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第二部 ふたりの旅路

序章

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 小難しい書類に目を通しながら「ああでも無い」「こうでもない」とソロモンは何やら唸っていた。時刻は、ちょうど昼の十二時。
 春のうららかな日差しが指し、思わずまどろみの中へと誘われそうなほど外は暖かそうであった。けれど、それとは対照的にソロモンは眉間に皺を寄せてうんうん唸る。そんなソロモンの邪魔をしないようにエリスは、机の上に珈琲を入れたカップを置くとと去った。マリアの元へ行こうと階段を上っていると、血相を変えたレイヴァンと遭遇する。
 あまりの彼の表情の変わりっぷりにエリスは思わず目を丸くして固まった。

「マリア様を見なかったか」

 慌てた口調でまくし立てる彼にエリスは、困った表情を浮かべた。

「何か知っているのか」

 エリスは冷や汗を浮かべるばかりで口を開こうとしない。そんな彼にレイヴァンは、痺れを切らしてもう一度、同じ事を問いかけた。とうとう折れて口を開いた。

「姫様でしたら、おそらく城下町ではないでしょうか」

 エリスの答えにレイヴァンが頭を抱えれば、どこに潜んでいたというのか。ギルが姿を現した。

「俺もついて行こうか」

「お前は仕事がたまっているだろう」

 溜息交じりにレイヴァンが言えば、ギルは肩をすくめて見せた。

「ご安心なされよ、正騎士殿。仕事はレジーと分担して行っている」

「レジーにの間違いじゃあないのか」

 ギルの表情が引きつる。図星であったらしい。ギルは分が悪いとふんで、去って行ってしまった。レイヴァンはエリスに仕事は大丈夫か、と問いかければ「大丈夫です」と答えたので共に城下町へ降りることになった。
 城下町へ降りれば家屋はボロボロであるが、コーラル国に支配されていた頃を思うとずいぶんと良くなっていた。人々にもだいぶ笑顔が戻っていたし、何より“ある少女”が復興の手助けをするからで――

「ふう!」

 ディアンドルの小ぎれいな服をすすで汚して、白い雪のような肌も何かで黒く汚れてしまっていた。美しい薄い金の髪を振り乱して、何か荷物をドサリと地面へ置いていた。少女にレイヴァンとエリスが駆け寄る。

「マリア様!」

 レイヴァンに名を呼ばれ、少女マリアは声の主を振り返った。

「げ」

 美しい少女からは、想像も絶するほどの汚い声が漏れた。本来は可愛らしい声であるのに、二人の姿に驚いたのと何かを言われることが明白であったため、そんな声が漏れた。

「何ですか、『げ』っていうのは。残党がまだうろついているかもしれないというのに」

 マリアは目をそらして「人違いです」と呟いた。レイヴァンは頭を抱えそうになったが、何とか耐えて細い腕を取る。

「戻りますよ」

「大丈夫よ、クライドも一緒だもの」

 マリアが叫べば声が聞こえたのか、町人と何やら話をしていたクライドがこちらへ駆け寄ってきた。

「お迎えですか」

 淡々とした口調でクライドが言えば、レイヴァンとエリスがこくりと頷く。それからレイヴァンがマリアを逃がさないように抱き上げれば、町人の女性達が色めき立ち男性達はマリアを茶化した。

