【完結】もふもふ好きの前向き人魚姫は獣人王子をもふもふしたいっ!

水都 ミナト

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第42話 念願叶って

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「お、お前なぁ……」

 耳元で大声を上げたマリアンヌにより、ラルフの鼓膜は揺さぶられてキーンと甲高い耳鳴りがした。不意打ちであったため、ラルフは大いに顰めっ面をしながら両耳を押さえた。
 ラルフの両手が塞がったことで、抱擁から解放されたマリアンヌは、思わず叫んでしまったことを詫びる。

「あら、失礼いたしました」
「それで、なんだ?」

 じとりとラルフに睨まれるが、マリアンヌの目は爛々と輝き、周囲にはぶわりと花が舞っているように見える。もしマリアンヌに獣人のような尻尾があったなら、ぶんぶん振り回して風を巻き起こしていたことだろう。

「私!無事に戻りましたわ!」
「ん?ああ、そうだな。三日前にな」
「ええ!ですから……約束を忘れたとは言わせませんよ!?」
「約束……?」

 ふんふん鼻息の荒いマリアンヌに対して、未だ耳鳴りがする耳を押さえながら記憶を辿るように視線を上向けるラルフ。

「出立前、無事に戻ったら触らせてくれると言ったではありませんか!そのふわふわもふもふのお耳と尻尾を…!」
「ああ……そうだったな。すっかり忘れていた」

 はぁはぁと恍惚な表情を浮かべ、涎を垂らしながらラルフに迫るマリアンヌ。ラルフはいつものマリアンヌに呆れつつも、一つため息を落とすとマリアンヌの手を取った。

「いいぞ、約束だからな。……だがこれだけは覚えておけ。俺が誰かに耳や尻尾を触らせることはそうない。マリアンヌにだけ、特別に、だからな」
「んまぁぁぁ……光栄です!はぁ、はぁ……では早速」

 ラルフの言葉の裏を一切理解していないマリアンヌの視界には、もうふわふわの耳しか入っていない。
 ラルフはため息を再び落とすと、ぐっとマリアンヌの手を自らの耳へと導いた。

 ふわっ

「~~~~っ!?!?!!!?!?!」

 震える手で、ラルフの毛並みのいい耳に触れる。柔らかな産毛からしっかりとした毛まで、マリアンヌの手は幸せの海へと沈み込む。たまらずもう一方の手も空いた耳へと伸ばし、マリアンヌは両手で両耳をふにふにと触った。

(や、柔らかいわぁぁあ~~~!!!ふわっふわ…それでいてしっかりとした太い毛もあって…場所によって肌触りや毛質も異なるのね…はぁん、最高ッッ!)

 はぁはぁ荒い呼吸で、幼い頃から憧れに憧れ続けた獣人の耳を堪能する。時折くすぐったそうに耳がぴくぴく動くのもまた可愛らしい。

 マリアンヌは夢中でラルフのもふもふの耳を触りまくる。ぐっと背伸びをして耳に全神経を持っていかれたマリアンヌは、自身がラルフに身体を委ね、抱きつくような体勢になっていることに全く気が付かない。
 ラルフはほのかに頬を染めて仏頂面をしつつも、マリアンヌが体勢を崩さないように腰を支えてやる。
 すぐ目の前にとろんとした眼差しのマリアンヌがいるため、ラルフは居た堪れなかった。

(誰かに見られたら面倒だな、これは)

 ラルフは苦笑しつつ、マリアンヌが与えるもどかしい感覚に耐えた。獣人は耳も尻尾も他者に触られることを嫌う。もちろん敏感な箇所であり、弱点としている者も多いからであるが、マリアンヌはそんな場所を許される意味を分かっているのだろうか。

(ま、こいつが幸せそうなら、いいか)

