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第22話 獣王国立学園初等部④
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マリアンヌに指名され、オロオロと視線を泳がせるダニエル。マリアンヌはすいーっとプールサイドに寄ると、ダニエルをじっと見つめた。
「あなた、カバの加護を受けているんですって?」
「あ…うん、そう…」
「そう。とっても素敵な加護を受けたのね」
「えっ!?そ、そんなこと初めて言われた…僕、いつもノロマでグズだって馬鹿にされて…」
「まぁ、ひどいわね。きっとみんなあなたの本当の魅力に気がついていないんだわ。ねぇ、ダニエル。あなたは今のままでいいの?あなた自身がもっと自分に自信を持たなくちゃ」
マリアンヌの言葉に、ダニエルはハッと目を見開いて顔を上げた。
視線の先にはにこやかに微笑む美しい魚人の姿がある。いつもカバカバと蔑まれてきたダニエルを素敵だと言ってくれたのは、奇しくもダニエルと同じ獣人ではなく、未知の存在である魚人であった。
ダニエルは、覚悟を決めたようにキュッと唇を噛み締めた。
「嫌だ…僕は、僕は変わりたい」
「そう、よく言ったわ!じゃあサクッと競泳の代表の座を勝ち取ってしまいましょう!」
「えぇっ!?でも僕、泳ぐの苦手で…」
「私がいるわ。安心して、こちらへいらっしゃい」
プールの水深は二メートルほどある。初等部の子供たちにとっては深過ぎて恐ろしいのだろう。
ダニエルはそっとプールを覗き込んで、ごくりと生唾を飲み込んだ。だが、視線を上げれば、マリアンヌが優しく手を差し出してくれている。ダニエルは覚悟を決めてその手を取った。
「あぷっ、はぁっ、沈む…!」
「大丈夫、落ち着いて、力を抜くのよ」
プールに滑り込んだダニエルの後ろに回り込み、マリアンヌはそっとその身体を支える。そしてぷかぷかと一緒に水中を漂った。
「う、浮いてる…」
「ね?できたでしょう?どう、気持ちいいわよねぇ」
「うん、気持ちいい」
水に優しく包み込まれ、地上とは違う浮遊感が心地いい。ダニエルはそのまま仰向けになり、プカリと水面に浮かんだ。空が真っ青に澄み渡っている。ダニエルはずっと俯いていたので、こんなに清々しい空を見たのは随分と久しぶりだった。
「そのまま足を交互に動かしてみて」
「う、うん…」
マリアンヌに手を引かれ、ダニエルは身体の向きを変える。もたもたとまごつきながらも、両足を交互に動かしてバタ足をする。ゆったりとその身体が前進するが、とても競泳選手として通用するものではない。
ダニエルの様子をじっと観察していたマリアンヌは、プールサイドで心配そうに見守っているイザベラに声をかけた。
「イザベラ先生。リレーでは決められた距離を走破すればよろしいのですか?その方法に決まりはございますの?」
「え?いえ、ゴールに辿り着けさえすれば…泳ぎ方には特にルールはありません」
「そう」
満足げににこりと笑ったマリアンヌは、再びダニエルの側へ泳いでいく。
「ねぇ、ダニエル。カバってね、時速六十キロで水中を移動することができるのよ。知っていた?」
「えっそうなの!?で、でも僕そんなに速く泳げそうにないよ…」
「ふふ、実はね、カバは泳ぐのが得意じゃないの」
「ええっ!?」
ダニエルが驚いて身体を起こしたため、沈まないようにそっと支えてやる。泳ぐのが苦手でどうやってそんなに速く移動できるのか。ダニエルの顔にはそう書いてある。
「カバはね、水底を蹴って進んでいるのよ。すごいでしょう?」
「えっ…水中を走ってる、ってこと?」
「そう!だからきっとダニエルにもできるんじゃないかと思うの。私がフォローするから試してみましょう?」
「う、うん…でもどうすれば…」
「まずは肺一杯に空気を吸い込んで。息を止めたら思いっきり潜って耳抜きをしましょう。身体が沈んで底に足がついたら、思いっきり蹴ってみて」
「わ、分かった。やってみる」
マリアンヌに言われた通り、ダニエルは深く深く息を吸うと、覚悟を決めて水中に潜った。
鼻を摘んで耳から空気を吐き出す。ブクブクと身体が沈み、やがてプールの底に辿り着いた。
(えっと…思いっきり、蹴る!)
