マリアの騎士―名高き王と古の眷属―

草宮つずね。

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第一部 はじまりの物語

第三十六章 二人の王子

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 コーラル国の国王が崩御したために、この戦は終わりを告げた。ちょうど日は開けてコーラル国の兵達は、ベスビアナイト国軍に捕らえられ牢獄へ入れられた。無抵抗であったコーラル国の王子二人は牢屋に閉じこめられることも無くマリアたっての希望で部屋に閉じこめられることになった。
 国王オーガストは無事に助け出され、王妃アイリーンはバルビナ、セシリーと共にマリア達と合流できた。
 それから国王はマリアにレイヴァン、ソロモン、守人達を前に玉座へ座ると皆は国王を前に跪く。すると、国王は言葉を紡いだ。

「マリア、それからレイヴァン。お前達が仲間を集めてここまで来てくれなければわたしは、殺されていたであろう。礼を言う」

 国王の威厳たっぷりでオーガストはマリアとレイヴァンに告げた。それから、子どものように無邪気に微笑めばマリアの後ろにいた守人達に視線を向ける。

「守人達よ、我が娘に力を貸してくれたこと礼を言う。お主達にもそれなりの称号と恩賞を与えねばなるまい」

 オーガストの言葉に皆は小さく笑うと顔を見合わせればギルが代表するように言葉を紡ぐ。

「いいえ、我々は『我が王』に仕えたまでにすぎない」

 ギルの言葉にオーガストは、まるで初めから分かっていたかのように小さく頷いて答えた。

「そうか、やはりマリアは初代女王の再来か」

「おや、驚かれないのですね」

 ギルが素朴な疑問を国王にぶつければオーガストは頷いて答える。

「マリアが産まれた時、不思議なことが起こった。飢饉で苦しんでいたというのに、春が来たように作物が育ち始めたのだ。それでわたしは、マリアの遺伝子を調べてみた。すると、初代女王と同じ遺伝子を持っておった」

 マリアが目を見開いて自らの父親を見上げる。オーガストはマリアを優しい瞳で見つめ返した。隣にいるアイリーンは、あまり言いたくない事柄だったのか渋い顔をしている。

「何かが起こる予兆だとわたしは考えた。そこでわたしは、過保護だと言われてもマリアを外に出さないようにしたのだ。けれど、マリアが六歳になったある日。マリアを狙ってティマイオスの連中が現れた」

 ギルは自分の考えが半分、当たったと心の中で思った。ソロモンも同じことを考えていたようで思わずギルの方を眺める。

 「ティマイオスは初代女王の研究を行っている。そのためティマイオスに見つからないよう、わたしは細心の注意を払っていた。けれど、見つかってしまった。そこでわたしは、こうしたんだ」

 マリアが息をするのも忘れて父親をじっと見つめる。

「産まれたのは双子で、初代女王と同じ遺伝子を持っている娘はすでに亡くなっていると」

 誰もが息を飲んで国王を見つめていた。

「そうすれば、彼らもあきらめてくれるとわたしは考え、さらに彼らから見つかりにくくするために男として育てることにした。マリアには悪いことをしたと思っている。だから、マリア。お前を“姫”として公表しようと思っている」

 告げた後、オーガストはティマイオスはずいぶん前に断罪した。ただ生き残りがいるかも知れぬと思ってマリアを姫として育てるには抵抗があったのだが、もう大丈夫であろうと言葉を紡いだ。そんなオーガストをマリアは真っ直ぐに見つめ返す。オーガストも自らの娘を真っ直ぐに見つめていた。

「マリア、お前はもう男として生きなくてもいいのだぞ」

 守人達やソロモン、レイヴァンの視線がマリアに集まった。それを背中から感じつつマリアは、しっかりとした視線を国王に向けた。

「いいえ、わたしはもうしばらく“王子”として過ごさせていただきます」

 一瞬、あたりが凍り付いたように誰もが息を飲んで目を見開いた。

「なぜなの、マリア! あなたはもう、男として生きなくてもいいのよ?」

 空間を破り捨てるようにマリアに言葉をぶつけたのは、王妃アイリーンであった。マリアはアイリーンをまっすぐに見つめ、言葉を紡ぐ。

「この国は、たいへん疲弊しております。“姫”であっては、この国を救うこともままならない。わたしは、自分の足で歩きこの国を救いたい。だから、お願いします。もうしばらく、このまま“男”として過ごさせて下さい」

