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秋の大三角形(男1:女1)ラブストーリー

秋の大三角形

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和人かずと
「んー…、ん?」

 通知音が聞こえて、携帯の画面を確認する。時刻は二十三時十八分。こんな時間に、というか、そもそも油谷ゆやから連絡がくるなんて珍しい。
 メッセージアプリを開くと、なかば無理やり入れられたクラス全体のグループですらなく、俺個人へのメッセージの様だった。

「今、電話いい?って…。えーっと、べ、つ、に、い、い、け、ど…っと」

 アプリは開いたままだったのか、送信と同時に既読が付いて、さらに数秒後に電話がかかってきた。

美帆みほ
「…こんばんは」

和人:
「うん。ちょっとまって、イヤホン付ける」

美帆:
「あっ、うん」

和人:
「……。うん。いいよ」

美帆:
「ちょっと待ってね。私も付ける。……うん。大丈夫」

和人:
「…でー…、どうかした?」

美帆:
「いや…。……なんか、恥ずかしくなってきた」

和人:
「は?」

美帆:
「キャラじゃないし…」

和人:
「…なにが?」

美帆:
「こんな時間に…、男の子と電話とか…」

和人:
「ああ、まぁ。そうかもね」

美帆:
「他にも…、色々」

和人:
「ん……?」

美帆:
「いや、うーん…」

和人:
「んー…」(カチャカチャ)

美帆:
「……」

和人:
「……」

美帆:
「…、なんの音?」

和人:
「ん?」

美帆:
「その、カチャカチャって」

和人:
「あ、ごめん。知恵の輪してた」

美帆:
「知恵の輪って…、ふふっ」

和人:
「なに」

美帆:
「おじいちゃんみたいって思って」

和人:
「あー?油谷ゆやが用件話さないから暇だったんだけど」

美帆:
「あー…、そっか。ごめん」

和人:
「で?話ってなに」

美帆:
「…えっ?そんなこと言ったっけ」

和人:
「話がないとこんな時間に、彼氏でもないやつに電話かけてこねぇだろ」

美帆:
「あぁ、そっか。そうだね…」

和人:
「…なにテンパってんの?」

美帆:
「いや…。んー…」

和人:
「…。ちょっとお茶飲んでくるから、帰ってくるまでに言うか言わないか、決めとけよ」

美帆:
「あっ、ああ。うん。行ってらっしゃい…」

 ***

和人:
「よっと…。戻った」

美帆:
「お帰り…」

和人:
「決まった?」

美帆:
「うーん…うん」

和人:
「で…?なに?」

美帆:
「あー…ねぇ…。一緒に…家出、してくれない?」

和人:
「……」

美帆:
「…。…ごめん、やっぱり忘れて」

和人:
「いいよ」

美帆:
「…えっ?」

和人:
「迎えに行く。家どこ?」

美帆:
「あ、え、えーっと…、3丁目の、コンビニのとこ」

和人:
「あー。はいはい。じゃあそこで拾うわ」

美帆:
「え?」

和人:
「今日寒いぞ。上着持ってこい。あ、動きやすい格好でな」

美帆:
「あ…、うん」

和人:
「スカートはやめろよ。靴はスニーカーな。多分…10分しないぐらいで付くから」

美帆:
「スカートだめ、スニーカー…、わかった」

和人:
「先付いたらコンビニの中にいろよ。あそこら辺夜暗いから」

美帆:
「うん…。…その、ありがとう」

 ***

美帆:
 そーっと、そーっと。
 クローゼットから一枚上着を出して、えーっと家出って何が要るんだろう。背中の小さなリュックには財布と携帯とイヤホン、モバイルバッテリ。それとタオルを詰め込んだ。動きやすい様に長袖とデニムに着替えて、靴も言われたとおりスニーカー、手には上着のパーカーをもって。
 親にばれないように、そーっと、そーっと玄関を開け、閉める。ちょっとだけドアベルがカラリと鳴ったけど…、うん。…多分大丈夫。

「こんな時間に外出るの…はじめてかも…。家の外って、こんなに暗いんだ」

 閑静かんせいな住宅街、と聞けば聞こえは良い。でも夜に限って言ってしまえば、虫の声ひとつ聞こえない、虚無が広がる。頼り無い電柱の明かりの外は、闇が辺りを包んでいる。

