26 / 43
第26話 ラルフの誘い①
しおりを挟む
マリアンヌとラルフが獣王国立学園に訪問して、早くも二週間が経過した。
その間にマリアンヌとラルフは三度学園を訪問し、全ての初等部のクラスに水泳と走りの指導をした。運動祭に向けて、一クラスだけ指導したとなると流石に不公平だからと、続けて訪問することとなったのだ。
他のクラスに訪れる際も、あの日初めて交流した獣人の子供たちは、マリアンヌを見かけるたびに嬉しそうに話しかけてくれる。それが堪らなく嬉しくて仕方がない。子供たちと戯れるマリアンヌをラルフも目元を和ませながら見守ってくれた。
初回の訪問依頼、随分とラルフとは打ち解けたと思う。初対面ではボロクソに言われたものだが、ラルフも少しずつマリアンヌを認めて歩み寄ってくれているように感じる。
もちろんマリアンヌは愛しの獣人さんと仲良くなれるに越したことはないので、ラルフといい友人関係を築けていることが誇らしく、胸が満たされる思いである。
ちなみに、ラルフの中のマリアンヌへの信頼度が上がったことで、事前申請なしに街へ出かける許可が降りた。
「素敵な獣人さん!そしてお婿さん探しよぉー!」と大喜びで息巻き出陣しようとしたマリアンヌの首根っこを掴んで待ったをかけたのは、もちろんラルフである。
自国の民にマリアンヌの毒牙がかかるのを防ぐため、そして魚人の姫であるマリアンヌを守るため、街に出る時は必ずラルフかテディを同伴させるようにと追加で条件を出した。
テディは虎武術という四足獣の動きを元にした獣人武術に秀でており、護衛としても優秀なのだとか。
そんなこんなで時間さえ合えば街に繰り出すのが習慣となりつつあるマリアンヌである。
◇◇◇
「おい、行くぞ」
「行くとはどちらへ?」
そんなある日のおやつどき。
もはや恒例となったシェリルとのお茶会を終えたマリアンヌが、使用人の獣人たちを緩んだ顔で盗み見しながら王宮を散歩していると、不意にラルフに呼び止められた。
有無を言わさぬ声音に大人しく着いていくが、こんな時間からどこに行くというのか。今から街に出たとしてもあまりゆっくり散策はできない。
マリアンヌの心の内に気が付いているのだろう、ラルフはフッと笑みを漏らすと、「安心しろ、そう遠くはない」と言って歩みを進めた。
王宮を出て、街のメイン通りを並んで歩く。足の長いラルフはさりげなくマリアンヌの歩幅に合わせてくれている。そのことに随分前から気付いているマリアンヌの頬がニヨニヨ緩んでしまうのも仕方がなかろう。
「お前、足腰に自信はあるか?」
「…ラルフ様?」
尋ねるラルフに答えずに、マリアンヌは少し顎を上げて違うでしょう?と視線でラルフに訴える。
ラルフはマリアンヌの言わんとすることがすぐに分かったらしく、僅かに頬を染めて唇を尖らせた。気まずそうにくるりと尻尾が巻かれる。可愛い。
ラルフは結構照れ屋さんだとマリアンヌは思っているが、指摘しても怒られるだけなので心のうちに留めている。悶えるのは心の中だけにして平静を装うのだが、獣人は感情の機微が耳や尻尾に現れるのでたまらない。
(ああ、駄目だわ)
マリアンヌは意識していてもだらしなく緩んでしまう頬を両手で持ち上げた。
「……マ、マリアンヌは足腰に自信はあるか?」
「ええ、足腰の強さは自負しております」
密かに桃色の空をした妄想の世界を滑空していたマリアンヌは、ラルフの言葉に我に帰ると、満足げに微笑んだ。ラルフはまだマリアンヌを名前で呼ぶことに慣れないようで、どうしても前のように呼んでくる。でもそれも照れ隠し。(スケスケですわよ~!)と内心ときめいて狂喜乱舞しているが、表面上は平静を…装えなかった。だってラルフが可愛すぎる。
「でゅふふふ…」
「なんだよ、不気味なやつだな」
ラルフがドン引きしている。でもこの顔もすっかり見慣れたマリアンヌは気にしない。
「こほん、それで、目的地はどちらで?」
「着いてからのお楽しみだ」
気を取り直して尋ねるも、ラルフはどこか得意げな顔をして行く先を教えてくれない。それはそれで楽しいので、マリアンヌはさして気にした様子もなく、歩きながらも通りの獣人観察に勤しむ。