 オーガストはマリアを見つめ、やわらかく微笑んだ。

「いいだろう」

「あなた!」

 オーガストの言葉にアイリーンが反論するようにそう呼べば、オーガストはアイリーンを見つめ言葉を紡いだ。

「もうマリアはわたしたちに守られて過ごしていた頃とは違う。マリアの好きにさせてやりなさい」

 アイリーンが、どこか悲しそうに自らの手を握り締めた。それからマリアに近寄ると白い肌に触れる。

 「ああ、本当。こんなにボロボロになって」

 マリアはアイリーンに微笑んで見せた。

「ううん、違うよ。この体に刻まれた傷はここまでみんなに守られて救われてきた証なの。みんながボロボロになって戦ってくれたから」

 その言葉にアイリーンは、目を見開いた。

「子どもというのは、いつか親の元を旅立つものなのね」

 悲しげだけれども嬉しそうにアイリーンが呟けばマリアは、笑顔を浮かべた。

「わたし、みんなからたくさん貰ったの。あたたかくて、優しくて。けど時には厳しいもの」

 ぽたり、とアイリーンの頬を涙が伝う。それから、「そっか」と自らを納得させるように呟いた。

「これからはあなたの好きなようにしなさい」

「はい」

 笑顔で答えたマリアにアイリーンは、そっと問いかける。

「それで何をしたい?」

「はい、コーラル国の王子と対談させてはいただけませんか」

 すると、今まで黙っていたオーガストが口を開いた。

「それはなぜ?」

「少し、話したいことがあるのです。それから、父上。お願いしたいことがあるのですが」

「うむ、何だ」

「コーラル国の者を解放してやってはくれませんか」

 マリアの一言に後ろにいるレイヴァン達まで驚いたようにマリアを見つめていた。その言葉の真意が分からなかったからだろう。

「コーラル国に家族を残してきた者もおりましょう」

「わかった、聞き入れよう。だが、不可侵条約は取り付けろ」

 答えてオーガストは、ソロモンを見つめる。その視線を受けてソロモンは、こくんと頷いて見せればオーガストも頷いて答えた。

「で、なんでそいつがここに居るんだ?」

 ギルはずっと黙っていたことを吐き出すように言って、壁際にいるグレンに視線を投げた。すると、グレンは数歩前に出てあっさりと寝返ったことを告げた。

「ずいぶんと、あっさりしてらっしゃるんですねえ」

 皮肉を込めてギルが言ったがグレンは、気にとめていない様子で言葉を紡いだ。

「信用しなくても仕方ない。お前達を何度か狙ったからな。だが、今はオーガスト陛下に仕えている」

「あなたは一体……」

 マリアが疑問を口にすると、オーガストがグレンに説明したようにマリア達にも同じ事を告げた。ソロモンは、納得したような表情を浮かべ「なるほど」と呟いた。それから、ふとレイヴァンの方へ視線を向けると、どこか上の空で別のことを考えている様子だった。
 ソロモンがじっと見つめているにも気づいていない様子であった。そんなレイヴァンが、ふいに視線を上げて国王を見た。それにつられるようにソロモンも顔を上げて国王の方を見れば君命が下された。