「暗いなぁ。家の中から見る外と、ぜんぜん違う」

 通学路と同じ道、毎日歩く道を進んでいく。夜というだけで雰囲気がガラリと変わり、妙な薄気味悪さを感じる。
 かろうじて足元が見える程度の街灯を頼りに、待ち合わせの場所に向かって進む。角を曲がるとぎらついた看板のコンビニが目に入る。
 時間を確認すると二十三時三十二分。そろそろ五十嵐も付く頃だろうか。コンビニの前でなんとなく空を見上げる。

「…星、見えないなぁ。今日晴れてたのに…」

 程なくして一台のバイクが駐車場に乗り入れて、こちらに近づてきた。

和人:
(ヘルメットを被ったまま)
「おい。コンビニの中居ろって言ったろ」

美帆:
「…えっ?」

和人:
(ヘルメットを外しながら)
「俺だよ」

美帆:
「…五十嵐いがらし!?」

和人:
「うん」

美帆:
「わかんなかった…」

和人:
「メットしてたらな。なんで外いたの。暗いから中居ろって言ったろ」

美帆:
「あぁ、ごめん。空見てて」

和人:
「空ぁ?」

美帆:
「いや、星、見えないなぁって思って」

和人:
「ああ。コンビニ明るいからなぁ」

美帆:
「あ…。そっか。そうだね」

和人:
「…それで?家出って…行く宛あるの?」

美帆:
「あー…、どっか…、遠く?」

和人:
「漠然としてんなぁ…。じゃあ…まぁ、乗って。はい、メット」

美帆:
「ありがと…」

和人:
「あ、コンビニ寄る?」

美帆:
「いや…、大丈夫」

和人:
「うん。…………ん?」

美帆:
「ごめん、これ、どうやって乗るの…?」

和人:
「あ、そっか。ごめん。えーっと…」

 ***

美帆:
 風が流れていく。いつもの町が、道が、すごいスピードで切り替わっていく。

「ねぇ、どこ行くの?」

和人:
「……」
 
美帆:
「ねぇ!どこ行くの?」

和人:
「…え!?…に!?(え?何)」

美帆:
「どこいくの!?」

和人:
「…し!!……行…ぞ!(星!見に行くぞ)」

美帆:
「なんて!?」

和人:
「ほ!し!」

美帆:
「ほ…し…?」

 バイクのスピードがゆるりと落ちて、道路の左端に停まる。五十嵐いがらしがヘルメットをとって、合わせて私もヘルメットをはずした。

和人:
「ごめん。2人乗りなんて初めてだから」
「…あ、イヤホンで通話しながら行くか。もってる?」

美帆:
「あ、そっか。五十嵐いがらし頭良いね」

和人:
「なにそれ、嫌味?」

美帆:
「ちがっ!違うよ!よかった、持ってきてた」

和人:
「ん…?まぁ、いいや。こうやってメットにイヤホン通して…ちょっと喋ってみて」

美帆:
「あー…あー…」

和人:
「うるさっ、音量下げないときついわ」

美帆:
「あっ、ごめん…。…マイク近いから」

和人:
「あー、ごめんごめん。油谷ゆやが悪い訳じゃないから」
「うん。これぐらい。油谷ゆやは?うるさくない?」

美帆:
「うん。大丈夫」

和人:
「よし、じゃあ。出るよ」

美帆:
「うん」

和人:
 バイクを滑らせる。身体中に夜の冷たい風を感じる。走らせてみてだんだん二人乗りにも慣れてきた。いつもより重いから、スピードがゆっくりでも、早すぎても、カーブを曲がりきれない。ちょうどいいスピードを探していく。
 海沿いの道の緩い外灯、遠くに見える町のあかりを尻目に、俺たちは進んでいく。