「お、マリアンヌちゃん!こんな時間からお出かけかい?」
「あー!マリアンヌ!また学園に来てくれよなっ!」
「あらあら、マリンちゃんは今日も可愛いわねえ」
道ゆく人々にとめどなく声をかけられるマリアンヌはニコニコ微笑みながら手を振り挨拶をする。その様子にラルフが目を見開きあんぐりと口を開いていた。
「お前、いつの間にそんなに国民達と打ち解けたんだ?」
「え?時間があれば街に出ては交友関係を広げておりましたの。魚屋の店主のおじさまに、カフェのお姉さん、公園でよくお会いするおばあさま、学園の子ども達も下校時間にお散歩してたらよく会いますわ。うふふ、ラルフ様、この国の皆様はとても温かくて優しいのですね!私、ますますこの獣王国と獣人さんが大好きになりましたわ!」
鼻唄混じりでうきうきと弾むように歩くマリアンヌ。
もしマリアンヌが獣人だったなら、千切れんばかりに尻尾を振りまくっていることだろう。そんな尻尾が目に浮かぶようで、ラルフは思わず吹き出した。
「ははっ!本当におかしな女だな、お前は」
「あら失礼ですこと!私は獣人さんを愛してやまないただの魚人ですのに」
ぷうっと膨れてみせるマリアンヌだが、それもおどけているだけだとラルフにはもう分かる。
(ったく、それが珍しいってのに…つくづく変な女だな)
マリアンヌのことを考えると、つい笑みが溢れるラルフであるが、もちろん本人はそのことに気付いていない。
ーーお互いに自覚はないが、二人の距離や信頼関係は着実に強固なものになりつつあった。
その間にマリアンヌとラルフは三度学園を訪問し、全ての初等部のクラスに水泳と走りの指導をした。運動祭に向けて、一クラスだけ指導したとなると流石に不公平だからと、続けて訪問することとなったのだ。
他のクラスに訪れる際も、あの日初めて交流した獣人の子供たちは、マリアンヌを見かけるたびに嬉しそうに話しかけてくれる。それが堪らなく嬉しくて仕方がない。子供たちと戯れるマリアンヌをラルフも目元を和ませながら見守ってくれた。
初回の訪問依頼、随分とラルフとは打ち解けたと思う。初対面ではボロクソに言われたものだが、ラルフも少しずつマリアンヌを認めて歩み寄ってくれているように感じる。
もちろんマリアンヌは愛しの獣人さんと仲良くなれるに越したことはないので、ラルフといい友人関係を築けていることが誇らしく、胸が満たされる思いである。
ちなみに、ラルフの中のマリアンヌへの信頼度が上がったことで、事前申請なしに街へ出かける許可が降りた。
「素敵な獣人さん!そしてお婿さん探しよぉー!」と大喜びで息巻き出陣しようとしたマリアンヌの首根っこを掴んで待ったをかけたのは、もちろんラルフである。
自国の民にマリアンヌの毒牙がかかるのを防ぐため、そして魚人の姫であるマリアンヌを守るため、街に出る時は必ずラルフかテディを同伴させるようにと追加で条件を出した。
テディは虎武術という四足獣の動きを元にした獣人武術に秀でており、護衛としても優秀なのだとか。
そんなこんなで時間さえ合えば街に繰り出すのが習慣となりつつあるマリアンヌである。
◇◇◇
「おい、行くぞ」
「行くとはどちらへ?」
そんなある日のおやつどき。
もはや恒例となったシェリルとのお茶会を終えたマリアンヌが、使用人の獣人たちを緩んだ顔で盗み見しながら王宮を散歩していると、不意にラルフに呼び止められた。
有無を言わさぬ声音に大人しく着いていくが、こんな時間からどこに行くというのか。今から街に出たとしてもあまりゆっくり散策はできない。
マリアンヌの心の内に気が付いているのだろう、ラルフはフッと笑みを漏らすと、「安心しろ、そう遠くはない」と言って歩みを進めた。
王宮を出て、街のメイン通りを並んで歩く。足の長いラルフはさりげなくマリアンヌの歩幅に合わせてくれている。そのことに随分前から気付いているマリアンヌの頬がニヨニヨ緩んでしまうのも仕方がなかろう。
「お前、足腰に自信はあるか?」
「…ラルフ様?」
尋ねるラルフに答えずに、マリアンヌは少し顎を上げて違うでしょう?と視線でラルフに訴える。
