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第30話 王妃凱旋
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「ところで、運動祭はいかがでしたか?」
「ん?ああそうだな。みんなよく頑張っていたぞ」
「ふふふ、そうですか。それは何よりです」
食事が進み、デザートが運ばれるのを待つ間、マリアンヌは気になっていた運動祭のことを尋ねた。
聞くところによると、目玉のリレーはイザベラのクラスが優勝したらしい。他のクラスも拮抗していたようだが、競泳でのダニエルの活躍が目覚ましかったという。それを聞いてマリアンヌは大いに喜んだ。ダニエルもすっかり自信をつけて、笑顔を見せることも増えたとラルフも嬉しそうだ。
「ああ、そうだ。ダニエルからお前にと手紙を預かってきたんだ。部屋に戻ったら読んでやるといい」
「まぁっ!嬉しいです。ありがとうございます」
ラルフは思い出したように懐に手を入れると、一通の便箋を取り出した。無地の淡い水色の便箋で、可愛らしい字で『マリアンヌへ』と書かれている。マリアンヌはふにゃりと頬が緩むのを感じながら両手で大事に手紙を受け取った。部屋に戻ったらゆっくりと読ませてもらおう。それから返事を書こう。
◇◇◇
楽しく和やかな空気を破って扉が開け放たれたのは、皆がデザートを食べ終わった頃であった。
飛び込んできたのは城の衛兵で、全力で駆けてきたのか膝に手をついてゼェゼェと肩で息をしている。
「騒々しいな。何事だ」
「はっ!たっ、たた大変ですっ!!お、おおおお王妃殿下が…!」
衛兵はレナード王の呼びかけで、しゃんと背筋を正して敬礼するが、その言葉は動揺しすぎてまごついている。
王妃と聞いてレナード王の眉がピクリと反応した。シェリルとラルフも何事かと固唾を飲んで見守っている。
「王妃がどうかしたのか?」
「王妃殿下の乗った馬車が先ほど入門所を通過したと連絡が入りました!間も無く帰城するとのことです!!」
「な、なんだと!?」
衛兵の報告に、がたんと立ち上がったのはレナード王だけではなかった。
「たっ、たた大変っ!お母様にもらったドレスにすぐに着替えなくっちゃ!」
「お、おおお落ち着け。別に取って食われるわけじゃない。そのままでも大丈夫だろう」
「おおおお王妃を出迎える準備をせねばならんな!すぐに王門に向かうぞ!」
(すっごい慌てぶり…指輪の一件で王妃殿下は怖い方かと思っていたのだけれど、どんなお方なのかしら。というか私ここに居ていいのかしら?)
流石に久々の家族が集まる場に部外者は余計だろうと、マリアンヌも立ちあがろうとしたその時だった。
「みんな元気そうじゃな。出迎えがなくて寂しいぞ?」
凛と鈴を鳴らすような伸びやかな声が食堂に響き、その場はシンと静まり返った。
マリアンヌが恐る恐る視線を扉に向けると、そこには目を見張るほど美しい獣人の姿があった。
腰までの長さのサラサラとした絹糸のような銀髪、透き通るような白い肌、頭の上には見るからにふわふわとした大きな尖った耳。前髪は眉毛にかかるほどの長さで切り揃えられており、顔の左右にかかる髪は顎ほどの長さに整えられている。
薄い水色の綿毛があしらわれた豪華な扇子を僅かに開いて口元を隠していて、孔雀色のマーメイドドレスがスラリと長い四肢の美しさを際立たせている。そして一際目を引くのはゆらゆらと優雅に揺れる大きな尻尾だ。髪と同じ銀色の尻尾は揺れるたびに光を反射して煌めいている。
(なんて美しい人なの…息をするのも忘れそうだわ)
マリアンヌがうっとりと王妃殿下に見惚れていると、レナード王が素早く王妃殿下に駆け寄り、恭しく膝をついて王妃の手を取った。
「おお、カミラ。健勝そうで何よりだ。帰りを待ち侘びていたぞ」
レナード王はそう言うと、王妃殿下――カミラの手の甲に唇を落とした。
「すまんな。驚かせようと思って帰国の便りを出さなかったのじゃ。可愛い我が子たちも元気そうで何よりじゃ」
「お母様!おかえりなさい!」
「母上、おかえりなさい」
シェリルはぴょこぴょこ耳を跳ねさせながらカミラに駆け寄ると、ぎゅうっとその腰に飛びついた。カミラはよろけることなくシェリルを受け止めると、愛おしそうに目を細めながらシェリルの頭をふわりと撫でた。
「ふふ、シェリルは相変わらず可愛いのう。体調はどうじゃ?無理はしておらんか?」
「もうっ、お母様ったら心配性なんだから。大丈夫よ!」
「ラルフはどうじゃ?変わったことはなかったか?」
「はい、特段変わったことは……あー、なかったです」
歯切れの悪いラルフの言葉に、カミラは怪訝な顔をした。そしてラルフが一瞬チラ見したマリアンヌにゆっくりと視線を移した。
「…ところで、先ほどからそこにおるお主は誰じゃ?」
「っ!申し遅れました。私はマリアンヌ・セイレーンと申します。シーウッド海王国の第七皇女でございます」
「……海王国?ということは、お主は魚人なのか?」
鋭い目で射抜かれたマリアンヌは、慌てて淑女の礼をして名乗った。マリアンヌの出身地を聞いて、カミラの目がすうっと細められる。
流石のマリアンヌもカミラの放つ圧に居住まいを正す。つう、と背筋を冷たい汗が伝う。
「は、はい。さようでございます」
「ほう……なぜ魚人がこの城におるのじゃ…?それにそのドレス…ふむ」
ピリリとした緊張感が肌を刺す。
カミラはゆっくりと歩み寄ると、扇子でマリアンヌの顎をくいっと持ち上げた。そして見定めるように頭の先から足の先まで視線を滑らせた。
美しすぎるご尊顔が眼前に迫り、マリアンヌは息をするのも忘れそうになる。
(き、緊張するわ…!もしかして王妃殿下は魚人がお嫌い…?それにこのドレスがラルフ様を思わせることに気付いていらっしゃるわ…!)
しばらくじっとマリアンヌを見つめていたカミラは、パタンとセンスを畳んだ。顕になった形のいい唇は艶やかな桃色をしている。
「……おもしろい」
カミラの美しい唇はニンマリと弧を描いた。
「ん?ああそうだな。みんなよく頑張っていたぞ」
「ふふふ、そうですか。それは何よりです」
食事が進み、デザートが運ばれるのを待つ間、マリアンヌは気になっていた運動祭のことを尋ねた。
聞くところによると、目玉のリレーはイザベラのクラスが優勝したらしい。他のクラスも拮抗していたようだが、競泳でのダニエルの活躍が目覚ましかったという。それを聞いてマリアンヌは大いに喜んだ。ダニエルもすっかり自信をつけて、笑顔を見せることも増えたとラルフも嬉しそうだ。
「ああ、そうだ。ダニエルからお前にと手紙を預かってきたんだ。部屋に戻ったら読んでやるといい」
「まぁっ!嬉しいです。ありがとうございます」
ラルフは思い出したように懐に手を入れると、一通の便箋を取り出した。無地の淡い水色の便箋で、可愛らしい字で『マリアンヌへ』と書かれている。マリアンヌはふにゃりと頬が緩むのを感じながら両手で大事に手紙を受け取った。部屋に戻ったらゆっくりと読ませてもらおう。それから返事を書こう。
◇◇◇
楽しく和やかな空気を破って扉が開け放たれたのは、皆がデザートを食べ終わった頃であった。
飛び込んできたのは城の衛兵で、全力で駆けてきたのか膝に手をついてゼェゼェと肩で息をしている。
「騒々しいな。何事だ」
「はっ!たっ、たた大変ですっ!!お、おおおお王妃殿下が…!」
衛兵はレナード王の呼びかけで、しゃんと背筋を正して敬礼するが、その言葉は動揺しすぎてまごついている。
王妃と聞いてレナード王の眉がピクリと反応した。シェリルとラルフも何事かと固唾を飲んで見守っている。
「王妃がどうかしたのか?」
「王妃殿下の乗った馬車が先ほど入門所を通過したと連絡が入りました!間も無く帰城するとのことです!!」
「な、なんだと!?」
衛兵の報告に、がたんと立ち上がったのはレナード王だけではなかった。
「たっ、たた大変っ!お母様にもらったドレスにすぐに着替えなくっちゃ!」
「お、おおお落ち着け。別に取って食われるわけじゃない。そのままでも大丈夫だろう」
「おおおお王妃を出迎える準備をせねばならんな!すぐに王門に向かうぞ!」
(すっごい慌てぶり…指輪の一件で王妃殿下は怖い方かと思っていたのだけれど、どんなお方なのかしら。というか私ここに居ていいのかしら?)
流石に久々の家族が集まる場に部外者は余計だろうと、マリアンヌも立ちあがろうとしたその時だった。
「みんな元気そうじゃな。出迎えがなくて寂しいぞ?」
凛と鈴を鳴らすような伸びやかな声が食堂に響き、その場はシンと静まり返った。
マリアンヌが恐る恐る視線を扉に向けると、そこには目を見張るほど美しい獣人の姿があった。
腰までの長さのサラサラとした絹糸のような銀髪、透き通るような白い肌、頭の上には見るからにふわふわとした大きな尖った耳。前髪は眉毛にかかるほどの長さで切り揃えられており、顔の左右にかかる髪は顎ほどの長さに整えられている。
薄い水色の綿毛があしらわれた豪華な扇子を僅かに開いて口元を隠していて、孔雀色のマーメイドドレスがスラリと長い四肢の美しさを際立たせている。そして一際目を引くのはゆらゆらと優雅に揺れる大きな尻尾だ。髪と同じ銀色の尻尾は揺れるたびに光を反射して煌めいている。
(なんて美しい人なの…息をするのも忘れそうだわ)
マリアンヌがうっとりと王妃殿下に見惚れていると、レナード王が素早く王妃殿下に駆け寄り、恭しく膝をついて王妃の手を取った。
「おお、カミラ。健勝そうで何よりだ。帰りを待ち侘びていたぞ」
レナード王はそう言うと、王妃殿下――カミラの手の甲に唇を落とした。
「すまんな。驚かせようと思って帰国の便りを出さなかったのじゃ。可愛い我が子たちも元気そうで何よりじゃ」
「お母様!おかえりなさい!」
「母上、おかえりなさい」
シェリルはぴょこぴょこ耳を跳ねさせながらカミラに駆け寄ると、ぎゅうっとその腰に飛びついた。カミラはよろけることなくシェリルを受け止めると、愛おしそうに目を細めながらシェリルの頭をふわりと撫でた。
「ふふ、シェリルは相変わらず可愛いのう。体調はどうじゃ?無理はしておらんか?」
「もうっ、お母様ったら心配性なんだから。大丈夫よ!」
「ラルフはどうじゃ?変わったことはなかったか?」
「はい、特段変わったことは……あー、なかったです」
歯切れの悪いラルフの言葉に、カミラは怪訝な顔をした。そしてラルフが一瞬チラ見したマリアンヌにゆっくりと視線を移した。
「…ところで、先ほどからそこにおるお主は誰じゃ?」
「っ!申し遅れました。私はマリアンヌ・セイレーンと申します。シーウッド海王国の第七皇女でございます」
「……海王国?ということは、お主は魚人なのか?」
鋭い目で射抜かれたマリアンヌは、慌てて淑女の礼をして名乗った。マリアンヌの出身地を聞いて、カミラの目がすうっと細められる。
流石のマリアンヌもカミラの放つ圧に居住まいを正す。つう、と背筋を冷たい汗が伝う。
「は、はい。さようでございます」
「ほう……なぜ魚人がこの城におるのじゃ…?それにそのドレス…ふむ」
ピリリとした緊張感が肌を刺す。
カミラはゆっくりと歩み寄ると、扇子でマリアンヌの顎をくいっと持ち上げた。そして見定めるように頭の先から足の先まで視線を滑らせた。
美しすぎるご尊顔が眼前に迫り、マリアンヌは息をするのも忘れそうになる。
(き、緊張するわ…!もしかして王妃殿下は魚人がお嫌い…?それにこのドレスがラルフ様を思わせることに気付いていらっしゃるわ…!)
しばらくじっとマリアンヌを見つめていたカミラは、パタンとセンスを畳んだ。顕になった形のいい唇は艶やかな桃色をしている。
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カミラの美しい唇はニンマリと弧を描いた。
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