「星見に行くぞ」

美帆:
「え?」

和人:
「さっきの話の続き」

美帆:
「ああ。星って…どこに?」

和人:
「この先に、町の明かりとか、人工灯が入らない公園があるから」

美帆:
「ふーん…。よく知ってるね」

和人:
「ん?前に一回夜釣よづりに来たんだよ」

美帆:
夜釣よづり?へー…、五十嵐いがらしって釣りもするんだ。釣れた?」

和人:
「いや、一匹も」

美帆:
「あー…」

和人:
「でも楽しかったよ」

美帆:
「えぇ…?よくわかんない」

和人:
「待ってる時間が楽しいって言うの?こう、夜の気配とか…、匂いとか。肌寒さとか。俺以外の時が止まってて、俺の出す音以外なーんもしねーんだ」

美帆:
「すごいね…」

和人:
「…ん?なにが」

美帆:
「私、なにも知らないんだ」

和人:
「えぇ…?油谷ゆやは頭良いだろ」

美帆:
「んー…そうじゃなくて…。私が知ってるのって、教科書とか、参考書の中の知識だけだよ」

和人:
「充分だろ」

美帆:
「そうかなぁ…」

和人:
「んん…?」

美帆:
「…」

和人:
「……?」

美帆:
「ねぇ、五十嵐いがらし…?」

和人:
「なんだよ」

美帆:
「…聞かないの?」

和人:
「……何を?」

美帆:
「……、理由」

和人:
「…。どれの?」

美帆:
「…もういい」

美帆:
 五十嵐いがらしはどうして聞かないんだろう。家出の理由も、そのパートナーに五十嵐いがらしを選んだわけも。そんなに興味が湧かないことなの…?私って、そんなにどうでもいい?いや…、違うか。聞かないとわかっていたから、私は五十嵐いがらしを選んだんだ。
 バイクが進むうちに、無言の時間が増えてきた。はじめのうちは頑張って会話を探した。だって、五十嵐いがらしは自分から話しかけてこないんだもん。それに、話も広げてくれない。油谷ゆやは?って一言聞いてくれたら私だって色々しゃべれるのに。五十嵐いがらしは「ふぅん」とか「そうなんだ」とかばっかりで。やっぱり、五十嵐いがらしは私のことなんてどうでもいいんだ…。

和人:
「次のガソリンスタンドで休憩しよう」

美帆:
「…!うん。わかった」

和人:
「お腹空いてきたな…、自販機でなんか買うか」

美帆:
「え?ご飯の自販機ってこと?」

和人:
「ああ…、見た方が早い」

美帆:
「…?うん」

美帆:
程なくしてガソリンスタンドに付いた。バイクが止まり、久しぶりに足が地面に着く。

和人:
「よっ…と」

美帆:
「ありがと…」

和人:
「ん?ううん。あー、今のうちにトイレとか、すませとけよ」

美帆:
「そっか。そうだね」

美帆:
五十嵐いがらしに合わせてヘルメットをとる。スマホの通話を切ると、親からの大量のメッセージと着信履歴に気づく。

美帆:
「あー……、ばれてる」

和人:
「親?」

美帆:
「うん…。ま、いっか。えーっと、お手洗い…」

和人:
「あれ」

美帆:
「えっ……暗い…」

和人:
「近づけば、電気つくよ…多分」

美帆:
「ちょっと……近くまでついてきて、くれない?」

和人:
「…ガキか……」

美帆:
「うるっさいな!」

和人:
「ごめんごめん」

美帆:
「えぇっと、ここ、ここで、待ってて」

和人:
「はいはい。あー、自販機でご飯だけ買ってきてもいい?」

美帆:
「…言わなきゃわかんなかったのに」

和人:
「あ…」

美帆:
「…いいよ…」

和人:
「いいんだ…」

美帆:
「ガキじゃないので!」

和人:
「怒ってる…」

美帆:
 近づけど近づけど、電気がつく気配はない。結局トイレの中に入っても、個室のな中も明かりは何もなく、携帯の頼りない明かりだけでそそくさと用を足した。
 お手洗いを後にすると、五十嵐いがらしはのんきに花壇の縁に座り、私を待ってくれていた。

