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第四話 選ばれたのは
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一ヶ月後、その時は不意に訪れた。
「た、大変だっ!ミシェル殿下がお見えだぞ!」
正装をしたミシェル殿下と護衛の一行が、神殿にやって来たのだ。その姿を一目見た神官長は、ついに妃が選ばれる日が来たのだと直感で悟った。
急いで聖女全員を呼び寄せ、一番大きな礼拝堂に横一列に並べた。
「はっ!あんたは一番隅に居なさい」
「きゃっ!」
ど真ん中を陣取ったライラに対し、レティシアは列の一番端、礼拝堂の隅に追いやられてしまった。
(はぁ、ライラさんがミシェル殿下に選ばれるところなんて見たくないわ……いっそのこと裏に戻ってしまってもバレないのでは?)
そんなことを考えているうちに、ミシェル殿下が礼拝堂に足を踏み入れた。
「急な訪問となり申し訳ない。今日は私の妃となるに相応しい者を迎えに来た」
ミシェル殿下の言葉に、聖女たちはキャアっと黄色い声を上げた。一方できっと選ばれるわけがないと、レティシアの気分は落ち込むばかりである。
ミシェル殿下は、レティシアと対極の端からゆっくりと歩いてくる。お目当ての聖女の前で立ち止まるつもりなのだろう。素通りされた聖女は分かりやすく落胆の色を滲ませている。
自信満々で豊満な胸をアピールするように背筋を伸ばすライラであるが、ミシェル殿下は彼女を一瞥もすることなくその前を颯爽と通り過ぎてしまった。
「は……?」
自分じゃなければ、他に誰が選ばれるというのか。と呆然とするライラを他所に、ミシェル殿下はツカツカと歩調を早めた。
そして、俯くレティシアの前で、カツンと靴音を鳴らして足を止めた。
「え……」
「レティシア、あなたを迎えに来た」
ミシェル殿下に選ばれたのは、レティシアであった。
誰もが信じがたい光景に、ざわざわと礼拝堂内が騒がしくなっていく。
「な、な……私が、私こそがこの神殿で一番の聖女!聖女に相応しい《抱擁》のスキルを持ち、これまで数々の患者を治療してまいりましたわ!それなのに、どうしてそんな小娘なんか……っ!」
ライラが追い縋るようにミシェル殿下に駆け寄るも、護衛の騎士に取り押さえられてしまう。
「黙れ、発言を許可した覚えはない」
「で、殿下……っ!」
腕を抑えられ、身動きを封じられたライラを見据えるミシェル殿下の視線は氷のように冷たい。
「まさか自分が王妃になれるとでも思っていたのか?なんと烏滸がましい女だ。患者を選ぶお前など、聖女でもなんでもない」
「っ!?」
尚も喚くライラを一蹴し、ミシェル殿下は真っ直ぐにレティシアの側へと歩み寄った。そしてレティシアの前に跪くと、恭しくその手を取って微笑みを浮かべた。
「ああ、レティシア。君を選ぶことができて私は幸せだよ」
「え、えと……?その、私は《外れ》スキル持ちの底辺聖女ですよ?どうして……」
「あなたが底辺?そんなことはない!私はいつも変装魔法で神殿の内情を調査していたんだ。妃最有力だと言われるライラ殿は、見窄らしい格好をした私の治療を拒絶した。だが、君は違った。どんな者にでも手を差し伸べ、スキルを使わずとも十分な治癒を施していた。もちろん私にもね」
「え……」
確かにレティシアは、神殿が門前払いした浮浪者や貧民たち、更には怪我をした野犬や小鳥までこっそりと治療していた。
使いっ走りであちこち駆け回っていたため、神殿の外に出ることも容易であったレティシアは、物陰に隠れて懸命にそういった者たちに治癒の力を使って来た。スキルを使わずの治療は神聖力を必要以上に消費するため、どっと疲れてしまうのだが、応急処置程度であればレティシアにでも対処は可能であった。
泥臭く駆け回っていた姿を見られていたことが照れ臭く、レティシアの頬にカァッと熱が集まる。
「私はね、国母に相応しい者はただ単に強い力を持つ者ではないと考えているんだよ。身分や身なりで差別せず、誰にでも分け隔てなく救いの手を差し伸べる、そんな女性を求めていた」
「ミシェル殿下……」
「私はずっとレティシアを見てきた。どうにかあなたを妻に迎えられないかと考えていたのだが、今回の一件は僥倖だった。竜に裂かれた傷は傷跡一つ残らずに完治しているし、重い呪いさえもあなたはビンタ一つで退けてしまった。その力を疑う者は、ここにはもう居ないだろう?だから私は堂々とレティシアを迎えに来ることができた」
(ミシェル殿下が、私を……?)
