26 / 40
26_同じベッドで
しおりを挟む
「ねぇ、ヴェル……ジェームズ殿下ってどんなお方なの?」
「え?殿下?うーん、そうだな……」
屋敷に到着してお風呂と着替えを済ませたアイビスは、ヴェルナーに呼ばれて彼の部屋にやって来ていた。
アイビスが入ってくるなり、ヴェルナーはアイビスを抱き上げてそのままソファに腰掛けた。突然のことに抵抗する間も無くソファに落ち着いてしまったアイビスは、少し遅れて胸を叩いて抵抗を試みた。
「心配かけた罰」と言われれば、素直に身を委ねるしかなく、アイビスは現在、頬を染めながらも遠慮がちにヴェルナーの首に腕を回していた。
そんな体勢で尋ねた問いに、ヴェルナーはうーんと考え込んだ。間近で物思いに耽る表情を見つめるアイビスは、(ヴェルは考え込む表情も絵になるわ)と我が夫の美貌に改めて嘆息していた。
「そうだな、正直腹の内が読めない油断ならないお方、かな。ルーズベルトとは性格も真逆で、穏やかな印象を受けるが、その実、内に秘める激情があるんじゃないかと踏んでいる」
「激情……確かに、なんだか内に猛獣を飼っているようなお方よね」
「ああ、確かにな。基本的には優しい博愛主義者なんだが、締めるところは締めるし頭も切れる。ルーズベルトは昔からジェームズ殿下の支えとなるべく勉学に励んでいたよ。それにも関わらず、未だにルーズベルトを立太子させようとする勢力があるものだから困るよな」
ため息と共に飛び出した不穏な話題に、アイビスは驚いてヴェルナーを見上げる。
「え、そうなの?ご本人にその意思がないのに?」
「ああ、王家というのはそういうものなんだ。いくら平和な国だとしても、陰謀が複雑に絡み合うのは必然だ。ジェームズ殿下が王になったら困る派閥がいるのだろう。殿下が取り締まりを強めている業者が幾つかいるらしくってな、近々、税率を引き上げたり取引を制限したりするんじゃないかと言われている」
「なるほど……いろいろ思惑があるのね」
顎に手を当てて考え込んでいると、アイビスを抱きしめる腕の力が強くなった。
「どうしたの……?」
「どうして急に殿下のことを気にする?……まさか、アイビスはジェームズ殿下のような人が好みなのか?きちんと会うのは今日が初めてだったよな」
「え??……あっ!ち、違うわ!誤解しないでちょうだい。ちょっと、その……ううん」
嫉妬の炎を宿してズイと迫ってくるヴェルナーの瞳を見たアイビスは慌てて弁明した。不確定な憶測と共に、夜会でジェームズに牽制されたことや、鋭い目線のとこを告げてしまった。
アイビスの話を聞いたヴェルナーは驚き目を見張った。
「ジェームズ殿下が?アイビスの考え過ぎでは……ないか。誰よりもそうした視線に敏感だし野生動物並みに感覚が鋭いもんな」
「ねぇ、それ褒めてるの?」
「ははっ、まあ殿下のことは俺も気にかけておくよ。何事もなければもうすぐ立太子されるだろうし、不穏な因子を警戒しているのかもしれないな」
じとりと睨みつけると、ヴェルナーは可笑そうに肩を揺らして宥めるようにアイビスの頭を撫でた。
そしてヴェルナーは、不意に視線をアイビスの足に落とした。
入浴前に包帯を外してしまい、寝る前に巻けばいいかと素足のままだ。細かな切り傷が痛々しく今日の出来事を物語っている。
アイビスはさりげなく足を隠そうとしたのだが、ヴェルナーはいつもの優しい表情でとんでもないことを口にした。
「サラに薬を預かっている。俺に塗らせてくれないか?」
「ええっ!?ぬ、塗るって、足に……?!」
「他にどこがある。まさか黙っているだけでどこか他にも怪我を……」
「してないしてない!足だけよ!」
「よし、じゃあここに座って」
「ちょ、え、うぇぇ?!」
ひょいとソファに降ろされ、床に膝をついて懐から瓶詰めの塗り薬を取り出すヴェルナー。カチャカチャと蓋を開けるヴェルナーを見下ろしながら、アイビスは急な展開に頭がついていかずに瞬きを繰り返している。
(ま、待って……確かに薬を塗るように言われていたけど!しかも傷口を保護するためにしっかりたっぷり塗り込めって……それをヴェルが?)