ラルフはマリアンヌの言わんとすることがすぐに分かったらしく、僅かに頬を染めて唇を尖らせた。気まずそうにくるりと尻尾が巻かれる。可愛い。
ラルフは結構照れ屋さんだとマリアンヌは思っているが、指摘しても怒られるだけなので心のうちに留めている。悶えるのは心の中だけにして平静を装うのだが、獣人は感情の機微が耳や尻尾に現れるのでたまらない。
(ああ、駄目だわ)
マリアンヌは意識していてもだらしなく緩んでしまう頬を両手で持ち上げた。
「……マ、マリアンヌは足腰に自信はあるか?」
「ええ、足腰の強さは自負しております」
密かに桃色の空をした妄想の世界を滑空していたマリアンヌは、ラルフの言葉に我に帰ると、満足げに微笑んだ。ラルフはまだマリアンヌを名前で呼ぶことに慣れないようで、どうしても前のように呼んでくる。でもそれも照れ隠し。(スケスケですわよ~!)と内心ときめいて狂喜乱舞しているが、表面上は平静を…装えなかった。だってラルフが可愛すぎる。
「でゅふふふ…」
「なんだよ、不気味なやつだな」
ラルフがドン引きしている。でもこの顔もすっかり見慣れたマリアンヌは気にしない。
「こほん、それで、目的地はどちらで?」
「着いてからのお楽しみだ」
気を取り直して尋ねるも、ラルフはどこか得意げな顔をして行く先を教えてくれない。それはそれで楽しいので、マリアンヌはさして気にした様子もなく、歩きながらも通りの獣人観察に勤しむ。
「お、マリアンヌちゃん!こんな時間からお出かけかい?」
「あー!マリアンヌ!また学園に来てくれよなっ!」
「あらあら、マリンちゃんは今日も可愛いわねえ」
道ゆく人々にとめどなく声をかけられるマリアンヌはニコニコ微笑みながら手を振り挨拶をする。その様子にラルフが目を見開きあんぐりと口を開いていた。
「お前、いつの間にそんなに国民達と打ち解けたんだ?」
「え?時間があれば街に出ては交友関係を広げておりましたの。魚屋の店主のおじさまに、カフェのお姉さん、公園でよくお会いするおばあさま、学園の子ども達も下校時間にお散歩してたらよく会いますわ。うふふ、ラルフ様、この国の皆様はとても温かくて優しいのですね!私、ますますこの獣王国と獣人さんが大好きになりましたわ!」
鼻唄混じりでうきうきと弾むように歩くマリアンヌ。
もしマリアンヌが獣人だったなら、千切れんばかりに尻尾を振りまくっていることだろう。そんな尻尾が目に浮かぶようで、ラルフは思わず吹き出した。
「ははっ!本当におかしな女だな、お前は」
「あら失礼ですこと!私は獣人さんを愛してやまないただの魚人ですのに」
ぷうっと膨れてみせるマリアンヌだが、それもおどけているだけだとラルフにはもう分かる。
(ったく、それが珍しいってのに…つくづく変な女だな)
マリアンヌのことを考えると、つい笑みが溢れるラルフであるが、もちろん本人はそのことに気付いていない。
ーーお互いに自覚はないが、二人の距離や信頼関係は着実に強固なものになりつつあった。
10
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説

一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!
音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。
愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。
「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。
ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。
「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」
従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる