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第五章
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数ヶ月間、第十二軍団第四班が静かであるのに、副司令官シルヴェリオが違和感を感じ始めたとき。
城郭都市内に、けたたましい警報音が鳴り響いた。異星人たちの拠点が、ようやく判明したのである。
大規模な作戦になると、誰もが気を引き締める。軍総出で出向くのかと思われたが、リノたちの班だけが留守をあずかる形となった。
準備をして、大軍が城壁の外へおもむく。シルヴェリオもつらなって、軍を率いていたが。
「やはり心配だ。俺は街の守備に回ろう」
と、引き返した。門をくぐると、街は異様に静かだ。城内へ入ると、衛兵が意識をうしなって倒れている。
「おい、どうしたんだ!?」
「十二軍団のやつらが、反旗をひるがえして首相のもとへ……」
胸中で焦燥がふくらむ。あわてて階段を駆け上がっていくと、執務室の扉が開け放たれていた。中へ入ると、足許に鉄やステンレスの欠片が転がっている。
無残にも引きちぎられたコードからは、バチバチと電気がはじけていた。
ここに第四班が入ったのは、“たしか”らしかった。彼らがつぎに、どこへ向かうか。手に取るようにわかって、足を向ける。
元老院議事堂の扉を開くと、第四班の顔ぶれがそろっていた。誰もが膝を落とし、すすり泣く中。
リノとルカだけが凜然と、前を見据えていた。
「この国に政治家はいなかった。機械がわたしたちを、支配していたのですね」
リノが副司令官を振り返る。議事堂内は、機械の残骸が散らばっていた。
「……どこまで知っている」
感情を殺して、シルヴェリオが問いかける。
「数百年前、異星人からの侵略などなかった」
実際はみずからが作った“人工知能”が暴走し、人間を排除し始めた。生き残った人間たちは、そんな人類史の汚点を後世に伝えたくはなかった。
そこで「異星人」という居もしない、『仮想敵』を生み出した。
「戦闘人形と称して、人間を使ったのは『もう機械に侵略されるのは嫌だからだ』と考えておりました。ですが政治を取り仕切っているのは、機械でした」
シルヴェリオは眉間のしわを濃くさせて、重たい表情を浮かばせる。
「ルカから訊いたのか」と尋ねると、リノがうなづく。ずいぶん深い事情まで、ハッキングされていたようだ。
「“政治家”は傀儡だ。軍の上層部がみなに、戦う理由を与えるための」
軍を取り仕切っているものたちの本職は、機械をなおす「整備士」だという。
「旧時代のスーパーコンピューターは、じきに破壊されるだろう」
平和なときが来る。同時に真実が知れ渡るだろう。副司令官が第四班を、ぐるりと見回した。
「お前たちはなぜ、クーデターなんて引き起こしたんだ」
「旧時代のスーパーコンピューターが見つかったのであれば、“戦闘人形”はもう不要のはず。彼らを解放するよう抗議しにきたのです」
なるほど。かしこい彼女ら彼ら、らしい選択だ。
「泥人形との戦いが終わるのであれば、軍も解散でしょうか」
リノが顔を上げた瞬間。副司令官の躰から血が噴き出した。見ると槍に、つらぬかれている。
どこから侵入したのか。脱走した戦闘人形「ケイ」が、近寄ってきて槍を引き抜く。血が床の上に、広がる。ルカがリノをかばうように立った。
「あなたは何が目的なのですか」
「国への復讐だ。お前はなぜ国の味方をする。人としての尊厳をうばわれ、踏みにじられて。なぜお前は国側につく」
「泥人形は、もうあらわれない。戦闘人形は不要になる。だから人としての尊厳は、返してもらえる」
ケイが槍を握りしめる。肩がぶるぶると、震えていた。
「返してもらえるだと……!」
槍の切っ先が弧をえがいて、ひらめく。すんでの所でルカはよけたが、鼻の頭から血が流れた。
「いままで奪っておいて、いまさら返すだと!? 笑わせる。あの連中が素直に、返すと思っているのか」
でたらめに繰り出される撃を後ずさりながら、ルカは回避していく。灰色の瞳には、涙が浮かんでいた。