「よし、じゃあ右足からいくぞ」
「ちょ、待って……!ひゃ」
アイビスの心の準備が整わないまま、ヴェルナーは自身の太腿にアイビスの右足を乗せ、手にたっぷり薬を取り出すと、包み込むようにアイビスの足に塗り込んでいく。
薬はひんやりと冷たく、ヴェルナーの手はどこか熱くて、くすぐったいような、何か身体の奥から込み上げてくるような奇妙な感覚に襲われる。触れられた場所からゾクゾクとした痺れが這い上がってくるようだ。
「んぅ、っ!」
「傷跡が残らなければいいのだが……」
ヴェルナーが手を動かすたびにピクピク肩を震わせ、変な声まで出てしまい、アイビスは両手で口元を覆った。恥ずかし過ぎて目に涙まで滲んでくる。
一方のヴェルナーは懸命に、そして丁寧に薬を塗ってくれている。その目にも手つきにも下心なんてものはなく、ただアイビスのためを想っての行動だということはよく分かる。分かるだけに一人で羞恥心に襲われ、ましてや甘い疼きすら感じていることに罪悪感を抱く。
アイビスがうーうー唸っているうちに、ヴェルナーは素早く包帯を巻いていく。
「よし、できたぞ」
そう言われてホッと息を吐くが、アイビスはすっかり忘れている。当たり前だが、足は二本あるのだ。
「次は左足だな」
「~~~っ!?!?」
そっと右足を下ろしたヴェルナーは、続いてアイビスの左足を自分の太腿に乗せると同じように丁寧な手つきで薬を塗り込み始めた。
アイビスはもう辛抱が効かなくて、クッションを手繰り寄せると顔にギュッと押し付けてヴェルナーの処置が終わるのを待った。
左足の包帯を巻き終える頃には、すっかりアイビスの息は上がってしまっていた。そんなアイビスに、ヴェルナーはトドメの一言を宣った。
「これから毎晩俺が薬を塗るからな」
「えっ!?!?」
もちろんそんなことは全力で阻止である。
「じ、自分でできるわっ!!」
「ダメだ、アイビスが自分でしたらきっと塗り残しもあるだろうし塗り込みも甘くなる。治りが遅くなって跡が残ったらどうするんだ」
「じゃ、じゃあ、サラに頼むから……!」
「問答無用だ。妻を労わるのは夫の務め。サラにもよーく言い聞かせておくから頼もうったて無駄だ」
「そ、そんなぁぁ……」
こうなるともう何を言っても聞かない。
ヴェルナーが案外頑固であることは、幼馴染のアイビスがよく知るところである。
がくりと肩を落としたアイビスを、またもやひょいと抱き上げるヴェルナー。さっきから何なの!?と目を剥くアイビスを抱いたまま、ヴェルナーはズンズンと自分のベッドに向かっているではないか。
「え、ちょ、な、なに……」
ギシ、とベッドを軋ませながらアイビスを横たえたヴェルナーは、素早く部屋の電気を落とした。カーテンの隙間から僅かに差し込む月光だけが光源となり、暗闇にヴェルナーのシルエットが浮かび上がる。
ドクドクと全身の血液が沸騰するのではないかと思うほど、身体が熱くなって、心臓は激しく鼓動を刻む。
身体を硬くするアイビスの額に、ヴェルナーは触れるだけのキスを落とすと布団に潜り込んだ。
「ほら、アイビスも」
「え、えっと……い、一緒に寝るの?」
「安心しろ、手は出さない。あんなことがあったんだ、今夜はアイビスの存在を感じながらでないと眠れそうにない」
「うぅ……」
「それに、一緒に眠るのは初めてではないだろう?」
「子供の頃の話でしょお!?今と昔では年齢も、私たちの関係も、全く違うじゃない」
「ああ。俺たちは夫婦だ。夫婦が閨を共にして何が悪い?抱きしめて眠るだけだから」
「もう……わ、分かったわ」
先に述べた通り、こうなると頑固なヴェルナーは折れない。アイビスは覚悟を決めて素早く布団に潜り込むと、ヴェルナーと反対側を向いて布団を頭まで被った。
「何してる」
「~~っ、もうキャパオーバーなのよっ」
ヴェルナーに笑いながら問われ、アイビスは震える声で噛み付くように答えた。ヴェルナーが身じろぎしたのか、ギジリとベッド沈む。
「少しは俺のことを男だと意識してくれているのか?」
「なっ!そ、んなの……」
低い声で囁かれた言葉にカァッと頭に血が上り、ガバッと布団から顔を出したアイビスは、月夜に輝くヴェルナーの瞳を見て息を呑んだ。
ちょうど雲もなく晴れた美しい夜だ。
宝石のように輝く瞳に吸い込まれそうになる。
(ヴェルを男として意識しているか、ですって?)