和人:
「ん、お帰り」

美帆:
「…うん。つかなかった」

和人:
「ん?」

美帆:
「電気」

和人:
「そっか」

美帆:
「もう!怖かったんだから!」

和人:
「えーっと…、ごめん」

美帆:
「……ごめん。五十嵐いがらしは悪くない」 

和人:
「…えぇ?」

美帆:
「…。それより!五十嵐いがらし、ご飯買わなかったの?」

和人:
「ん?うん。待っとけって言われたし」

美帆:
「もう…」

和人:
「10分も20分も待つわけじゃないし…。先にガソリンだけいれていい?」

美帆:
「…うん」

美帆:
 無人のガソリンスタンドの中をバイクを押して歩く。五十嵐いがらしは慣れた手付きで機械を操作して、給油を進めていく。

「バイクって…、そこにガソリン入れるんだ」

和人:
「ん?うん」

美帆:
「……へー」

和人:
「こんなもんか」

美帆:
「えっ、ガソリンってこんなに高いんだ…」

和人:
「ここはセルフだけど町外れにあるからな」

美帆:
「わたしも払う」

和人:
「いいよ、別に」

美帆:
「そんなわけには行かないよ!だって、私のわがままだもん」

和人:
「えー…、じゃあ、今度学食の親子丼おごってよ」

美帆:
「…釣り合いとれないじゃん」

和人:
「いや、このガソリンも今日だけ使ったんじゃないし。もともと次乗ったときに給油しないとって思ってたんだよ」

美帆:
「…ほんとう?」

和人:
「本当。それに、学食の親子丼うまいだろ?」

美帆:
「…食べたことない」

和人:
「は!?まじで?」

美帆:
「だって、毎日お弁当だし…」

和人:
「今度油谷ゆやの弁当代わりに食ってやるから、親子丼食ってこい。いや、つか、奢んなくていいいや、親子丼食べろ」

美帆:
「なにそれ」

和人:
「ほんとに、他のメニューは別に美味しくないけど、親子丼だけはうまいから」

美帆:「そうなの?」

和人:
「そうだよ!いつも親子丼だけ売り切れてるだろ?」

美帆:
「いや…、知らないけど」

和人:
「みんな授業終わったらダッシュで学食行って親子丼の食券買うんだよ。争奪戦だよ」

美帆:
「ふーん…」

和人:
「…なんだよ」

美帆:
「いや…、色々話したのに、一番盛り上がった話が、親子丼かぁ…って思って」

和人:
「…ん?」

美帆:
「ううん。さ、ご飯買いに行こう。どこ?」

和人:
「…なんだよ。えーっとあれ」

美帆:
 五十嵐いがらしに誘われるまま、小さな小屋のような建物にはいる。その中には見慣れた飲み物の自販機とは別に、食べ物が売っている四角い自販機がいくつか置いてあった。