ダニエルはぐっと足に力を入れると、力の限り水底を蹴った。すると、ぐんっと身体が前進した。驚いた拍子に逆の足で水底を蹴る。また身体が水を切って前進する。面白いように身体が水中を進んでいく。ダニエルは両手で水を掻くようにして、呼吸が続く限り水底を走った。
なんだか温かくて不思議な力に身を包まれているような心地がした。思ってた以上に呼吸も続く。太陽の光が白い光の筋となって水中に差し込んでいる。キラキラと光が弾けてとても綺麗だ。
ダニエルは楽しくなってどんどんと水中を進み続けた。
「あなた、カバの加護を受けているんですって?」
「あ…うん、そう…」
「そう。とっても素敵な加護を受けたのね」
「えっ!?そ、そんなこと初めて言われた…僕、いつもノロマでグズだって馬鹿にされて…」
「まぁ、ひどいわね。きっとみんなあなたの本当の魅力に気がついていないんだわ。ねぇ、ダニエル。あなたは今のままでいいの?あなた自身がもっと自分に自信を持たなくちゃ」
マリアンヌの言葉に、ダニエルはハッと目を見開いて顔を上げた。
視線の先にはにこやかに微笑む美しい魚人の姿がある。いつもカバカバと蔑まれてきたダニエルを素敵だと言ってくれたのは、奇しくもダニエルと同じ獣人ではなく、未知の存在である魚人であった。
ダニエルは、覚悟を決めたようにキュッと唇を噛み締めた。
「嫌だ…僕は、僕は変わりたい」
「そう、よく言ったわ!じゃあサクッと競泳の代表の座を勝ち取ってしまいましょう!」
「えぇっ!?でも僕、泳ぐの苦手で…」
「私がいるわ。安心して、こちらへいらっしゃい」
プールの水深は二メートルほどある。初等部の子供たちにとっては深過ぎて恐ろしいのだろう。
ダニエルはそっとプールを覗き込んで、ごくりと生唾を飲み込んだ。だが、視線を上げれば、マリアンヌが優しく手を差し出してくれている。ダニエルは覚悟を決めてその手を取った。
「あぷっ、はぁっ、沈む…!」
「大丈夫、落ち着いて、力を抜くのよ」
プールに滑り込んだダニエルの後ろに回り込み、マリアンヌはそっとその身体を支える。そしてぷかぷかと一緒に水中を漂った。
「う、浮いてる…」
「ね?できたでしょう?どう、気持ちいいわよねぇ」
「うん、気持ちいい」
水に優しく包み込まれ、地上とは違う浮遊感が心地いい。ダニエルはそのまま仰向けになり、プカリと水面に浮かんだ。空が真っ青に澄み渡っている。ダニエルはずっと俯いていたので、こんなに清々しい空を見たのは随分と久しぶりだった。
「そのまま足を交互に動かしてみて」
「う、うん…」
マリアンヌに手を引かれ、ダニエルは身体の向きを変える。もたもたとまごつきながらも、両足を交互に動かしてバタ足をする。ゆったりとその身体が前進するが、とても競泳選手として通用するものではない。
ダニエルの様子をじっと観察していたマリアンヌは、プールサイドで心配そうに見守っているイザベラに声をかけた。
「イザベラ先生。リレーでは決められた距離を走破すればよろしいのですか?その方法に決まりはございますの?」
「え?いえ、ゴールに辿り着けさえすれば…泳ぎ方には特にルールはありません」
「そう」
満足げににこりと笑ったマリアンヌは、再びダニエルの側へ泳いでいく。
「ねぇ、ダニエル。カバってね、時速六十キロで水中を移動することができるのよ。知っていた?」
「えっそうなの!?で、でも僕そんなに速く泳げそうにないよ…」
「ふふ、実はね、カバは泳ぐのが得意じゃないの」
「ええっ!?」
ダニエルが驚いて身体を起こしたため、沈まないようにそっと支えてやる。泳ぐのが苦手でどうやってそんなに速く移動できるのか。ダニエルの顔にはそう書いてある。
「カバはね、水底を蹴って進んでいるのよ。すごいでしょう?」
「えっ…水中を走ってる、ってこと?」
「そう!だからきっとダニエルにもできるんじゃないかと思うの。私がフォローするから試してみましょう?」
「う、うん…でもどうすれば…」
「まずは肺一杯に空気を吸い込んで。息を止めたら思いっきり潜って耳抜きをしましょう。身体が沈んで底に足がついたら、思いっきり蹴ってみて」
「わ、分かった。やってみる」
マリアンヌに言われた通り、ダニエルは深く深く息を吸うと、覚悟を決めて水中に潜った。
鼻を摘んで耳から空気を吐き出す。ブクブクと身体が沈み、やがてプールの底に辿り着いた。
(えっと…思いっきり、蹴る!)
ダニエルはぐっと足に力を入れると、力の限り水底を蹴った。すると、ぐんっと身体が前進した。驚いた拍子に逆の足で水底を蹴る。また身体が水を切って前進する。面白いように身体が水中を進んでいく。ダニエルは両手で水を掻くようにして、呼吸が続く限り水底を走った。
なんだか温かくて不思議な力に身を包まれているような心地がした。思ってた以上に呼吸も続く。太陽の光が白い光の筋となって水中に差し込んでいる。キラキラと光が弾けてとても綺麗だ。
ダニエルは楽しくなってどんどんと水中を進み続けた。
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