そんなの、きっと、求婚されたあの日から――
「……してるわよ。悪い?」
認めるのも何だか悔しくて、拗ねたようにそう言ったアイビスは、ヴェルナーの顔が見れなくて再び布団の海に潜ろうとする。その間際、気配でヴェルナーが息を呑んだことが分かった。
「アイビス、隠れないで。顔をよく見せて」
「い、いやよ……絶対変な顔してるもの」
「そんなことはない。可愛い」
「も、もうっ」
囁くように可愛い可愛いと言われ、観念したアイビスはすっかり茹だった顔を覗かせた。
ヴェルナーの唇は本当に嬉しそうに弧を描いていて、ドキリとアイビスの胸が高鳴る。
「アイビス、今日はまだしていないぞ?」
「っ!」
何を、と聞くのは流石に無粋だろう。
ギュッと布団を握りしめたままの手を包み込むようにヴェルナーの手が握る。そのままそっと布団を下ろされて露わになった唇に、柔らかな感触が降ってくる。
ちゅ、ちゅっと何度も触れては離れてを繰り返す。
アイビスはキュッと唇を引き結んでいたのだが、力を抜いて恐る恐る喰むようにヴェルナーのキスに応えてみた。
アイビスからすれば精一杯の行動であったが、その僅かな動きはヴェルナーのスイッチを思い切り押し込んでしまったらしい。
「んん、んんぅ?!」
グッと後頭部と枕の隙間にヴェルナーの手が潜り込んできて、触れるような優しいキスが唇を覆い尽くすような獰猛なキスに変わる。
酸素を求めて顔を捩っても、またすぐに唇を覆われてしまう。
いつのまにかのしかかるようにヴェルナーの身体が乗り上げてきていて、アイビスの両手はベッドに縫い付けられている。ぎゅうっと強く手を握れば、ヴェルナーもぎゅっと握り返してくれて胸が切なくなる。
ずし、と感じるヴェルナーの重みが何だかとてもリアルで、一層アイビスの心を掻き乱す。
「はぁっ、はぁ……か、加減してよね」
「悪い、辛抱できなかった」
ようやく解放された頃にはすっかり息が上がってしまい、アイビスは涙の膜が張った瞳で精一杯ヴェルナーを睨みつけた。
ドサっと倒れるように横たわったヴェルナーは、その視線に気付くときまりが悪そうに頬を掻いた。
「……それじゃあ、夜も更けてきたし寝るか」
「……そうね、おやすみなさい」
二人はどちらからともなく、コツンと額を合わせて身を寄せ合った。自然とヴェルナーの背中に腕を回したアイビスは、多幸感に包まれながら眠りの世界へと堕ちていった。
「え?殿下?うーん、そうだな……」
屋敷に到着してお風呂と着替えを済ませたアイビスは、ヴェルナーに呼ばれて彼の部屋にやって来ていた。
アイビスが入ってくるなり、ヴェルナーはアイビスを抱き上げてそのままソファに腰掛けた。突然のことに抵抗する間も無くソファに落ち着いてしまったアイビスは、少し遅れて胸を叩いて抵抗を試みた。
「心配かけた罰」と言われれば、素直に身を委ねるしかなく、アイビスは現在、頬を染めながらも遠慮がちにヴェルナーの首に腕を回していた。
そんな体勢で尋ねた問いに、ヴェルナーはうーんと考え込んだ。間近で物思いに耽る表情を見つめるアイビスは、(ヴェルは考え込む表情も絵になるわ)と我が夫の美貌に改めて嘆息していた。