「んー、どれどれ?あー、思ってたより色々あるんだ、うどん、タコ焼き、ホットドッグ…、フライドポテトに。こっちはパンもある」

和人:
「えーっと、うどんでいいや、あとポテト」

美帆:
「じゃあ、私も」

和人:
「じゃ、ポテトは二人で分けるか」

美帆:
「…ありがとう」

和人:
 小屋の中の小さなテーブルで二人でうどんを囲んだ。別に特別美味しくもないけど、

美帆:
 暖かい、特別な味がしたうどん。

「思ったより美味しい…」

和人:
「うん。めちゃくちゃうまくはないけど、食べれる」

美帆:
「ポテトは……、もうちょっと塩かけたかったね」

和人:
「せめてケチャップとかあればなー」

美帆:
「うん。口のなかモソモソする」

和人:
「うどんの出汁がうまい」

美帆:
「でも全部飲んだら喉かわきそう」

和人:
「…確かに。素直に飲み物買うかぁ」

美帆:
「あ、じゃ、じゃあ飲み物代は出す!ガソリンのお礼」

和人:
「別にいいのに…、えーっと、じゃあ……、これ」

美帆:
「うんっ…。って、これ、コーヒー…」

和人:
「さんきゅ」

美帆:
五十嵐いがらしブラック飲むんだ」

和人:
「苦手?」

美帆:
「多分…」

和人:
「多分?」

美帆:
「基本苦いもの好きじゃないから。飲んだことない」

和人:
「…飲んでみるか?」

美帆:
「ええっ…。あー……、じゃあ、一口…。うー……、匂いがもう苦い」

和人:
「ぐいっと」

美帆:
「んんっ!あっ!にっがい!美味しくない!!」

和人:
「ははは」

美帆:
「えー!ちょっ!甘いもの飲みたい!ええっとええっと、紅茶でいいや!」

和人:
「そんなに苦いか?」

美帆:
「いや!苦いよ!!」

和人:
「そうかなぁ…」

美帆:
 そういいながら五十嵐いがらしはコーヒーを口に含み、ゆっくりと味わう。って、ちょっと待った!今気づいたけど…、その……

和人:
「美味しいと思うけどな。ま、味覚なんて人それぞれか…」 

美帆:
「……うー…」

和人:
「え、どうした?顔赤いぞ」
「そんな、コーヒー飲めなくても死ぬこっちゃないって」

美帆:
「……はぁ…」

和人:
「…んん?」

美帆:
「なんでもない!」

和人:
「…おう…」

美帆:
 チラリとスマホで時間を確認すると、深夜一時半だった。両親からの連絡は未だに続いている。

美帆:
「あーあ、どうしようこれ」

和人:
「諦めろ。捜索願だされる前に一回連絡いれとけよ」

美帆:
「えー、…何て?」

和人:
「んー、今日は考えたいことがあるから友達の家に泊まります。とか?」

美帆:
「じゃあ、それでいいや」

和人:
「ん」

美帆:
五十嵐いがらしの家はなにも言ってこないの?」

和人:
「うちはなぁ、多分俺がいないことにも気づいてないよ」

美帆:
「えっ…」

和人:
「俺んち片親だし、母親は朝も夜も働いてさ、俺たちを食わせるのに必死なんだよ」

美帆:
「…なんか、ごめん」

和人:
「別に…、こうなったのは油谷ゆやのせいじゃないし、小さい頃からだから、今さらって感じ」

美帆:
「そっか…。そう言えば、私、五十嵐いがらしのこと何も知らないんだ」

和人:
「ああ?」

美帆:
「よし、色々質問していこ」

和人:
「………」

美帆:
「ちょっと!めんどくさいって顔しないでよ」

和人:
「ああ、もう。そろそろ行くぞ」

美帆:
「うん」

和人:
 再びバイクに股がる。油谷ゆやもスムーズに後ろに乗り込んだ。
 メットを被ると油谷ゆやからトントンと肩を叩かれた。

「…ん?」

美帆:
「電話」
  
和人:
「…あー……、はいはい」

美帆:
「ふふふ」

和人:
 バイクが道路に戻ると、それはそれは楽しそうな油谷ゆやの声が聞こえる。

美帆:
「ねぇ、五十嵐いがらしの好きな食べ物は?」

和人:
「…オムライス、唐揚げ…、お好み焼き」

美帆:
「へー。意外と子どもっぽいんだ」

和人:
「…はぁ?」

美帆:
「じゃ、嫌いな食べ物は?」

和人:
「あー…、ピーマンとか、春菊しゅんぎくとか、苦いやつ」

美帆:
「コーヒー飲めるのに?」

和人:
「コーヒーの苦さとは違うだろ」

美帆:
「んー、わかんない。私からみたら全部一緒だよ」

和人:
「子ども舌」

美帆:
「お互い様」
「えーっとねー、じゃー次はー…、足のサイズは?」

和人:
「27.5」

美帆:
「おっきいなぁ。あ、じゃあ次ね。休みの日は何して過ごしてるの?」

和人:
「……」

美帆:
「…ん?」

和人:
「さっきから何の質問?」

美帆:
「えー?気になる質問?」

和人:
「なんでそんなことが気になるんだよ」

美帆:
「だって、私なーんにも五十嵐いがらしのこと知らないんだなーって思ったんだもん」

和人:
「…お互い様」

美帆:
「そう?」

和人:
「俺も油谷ゆやのことなんも知らねーよ」

美帆:
「じゃあ、質問していいよ?」

和人:
「……」

美帆:
「ねーえー」

和人:
「…はぁ。好きな食べ物」

美帆:
「んーっとねぇ、パフェでしょ、ケーキでしょ、生クリームとかの甘いものが好き」

和人:
「……」

美帆:
「……」

和人:
「……」

美帆:
「次は?」

和人:
「終わり」

美帆:
「えっ!?」

和人:
「おーわーり」

美帆:
「えー!もう…」

和人:
 そのあとも油谷ゆやがなにかを言っていたけど、全部無視した。

美帆:
 言葉は返ってこなかったけど、休憩前の沈黙とは違い、べつに気まずさは感じなかった。この人は私に興味がないんじゃなくて、ただ喋るのが上手じゃないだけだって、わかったから。
 いつも必要なことだけを話して、その他のことは口には出さない。よく考えたらそうか、だって私がさっき、理由を聞かないの?って言った時に、五十嵐いがらしは何て答えた?

「…どれの?」

和人:
「…ん?」

美帆:
「んーん。なんでもない」

和人:
「……?」

美帆:
 なんの?じゃなくてどれの?だった。それってさ、心のなかではいくつか気になることがあるってことでしょ?