俄かに信じがたい現実に、レティシアの思考は停止する。はくはくと口を開けては閉じてを繰り返しているうちに、ミシェル殿下は立ち上がってレティシアを抱きしめた。あまりの出来事にレティシアの思考は停止し、息まで止まる。
「レティシア、あなたの神聖力は歴代の中でも類い稀なるものだ。その力を十二分に発揮する術が術だけに、心優しいあなたは苦労して来たのだろう。ああ、レティシア……どうか私の妻になってくれないか?叶うならば今日この後すぐにでも王城へ居を移そう。……そうだ、愚かにも我が国の未来の王妃に辛く当たっていた者には、相応の処分を下すからそのつもりでいるように」
「ひいっ!」
冷たいミシェル殿下の言葉に、心当たりのある数名の聖女が小さな悲鳴をあげて震え上がった。レティシアを散々使いっ走りにしてきた者たちだ。もちろんその中にはライラの姿もある。悔しそうに血が滲むほど唇を噛み締めている。
果たして彼女たちにどのような処罰が下されるのか。
聖女らしからぬ振る舞いに目を瞑っていた神官長も同罪である。そのことをよく理解している当人の顔色も真っ青だ。
ミシェル殿下はシン、と静まり返る礼拝堂を、レティシアの手を引いて上機嫌で横切って行った。
「た、大変だっ!ミシェル殿下がお見えだぞ!」
正装をしたミシェル殿下と護衛の一行が、神殿にやって来たのだ。その姿を一目見た神官長は、ついに妃が選ばれる日が来たのだと直感で悟った。
急いで聖女全員を呼び寄せ、一番大きな礼拝堂に横一列に並べた。
「はっ!あんたは一番隅に居なさい」
「きゃっ!」
ど真ん中を陣取ったライラに対し、レティシアは列の一番端、礼拝堂の隅に追いやられてしまった。
(はぁ、ライラさんがミシェル殿下に選ばれるところなんて見たくないわ……いっそのこと裏に戻ってしまってもバレないのでは?)
そんなことを考えているうちに、ミシェル殿下が礼拝堂に足を踏み入れた。
「急な訪問となり申し訳ない。今日は私の妃となるに相応しい者を迎えに来た」
ミシェル殿下の言葉に、聖女たちはキャアっと黄色い声を上げた。一方できっと選ばれるわけがないと、レティシアの気分は落ち込むばかりである。
ミシェル殿下は、レティシアと対極の端からゆっくりと歩いてくる。お目当ての聖女の前で立ち止まるつもりなのだろう。素通りされた聖女は分かりやすく落胆の色を滲ませている。
自信満々で豊満な胸をアピールするように背筋を伸ばすライラであるが、ミシェル殿下は彼女を一瞥もすることなくその前を颯爽と通り過ぎてしまった。
「は……?」
自分じゃなければ、他に誰が選ばれるというのか。と呆然とするライラを他所に、ミシェル殿下はツカツカと歩調を早めた。
そして、俯くレティシアの前で、カツンと靴音を鳴らして足を止めた。
「え……」
「レティシア、あなたを迎えに来た」
ミシェル殿下に選ばれたのは、レティシアであった。
誰もが信じがたい光景に、ざわざわと礼拝堂内が騒がしくなっていく。
「な、な……私が、私こそがこの神殿で一番の聖女!聖女に相応しい《抱擁》のスキルを持ち、これまで数々の患者を治療してまいりましたわ!それなのに、どうしてそんな小娘なんか……っ!」
ライラが追い縋るようにミシェル殿下に駆け寄るも、護衛の騎士に取り押さえられてしまう。
「黙れ、発言を許可した覚えはない」
「で、殿下……っ!」
腕を抑えられ、身動きを封じられたライラを見据えるミシェル殿下の視線は氷のように冷たい。
「まさか自分が王妃になれるとでも思っていたのか?なんと烏滸がましい女だ。患者を選ぶお前など、聖女でもなんでもない」
「っ!?」
尚も喚くライラを一蹴し、ミシェル殿下は真っ直ぐにレティシアの側へと歩み寄った。そしてレティシアの前に跪くと、恭しくその手を取って微笑みを浮かべた。
「ああ、レティシア。君を選ぶことができて私は幸せだよ」
「え、えと……?その、私は《外れ》スキル持ちの底辺聖女ですよ?どうして……」
「あなたが底辺?そんなことはない!私はいつも変装魔法で神殿の内情を調査していたんだ。妃最有力だと言われるライラ殿は、見窄らしい格好をした私の治療を拒絶した。だが、君は違った。どんな者にでも手を差し伸べ、スキルを使わずとも十分な治癒を施していた。もちろん私にもね」
「え……」
確かにレティシアは、神殿が門前払いした浮浪者や貧民たち、更には怪我をした野犬や小鳥までこっそりと治療していた。
使いっ走りであちこち駆け回っていたため、神殿の外に出ることも容易であったレティシアは、物陰に隠れて懸命にそういった者たちに治癒の力を使って来た。スキルを使わずの治療は神聖力を必要以上に消費するため、どっと疲れてしまうのだが、応急処置程度であればレティシアにでも対処は可能であった。
泥臭く駆け回っていた姿を見られていたことが照れ臭く、レティシアの頬にカァッと熱が集まる。
「私はね、国母に相応しい者はただ単に強い力を持つ者ではないと考えているんだよ。身分や身なりで差別せず、誰にでも分け隔てなく救いの手を差し伸べる、そんな女性を求めていた」
「ミシェル殿下……」
「私はずっとレティシアを見てきた。どうにかあなたを妻に迎えられないかと考えていたのだが、今回の一件は僥倖だった。竜に裂かれた傷は傷跡一つ残らずに完治しているし、重い呪いさえもあなたはビンタ一つで退けてしまった。その力を疑う者は、ここにはもう居ないだろう?だから私は堂々とレティシアを迎えに来ることができた」
(ミシェル殿下が、私を……?)
俄かに信じがたい現実に、レティシアの思考は停止する。はくはくと口を開けては閉じてを繰り返しているうちに、ミシェル殿下は立ち上がってレティシアを抱きしめた。あまりの出来事にレティシアの思考は停止し、息まで止まる。
「レティシア、あなたの神聖力は歴代の中でも類い稀なるものだ。その力を十二分に発揮する術が術だけに、心優しいあなたは苦労して来たのだろう。ああ、レティシア……どうか私の妻になってくれないか?叶うならば今日この後すぐにでも王城へ居を移そう。……そうだ、愚かにも我が国の未来の王妃に辛く当たっていた者には、相応の処分を下すからそのつもりでいるように」
「ひいっ!」
冷たいミシェル殿下の言葉に、心当たりのある数名の聖女が小さな悲鳴をあげて震え上がった。レティシアを散々使いっ走りにしてきた者たちだ。もちろんその中にはライラの姿もある。悔しそうに血が滲むほど唇を噛み締めている。
果たして彼女たちにどのような処罰が下されるのか。
聖女らしからぬ振る舞いに目を瞑っていた神官長も同罪である。そのことをよく理解している当人の顔色も真っ青だ。
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