助けに入ろうと、班長たちはときを見計らっていた。しかし「来てはいけません」と、ルカが声を張り上げる。
「彼はわたくしと同じ戦闘人形。あなた方とは、訓練の度合いが違います」
少し息を吐き出して、ルカは目元をおおう「ウェアラブルデバイス」を外した。きれいな黒い瞳が、光のもとにはじめてさらされる。
「たしかに、われわれは戦闘用に薬を投与し続けられてきたので、長く生きられないでしょう」
衝撃の事実に、みなが目をむく。
「それでも副司令官やリノ様は親切にしてくださいました。わたくしは国につかえていたのではありません。お二人にお仕えしてきたのです」
一度は動きを止めたケイであったが、ふたたび攻撃に転ずる。自分には関係のない話だと、割り切ったらしい。
ルカは機械に突き立てていた槍を持ち直して、斬りかかった。勝負は十秒と経たぬ間に、ついてしまう。
ルカの槍の切っ先だけが肉をさいて、血に染まっていた。
軍が戻ってきて、さほど日数もたたぬうちに真実が公表された。戦闘人形は解放されたが、長年投与され続けた薬によって多くが命を落としている。
ルカは副司令官に引き取られた時点で、薬を投与されなくなっていた。だが病院通いは続いている。薬がまだ躰に残っているようだ。
軍は解散となった。多くがまったく別の職業についている。リノは各地を回りたいからと、地図製作人として働きはじめた。
今日はひさしぶりに国へ、戻ってきていた。ルカと一緒に、ある丘を目指す。そこには墓標が立てられていた。
「お久しぶりです、副司令官。戦場以外でも、私が役に立てるものがあったようです」
リノはそっと笑みを浮かべる。ルカは黙って、手だけを合わせていた。
「リノ様はまた旅立たれるのですか」
「まだまだ街の外は、荒れていますからね。居住区域を増やすために、地図を作らなくては」
愛らしい表情で、リノは答える。人形のように無表情な少女は、もう存在しない。
ルカはリノにひざまづいた。いとおしむような視線を投げかけて。
「街にいる間だけは、おそばにいてもかまいませんか」
「当たり前ではありませんか。あなたは私の夫なのですから」
いまさら変なこと言いますね、と、リノはくすくす笑った。
了
城郭都市内に、けたたましい警報音が鳴り響いた。異星人たちの拠点が、ようやく判明したのである。
大規模な作戦になると、誰もが気を引き締める。軍総出で出向くのかと思われたが、リノたちの班だけが留守をあずかる形となった。
準備をして、大軍が城壁の外へおもむく。シルヴェリオもつらなって、軍を率いていたが。
「やはり心配だ。俺は街の守備に回ろう」
と、引き返した。門をくぐると、街は異様に静かだ。城内へ入ると、衛兵が意識をうしなって倒れている。
「おい、どうしたんだ!?」
「十二軍団のやつらが、反旗をひるがえして首相のもとへ……」
胸中で焦燥がふくらむ。あわてて階段を駆け上がっていくと、執務室の扉が開け放たれていた。中へ入ると、足許に鉄やステンレスの欠片が転がっている。
無残にも引きちぎられたコードからは、バチバチと電気がはじけていた。
ここに第四班が入ったのは、“たしか”らしかった。彼らがつぎに、どこへ向かうか。手に取るようにわかって、足を向ける。
元老院議事堂の扉を開くと、第四班の顔ぶれがそろっていた。誰もが膝を落とし、すすり泣く中。
リノとルカだけが凜然と、前を見据えていた。
「この国に政治家はいなかった。機械がわたしたちを、支配していたのですね」
リノが副司令官を振り返る。議事堂内は、機械の残骸が散らばっていた。
「……どこまで知っている」
感情を殺して、シルヴェリオが問いかける。
「数百年前、異星人からの侵略などなかった」
実際はみずからが作った“人工知能”が暴走し、人間を排除し始めた。生き残った人間たちは、そんな人類史の汚点を後世に伝えたくはなかった。
そこで「異星人」という居もしない、『仮想敵』を生み出した。
「戦闘人形と称して、人間を使ったのは『もう機械に侵略されるのは嫌だからだ』と考えておりました。ですが政治を取り仕切っているのは、機械でした」
シルヴェリオは眉間のしわを濃くさせて、重たい表情を浮かばせる。
