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第三話 奇跡が起きただけ
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弾けるような平手打ちの音が神殿内にこだました。
目一杯のビンタに、手のひらがジンジンと痛んで目から溢れた涙がこぼれ落ちる。
呆気に取られていた騎士たちは慌ててレティシアに詰め寄った。
「な、なな、瀕死の重体である殿下になんという無礼を!」
「何をしたか分かっているのか!?」
「拘束させてもらうぞ!!」
ワッと騎士に取り囲まれそうになるが、レティシアはうまく掻い潜ってミシェル殿下の様子を確認した。
「う…………ここは?」
「殿下……!」
全身を覆っていた黒く禍々しい呪いは、ビンタと共にどこかへ吹き飛んでいったようで、しゅうしゅうと淡く優しい光に包まれていたミシェル殿下は、ぼんやりとではあるが固く閉じていた瞳を開いてレティシアをその美しい碧眼で捉えた。
「ああ……あなたが、私を救ってくれたのか」
「な……殿下が、殿下がお目覚めだぞ!!」
「まさか……傷口まで塞がっているぞ!あれだけの深手だったのに……奇跡だ」
ミシェル殿下が目を覚ますと、騎士たちの態度は一変した。レティシアを「女神」「天女」「神様」と崇めるように手を組んで跪いた。
気の小さいレティシアは、そんなことをされてしまい「ひいっ」とすくみ上がって怯えている。
「はは……お前たち、レティシアが怯えているだろう。ああ……本当に、ありがとう。この礼は必ず。体調が回復したら、また会いに来よう」
「ミシェル殿下……どうか、お身体ご自愛くださいませ」
ミシェル殿下はレティシアに手を伸ばし、そのピンクブロンドの髪をひとすくいすると、柔らかな笑みを浮かべた。どきりとレティシアの胸が大きく高鳴り、どくどくと忙しなく脈打つ。
ミシェル殿下はフッと瞼を落とすと、再び眠りについてしまった。血を流しすぎた殿下は輸血が必要な状態なため、騎士たちは慌てて殿下を王城の医務室へとえっさほいさと運んで行った。
レティシアや神官長、他の聖女たちが呆気に取られてミシェル殿下御一行を見送った後、一人地に這いつくばっていたライラが声を絞り出した。
「う、ちょっと……私も、助け、なさいよ……」
未だに苦しげに胸を押さえて這いつくばっているライラの表情は歪んでいる。はぁはぁと肩で息をして、じんわりと脂汗が滲んでいる姿は、いつもの余裕綽々な美しい聖女の姿とは程遠い。
「ライラさん……わ、分かりました。その、歯を食いしばってください」
「ぐ……あんた、まさか私を、引っ叩く気?!」
「え?ええ……だって私のスキルは『ビンタ』ですから」
「ひっ」
レティシアが意を決して手を振り上げると、ライラは身体を萎縮させてギュウっと目を瞑った。
バッチィィィィン!!!
バッチィィィン!!
バッチィィン!
バッチィン……
再びレティシアの平手打ちの音が神殿内に響いた。
「い、ったぁぁぁぁい!この……思い切りやったわね!《外れ》のくせに生意気なんだから……ちょっと鏡持って来なさいよ!私は、私は未来の王妃になるべき優秀な聖女なのよ!その私の美貌が、台無しになったら許さないんだからっ!!」
「え、いや……その……でも、黒い呪いは解けたみたいです、よ?」
鬼のような形相で胸ぐらを掴んで激しく揺さぶるライラに対し、されるがままに目を回しているレティシアがそう言うと、ライラはパッと胸ぐらから手を離した。
「……本当ね。ふんっ、悔しいけどあんたのおかげで助かったわ。ま、まあ、あれほど強力な呪いを浄化するだなんて、きっと奇跡が起きたに違いないわ。でなければあなたなんかが浄化できるはずがないものね!ミシェル殿下をお救いしたからって調子に乗らないことよ!」
「そっ、そんな、調子に乗るだなんて……私はただ、殿下を助けたい一心で……」
「ふんっ、王妃に選ばれるのはこれまでの功績が優秀な聖女。たった一回奇跡を起こしたあんたが選ばれるなんてあり得ないんだから!」
自分に言い聞かせるように、ギリッと歯を食いしばって、ライラは自分の部屋へと帰って行ってしまった。
ライラの言葉に、ミシェル殿下を救うことができて浮き足立っていた心がみるみるうちに萎んでいく。
(そう、よね……私は正式な治療の機会さえ与えられていないのだもの)
はぁ、とため息をついたレティシアは、再び聖女たちの手となり足となり、神殿を駆け回る日々を過ごしたのだった。
目一杯のビンタに、手のひらがジンジンと痛んで目から溢れた涙がこぼれ落ちる。
呆気に取られていた騎士たちは慌ててレティシアに詰め寄った。
「な、なな、瀕死の重体である殿下になんという無礼を!」
「何をしたか分かっているのか!?」
「拘束させてもらうぞ!!」
ワッと騎士に取り囲まれそうになるが、レティシアはうまく掻い潜ってミシェル殿下の様子を確認した。
「う…………ここは?」
「殿下……!」
全身を覆っていた黒く禍々しい呪いは、ビンタと共にどこかへ吹き飛んでいったようで、しゅうしゅうと淡く優しい光に包まれていたミシェル殿下は、ぼんやりとではあるが固く閉じていた瞳を開いてレティシアをその美しい碧眼で捉えた。
「ああ……あなたが、私を救ってくれたのか」
「な……殿下が、殿下がお目覚めだぞ!!」
「まさか……傷口まで塞がっているぞ!あれだけの深手だったのに……奇跡だ」
ミシェル殿下が目を覚ますと、騎士たちの態度は一変した。レティシアを「女神」「天女」「神様」と崇めるように手を組んで跪いた。
気の小さいレティシアは、そんなことをされてしまい「ひいっ」とすくみ上がって怯えている。
「はは……お前たち、レティシアが怯えているだろう。ああ……本当に、ありがとう。この礼は必ず。体調が回復したら、また会いに来よう」
「ミシェル殿下……どうか、お身体ご自愛くださいませ」
ミシェル殿下はレティシアに手を伸ばし、そのピンクブロンドの髪をひとすくいすると、柔らかな笑みを浮かべた。どきりとレティシアの胸が大きく高鳴り、どくどくと忙しなく脈打つ。
ミシェル殿下はフッと瞼を落とすと、再び眠りについてしまった。血を流しすぎた殿下は輸血が必要な状態なため、騎士たちは慌てて殿下を王城の医務室へとえっさほいさと運んで行った。
レティシアや神官長、他の聖女たちが呆気に取られてミシェル殿下御一行を見送った後、一人地に這いつくばっていたライラが声を絞り出した。
「う、ちょっと……私も、助け、なさいよ……」
未だに苦しげに胸を押さえて這いつくばっているライラの表情は歪んでいる。はぁはぁと肩で息をして、じんわりと脂汗が滲んでいる姿は、いつもの余裕綽々な美しい聖女の姿とは程遠い。
「ライラさん……わ、分かりました。その、歯を食いしばってください」
「ぐ……あんた、まさか私を、引っ叩く気?!」
「え?ええ……だって私のスキルは『ビンタ』ですから」
「ひっ」
レティシアが意を決して手を振り上げると、ライラは身体を萎縮させてギュウっと目を瞑った。
バッチィィィィン!!!
バッチィィィン!!
バッチィィン!
バッチィン……
再びレティシアの平手打ちの音が神殿内に響いた。
「い、ったぁぁぁぁい!この……思い切りやったわね!《外れ》のくせに生意気なんだから……ちょっと鏡持って来なさいよ!私は、私は未来の王妃になるべき優秀な聖女なのよ!その私の美貌が、台無しになったら許さないんだからっ!!」
「え、いや……その……でも、黒い呪いは解けたみたいです、よ?」
鬼のような形相で胸ぐらを掴んで激しく揺さぶるライラに対し、されるがままに目を回しているレティシアがそう言うと、ライラはパッと胸ぐらから手を離した。
「……本当ね。ふんっ、悔しいけどあんたのおかげで助かったわ。ま、まあ、あれほど強力な呪いを浄化するだなんて、きっと奇跡が起きたに違いないわ。でなければあなたなんかが浄化できるはずがないものね!ミシェル殿下をお救いしたからって調子に乗らないことよ!」
「そっ、そんな、調子に乗るだなんて……私はただ、殿下を助けたい一心で……」
「ふんっ、王妃に選ばれるのはこれまでの功績が優秀な聖女。たった一回奇跡を起こしたあんたが選ばれるなんてあり得ないんだから!」
自分に言い聞かせるように、ギリッと歯を食いしばって、ライラは自分の部屋へと帰って行ってしまった。
ライラの言葉に、ミシェル殿下を救うことができて浮き足立っていた心がみるみるうちに萎んでいく。
(そう、よね……私は正式な治療の機会さえ与えられていないのだもの)
はぁ、とため息をついたレティシアは、再び聖女たちの手となり足となり、神殿を駆け回る日々を過ごしたのだった。
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