五十嵐いがらしってさ」

和人:
「………」
  
美帆:
「かわいいね」

和人:
「……は?」
  
美帆:
 きっと、このかわいさに気づいている人は他に居ないよね。

和人:
 ああ…、わっかんねぇなぁ。バイクにのったときは気分が沈んでたのに、さっきはあんなに元気になって、今はかわいいねって…。

美帆:
 バイクが海沿いの国道を進む。頼りない街灯では、周りの景色さえ見回せなくて。その街灯も、トンネルをひとつくぐればもっとまばらになった。
 後ろに見えていた街の灯りも、トンネルの向こう側だ。
 今、私たちに見えるのは、バイクの先に照らされた世界、ただそれだけだった。

和人:
「ちょっと、ゆれる。ここから道悪くなる」

美帆:
「うん。大丈夫」

 国道から一本、道路を入る。少しスピードが落ちた気がする。

美帆:
「あと、どれぐらい?」

和人:
「疲れた?」

美帆:
「ううん。道が暗くなったから」

和人:
「怖くなった?」

美帆:
「違うよ。だって五十嵐いがらしがいるもん」

和人:
「なんだそれ…。あと10分しないぐらいかな」

美帆:
「うん、わかった」

 それからはお互い、なんとなく一言も喋らなかった。

和人:
 ただ、イヤホンから聞こえる、規則正しい互いの息のおとを静かに聞いていた。

美帆:
 徐々に体に受ける風が緩やかになっていく。

和人:
「止まるよ」

美帆:
「うん」

 バイクが止まり、一瞬時間が止まる。バイクは左に傾いて、五十嵐いがらしが地面を足で受け止めた。

「んしょ」

和人:
 油谷ゆやがバイクから降りて、俺もバイクから降りる。
 エンジンを切って、駐車スペースまで押して進む。

美帆:
「真っ暗…」

和人:
「よっ…と。これ、ちょっと持ってて」

美帆:
「ランタン…?準備いいんだね」

和人:
「夜に出なれてるだけだよ。俺もはじめて出た時真っ暗でさ、なんも見えなくて。それ以来バイクにいつも積んでんだ」

美帆:
「へー…」

和人:
「よし、行くか。多分足元悪いから、こけんなよ」

美帆:
「うん。ありがとう」

和人:
「こっち。……急にしおらしいな」

美帆:
「え?」

和人:
「さっきまではあんなに元気だったのに」

美帆:
「心配してくれたの?」

和人:
「…、ちょっと気になっただけ」

美帆:
「心配じゃん。五十嵐いがらし優しいところあるんだ」

和人:
「……」

美帆:
「まぁ、知ってたけどね」

和人:
「…はぁ?」

美帆:
「うわっ!ちょっと、急に止まんないでよ。びっくりするでしょ。ただでさえ暗いんだから」

和人:
「あ…、ごめん」

美帆:
「はい。進んで?」

和人:
「……ん」

美帆:
 公園の入り口は鬱蒼うっそうとして、木々がトンネルを作って。人工灯が手元のランタンひとつで、どこか薄気味悪くって。ここが世界の果てだと言われても、あるいはそうかもなと思えるような場所だった。
 でも、前を行く背中を追って、少し奥まで行くと、木々の天井は晴れ、代わりに見えてきたのは一面の星の屋根だった。

「すごい…」

和人:
「ほら、シートもあるから。首つかれるだろ」

美帆:
「あ…、ありがとう」

 五十嵐いがらしがランタンのスイッチを切ると、辺りは一層の闇に包まれて、世界で見えるのは星と月だけになった。
 何分間か、お互い喋らなくて、ただただ、上を眺めていた。十分じゅっぷんか、二十分か、もしかしたら一時間か。
 長かったような。短かったような。永遠のような、一瞬のような。

「…綺麗だね」

和人:
「そうだな」

美帆:
「ねぇ、説明してよ」

和人:
「何を?」

美帆:
「星」
  
和人:
「…は?」

美帆:
「星座」

和人:
「…知らねーよ。頭はよくねぇんだ」

美帆:
「適当でいいよ」

和人:
「適当って……」

美帆:
(期待の眼差しで和人を見つめる)
「………」

和人:
「……くっそ。…あー、あの青いの」

美帆:
「あれ?」

和人:
「多分。それとあのー…白いのと、白いの」

美帆:
「うん」

和人:
「あれで、秋の大三角」

美帆:
「…へぇ。何て名前なの?あの青い星」

和人:
「名前?あー……、…そう…だなぁ……、べ…、べー……、ベネズ…エラ…?」

美帆:
「ふふっ!…ベネズエラって……、国の名前だよ」

和人:
「言ったろ!頭よくねぇんだよ」

美帆:
「あと、秋の大三角もない」

和人:
「馬鹿で悪かったな」

美帆:
「違うよ。…やさしいねって話し」

和人:
「…。女の中でも油谷ゆやが一番わかんねぇ…」

美帆:
「わかんなくていいんだよ」

和人:
「あー……?」

美帆:
「……。五十嵐いがらしが聞かないなら私から聞くね。なんで今日、私を連れ出してくれたの?」

和人:
「……、別に。これと言ったちゃんとした理由はねぇよ」

美帆:
「そっか。…残念」

和人:
「残念…?」

美帆:
「私ね、この前のテスト返ってきたでしょ、今日。それで成績落ちちゃってさ。私勉強しか取り柄ないのに、勉強も出来なくなってきたって思って…、家に帰ったら怒られるんだろうなって思ったの」