「きゃあ、レイヴァン様にお姫様だっこして貰うだなんて羨ましい!」

「おや、マリアちゃんのかわいさは正騎士殿も骨抜きにしてしまうんですねぇ」

 レイヴァンは居心地の悪さを感じながらも、マリアを抱えた状態で城の方へ向かっていった。そのあとをエリスとクライドが続く。
 町人達は不思議そうに眺めて呟いていた。

「あの娘、いったい何者なんだ?」



 城へ戻れば、やっとマリアはレイヴァンから解放された。

「あまり城の外へ出歩かないで下さい。何があるか分からないのですから」

「大丈夫だって、レイヴァンは心配が過ぎるよ。それに、まさかわたしが“王子”だなんて誰も思わないよ」

 レイヴァンは汗をうっすらと浮かべる。表向きは王子ということになっているため、気づかれにくいとは思うが。

「何を仰っているのですか。姫様は警戒心がなさ過ぎます!」

 レイヴァンが口を開く前にエリスが言えば、マリアはずいと近寄る。

「エリスも、なんだかレイヴァンみたい」

「どうしてそうなるのですか。あなたは、この国の王子なのですよ。何かあってからでは遅いのです」

  マリアはしぶしぶといった様子で頷くと、自分の部屋に戻りいつもの“男の服”を手にとって着替える。王子らしい服は、上質で肌触りも良く動きやすい。マリアが好んで着ている服であった。着ると表情もがらりと変わり、王子の顔に変わる。
 マリアが部屋を出るとレイヴァンとエリス、クライドが控えていた。三人に「行こう」と声をかければ、頷いてマリアの後ろに続く。マリアはソロモンに呼ばれていたので、部屋へ向かえば中から声が聞こえてきた。

「うう、ああ」

 唸る声を不思議に思いながら、マリアはドアをノックする。扉が音を立てて開いた。中からやつれた表情のソロモンがぬっと現れる。

「どうかしたのか」

「姫様。お見苦しいところを」

「それよりも、何があった」

 マリアが再度、問いかければソロモンはゆっくりと口を開く。

「つい先日から体が重く」

「風邪か?」

「アレルギーです」

 マリアの問いに答えたのは、ソロモンでは無くレイヴァンであった。レイヴァンが言うには、ソロモンはアレルギーで公務もままならない様子であったという。

「そうか、お大事に」

「はい。ずびっ、それで、姫様に来ていただいたのは他でもありません」

 ソロモンは、マリア達を部屋の中へ通した。促されるまま室内へ足を踏み入れると、ホコリが舞う。さらに床に積み上げられている分厚い本がバサバサと音を立てて崩れた。
 それらを見てレイヴァンが、黙っていられるはずも無く。

「これでは体調を崩しても仕方ないだろう!」

 ソロモンは素知らぬ表情で下手くそな口笛を吹いた。

「誤魔化そうとするな!」

 レイヴァンがソロモンを母親のように叱りつけ、部屋を片付け始めた。ものの数分でそれなりに部屋がきれいになれば、今まで何かで隠れていたのか椅子が姿を現す。レイヴァンに促されるままにマリアが椅子に座れば、レイヴァンやエリスにクライドも今まで何かによって隠れていた椅子に座る。

「姫様の申し出通り、グレンはエイドス支城でセシリーの弟子として働いております。それから、ヒデの処遇ですが、彼も玻璃国へ送り返しました」

「そうか、良かった」

 マリアが思わず呟く。ソロモンがここからが本題ですが、と言葉を紡いだ。

「今まで旅してきて不思議に思うことは無いですか」

「え?」

 呆然とマリアが呟けば、隣でエリスが真剣な表情で考え込み呟いた。

「本当に、コーラル国がここまで国を疲弊させたか」

 エリスの呟きにソロモンが頷く。小さな町や大きな町、様々な場所へ足を運んだが本当にコーラル国の仕業なんだろうかと言った。コーラル国の仕業であれば、なぜ支城に乗り込まず近隣地域ばかりがここまで搾取され、人々が殺戮されることになったのだろうかと紡ぐ。

「確かにコーラル国は、ベスビアナイト国の資源を搾取いたしました。けれど、王都の住民を見る限り殺戮なる行為は行っていないように見受けられます。しかし、小さな町などは搾取だけで無く殺戮行為を行っているように感じました。その違いは何でしょう?」

 マリアが考え込めば、レイヴァンが口を開いた。

「コーラル国とは別の“何かが”いると言いたいのか」

 レイヴァンの言葉にソロモンは頷く。マリアの瞳に哀愁が漂う。ソロモンは「そこで、だ」と空気を切り替えた。

「姫様、あなたに調査をお願いしたい」

「な!」

 レイヴァンは驚いて思わず腰を浮かせれば、ソロモンが手で制する。

「こほ、こほ。わたくしが調査に向かうことが出来れば良かったのですが、わたくしはこの通り体調を崩しておりまして」

「自業自得だろう! それに、姫様を向かわせるなんて危ないに決まって」

 レイヴァンがソロモンに反論する言葉をぶつけていると、ソロモンがと笑ってマリアの方を見ればレイヴァンもつられて見る。すると、マリアは目を輝かせていた。それを見て、レイヴァンは項垂れる。同時に国王の言葉を思い出した。

『マリアが国の復興のために各地へ回りたいと言うのだ。確かに、マリア自らが動けば国民の支持は増えるであろう。けれど、それは同時にマリアの身に危険が迫るということだ。行かせてやりたい気もするが』

「駄目です!」

 気がつけばレイヴァンは声を張って反論していた。マリアは驚いて目を丸くし、レイヴァンを見つめる。レイヴァンはマリアを真剣な眼差しで見つめ返した。

「各地へ足を運ぶということは、その分、危険も伴います。そもそも姫様が自ら向かう必要などございませぬ。兵達に任せれば良いのです」

「だけど」

「俺は認めません。いくらコーラル国を追い払ったといっても、マリア様はこの国の姫です。あなた様の身に何かあっては遅いのです。もう少し、自覚なさいませ」

 レイヴァンの言葉にマリアは思わず押し黙ってしまう。青い金剛石ブルーダイヤモンドの瞳が涙で潤んだ。けれど、レイヴァンは意志を曲げるつもりは無いらしく頑なにじっとマリアを見つめていた。

「わかってる、つもりだ」

 マリアの薄紅色の唇から何とも年頃の少女らしい、けれど弱々しい声が漏れた。レイヴァンは、今までにないほどキツくマリアに当たる。

「つもりでは、駄目なんです。言ったでしょう、あなたは」

 マリアは思わず立ち上がり、唇を噛んで部屋を出て行った。その後ろをすかさずクライドが追いかける。バタン、と鋭い扉の音が響き渡れば辺りに静寂が満ちた。マリア達の足音が遠ざかるのを待ってソロモンが口を開く。

「“自覚しろ”という言葉は、姫様にとっては禁句では無かったか。レイヴァン」

 旧友の言葉にレイヴァンは、目を潜めた。

「だが、いつまでも“あのまま”というわけにはいかないだろう。マリア様は一国の姫君。あまりにその自覚がなさ過ぎる」

「“女”という自覚もだろ、レイヴァン?」

 悪戯な笑みを浮かべるソロモンにレイヴァンは、ますます眉のを深くさせた。

「まあ、それはともかく。レイヴァン、お前には別のことをお願いしたい」

「俺はまだ、マリア様が各地へ赴くことを認めていない!」

 半ば怒ったように言うレイヴァンにソロモンは、「まあまあ」となだめて言葉を紡ぎ出す。

「守人達がついているのだ。そう、大事にはならないだろうよ」

「だとしても」

 言いよどみ不安げでどこか思い詰めた表情のレイヴァンに、ソロモンは小さく笑ってみせる。

「守ることはいいことだ。だがな、守りすぎるのはよくない。一度、思いっきり突き放してみろ。姫様が自分の足で歩き出せるか、それとも駄目になってしまうか、分かるだろうから」

 黙り込むレイヴァンを見つめて、ソロモンは息を吐き出す。隣でエリスが不安そうな表情を浮かべていると、扉の叩く音が聞こえてきた。エリスが扉を開ければ、ギルが立っており、相変わらずのどこか掴めない表情を浮かべていた。

「先ほど、姫様を見かけましたが、どうかなさいましたか」

「いや、何でも無い。それより、どうかしたのか」

 ソロモンがギルの問いにそう答えればギルは、少しだけ眉を寄せただけで深くは追求せず口を開いた。

「まあ、用という用では無いんですが。何だか“水”が騒がしくて何かあったのではと」

 ポリポリと頭をかきながら、ギルが言えばエリスも同じであったらしく小さく頷いていた。ソロモンとレイヴァンは、どこか険しい表情をして二人を見つめる。

「ギル、それは何かわかるのか」

「いえ、詳しい所までは分かりませんが。何かが起ころうとしていることは分かりますよ」

 ソロモンの問いにギルは答えた。すると、ソロモンは考え込むように顔をうつむかせる。レイヴァンはそんな様子のソロモンを見つめた。

「では、やはり調べてみないといけないな」

 ボソリと呟いたソロモンの言葉にエリスは、真剣な表情を浮かべてみせる。一方、ギルは何かを考えているのかわからない表情を浮かべていた。

「俺たちに調査しろと?」

 溜息交じりにギルが言えば、ソロモンはゆるゆると首を横に振って答える。

「いや、これは姫様に与えた任だ。陛下から言われていてな。姫様を外へ出してやって欲しいと」

「じゃあ、俺たちも一緒に調査?」

 ギルの言葉にさらにソロモンは首を横に振る。ギルは、眉根を寄せた。

「何人かはな。皆で行くわけにはいかないだろうから何人かを選別する」

「しかし、それでは危険が増してしまいます」

 ソロモンの言葉に反論の意を示したのは、エリスだ。ギルも納得していない様子で気難しそうな表情を浮かべている。

「守人全員が一緒にいたりしたら、それこそ危険だろう。三人ほど、姫様と同行する方が良い」

「しかし!」

 エリスが何か言おうと口を開いた時だった。ソロモンの部屋の扉が開いていて聞こえたのだろう。レジーが現れてソロモンの言葉に賛成の意を示した。

「確かに、皆がマリアについて行っては逆に目立ってしまう」

「レジー、あなたはっ」

 半ば怒ったようにエリスが言えばレジーは、エリスを見つめ返して「本当のことだよ」と言葉を紡いだ。

「原因を突き止めるだけなんでしょう。それに危ないことはしない、を前提で偵察へ行くんだよね? だったら、あまり大勢で行かず三人程度が妥当だと思う」

 レジーの言葉にエリスは険しい表情をさせて拳を握りしめる。それから、レイヴァンの方を向いて名を呼んだ。

「レイヴァン様、よろしいのですか?」

 レイヴァンは、ぐっと奥歯を噛みしめて「ああ」と答える。その言葉にエリスはどこか怒ったような表情を浮かべていた。

「いくら、国王陛下が仰ったこととはいえ、危険すぎます!」

「安全は考慮するさ。エリス、お前をそんな過保護に育てた覚えは無いんだがな」

 エリスの言葉にソロモンがそう返せばエリスが不機嫌そうに眉根を寄せる。

「僕もあなたに育てられた覚えはありませんよ」

 それだけ告げるとエリスは、マリアの後を追うように部屋を出て行く。その背を眺めてソロモンは肩をすくめた。

「ソロモン、いいのか?」

 レイヴァンがソロモンに問いかければ、ソロモンは困ったような笑みを浮かべる。

「まったく、エリスはいつから反抗期になったのやら」

 やれやれとでも、言いたげにソロモンが呟けばレイヴァンはあきれ顔だ。

「確かに。お前と言うより、エリスがお前を養っていたようにも見えるしな」

「ひどい言われようだな」

 レイヴァンの言葉にソロモンがそう返してから、ふと真剣な表情へと変わると言葉を紡ぐ。

「とにかく、姫様を調査へ行かせるのは陛下たっての希望だ。それに安全だと思われる場所へ向かわせる予定であるから、基本的にただの復興の手助けと考えてくれてかまわない。ただ、レイヴァン。お前には、国を荒らしたやつらがいると思われる本拠地へと赴いてもらいたい」

 ソロモンの言葉にレイヴァンは、なるほどと思った。ソロモンが言おうとしていた本題は、それだったのだろう。先ほどとは打って変わって雰囲気が違う。つまり、元々マリアは安全な地へ置いてレイヴァンを本拠地へと赴かせる算段だったのだ。

「お前ならば大丈夫だとは思うが、気をつけていって欲しいんだ」

 レイヴァンは無言で頷いて答えた。それを確認してから、ソロモンは「さて」と言葉を呟いて空気の流れを変えればレジーとギルがどこか不思議そうにソロモンを見つめる。

「誰が姫様について行くかだが」

 レジーもギルもどこか期待の眼差しでソロモンを見つめる。目で「自分が行く」と訴えているようにとれた。

「レジーとエリス、あとはギルだな」

 すると、ギルが思いっきり拳を作り、片手を高く掲げる。レイヴァンは不安そうに眺めてギルに詰め寄った。

「わかっていると思うが、くれぐれもマリア様に変なことをするなよ。それから、変なことを吹き込むなよ!」

 鬼の形相でレイヴァンが言えば、ギルは背中に大量の冷や汗をかきつつも「もちろん」と答える。それから、レイヴァンはレジーに「頼んだ」と言えばギルはそれが不満なのか唇をとがらした。

「どうして、正騎士殿は俺だけをそんな警戒してんのかなあ」

「決まっている。お前は何をするか分からないからな」

 レイヴァンがギルの言葉にそう答えればギルは、ずいとレイヴァンに顔を近づけた。

「そんなこと言ったって、レジーも男だぜ? 警戒ぐらいしたらどうなんだ」

「少なくとも、お前よりは信頼できる」

 さらりとレイヴァンが言ってのければギルは「ひど!」と思わず叫んでいた。レイヴァンは「当たり前だろう」とでも言いたげな表情を浮かべていたがすぐに表情を変える。

「ソロモン、俺が本拠地へと行くことだが」

 レイヴァンの意を汲み取ったのかソロモンは、小さく頷いた。

「もちろん、姫様には言わないでおくつもりだ。あと、お前の口から姫様へ調査のことを話して貰いたい。その方が姫様もいいだろう」

 ソロモンにレイヴァンは頷いて答えるとソロモンからマリアが向かう場所の説明を受けてから、部屋を後にした。



 バルコニーへと出たマリアは、冷たい風に当たりながら憂いを帯びた表情を浮かべていた。そんなマリアの後ろからクライドが声をかける。

「姫様」

「少しはレイヴァンに認められていると思っていたんだ。守られるだけで無く、力になっていると。けど、レイヴァンにとってわたしは」

 独り言のようにマリアが呟く。クライドは、ただマリアの言葉に耳を傾けるように後ろでじっと待っていた。

「まだわたしは、レイヴァンにとっては守られるだけの“姫”なんだろうな」

「そうでしょうか」

 黙っていたクライドが、言葉を口にして隣に立つ。それから、言葉を紡いだ。

「レイヴァン様は、ただ純粋にあなた様が心配なだけなんだと思います。ずっと側にいるからこそ、余計に」

 マリアがクライドを見上げる。クライドの瞳の奥は、闇に包まれており本心は読めない。そんなクライドの瞳をマリアはじっと見つめて金縛りに遭ったかのように息すらも忘れて魅入る。そのとき。

「マリア様!」

 レイヴァンの声が響いてきた。驚いてマリアは、クライドから視線を外してレイヴァンの姿を探せば駆けてくるレイヴァンの姿を見つめた。
 やがてレイヴァンは、マリアの近くまで駆け寄ると恭しく跪いた。さらり、と闇色の髪が滑り落ちる。

「調査へ行ってください。俺は、別の仕事がございますのでお供できないのが心苦しいのですが。レジー、エリス、ギルがマリア様にお供いたしますので」

「いいのか?」

「はい」

 疑わしそうに目を丸くして問いかけたマリアにレイヴァンは、自然にそう答えた。呆然としているマリアが何か言いたそうに口を半開きにさせればマリアが問いを口にする前にレイヴァンが口を開いた。

「大切に守ることが全てでは無いとソロモンに言われました。自ら動き知ることも大切だからと。ですから、今回だけですよ?」

「ああ、わかった」

 マリアは力強く答えてレイヴァンに笑顔を浮かべて見せた。その笑顔を見つめながらレイヴァンは、密かに決意を新たにしていた。
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