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3. ミラベルの事情
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アインスロッド様に保護されて早くも七日。
食べられる食事量も増え、歩行にも問題がなく、シャワーも借りてサッパリさせてもらった。
そして、わたしは今、アインスロッド様とテーブルを挟んで向かい合っている。
テーブルの上には銀のクローシェが被せられた皿が乗っている。一体何が入っているのだろう?
「ミラベル、随分と顔色が良くなったな」
「アインスロッド様のおかげです。本当にありがとうございます」
大樹のような腕を組んで目の前に座るアインスロッド様は、いつものピンクのエプロンをつけている。今日もフリルとハートが可愛らしい。
彼はピンクのエプロンが随分と気に入っているらしく、十着はストックがあると自慢げに語ってくれた。わたしも最初は戸惑ったけれど、今ではすっかり見慣れてしまって、エプロンまで含めてアインスロッド様なのだと思うまでになっている。
「さて、君の話を聞いてもいいだろうか?」
アインスロッド様が優しい笑みを浮かべる。
無理強いしているわけでなく、話したくないのならば話さなくていいと、そう言っているような表情。
「……少し長くなるかと思いますが、聞いていただけますか?」
「ああ、もちろん」
わたしはアインスロッド様の頷きに導かれるように、静かに生い立ちを話し始めた。
***
わたしは女神の祝福を受けた聖女だった。
けれど、わたしにはもう女神の声は聞こえない。
女神に見放された聖女だと卑下されたわたしに代わって女神の代弁者に選ばれたトロメアは、自分の望むままにすべてを手に入れた。
富も、名声も、王族の婚約者の座も、望んだものは全て与えられてきた。
両親の愛も――いや、これは昔から何も変わらない。
わたしは両親に愛されていない。
二人とも鮮やかなブロンドヘアなのに、わたしの髪は地味な栗色。父は母の不貞を疑い、無実の母は疑われる原因となったわたしを恨んだ。
やがて、二人の間にトロメアが生まれた。
両親と同じブロンドヘアで、愛くるしいトロメアを、両親は蕩けるほどに溺愛した。次第にわたしの存在は薄れていった。
そんな中、十歳で受けた女神の代弁者を選定する儀式で、わたしは女神の声を聞いた。
癒しの力を授かり、女神の代弁者、つまり聖女であると持て囃された。
ああ、これで、両親に認められる。
わたしも愛してもらえる――
そんな淡い期待はすぐに泡となって消えた。
両親は変わらずわたしを物のように扱った。
聖女となったことで、厄介払いができると思ったのだろう。両親は嬉々としてわたしを神殿に押しつけ、来る日も来る日も祈祷や癒しのために慣れない力を使わされる。
食事は質素なものだった。
具のないスープに乾いたパンが基本で、わたしのお腹も心も常に満たされることはなかった。
両親が神殿に会いに来ることはなかった。
わたしに会いに来るのは女神の恩恵に預かりたい信者たち。そして怪我人や病人だった。
癒しの力を受けた人々は口を揃えてこう言った。
『ああ、女神様、ありがとうございます。慈悲の心に感謝します』
誰も、わたしを見ていなかった。
わたしを通して女神に感謝するばかりで、わたしに感謝の言葉を与えてくれる人はいなかった。
わたしの心は次第に擦り切れ、疲弊していった。
成長期に差し掛かり、身体は栄養を求めているのに与えられるのは粗末な食事だけ。聖職者なのだから、質素な食事を心がけよと言い聞かされていた。そう言った神官長が煌びやかなご馳走を食べていることを知った時は困惑したものだ。
心がすり減り、徐々に身体も痩せ細っていった。
夜もお腹が空いて満足に眠れなかった。
次第に癒しの力を使うための体力も心の余裕も無くなっていった。
そしてとうとう、癒しの力が使えなくなり、女神の声も聞こなくなってしまった。
癒しの力が使えないわたしは、唯一の取り柄を失ったとガッカリされ、侮蔑の眼差しで見られながら実家へ追い返された。もちろん両親はそんなわたしを罵り、陽当たりの悪い部屋に押し込んだ。
最低限の生活だけは保証されていたけれど、それも数日だけのことだった。
トロメアに癒しの力が発現したのだ。
わたしと違って蝶や花よと大事に育てられたトロメアは、美しく成長し、お腹も心も常に満たされていた。
彼女の癒しの力は強力だった。
わたしが何時間もかけて癒した怪我を瞬く間に治してしまう。
次第に、わたしに癒しの力が現れたのは、女神の気まぐれ、間違いだったのだと言われるようになった。
両親はますますわたしに辛く当たった。
いつしか、食いぶちは自分で稼げと花売りをさせられるようになった。
少しでも花が売れればパンが食べられる。
花が売れない日は食事抜きだった。
こっそり窓の外に置いた桶に雨水を溜めて、水で飢えを凌いだ時もあった。
そんな日が五年続いた先日のこと。
十八歳になったばかりのわたしは、とうとう聖女トロメアに国を追われたのだった。
食べられる食事量も増え、歩行にも問題がなく、シャワーも借りてサッパリさせてもらった。
そして、わたしは今、アインスロッド様とテーブルを挟んで向かい合っている。
テーブルの上には銀のクローシェが被せられた皿が乗っている。一体何が入っているのだろう?