和人:
「…」

美帆:
「そしたらさ、お父さんもお母さんも、頑張ったねって」

和人:
「…?怒られなかったってこと?」

美帆:
「うん」

和人:
「学年何位だったの?」

美帆:
「4位」

和人:
「やっぱり嫌みか?」

美帆:
「違うよ。前は2位だったの。一番にならなくちゃって思って、私なりにたくさん勉強したんだ。それなのに順位下がっちゃってさ」

和人:
「…うん」

美帆:
「勉強しか出来ない馬鹿がさ、一杯勉強して試験に挑んで、順位下げてさ。怒られるって思ったら怒られなかったの」

和人:
「……」

美帆:
「そしたらさ、あれ?私ってなんだろうって思ったの。私のステイタスって、『勉強ができる人』、だったはずなのに。親はさ、別に順位なんて、勉強なんて気にしてなかったのか…、じゃあ私は今までなにと戦ってたんだろうってなっちゃった」

和人:
「…それが、家出の理由……ってこと?」

美帆:
「うん。多分私、両親を困らせたかったんだな」

和人:
「じゃあ…、目的は達成?」

美帆:
「………」

和人:
「……?」

美帆:
「あと一個」

和人:
「うん」

美帆:
「なんで五十嵐いがらしを家出の相手に選んだのか」

和人:
「……」

美帆:
五十嵐いがらしはなにも聞かないと思ったから」

和人:
「…ん?」

美帆:
「ほら、やっぱり自分の内側を人に伝えるのって、勇気がいるでしょ」

和人:
「…あー……?」

美帆:
五十嵐いがらしからは聞かないと思ったの。でも、私は誰かに聞いてほしかったから。私の覚悟ができるまで待っててくれて、話し始めたら聞いてくれる、そんな五十嵐いがらし和人かずとを相手に選んだ」

和人:
「…油谷ゆやの話しは俺には難しい」

美帆:
「ふふ」

和人:
「…。油谷ゆや、明日の学校どうすんの?」

美帆:
「どうしよう。五十嵐いがらしは?」

和人:
「お前が決めんだよ」

美帆:
「……そっか」
 
「…じゃあ…、そろそろ帰らないとね」
(体起こす)

和人:
「ん」

美帆:
(寝転がったままの五十嵐を見ながら)
「今度さ、プラネタリウム行こうよ。一緒に」

和人:
「プラネタリウム…?寝るぞ俺」

美帆:
「そしたらまた、星の下に来たときに私が説明してあげる。あれが秋の大三角で!あの青い星がベネズエラだよ!って」

和人:
「くっそ(笑)」

美帆:
「ふふふ」

和人:
(立ち上がり、油谷に手を伸ばす)
「……、帰るか」

美帆:
(五十嵐の手を取り、立ち上がる)
「…うん」

和人:
「……、足元気を付けろよ」

美帆:
「うん」

和人:
 バイクのところまで戻って、キーを回して、
 
美帆:
 エンジンの音で、また世界が動き始める。

「三時だって…」

和人:
「帰りつく頃には明るくなってるかもな」

美帆:
「そんなに?」

和人:
「おう」

美帆:
「あー…、今日の授業、起きてられるのかな」

和人:
「後悔してる?家出したこと」

美帆:
「ぜんぜん。むしろ。ちょっとスッキリした」

和人:
「そっか」

美帆:
「ねぇ、帰りも電話してもいい?」

和人:
「いいよ」

美帆:
「ありがとう」

和人:
 バイクが進みはじめる。体に風を感じる。油谷ゆやの声が聞こえる。

美帆:
 あとで振り替えれば何を話していたのか、思い出せないほどつまらないことを話していた。多分、その日の天気とか、テストのどの問題が難しかったとか、国語の若松わかまつ先生の嫌なところとか、そう言うの。