「そうだな、正直腹の内が読めない油断ならないお方、かな。ルーズベルトとは性格も真逆で、穏やかな印象を受けるが、その実、内に秘める激情があるんじゃないかと踏んでいる」
「激情……確かに、なんだか内に猛獣を飼っているようなお方よね」
「ああ、確かにな。基本的には優しい博愛主義者なんだが、締めるところは締めるし頭も切れる。ルーズベルトは昔からジェームズ殿下の支えとなるべく勉学に励んでいたよ。それにも関わらず、未だにルーズベルトを立太子させようとする勢力があるものだから困るよな」
ため息と共に飛び出した不穏な話題に、アイビスは驚いてヴェルナーを見上げる。
「え、そうなの?ご本人にその意思がないのに?」
「ああ、王家というのはそういうものなんだ。いくら平和な国だとしても、陰謀が複雑に絡み合うのは必然だ。ジェームズ殿下が王になったら困る派閥がいるのだろう。殿下が取り締まりを強めている業者が幾つかいるらしくってな、近々、税率を引き上げたり取引を制限したりするんじゃないかと言われている」
「なるほど……いろいろ思惑があるのね」
顎に手を当てて考え込んでいると、アイビスを抱きしめる腕の力が強くなった。
「どうしたの……?」
「どうして急に殿下のことを気にする?……まさか、アイビスはジェームズ殿下のような人が好みなのか?きちんと会うのは今日が初めてだったよな」
「え??……あっ!ち、違うわ!誤解しないでちょうだい。ちょっと、その……ううん」
嫉妬の炎を宿してズイと迫ってくるヴェルナーの瞳を見たアイビスは慌てて弁明した。不確定な憶測と共に、夜会でジェームズに牽制されたことや、鋭い目線のとこを告げてしまった。
アイビスの話を聞いたヴェルナーは驚き目を見張った。
「ジェームズ殿下が?アイビスの考え過ぎでは……ないか。誰よりもそうした視線に敏感だし野生動物並みに感覚が鋭いもんな」
「ねぇ、それ褒めてるの?」
「ははっ、まあ殿下のことは俺も気にかけておくよ。何事もなければもうすぐ立太子されるだろうし、不穏な因子を警戒しているのかもしれないな」
じとりと睨みつけると、ヴェルナーは可笑そうに肩を揺らして宥めるようにアイビスの頭を撫でた。
そしてヴェルナーは、不意に視線をアイビスの足に落とした。
入浴前に包帯を外してしまい、寝る前に巻けばいいかと素足のままだ。細かな切り傷が痛々しく今日の出来事を物語っている。
アイビスはさりげなく足を隠そうとしたのだが、ヴェルナーはいつもの優しい表情でとんでもないことを口にした。
「サラに薬を預かっている。俺に塗らせてくれないか?」
「ええっ!?ぬ、塗るって、足に……?!」
「他にどこがある。まさか黙っているだけでどこか他にも怪我を……」
「してないしてない!足だけよ!」
「よし、じゃあここに座って」
「ちょ、え、うぇぇ?!」
ひょいとソファに降ろされ、床に膝をついて懐から瓶詰めの塗り薬を取り出すヴェルナー。カチャカチャと蓋を開けるヴェルナーを見下ろしながら、アイビスは急な展開に頭がついていかずに瞬きを繰り返している。
(ま、待って……確かに薬を塗るように言われていたけど!しかも傷口を保護するためにしっかりたっぷり塗り込めって……それをヴェルが?)
