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第33話 会えない日々
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シャーロットの来訪により、王宮の様子はガラリと変わってしまった。
シャーロットは自国ではそれはそれは甘やかされて玉のように育てられたらしく、何でも自分の思う通りにいかないと癇癪を起こす気質らしい。シャーロットの世話を担うメイドたちが、日々目を回しそうになりながらも王宮を駆け回っている。何人か専属の侍女を連れては来ていたが、一応は客人となるため王宮のメイドも何人かついているのである。
ドレスが気に入らない、食事の好き嫌いも激しい、部屋に飾る花の香りが強過ぎる、などなど。振り回されるメイドたちが不憫でならない。彼女たちは、カミラの遠縁にあたるシャーロットを無碍にはできず、グッと堪えているのである。
そしてシャーロットは事あるごとにラルフに同行したがった。ラルフは政務も一部任されているため、街の視察や書類仕事もこなしているのだが、私も手伝うと言って聞かないようだ。
ラルフは強い姿勢で断固拒否しており、毎日王宮のあちこちでシャーロットとラルフの追いかけっこが繰り広げられている。獣人同士ともあれば、塀や生垣は軽々飛び越え、壁をもよじ登っていくため、激しい攻防戦が繰り広げられている。
全ての獣人を愛し、もふもふしたいという野望を持つマリアンヌですらラルフに心底同情してしまう。
シャーロットのような美人な獣人に追いかけられるなんて羨ましいと思ったのもほんの一刻のことで、あまりのしつこさにマリアンヌも思わず唸るほどだ。
その上、シャーロットはマリアンヌに異常な対抗心を燃やしており、ばったり王宮内で会おうものなら視線で射殺されてしまうのでは?と思うほど鋭い目で睨みつけられる。
マリアンヌとしては、シャーロットとも腹を割って話せば仲良くなれるかもしれないと考えており、話すきっかけが欲しいのだが、睨むだけ睨んで踵を返してどこかへ行ってしまうため、中々溝を埋めるのに苦労している。どうやら魚人であるマリアンヌと口を聞いてくれる気はないらしい。
ただでさえ好かれていないのに、ましてやシャーロットの守備範囲内でラルフと会話でもしようものなら、何をされるか想像もつかない。
お互いに何となくそのことを理解しているため、ラルフとマリアンヌはシャーロット来訪以来、二人きりで話したり出かけたりすることを避けるようになった。
そんな生活も一週間が経過しようとしていた。
「はぁ。今日も子供達は最高に可愛かったわ…学園は本当に天国だわぁ……ぐふ、ぐふふ」
ガタガタ揺れる馬車の中。
マリアンヌはテディと共に王立学園からの帰路についていた。
いつものように緩み切った頬を両手で支えるマリアンヌ。テディも無駄のない動きで素早くマリアンヌの涎を拭う。
「マリアンヌ様は子供達にすっかり懐かれておりますね。私も同行させていただくようになって、少しずつですが受け入れられている気がしております」
「うふふ。そうかしら?みんないい子たちだものね。テディも随分と子供達と仲良しさんだと思うわよ?」
マリアンヌが王宮の外に出る際は、ラルフかテディの同行が条件だ。だが、ここ数日はラルフはシャーロットから逃げるのことに必死でめっきり顔を合わせていない。
そのため、こうして外に出る際はテディがついて来て、初等部への訪問にも付き合ってもらうようになっていた。
「それにしても…いつまでこんな生活が続くのでしょう……メイド仲間が倒れてしまわないか心配です」
独り言を呟くように、テディがこぼした不安な気持ち。
テディはマリアンヌ専属なので、直接シャーロットの世話はしていないが、他のメイド達が疲弊する様を間近で見ているため、その心中は穏やかではなかろう。
「ラルフ様はどうしてシャーロット様の求婚を拒否されているのかしら?それは…まあ、少し我が強いお方だけれど、とても美しい獣人さんじゃない?王妃様の遠縁であれば家柄も申し分ないと思うし……」
「お気持ちがないからでしょう」
マリアンヌの疑問に、テディは潔いほどにズバリと答えた。
「実はザバン獣王国は歴代の王のほとんどが恋愛結婚なのです。国王陛下もラルフ様のお気持ちを第一に考えておられますので、婚約者を政略的に設けることはなさいません。王妃殿下も今回の滞在中にラルフ様と気持ちを通わせることができなければ、今後一切諦めるようにと仰っておりました。それに…シャーロット様はこの国のことは全く頭に無く、ラルフ様のことのみお考えですし、その……」
徐々に語尾がハッキリしなくなっていくテディであるが、何となく言わんとすることは伝わってしまった。
確かに、ラルフのパートナーとなる人が、この国の未来の王妃となるのだ。獣王国を明るく照らし、未来を考えられる人にこそ自国を導いてほしいと考えるのは道理である。
少し口は悪いが、世話焼きで責任感が強く、何よりこの国の未来を見据えているラルフ。
何故だかマリアンヌは、そんなラルフの隣に立つに相応しい人物になりたいと感じていた。
テディが黙り込んでしまったため、何気なく窓の外に視線を投げると、街は夕陽に染められて茜色に染まっていた。夕陽はラルフとの思い出が印象深い。
たった一週間であるが、もっとずっとラルフと会っていない気がする。一方的に逃げ惑う姿は遠目に眺めているのだが――