「ねぇ、五十嵐いがらしは文化祭の実行委員、なんでなったの?」

和人:
「見てただろ?別になりたくてなったんじゃねーよ」

美帆:
「ふーん?」

和人:
「俺は帰宅部だし、バイトしてることも言えないだろ他薦たせんで押し付けられただけ」

美帆:
「バイトしてるの?」

和人:
「おう」

美帆:
「今度さ、バイト先行ってもいい?どこ?」

和人:
「やだよ。それに、表じゃないから来ても見れないぞ」

美帆:
「なんだぁ」

和人:
「店長がさ、学校の人が来てもバレないようにって表に出なくていいようにしてくれてんだ」

美帆:
「そっか…。…ねぇ、五十嵐いがらしがバイトしてること知ってるのって誰?」

和人:
「あー?家族と、バイト仲間だけだよ。誰にも言ってないし」

美帆:
「そっか…。なんで教えてくれたの?」

和人:
油谷ゆやは誰にも言わないだろ」

美帆:
「言わない。言わないよ」

和人:
「ん」

美帆:
「ふふ…」

和人:
油谷ゆやは?」

美帆:
「え?」

和人:
「なんで文化祭の実行委員になったの?生徒会もだし、部活も忙しいだろ」

美帆:
「うーん…。五十嵐いがらしと似てるよ」

和人:
「あ?」

美帆:
「私は、みんなが嫌がるようなことを進んでしないといけないと、思い込んでたんだな。少し前まで。それが私がみんなの中に迎合げいごうする方法だと思ってたんだよ」

和人:
「…げ…?(迎合?)」

美帆:
「人に好かれる方法を知らなくって、嫌われないように必死だったの」

和人:
「……?」

美帆:
「……、この話しはまた今度にしよっか。次星を見に行くときに話す」

和人:
「…わかった」

美帆:
「ふふ、また連れていってくれるんだね」

和人:
「………」

美帆:
「あーあ。黙っちゃった…」

 バイクは国道に戻る。私はうつむいて、ヘルメットが五十嵐いがらしの背中にコツンと当たる。

和人:
「運転しにくい」

美帆:
「そっか。じゃあ気を付けてね」

和人:
「……はぁ」

美帆:
「あ、携帯が悲鳴あげてる」

和人:
「ん?」

美帆:
「多分電池切れそうなんだなぁ…。公園出るとき12%だったし」

和人:
「ああ」

美帆:
「ピーッピーッって」

和人:
「そんな音す………(通話切れる)」

美帆:
「…五十嵐…?」

和人:
「  」

美帆:
「あー……、切れちゃったかぁ」
「あーあ…。…もう聞こえてないと思うからさ、白状するけど、私、私ね。五十嵐いがらしのこと好きだよ」
「頭悪いふりして、でもきっと私よりずっと賢くて、物事の本質って言うのかな…、何が正しくて、何が間違ってるのか、とかを。周りの意見じゃなくて、自分で決められるんだぁ。五十嵐いがらしは…」
「私はずっと、周りの目を気にして生きてきたから。周りがどう思うんだろうとか、ああ、あの人はこうしておけば喜ぶのかな、なんて」
「だから、私とは真逆の生き方をしてる五十嵐いがらしが好き」

「なんて……、面と向かって言えたらなぁ…」

 街が近づいてくる。空がしらんで、遠くに朝が見える。
 見慣れた街に着く。通いなれた通学路、3丁目のコンビニ…。

和人:
「着いたぞ」

美帆:
「うん」

和人:
「今日学校どうしよっかなぁ…ねっみぃ」

美帆:
「来ないの?」

和人:
油谷ゆやは?行くの?」

美帆:
「うん。ちゃんと怒られてから、行こっかな」

和人:
「そっか」

美帆:
「一緒にさ、授業中に居眠りしようよ」

和人:
「…悪くないね」

美帆:
「じゃあ決まりね」

和人:
「一時間目なんだっけ」

美帆:
「えーっとね、多分国語」

和人:
「あー、ゴリ松かよ……、寝れねーじゃん」

美帆:
「いいじゃん。一緒に怒られようよ」

和人:
「なんだよそれ(笑)」

美帆:
五十嵐いがらしさ、ここから家近いの?」

和人:
「ん?まぁ、自転車で5分とか」

美帆:
「じゃあさ、7時半に待ってるね。ここで。学校行こうよ、一緒に」

和人:
「…ま、いいかぁ。じゃあ、7時半に」

美帆:
「うん。じゃあ、またあとで。バイバイ」

和人:
「バイバイ」
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