 その後ソファに場所を移して、尻尾の隅々まで堪能させてもらったマリアンヌは、満足してラルフから離れた。

「はぁ……幸せ……ラルフ様、また触らせてくださいね?」

 昇天しそうなほどうっとりした顔で、表情筋が職務放棄しているマリアンヌがそう言うと、ラルフは僅かに考える素振りを見せた。

「いいぞ」
「やったわっ!!ありがとうございます!!」
「俺と結婚すれば、いつでも好きな時に触らせてやる」
「まぁっ!それはそれは………………え?結、婚?」

 いつでも愛すべきもふもふを味わえるなんて素敵!とだらしなく弛む頬を支えるマリアンヌは、ラルフが発した言葉にようやく意識がお花畑から戻ってくる。

 キョトンと目を瞬くマリアンヌに対し、ラルフはどこか覚悟を決めたようなスッキリとした凛々しい表情をしている。

「ああ。俺と結婚しよう、マリアンヌ」
「え、え、ええええええ!?!?」

 マリアンヌは一呼吸遅れて顔を真っ赤にすると、アワアワと目を泳がせる。咄嗟に隣に座るラルフから距離を取ろうとしたが、それは許されなかった。

 がっしりと両手をラルフに捉えられてしまったのだ。

「マリアンヌ、よく聞け。最初こそとんでもない女だと思っていたが、交流を重ねてよく分かった。お前が種族に囚われない広い考えを持ち、そしてその理想を実現しうる力をも持つということを。それだけじゃない、コロコロ変わる表情や、本能に忠実な素直なところ、裏表がなく、芯が強く決して折れないところにも俺は惹かれている。それに、その……よく見れば、か、可愛い、と、思うし……」
「ら、らるふ様……?」

 真っ直ぐに、だが照れ臭そうに、ラルフが伝えようとしていることに、流石のマリアンヌも思い至る。『よく見れば』は余計だが、それもラルフの照れ隠しなのだろう。

 かぁぁっと顔が熱くなり、目の前の凛々しい獣人から目が離せなくなる。その眩いほどの金色の瞳には、まるで恋する少女のような自分が映っていて、ますます動揺する。

「マリアンヌ、俺はお前が好きだ。一緒に獣人と魚人の未来を繋いでいきたいと考えている」
「ラルフ様……っ」


 マリアンヌは獣人が好きだ。愛していると言っても過言ではない。
 マリアンヌの夢はそんな獣人と結婚をして生涯愛すべきもふもふに囲まれて暮らすこと。

 その夢は今も昔も変わっていない。

 だけれど、変わったことが一つだけあった。
 そのことに、ずっと気付かなかった――いや、気付かない振りをしていたのは他でもないマリアンヌ自身であった。

 ラルフと過ごす時、ラルフのことを考える時、これまで感じたことのない胸の温もりや高鳴りを感じていた。
 それは決してラルフが獣人だからという理由だけではない。


 つまり、マリアンヌも――


「あ……えっと、その……わ、私も、ラルフ様のことが、好きです……」
「マリアンヌ……!」

 いつもの勢いはなりを潜めて、今にも消え入りそうな震える声でラルフの想いに応えるマリアンヌ。その赤らんだ目元にはじんわり涙も浮かんでいて、返事を受けたラルフはこれまでに見たことがないほど優しい笑みを浮かべると、そっとマリアンヌの涙を拭うように唇を寄せた。

「あ、ああああ、あのっ、ら、ラルフ様っ!?」
「ん?なんだ?」

 そのままマリアンヌを抱き竦め、スリ、と頬を擦り寄せるラルフからは何だか甘い香りまで立ち上っているようで、マリアンヌは目が回りそうになる。
 必死に意外と逞しい胸板を叩くと、僅かに出来た隙間にほっと息を漏らしつつ、胸の中で愛しい人を見上げた。

 ラルフは嬉しそうに、そして幸せそうに目元を和ませている。ようやく伴侶にしたいと強く願う女性を見つけ、その上想いを通わせたのだ。
 これまでのツンツンしたラルフとは一転し、全てを包み込むように愛おしそうにマリアンヌの頬を撫でている。

「さて、後で父上と母上にも報告しよう。ああ、マリアンヌのご両親にも挨拶しないとな……俺が海王国に行くことは可能なのか?うーむ、式は陸上でしたいが…どう思う?」
「え、ええっ!?」

 あれやこれやと今後のことを口にするラルフ。
 一方のマリアンヌはようやく自分の気持ちを自覚したばかり。

 あっという間に外堀を埋められそうな勢いに苦笑しつつ、不思議と嫌な気持ちは覚えなかった。
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