「レイヴァン、ソロモン。二人にはマリアについてコーラル国の王子の元へ向かって貰いたい。それから、守人達はここに残り恩賞の話をしたい」

 レイヴァンとソロモンは、「御意」と答えて同意を示せば国王に促され、マリアが立ち上がるのに習って立ち上がり部屋をあとにした。
 コーラル国の王子がいる部屋は先ほどまでいた謁見の間からは遠い客室だ。同じ建物といえど建物自体が広いものだから、ずいぶんと歩くことになる。そうなると自然に目に付くのが戦いの跡。痛ましい戦いの跡は、ベスビアナイト国軍が掃除しているので、だいぶ片付いてはいるが、そこら中に赤黒い液体が飛び散っている。そんな中でも兵達の声は忙しなく呼び交っていた。
 兵達の声が響く中、痛ましい戦いの跡と鉄の匂い、それから腐った匂いばかりが耳と鼻を刺激する。その惨状にマリアの心は痛んだ。思わずぐっと拳を作ってしまう。すると後ろで誰かが息を飲んだのを感じた。レイヴァンとソロモンしか居ないのだから、そのどちらかであろう。今度は何かの音がしたかと思えば優しく抱き留められた。

「え?」

「すみません、泣きそうに見えまして」

 耳元で聞こえてきた低く、どこか心地よい優しい声はレイヴァンのものだった。その声を言葉を聞くとやはり、どこは安心してしまう。甘えてはいけないと分かっているのに甘えそうになってしまう。

「ありがとう、レイヴァン。もう大丈夫だから」

 答えた自分の声が自分が思っていた以上に泣き声になっていた。それから、頬を伝う“何かが”流れた。気づいていたけれど、気づきたくは無い。それは、弱さを認めてしまうと思ったからだ。
 震える肩をレイヴァンに慰められるように抱きしめられれば、とめどなく“何かが”溢れる。

(ああ、わたしはなんて弱いんだろう)

 優しくしないで欲しい。あなたに甘えてしまうから、と言おうとしたのに口からは嗚咽ばかりが溢れて何も言葉になんて出てきやしなかった。レイヴァンの方がつらいのに苦しいはずなのに、どうして自分を責め立てたりせずに優しくしてくれるのだろう。

「ごめんなさい」

 やっと、口から出た言葉は拙い。それでも、レイヴァンに伝えたくてマリアは言葉を紡いだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 気づけば何度も何度も謝っていた。けど、いけないと思い直して涙を拭いもう一度、「ごめんなさい」と謝れば雰囲気を感じ取ったのかそっと手をほどいてくれた。
 マリアが凛と目を見つめて「行こう」と声をかければレイヴァンとソロモンは、顔を見合わせて小さく笑うとマリアの後ろに続いた。

 それから、しばらく歩けば簡素な扉の前についた。何の変哲も無い扉の前には、見張りとして兵が二人いたがマリア達を見ると敬礼して見せた。マリアは二人に「ありがとう」とだけ言って、扉を叩けば中から返事が聞こえてきたのでドアノブに手をかけて扉を開けた。そこには、放心状態でどこかうつろな目をしたラースとアンドレアスがいた。
 中へ入るとラースとアンドレアスが、二人とも同じように驚いて目を見開いた。

「生きてらしたのですか」

「あなたが、この国の王子?」

 前者がラースで後者はアンドレアスの言葉だ。マリアは、二人に柔らかく微笑んでみせる。あくまで王子らしく。

「お初にお目にかかります。ベスビアナイト国国王、オーガストの嫡子クリストファー・マリア・アイドクレーズと申します」

 するとラースが突然、号泣をはじめてマリアの手をぎゅと握り締めた。

「ああ、生きておられたか。よかった、よかった!」

 ラースの言葉や瞳の中に嘘が無いことはその場にいる誰もが見て取れた。レイヴァンとソロモンは驚いたように目を丸くしてラースを見つめる。マリアはというと一瞬、驚いたもののすぐに優しい笑みを浮かべた。

「ラース様、それにアンドレアス様も。これから、あなた方の処遇に対してお話しします」

 マリアの言葉にラースもアンドレアスも体を強ばらせること無く何かを受け入れるような表情へと変わった。それを見てマリアは出来るだけ優しく言葉を紡ぐ。

「お二人には、お国に帰っていただいてコーラル国を盛り立てていただきたいのです」

 二人してポカンと口を開けた。処されるとでも思ったのであろう。けれど、マリアはオーガストにしたように王子二人にも説明をしたあと不可侵条約を結ぶよう告げれば二人は顔を見合わせて困ったような表情を浮かべた。

「それではあなた方が何も得しないではございませんか」

 すると、今まで黙っていたソロモンがくつくつと笑いながら言葉を吐いた。

「なあに、その不可侵条約にはおまけがあるんだ。反覇権と相互尊重、また内政不干渉。それから、止まっていた貿易を再開させること」

 ソロモンの言葉に二人はパッと表情を明るくさせて「それくらいでしたら」と答えた。そんな二人を眺めてマリアは小さく微笑む。
 それから二人の部屋を三人は後にするとレイヴァンが口を開いた。

「あれじゃあ、“友好条約”じゃないか」

「いいや、あれは“不可侵条約”だ。一応、な。だから、“おまけ”だと言っただろう」

「だが」

「俺は国王陛下の望みを叶えてやっただけだ。それにあの王子達は、政治に詳しくは無さそうであるし。たらしこめる」

 くつくつ、と笑いながらソロモンが答えて笑みを浮かべればレイヴァンは、どこかあきれ顔だ。そんな二人を交互に眺めてマリアは、首を傾げていた。どうやら、二人の会話について行けていない様子であった。

「簡単に言いますと“不可侵条約”と言いながら、内容は“友好条約”ということです」

 ソロモンの説明にマリアは、あまりよくはわかっていない様子であるが「わかった」と答えて内心、あとで調べてみなくてはと考えていた。それを見つつソロモンは人差し指を立ててニヤリと笑う。

「さて、今やコーラル国は、脅威に足らず。あの王子二人が、これからどう国を変えていくのか楽しみですなあ」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべるソロモンにレイヴァンは、溜息をついた。マリアはというと、柔らかく笑みを浮かべてどこか嬉しそうに微笑んだ。
 その夜、うんと豪勢な食事が振る舞われた。といっても、マリアが前に過ごしていた頃の食事には劣るが、とりあえず今夜は無礼講ということでちょっとした食事が振る舞われたのだ。
 マリアも両親と久しぶりにとる食事にやはり、守人達が今まで見たことが無いくらい無邪気に笑みを浮かべていた。
 立食であったので皆がマリアの周りに集まってきた。

「姫様、一緒にお酒飲みましょうよ!」

「だめよ! 姫様はまだ未成年よ」

 前者がギルで後者がクレアだ。ギルは客将を捕らえたらしい。クレアは、兵士達の手当で駆け回ってくれていたようだった。
 オーガストの話では、ギルには武官(軍人の官職)が与えられクレアには文官の官職が与えられた。

「そうですよ、それにいくら国が救われたからと言ってもやることはまだたくさんあるのですから」

「うん」

 これは前者がエリスで後者がクライドだ。二人もよく間者としてもよく動いてくれた。二人は、オーガストから使職(特使。特別な任務を委ねて遣わす使者)を与えられたようだ。
 先ほどから黙っているレジーは、ギルと同じく武官についたようだ。けれど皆、マリアの臣下という形であるから基本的には、今までとあまり変わらないようだった。
 役職を与えられても変わらない皆にマリアは、思わず笑みを浮かべた。

「まったく、旅していた頃みたいにあまりはしゃぐなよ。陛下の前だというのに」

「まあまあ、今夜は無礼講だ。少しくらい羽目を外しても咎めはせんさ」

 呆れたようなレイヴァンをソロモンがなだめながら、こちらへやってきた。思わずマリアが二人の名を呼べば二人してにっこりと微笑んだ。

「姫様も間違えてお酒なんて飲まないで下さいね。進められてもちゃんと断るんですよ」

「もう! 子ども扱いしないで」

 レイヴァンが子どもに言うように言うものだから、マリアは拗ねたようにそういった。すると、ギルがマリアの肩と組んできていたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「じゃあ、姫様! 一杯、どうぞ」

 言ってギルは、酒の匂いがきついグラスをマリアに差し出した。

「いや、わたしは――」

「子どもじゃないんでしょ~、お酒ぐらいグビッと飲めなきゃ~」

 断るマリアにギルは面白がってそんな事を言った。すると、ヒョイとそのグラスをレイヴァンが手に取るとグビッと飲み干した。

「ギル、姫様に酒を勧めるな。前に酒を呑んで大変だっただろう」

 とたんにギルは、「あー」と呻いて困ったように頬をかいた。マリアは困惑してギルを見つめる。

「え、前に飲んだ時に何かあったの?」

「え! いえいえ、なあんにも無いですよ~」

 マリアの問いには答えずにギルは、そそくさとその場を後にした。気になるマリアは、今度はレイヴァンに詰め寄る。

「レイヴァン、前に何があったの?」

「いいえ、何も」

「嘘だよね! 思いっきり、目が泳いでるよ!」

 明らかに動揺したようにレイヴァンは目を泳がせた。マリアは拗ねたように薄紅色の唇を尖らせてさらにレイヴァンに詰め寄る。

「ねえ、何があったの?」

 刹那にレイヴァンが頬を紅潮させて押し黙る。それを見ればクレアも「おかしい」と思ったのかマリアと一緒になってレイヴァンに詰め寄った。

「何があったっていうの? まさか、レイヴァン。あなた、姫様をあられもない姿にして――」

「ち、違う! 服を脱ごうとしたのは姫様の方で」

 クレアの言葉を遮るようにレイヴァンがそう言葉を紡げばマリアが真っ赤になって言葉を紡いだ。

「み、見たの?」

 か細いマリアの声にレイヴァンはマリアの方を向き直ればマリアは、わなわなと震えながらぎゅと手を握り締めていた。

「いえ! 脱ぎ出す前にヘルメスがマリアを寝かしてくれたので見ていません!」

 レイヴァンが慌ててそう弁論すればマリアは、ほっと息を吐き出して「なんだ」と呟いた。クレアも興味を失ったのかそそくさとその場を去って行く。
 この夜は、ゆっくりと更けていき、やがて皆は疲れ果て床で雑魚寝していた。
 マリアも眠っていたが、真夜中に目を覚ましてしまった。上半身を動かして辺りを見回せば守人達とソロモンの姿を見つけることは出来たがレイヴァンの姿は無い。どうかしたのだろうか、と思い立ち上がればレイヴァンを探しに会場を出た。
 しばらく闇の静寂に包まれた城内を歩いていると医務室の扉から光が零れていた。不思議に思いマリアが扉を開けるとレイヴァンが自分の包帯をほどいていて付け替えようとしていた。

「わたしが包帯を巻こうか」

「マリア様。いえ、これしきのこと一人で大丈夫です」

 レイヴァンが断ったけれど、マリアがいつも世話になってるからといって頑なに譲らなければ、とうとうレイヴァンの方が折れてマリアに包帯を変えて貰うことにした。

「痛くは無いか」

「大丈夫ですよ、姫様。ずいぶんとお上手になられましたね」

「皆を守る為にヘルメスに頼み込んだからな」

 包帯を巻きながらマリアは、つらそうにぐっと歯を食いしばる。レイヴァンの体には癒えていない痛ましい傷跡が深く残っていた。
 戦の後、エリスにレイヴァンは手当をして貰っていたのだが、エリスがとても苦しそうな表情をしていたのをマリアは覚えている。

「……っ」

「マリア様?」

「ごめんなさい、わたしはあなたにこんなケガを負わせてしまった。それにあなたの家族も奪ってしまった。あなたに責められても仕方ないことをわたしはっ!」

 レイヴァンがぎゅとマリアを抱きしめる。その手は震えていた。

「どうして、わたしに優しくするの?」

「あなただって、俺にとって大切な人だからです。失いたくない大切な人。あなたを失いたくないんです。言ったでしょう、あなたが欲しいと」

 ささやいてレイヴァンの武骨な、けれど優しい指がマリアの薄紅色の唇を撫でる。そして、指を下へ滑らせ顎を持ち上げると唇を重ね合わせた。マリアの頬が紅のように赤く染まる。レイヴァンの頬も赤く染まっていた。
 マリアの中で「幸せ」がじわりと広がる。言いようのないその感覚にマリアは酔いしれた。


 翌日、厳かながらクリフォードの葬式が催された。そこにはイリスの姿もあって終始、泣き崩れており隣でレイヴァンはただ静かにイリスを支えるように手を貸していた。けれど、その手は震えている。後からレイヴァンは、エリスから牢獄の中で話したことを聞いた。そのとき、レイヴァンは「そうか」とだけ答えて泣きもせず終始耐えているような表情であった。
 マリアも泣きそうになりながらもじっと涙を耐えていた。ラルスから聞いた話であるが、クリフォードはコーラル国がベスビアナイト国との友好条約を破棄した時からオーガストの命でコーラル国へ潜り込んでいた間者であったらしい。けれど、ベスビアナイト国へ戻ってきた時は反間としてこちらにいたようだ。
 しかし、クリフォードはこの国がやはり好きで裏切ることが出来なかったそうだ。

「やっぱり、クリフォードはクリフォードだったんだ」

 遠い空を眺めてマリアが呟く。クリフォードの葬式が終わってヘルメスが旅に出る支度をして船乗り場まで来た。マリア達もヘルメスを送り出すために来ていたのだ。

「王子様、俺が教えられるのはここまでだ。これからは、その知識をどう生かすかはお前次第。ブラッドリーのことも気をつけろよ」

「うん」

「それから、ブラッドリーのことでまた何か分かったら教えるから」

「ありがとう、ヘルメス。また」

「ああ」

 それだけ言葉を交わしてヘルメスは船に乗り込んだ。コーラル国の人たちも船乗り場へ来ていた。

「王子、わたし達は国へ戻ります」

 アンドレアスの言葉にマリアは頷いて応えた。

「帰ったら、父上が行っていた悪政を正そうと思います。まだ長い道のりだとは思いますが」

「大丈夫だよ。二人でなら、出来るとわたしは思う。大変だと思うけれど」

「はい。昔の兄上であれば力をわたしに貸してはくれなかったでしょうけれど、今の兄上なら」

 言ってアンドレアスはラースの方を見る。すると、ラースは何やら本を開いて懸命に読んでいた。政治に関する本らしい。
 ラースの両隣には、前にマリアを狙ったクリシュナとジョードがいた。

「ラース様、歩きながら読むとぶつかりますよ」

「ええい! 一刻でも早く自国のこと他国のこと理解しなくてはならぬのだ。そんな悠長なことは言ってられない」

 ジョードにラースは、返した。その言葉を聞いただけで、ラースが変わったのだと皆が理解する。アンドレアスもくすりと微笑んで、ラースを見つめていた。

「アンドレアスも、ちゃんと理解しているとは言い難いからな! 勉学をおろそかにするんじゃないぞ」

 はいはい、とアンドレアスが答えればラースは「聞いてるのか!」と声を張り上げていた。けれど、二人の間には兄弟らしい絆が産まれ始めていた。

「それでは、クリス王子。我々はもう行きますね」

 アンドレアスがそう言って駆けだした背中にマリアが声をかけた。

「いつでも、我が国にいらして下さいね!」

 アンドレアスは、とても朗らかな笑みを浮かべてマリアの方を振り返り答えた。

「はい!」

 後にコーラル国は、強大な大国へと成長する。その礎を作り栄華を誇ったのは、後に「英雄王」と呼ばれるほどの文武に優れることになるラース・サンダルウッド。そして、ラースを影から支え、後に「大賢者」と呼ばれるアンドレアス・サンダルウッド、二人の功績である。
 二人は兄弟でとても中が睦まじく、止まっていた貿易を再開することにより利益を得、国を大いに盛り立て先王バルドルが行っていた奴隷売買を廃止し、国民から多大な支持を得たという。

「マリア様、そろそろ参りましょう」

 レイヴァンがマリアにそう声をかければマリアは皆を振り返る。すると、皆はマリアを見て笑顔を浮かべた。マリアも皆に笑顔を浮かべて見せて頷くと柔らかく微笑む。

「うん、行こう」

 皆に声をかけてマリアは、何かが始まる予感を感じながら一歩を踏み出す。マリアの側を暖かな風がふきぬける。春の息吹を感じる日のことだった。
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