「ミラベル、随分と顔色が良くなったな」
「アインスロッド様のおかげです。本当にありがとうございます」
大樹のような腕を組んで目の前に座るアインスロッド様は、いつものピンクのエプロンをつけている。今日もフリルとハートが可愛らしい。
彼はピンクのエプロンが随分と気に入っているらしく、十着はストックがあると自慢げに語ってくれた。わたしも最初は戸惑ったけれど、今ではすっかり見慣れてしまって、エプロンまで含めてアインスロッド様なのだと思うまでになっている。
「さて、君の話を聞いてもいいだろうか?」
アインスロッド様が優しい笑みを浮かべる。
無理強いしているわけでなく、話したくないのならば話さなくていいと、そう言っているような表情。
「……少し長くなるかと思いますが、聞いていただけますか?」
「ああ、もちろん」
わたしはアインスロッド様の頷きに導かれるように、静かに生い立ちを話し始めた。
***
わたしは女神の祝福を受けた聖女だった。
けれど、わたしにはもう女神の声は聞こえない。
女神に見放された聖女だと卑下されたわたしに代わって女神の代弁者に選ばれたトロメアは、自分の望むままにすべてを手に入れた。
富も、名声も、王族の婚約者の座も、望んだものは全て与えられてきた。
両親の愛も――いや、これは昔から何も変わらない。
わたしは両親に愛されていない。
二人とも鮮やかなブロンドヘアなのに、わたしの髪は地味な栗色。父は母の不貞を疑い、無実の母は疑われる原因となったわたしを恨んだ。
やがて、二人の間にトロメアが生まれた。
両親と同じブロンドヘアで、愛くるしいトロメアを、両親は蕩けるほどに溺愛した。次第にわたしの存在は薄れていった。
そんな中、十歳で受けた女神の代弁者を選定する儀式で、わたしは女神の声を聞いた。
癒しの力を授かり、女神の代弁者、つまり聖女であると持て囃された。
ああ、これで、両親に認められる。
わたしも愛してもらえる――
そんな淡い期待はすぐに泡となって消えた。
両親は変わらずわたしを物のように扱った。
聖女となったことで、厄介払いができると思ったのだろう。両親は嬉々としてわたしを神殿に押しつけ、来る日も来る日も祈祷や癒しのために慣れない力を使わされる。
食事は質素なものだった。
具のないスープに乾いたパンが基本で、わたしのお腹も心も常に満たされることはなかった。
両親が神殿に会いに来ることはなかった。
わたしに会いに来るのは女神の恩恵に預かりたい信者たち。そして怪我人や病人だった。
癒しの力を受けた人々は口を揃えてこう言った。
『ああ、女神様、ありがとうございます。慈悲の心に感謝します』
誰も、わたしを見ていなかった。
わたしを通して女神に感謝するばかりで、わたしに感謝の言葉を与えてくれる人はいなかった。
わたしの心は次第に擦り切れ、疲弊していった。
成長期に差し掛かり、身体は栄養を求めているのに与えられるのは粗末な食事だけ。聖職者なのだから、質素な食事を心がけよと言い聞かされていた。そう言った神官長が煌びやかなご馳走を食べていることを知った時は困惑したものだ。
心がすり減り、徐々に身体も痩せ細っていった。
夜もお腹が空いて満足に眠れなかった。
次第に癒しの力を使うための体力も心の余裕も無くなっていった。
そしてとうとう、癒しの力が使えなくなり、女神の声も聞こなくなってしまった。
癒しの力が使えないわたしは、唯一の取り柄を失ったとガッカリされ、侮蔑の眼差しで見られながら実家へ追い返された。もちろん両親はそんなわたしを罵り、陽当たりの悪い部屋に押し込んだ。
最低限の生活だけは保証されていたけれど、それも数日だけのことだった。
トロメアに癒しの力が発現したのだ。
わたしと違って蝶や花よと大事に育てられたトロメアは、美しく成長し、お腹も心も常に満たされていた。
彼女の癒しの力は強力だった。
わたしが何時間もかけて癒した怪我を瞬く間に治してしまう。
次第に、わたしに癒しの力が現れたのは、女神の気まぐれ、間違いだったのだと言われるようになった。
両親はますますわたしに辛く当たった。
いつしか、食いぶちは自分で稼げと花売りをさせられるようになった。
少しでも花が売れればパンが食べられる。
花が売れない日は食事抜きだった。
こっそり窓の外に置いた桶に雨水を溜めて、水で飢えを凌いだ時もあった。
そんな日が五年続いた先日のこと。
十八歳になったばかりのわたしは、とうとう聖女トロメアに国を追われたのだった。
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