「…………会いたいわ」
テディに聞こえないほど小さな声で、マリアンヌは無意識のうちにそう呟いていた。
シャーロットは自国ではそれはそれは甘やかされて玉のように育てられたらしく、何でも自分の思う通りにいかないと癇癪を起こす気質らしい。シャーロットの世話を担うメイドたちが、日々目を回しそうになりながらも王宮を駆け回っている。何人か専属の侍女を連れては来ていたが、一応は客人となるため王宮のメイドも何人かついているのである。
ドレスが気に入らない、食事の好き嫌いも激しい、部屋に飾る花の香りが強過ぎる、などなど。振り回されるメイドたちが不憫でならない。彼女たちは、カミラの遠縁にあたるシャーロットを無碍にはできず、グッと堪えているのである。
そしてシャーロットは事あるごとにラルフに同行したがった。ラルフは政務も一部任されているため、街の視察や書類仕事もこなしているのだが、私も手伝うと言って聞かないようだ。
ラルフは強い姿勢で断固拒否しており、毎日王宮のあちこちでシャーロットとラルフの追いかけっこが繰り広げられている。獣人同士ともあれば、塀や生垣は軽々飛び越え、壁をもよじ登っていくため、激しい攻防戦が繰り広げられている。
全ての獣人を愛し、もふもふしたいという野望を持つマリアンヌですらラルフに心底同情してしまう。
シャーロットのような美人な獣人に追いかけられるなんて羨ましいと思ったのもほんの一刻のことで、あまりのしつこさにマリアンヌも思わず唸るほどだ。
その上、シャーロットはマリアンヌに異常な対抗心を燃やしており、ばったり王宮内で会おうものなら視線で射殺されてしまうのでは?と思うほど鋭い目で睨みつけられる。
マリアンヌとしては、シャーロットとも腹を割って話せば仲良くなれるかもしれないと考えており、話すきっかけが欲しいのだが、睨むだけ睨んで踵を返してどこかへ行ってしまうため、中々溝を埋めるのに苦労している。どうやら魚人であるマリアンヌと口を聞いてくれる気はないらしい。
ただでさえ好かれていないのに、ましてやシャーロットの守備範囲内でラルフと会話でもしようものなら、何をされるか想像もつかない。
お互いに何となくそのことを理解しているため、ラルフとマリアンヌはシャーロット来訪以来、二人きりで話したり出かけたりすることを避けるようになった。
そんな生活も一週間が経過しようとしていた。
「はぁ。今日も子供達は最高に可愛かったわ…学園は本当に天国だわぁ……ぐふ、ぐふふ」
ガタガタ揺れる馬車の中。
マリアンヌはテディと共に王立学園からの帰路についていた。
いつものように緩み切った頬を両手で支えるマリアンヌ。テディも無駄のない動きで素早くマリアンヌの涎を拭う。
「マリアンヌ様は子供達にすっかり懐かれておりますね。私も同行させていただくようになって、少しずつですが受け入れられている気がしております」
「うふふ。そうかしら?みんないい子たちだものね。テディも随分と子供達と仲良しさんだと思うわよ?」
マリアンヌが王宮の外に出る際は、ラルフかテディの同行が条件だ。だが、ここ数日はラルフはシャーロットから逃げるのことに必死でめっきり顔を合わせていない。
そのため、こうして外に出る際はテディがついて来て、初等部への訪問にも付き合ってもらうようになっていた。
「それにしても…いつまでこんな生活が続くのでしょう……メイド仲間が倒れてしまわないか心配です」
独り言を呟くように、テディがこぼした不安な気持ち。
テディはマリアンヌ専属なので、直接シャーロットの世話はしていないが、他のメイド達が疲弊する様を間近で見ているため、その心中は穏やかではなかろう。
「ラルフ様はどうしてシャーロット様の求婚を拒否されているのかしら?それは…まあ、少し我が強いお方だけれど、とても美しい獣人さんじゃない?王妃様の遠縁であれば家柄も申し分ないと思うし……」
「お気持ちがないからでしょう」
マリアンヌの疑問に、テディは潔いほどにズバリと答えた。
「実はザバン獣王国は歴代の王のほとんどが恋愛結婚なのです。国王陛下もラルフ様のお気持ちを第一に考えておられますので、婚約者を政略的に設けることはなさいません。王妃殿下も今回の滞在中にラルフ様と気持ちを通わせることができなければ、今後一切諦めるようにと仰っておりました。それに…シャーロット様はこの国のことは全く頭に無く、ラルフ様のことのみお考えですし、その……」
徐々に語尾がハッキリしなくなっていくテディであるが、何となく言わんとすることは伝わってしまった。
確かに、ラルフのパートナーとなる人が、この国の未来の王妃となるのだ。獣王国を明るく照らし、未来を考えられる人にこそ自国を導いてほしいと考えるのは道理である。
少し口は悪いが、世話焼きで責任感が強く、何よりこの国の未来を見据えているラルフ。
何故だかマリアンヌは、そんなラルフの隣に立つに相応しい人物になりたいと感じていた。
テディが黙り込んでしまったため、何気なく窓の外に視線を投げると、街は夕陽に染められて茜色に染まっていた。夕陽はラルフとの思い出が印象深い。
たった一週間であるが、もっとずっとラルフと会っていない気がする。一方的に逃げ惑う姿は遠目に眺めているのだが――
「…………会いたいわ」
テディに聞こえないほど小さな声で、マリアンヌは無意識のうちにそう呟いていた。
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