「ルカから訊いたのか」と尋ねると、リノがうなづく。ずいぶん深い事情まで、ハッキングされていたようだ。
「“政治家”は傀儡だ。軍の上層部がみなに、戦う理由を与えるための」
軍を取り仕切っているものたちの本職は、機械をなおす「整備士」だという。
「旧時代のスーパーコンピューターは、じきに破壊されるだろう」
平和なときが来る。同時に真実が知れ渡るだろう。副司令官が第四班を、ぐるりと見回した。
「お前たちはなぜ、クーデターなんて引き起こしたんだ」
「旧時代のスーパーコンピューターが見つかったのであれば、“戦闘人形”はもう不要のはず。彼らを解放するよう抗議しにきたのです」
なるほど。かしこい彼女ら彼ら、らしい選択だ。
「泥人形との戦いが終わるのであれば、軍も解散でしょうか」
リノが顔を上げた瞬間。副司令官の躰から血が噴き出した。見ると槍に、つらぬかれている。
どこから侵入したのか。脱走した戦闘人形「ケイ」が、近寄ってきて槍を引き抜く。血が床の上に、広がる。ルカがリノをかばうように立った。
「あなたは何が目的なのですか」
「国への復讐だ。お前はなぜ国の味方をする。人としての尊厳をうばわれ、踏みにじられて。なぜお前は国側につく」
「泥人形は、もうあらわれない。戦闘人形は不要になる。だから人としての尊厳は、返してもらえる」
ケイが槍を握りしめる。肩がぶるぶると、震えていた。
「返してもらえるだと……!」
槍の切っ先が弧をえがいて、ひらめく。すんでの所でルカはよけたが、鼻の頭から血が流れた。
「いままで奪っておいて、いまさら返すだと!? 笑わせる。あの連中が素直に、返すと思っているのか」
でたらめに繰り出される撃を後ずさりながら、ルカは回避していく。灰色の瞳には、涙が浮かんでいた。
助けに入ろうと、班長たちはときを見計らっていた。しかし「来てはいけません」と、ルカが声を張り上げる。
「彼はわたくしと同じ戦闘人形。あなた方とは、訓練の度合いが違います」
少し息を吐き出して、ルカは目元をおおう「ウェアラブルデバイス」を外した。きれいな黒い瞳が、光のもとにはじめてさらされる。
「たしかに、われわれは戦闘用に薬を投与し続けられてきたので、長く生きられないでしょう」
衝撃の事実に、みなが目をむく。
「それでも副司令官やリノ様は親切にしてくださいました。わたくしは国につかえていたのではありません。お二人にお仕えしてきたのです」
一度は動きを止めたケイであったが、ふたたび攻撃に転ずる。自分には関係のない話だと、割り切ったらしい。
ルカは機械に突き立てていた槍を持ち直して、斬りかかった。勝負は十秒と経たぬ間に、ついてしまう。
ルカの槍の切っ先だけが肉をさいて、血に染まっていた。
軍が戻ってきて、さほど日数もたたぬうちに真実が公表された。戦闘人形は解放されたが、長年投与され続けた薬によって多くが命を落としている。
ルカは副司令官に引き取られた時点で、薬を投与されなくなっていた。だが病院通いは続いている。薬がまだ躰に残っているようだ。
軍は解散となった。多くがまったく別の職業についている。リノは各地を回りたいからと、地図製作人として働きはじめた。
今日はひさしぶりに国へ、戻ってきていた。ルカと一緒に、ある丘を目指す。そこには墓標が立てられていた。
「お久しぶりです、副司令官。戦場以外でも、私が役に立てるものがあったようです」
リノはそっと笑みを浮かべる。ルカは黙って、手だけを合わせていた。
「リノ様はまた旅立たれるのですか」
「まだまだ街の外は、荒れていますからね。居住区域を増やすために、地図を作らなくては」
愛らしい表情で、リノは答える。人形のように無表情な少女は、もう存在しない。
ルカはリノにひざまづいた。いとおしむような視線を投げかけて。
「街にいる間だけは、おそばにいてもかまいませんか」
「当たり前ではありませんか。あなたは私の夫なのですから」
いまさら変なこと言いますね、と、リノはくすくす笑った。
了
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