花の命

てまり

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第一話 空木菖蒲 嫉妬

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 大きな窓からは店内に心地よい陽が差し込んでいる。普段から寝不足なのに加えて、この暖かな天気のせいで思わず微睡んでしまう。向かいに座る友人の茉莉花にふと目をやると、彼女も同じように瞼を重たそうにしていた。「眠くなる天気だね。」と言うと、茉莉花は「うん、眠いよね。」と瞳を俯かせたまま微笑んだ。ここ最近は放課後に学校近くの喫茶店でゆったりとお茶をするのが日課になっていた。そこでの会話の内容はお互いの近況や家庭のことなど、親密な関係の人にしか話せないような話題で、心の内を明かしあっていた。いつも決して明るいとは言い難い内容だった。というのも、私も茉莉花も心に問題を抱えていた。茉莉花は普段は明るい様に振舞っているが、軽い躁鬱を患っていて、酷いときには人に会うことができず学校を休むこともしばしばあった。私は茉莉花のそんな側面にどこか根本的に似ているような気がしていた。私たちは趣味が合うとかそんなことは全くなくて、似たような影を持っている気がしていた。私は茉莉花と違って病名とかは無いが、昔からうつ病と呼ぶには大げさな、かといって健全と呼ぶには満たないような心理的状態にコンプレックスを抱いていた。自分と周りの違いに違和感を覚えるようになったのは中学生の時で、子供ながらに傷付き、心を病んだ。特に他人と自分との間で違和感を覚えたのは、家庭のことだった。私は今まで家庭内に問題はなく、ごく一般的だと思っていた。しかし、中学から自分の家庭は一般的ではないという事実を知ることになる。両親共に放任主義で、悪く言えば私のことに無関心であった。そのため、私は学校にも家にも自分の居場所が無いように感じていた。そんな中出会ったのが茉莉花だった。その時から私の居場所は茉莉花だけだった。彼女も同じように居場所は私だけと思ってくれている。そう思っていた。だけれど、最近の茉莉花は少し様子が違った。
「次の休み空いてる?もしよかったら遊ぼうよ。」
「ごめん、お母さんと映画見る約束してる。」
私は「そっか」と一言だけ返事してコーヒーを一口飲んだ。気にしていないふりをしたが、心の中では少し傷付いていた。最近茉莉花は母親と和解したらしく、病気のことも理解してくれたらしい。その頃から私の存在はあっけなく茉莉花の母親に負けた。何で?根本的には似ていたはずなのに、何で茉莉花だけ親に理解されるんだろう。私の親なんて聞く耳も持たないのに。そう思ってしまった瞬間から、私はとてつもない孤独感と嫉妬を覚えてしまった。
「最近茉莉花お母さんと仲いいよね。」
「うん。前まではあまり好きじゃなかったんだけど、思ってたこととか話したら、泣きながら理解してくれて。今は大好き。」
私はその言葉に嫉妬したが、そんな自分に一番嫌気が差した。
「よかったね。仲良くなれて。」
私は半分嘘で半分本当の気持ちを伝えた。茉莉花には確かに幸せになって欲しいのに、その幸せの先には私が居ない気がして少し寂しかった。本当は私と同じように茉莉花にとっての一番は私で居て欲しかった。でも茉莉花が私から離れていくというのなら、私も離れても大丈夫なようにしないと。
「ねえ、ちょっと相談というか報告があるんだけど・・・」
思い切って切り出すと、茉莉花は「何?」とこちらをまっすぐ見つめ真剣に耳を傾けてくれた。
「DNA鑑定しようと思うんだけど、どう思う?」
「お父さんとお母さんと菖蒲の鑑定するってこと?」
私は静かに「うん」と頷いた。
「いいと思うよ。前からどっちにも似ていないこと気にしていたもんね。」
私は以前から両親どちらにも似ていないことを気にしていた。もしかしたら、実の子供ではないからあんなに他人のように扱うのではないか、と両親に対して疑いを持つようになっていた。誰よりも理解してくれる茉莉花に「ありがとう、分かってくれて。」と震える声を抑えながら言った。溢れてくる涙をハンカチで拭き取り、気持ちを改めて前を向いた。茉莉花は優しく笑い、サンドイッチを口に運んだ。私も手元にあったドリアをしっかりと冷ましてから一口食べた。
 茉莉花にDNA鑑定のことを話してから数日後、私はこれまでのアルバイトの貯金を切り崩してそれを実行した。はたから見れば馬鹿馬鹿しい行いだろう。親子でない証拠などどこにもなく、ただ顔が似ておらず、親子関係に確執があるという理由だけで実行しているのだから。しかし、私は本能的にどこかで親子でないと直感していたのだ。数週間後届いた結果は――「空木裕司と空木菖蒲に親子関係は認めれなかった。」もう片方の鑑定結果を見てみると、「空木春子と空木菖蒲に親子関係は認められなかった。」と記されていた。「やっぱり・・・」と口では言ってみるものの、やはり十七年間親として接してきたものが突然覆される衝撃は大きなものだった。
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