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第9話 獣人と魚人の隔たり④
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マリアンヌは柔らかな笑みを浮かべながら、ゆるゆる首を振っている。口元に涎の跡がついているのには触れない方が良さそうだ。
「殿下、いいのです。私は獣人さんとお話ができて嬉しかったです」
「はぁ!?お前、明らかに絡まれてただろうが。何か嫌なことでも言われたんだろう?」
「そうでしたかね…獣人さんとお話できた喜びで余り覚えておりませんが…あっ、私磯臭いですか?昨日しっかり湯浴みをしたのですが」
思案げに首を傾げるマリアンヌであるが、ラルフはとある言葉に過剰に反応した。
「『磯臭い』だと?そう言われたのか?」
「ええ」
「ちっ、やっぱり後を追って捉えるべきだったか」
苛立ちを露わにするラルフに、要領を得ていないマリアンヌはさらに首を傾ける。その様子にため息をつきながら、ラルフは事情を説明した。
「あのな、『磯臭い』ってのは魚人に対する侮蔑の言葉だ。一昔前の死語みたいなもんだが…まだそんな馬鹿なことを言う奴がいたとは…不快な思いをさせたな。国を代表して詫びよう」
「あら、気にしないでくださいまし。私は何も傷ついておりませんわ。それに、獣人の中には魚人にいい印象を持っていない方がいるのは分かっておりました。それを実際に目にして悲しい気持ちもありますが…うふふ、殿下のお話を聞いて私の野望に火がつきましたわ」
「お前の野望?」
めらりと瞳に火を灯すマリアンヌ。だらしない顔ばかり見せてきたが、その表情は凛々しく威厳に満ちていた。
「ええ、私は魚人と獣人が手を取り仲良くなれる日を夢見ておりますの。私は魚人も獣人もどちらも大好きです。お互いの魅力を知れば、きっと分かり合えるはずです。私たちに足りないのは相互理解ですわ」
ラルフは驚きの余り言葉に詰まってしまった。
――なぜなら、マリアンヌが野望と言ったことは、ラルフの目指す魚人と獣人の理想の関係であったからだ。
にっこりと笑みを深めるマリアンヌに、思わずラルフは言葉に詰まってしまう。マリアンヌが野望と語る夢物語は簡単には実現できないものなのだ。
古の時代――あらゆる種族が領土を拡大せんと争いを繰り広げていた悪き時代。その時の遺恨を未だに残す獣人と魚人の関係をどうにか改善したいと、ラルフも常々頭を悩ませていた。他の種族と同じように、気軽に国を行き来し、交友を深め、そして文化や考え方を理解し合う。同じテーブルを囲って家族や友人のことを語り合えたらどれほど楽しいことだろう。
ラルフは自らが王位を継いだ暁には、海王国との国交樹立を目指す考えである。
だが、そのためにもラルフはもっと魚人のことを知る必要があると感じている。そんな中突如現れた魚人の姫であるマリアンヌは、ラルフにとって非常に重要な人物となり得るのかもしれない。
(はぁ、魚人に抱いていた優美で知的なイメージは一夜にして崩れ落ちてしまったが…獣人に好意を抱いてくれているこの女を知ることは獣人と魚人の関係改善の一助となるかもしれんな)
いつかマリアンヌと、互いの国について腹を割って話してみるのもいいかもしれない。ラルフはもっとマリアンヌのことを知りたいと感じ始めていた。
だが、まずは当初の目的を果たさねばなるまい。
「そうだな。俺も獣人と魚人が手を取り合える日を望んでいる。ともかく今日の目的はドレスを買うことだ。店主も中で待っているしそろそろ入るぞ」
「まあ、そうでした!ドレスとっても楽しみですわね」
マリアンヌもここへ来た目的を思い出し、パァッと表情を綻ばせるとラルフに続いて店内への扉をくぐった。
「殿下、いいのです。私は獣人さんとお話ができて嬉しかったです」
「はぁ!?お前、明らかに絡まれてただろうが。何か嫌なことでも言われたんだろう?」
「そうでしたかね…獣人さんとお話できた喜びで余り覚えておりませんが…あっ、私磯臭いですか?昨日しっかり湯浴みをしたのですが」
思案げに首を傾げるマリアンヌであるが、ラルフはとある言葉に過剰に反応した。
「『磯臭い』だと?そう言われたのか?」
「ええ」
「ちっ、やっぱり後を追って捉えるべきだったか」
苛立ちを露わにするラルフに、要領を得ていないマリアンヌはさらに首を傾ける。その様子にため息をつきながら、ラルフは事情を説明した。
「あのな、『磯臭い』ってのは魚人に対する侮蔑の言葉だ。一昔前の死語みたいなもんだが…まだそんな馬鹿なことを言う奴がいたとは…不快な思いをさせたな。国を代表して詫びよう」
「あら、気にしないでくださいまし。私は何も傷ついておりませんわ。それに、獣人の中には魚人にいい印象を持っていない方がいるのは分かっておりました。それを実際に目にして悲しい気持ちもありますが…うふふ、殿下のお話を聞いて私の野望に火がつきましたわ」
「お前の野望?」
めらりと瞳に火を灯すマリアンヌ。だらしない顔ばかり見せてきたが、その表情は凛々しく威厳に満ちていた。
「ええ、私は魚人と獣人が手を取り仲良くなれる日を夢見ておりますの。私は魚人も獣人もどちらも大好きです。お互いの魅力を知れば、きっと分かり合えるはずです。私たちに足りないのは相互理解ですわ」
ラルフは驚きの余り言葉に詰まってしまった。
――なぜなら、マリアンヌが野望と言ったことは、ラルフの目指す魚人と獣人の理想の関係であったからだ。
にっこりと笑みを深めるマリアンヌに、思わずラルフは言葉に詰まってしまう。マリアンヌが野望と語る夢物語は簡単には実現できないものなのだ。
古の時代――あらゆる種族が領土を拡大せんと争いを繰り広げていた悪き時代。その時の遺恨を未だに残す獣人と魚人の関係をどうにか改善したいと、ラルフも常々頭を悩ませていた。他の種族と同じように、気軽に国を行き来し、交友を深め、そして文化や考え方を理解し合う。同じテーブルを囲って家族や友人のことを語り合えたらどれほど楽しいことだろう。
ラルフは自らが王位を継いだ暁には、海王国との国交樹立を目指す考えである。
だが、そのためにもラルフはもっと魚人のことを知る必要があると感じている。そんな中突如現れた魚人の姫であるマリアンヌは、ラルフにとって非常に重要な人物となり得るのかもしれない。
(はぁ、魚人に抱いていた優美で知的なイメージは一夜にして崩れ落ちてしまったが…獣人に好意を抱いてくれているこの女を知ることは獣人と魚人の関係改善の一助となるかもしれんな)
いつかマリアンヌと、互いの国について腹を割って話してみるのもいいかもしれない。ラルフはもっとマリアンヌのことを知りたいと感じ始めていた。
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「そうだな。俺も獣人と魚人が手を取り合える日を望んでいる。ともかく今日の目的はドレスを買うことだ。店主も中で待っているしそろそろ入るぞ」
「まあ、そうでした!ドレスとっても楽しみですわね」
マリアンヌもここへ来た目的を思い出し、パァッと表情を綻ばせるとラルフに続いて店内への扉をくぐった。
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