「よし、じゃあ右足からいくぞ」
「ちょ、待って……!ひゃ」
アイビスの心の準備が整わないまま、ヴェルナーは自身の太腿にアイビスの右足を乗せ、手にたっぷり薬を取り出すと、包み込むようにアイビスの足に塗り込んでいく。
薬はひんやりと冷たく、ヴェルナーの手はどこか熱くて、くすぐったいような、何か身体の奥から込み上げてくるような奇妙な感覚に襲われる。触れられた場所からゾクゾクとした痺れが這い上がってくるようだ。
「んぅ、っ!」
「傷跡が残らなければいいのだが……」
ヴェルナーが手を動かすたびにピクピク肩を震わせ、変な声まで出てしまい、アイビスは両手で口元を覆った。恥ずかし過ぎて目に涙まで滲んでくる。
一方のヴェルナーは懸命に、そして丁寧に薬を塗ってくれている。その目にも手つきにも下心なんてものはなく、ただアイビスのためを想っての行動だということはよく分かる。分かるだけに一人で羞恥心に襲われ、ましてや甘い疼きすら感じていることに罪悪感を抱く。
アイビスがうーうー唸っているうちに、ヴェルナーは素早く包帯を巻いていく。
「よし、できたぞ」
そう言われてホッと息を吐くが、アイビスはすっかり忘れている。当たり前だが、足は二本あるのだ。
「次は左足だな」
「~~~っ!?!?」
そっと右足を下ろしたヴェルナーは、続いてアイビスの左足を自分の太腿に乗せると同じように丁寧な手つきで薬を塗り込み始めた。
アイビスはもう辛抱が効かなくて、クッションを手繰り寄せると顔にギュッと押し付けてヴェルナーの処置が終わるのを待った。
左足の包帯を巻き終える頃には、すっかりアイビスの息は上がってしまっていた。そんなアイビスに、ヴェルナーはトドメの一言を宣った。
「これから毎晩俺が薬を塗るからな」
「えっ!?!?」
もちろんそんなことは全力で阻止である。
「じ、自分でできるわっ!!」
「ダメだ、アイビスが自分でしたらきっと塗り残しもあるだろうし塗り込みも甘くなる。治りが遅くなって跡が残ったらどうするんだ」
「じゃ、じゃあ、サラに頼むから……!」
「問答無用だ。妻を労わるのは夫の務め。サラにもよーく言い聞かせておくから頼もうったて無駄だ」
「そ、そんなぁぁ……」
こうなるともう何を言っても聞かない。
ヴェルナーが案外頑固であることは、幼馴染のアイビスがよく知るところである。
がくりと肩を落としたアイビスを、またもやひょいと抱き上げるヴェルナー。さっきから何なの!?と目を剥くアイビスを抱いたまま、ヴェルナーはズンズンと自分のベッドに向かっているではないか。
「え、ちょ、な、なに……」
ギシ、とベッドを軋ませながらアイビスを横たえたヴェルナーは、素早く部屋の電気を落とした。カーテンの隙間から僅かに差し込む月光だけが光源となり、暗闇にヴェルナーのシルエットが浮かび上がる。
ドクドクと全身の血液が沸騰するのではないかと思うほど、身体が熱くなって、心臓は激しく鼓動を刻む。
身体を硬くするアイビスの額に、ヴェルナーは触れるだけのキスを落とすと布団に潜り込んだ。
「ほら、アイビスも」
「え、えっと……い、一緒に寝るの?」
「安心しろ、手は出さない。あんなことがあったんだ、今夜はアイビスの存在を感じながらでないと眠れそうにない」
「うぅ……」
「それに、一緒に眠るのは初めてではないだろう?」
「子供の頃の話でしょお!?今と昔では年齢も、私たちの関係も、全く違うじゃない」
「ああ。俺たちは夫婦だ。夫婦が閨を共にして何が悪い?抱きしめて眠るだけだから」
「もう……わ、分かったわ」
先に述べた通り、こうなると頑固なヴェルナーは折れない。アイビスは覚悟を決めて素早く布団に潜り込むと、ヴェルナーと反対側を向いて布団を頭まで被った。
「何してる」
「~~っ、もうキャパオーバーなのよっ」
ヴェルナーに笑いながら問われ、アイビスは震える声で噛み付くように答えた。ヴェルナーが身じろぎしたのか、ギジリとベッド沈む。
「少しは俺のことを男だと意識してくれているのか?」
「なっ!そ、んなの……」
低い声で囁かれた言葉にカァッと頭に血が上り、ガバッと布団から顔を出したアイビスは、月夜に輝くヴェルナーの瞳を見て息を呑んだ。
ちょうど雲もなく晴れた美しい夜だ。
宝石のように輝く瞳に吸い込まれそうになる。
(ヴェルを男として意識しているか、ですって?)
