇がある。
椅子を引いて席に着きながら歴史を感じさせる教室をざっと見渡すと、妙に気持ちが落ち着いた。正式な専門学校ではなく『ライター講座』という週一回の教室だが、和彦としては大枚をはたき一念発起して受講を申し込んだ。
皆が講義の開始を黙って待つ様子を観察する。会社帰りらしいスーツ姿の男性やツーピースを着た女性の他、和彦と同じように家からそのまま来た感じのデニムシャツやジーンズの人もいる。
二階の事務局にいた白髪の男性が教室へ入って来て、ぼそぼそと喋り始める。みんな聴こえているのかな、と回りをちらちら見てみるが、黙って座っている人達の表情が読み取れない。
―この講座では、毎回課題をその場で書いてもらったり、宿題として出したりする。書くには、ボールペンとかシャープペンシルとかあるが、できれば鉛筆を使ってほしい。鉛筆はBとか2Bなどの柔らかいものを使ってほしい。HやHBなど硬い鉛筆を使って書くと、書く内容まで硬くなってしまう。―
書くことに関わる職業に就きたい、とは高校生の頃から思っていたが全く無関係な生活を送ってきた和彦は、話を聴きながら、物を書く学校へ来た、と実感する。森川、と名乗るその男性は、今日の初講義の講師で、ライター講座のメイン講師となる評論家を紹介する。
教室の後方からおぼつかない足取りで入ってきた講師は、見たところ八十歳近く、森川さんとは違った意味で視点がショボショボとして定まらない。配布された茶色っぽい紙の資料には気鋭の評論家・角谷渡氏と書かれているが、目の前にいる好々爺のような人とのギャップが凄い。喋り方も、ぽつり、ぽつりといった感じで音がこもり、聴き取りづらい。
和彦は一瞬呆気に取られそうになったが、気鋭の人、と資料にはあるので突然鋭いことを言うかも知れないと思い直し、注意深く耳を傾ける。授業を受けるということが久しぶりで新鮮なのも手伝い、集中して話を聴いた。
角谷先生の口調に慣れてくると、聴き取りやすくなってきた。もともと自分はこんな集中力を持っていたのかも知れない。小中高時代は集中力がなく授業がつまらなかったが、この調子で聴いていれば、と少し悔やむ。
角谷先生は早くも課題を出す。和彦は文章を書きたいと思い続けていただけで実際に書いた経験には乏しいが、制限時間内に一生懸命書いた。心に残る本を書け、という課題だった。
思い出すまま、高校時代から最近に掛けて読んだ本を挙げ連ねる。それらの本の内容と言うよりも、読んだ頃の自分の状況について、記述していく。
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