そんなの、きっと、求婚されたあの日から――
「……してるわよ。悪い?」
認めるのも何だか悔しくて、拗ねたようにそう言ったアイビスは、ヴェルナーの顔が見れなくて再び布団の海に潜ろうとする。その間際、気配でヴェルナーが息を呑んだことが分かった。
「アイビス、隠れないで。顔をよく見せて」
「い、いやよ……絶対変な顔してるもの」
「そんなことはない。可愛い」
「も、もうっ」
囁くように可愛い可愛いと言われ、観念したアイビスはすっかり茹だった顔を覗かせた。
ヴェルナーの唇は本当に嬉しそうに弧を描いていて、ドキリとアイビスの胸が高鳴る。
「アイビス、今日はまだしていないぞ?」
「っ!」
何を、と聞くのは流石に無粋だろう。
ギュッと布団を握りしめたままの手を包み込むようにヴェルナーの手が握る。そのままそっと布団を下ろされて露わになった唇に、柔らかな感触が降ってくる。
ちゅ、ちゅっと何度も触れては離れてを繰り返す。
アイビスはキュッと唇を引き結んでいたのだが、力を抜いて恐る恐る喰むようにヴェルナーのキスに応えてみた。
アイビスからすれば精一杯の行動であったが、その僅かな動きはヴェルナーのスイッチを思い切り押し込んでしまったらしい。
「んん、んんぅ?!」
グッと後頭部と枕の隙間にヴェルナーの手が潜り込んできて、触れるような優しいキスが唇を覆い尽くすような獰猛なキスに変わる。
酸素を求めて顔を捩っても、またすぐに唇を覆われてしまう。
いつのまにかのしかかるようにヴェルナーの身体が乗り上げてきていて、アイビスの両手はベッドに縫い付けられている。ぎゅうっと強く手を握れば、ヴェルナーもぎゅっと握り返してくれて胸が切なくなる。
ずし、と感じるヴェルナーの重みが何だかとてもリアルで、一層アイビスの心を掻き乱す。
「はぁっ、はぁ……か、加減してよね」
「悪い、辛抱できなかった」
ようやく解放された頃にはすっかり息が上がってしまい、アイビスは涙の膜が張った瞳で精一杯ヴェルナーを睨みつけた。
ドサっと倒れるように横たわったヴェルナーは、その視線に気付くときまりが悪そうに頬を掻いた。
「……それじゃあ、夜も更けてきたし寝るか」
「……そうね、おやすみなさい」
二人はどちらからともなく、コツンと額を合わせて身を寄せ合った。自然とヴェルナーの背中に腕を回したアイビスは、多幸感に包まれながら眠りの世界へと堕ちていった。
20
お気に入りに追加
305
あなたにおすすめの小説
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
孤独な王子の世話を焼いていたら、いつの間にか溺愛されていました
Karamimi
恋愛
人魚の血を引くエディソン伯爵家の娘、ステファニーは、海の動物と話しが出来たり、海の中でも呼吸する事が出来る。
そんなステファニーは、昔おばあ様からよく聞かされた人魚と伯爵の恋の話が大好きで
“自分にもいつか心から愛する人に出会える、それまではこの領地で暮らそう”
そう決め、伯爵領でのんびりと暮らしていた。
そんなある日、王都にいるはずのお父様が1人の少年を連れてやって来た。話を聞くと、彼はこの国の第一王子で、元王妃様と国王の子供との事。
第一王子を疎ましく思っている現王妃によって命を狙わている為、王都から離れた伯爵領でしばらく面倒を見る事になった。
ちょこちょこ毒を吐く王子に対し、顔を真っ赤にして怒りながらも、お節介を焼くステファニー。王子と一緒に過ごすうちに、いつしかステファニーの中に恋心が芽生え始めた。
そんな中王都の海では、次々と異変が起こり始めていて…
ファンタジーに近い恋愛ものです(*'▽')
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる