【完結】もふもふ好きの前向き人魚姫は獣人王子をもふもふしたいっ!

水都 ミナト

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第20話 獣王国立学園初等部②

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(可愛い…可愛いが溢れているわ…ここは天国なのかしら?)

 訪問先のクラスに足を踏み入れたマリアンヌは、皇女らしい上品な笑みを携えたまま、内心で狂喜乱舞していた。二十人の獣人の幼子たちがマリアンヌを見て「誰?」と首を傾げたり、ひそひそと内緒話をしている。クリクリとしたつぶらな瞳が四十個マリアンヌに向いている。その瞳には好奇心の色が滲んでおり、キラキラと輝いている。

「今日は約束通り徒競争の指導に来た。こちらは今、王宮に客人として滞在している海王国の姫君だ。おい、自己紹介できるか?」
「はいっ!私、マリアンヌ・セイレーンと申します。海王国の第七皇女で将来獣人さんとの結婚を夢見ておりますの。ぜひ仲良くしてくださいな」

 ラルフに促され、優雅にお辞儀をしながら自己紹介をしたマリアンヌ。

 海王国と聞いて、クラスがざわりと波立った。「すごーい」と好奇心の色を濃くする子供もいれば、「魚人がどうして…」と訝しげな顔をする子供もいる。反応はそれぞれであるが、ある程度想定内なので、マリアンヌはニコリと優美な笑みを浮かべた。

「はい。皆さんもご存知の通り、ラルフ殿下はこの国一の俊足です。ぜひ今日は殿下に早く走るコツやノウハウを聞いて運動祭に向けて頑張っていきましょうね」
「「「はーい、先生」」」

 クラスの担任であるイザベラがにこやかな笑みを浮かべながら生徒たちに声をかけた。イザベラは丸眼鏡をかけ、いつもにこやかな女教師だ。キリンの加護を受け、スラリとした長身である。

「ラルフ殿下、ちょうど運動祭当日の走者を選出していたところなんですよ。レベッカ、続きをお願いね」
「はい、先生!」

 イザベラに声をかけられたレベッカという名の少女は、淡いグレーの髪をしたキリッと気の強そうな女の子であった。胸の名札には学級委員長のバッヂがついている。

 レベッカは、ラルフとマリアンヌと入れ替わって教壇に立つと、凛と通る声で場を仕切り始めた。

「じゃあ、休憩前に話していた続きを決めるわ!残るは目玉のリレーの選手よ。徒競走に立候補していたのは、イーサン、エイダン、マシューの三人ね。競泳は立候補者がいないようだけど、他薦でもいいわ。誰かいない?」

 ラルフとマリアンヌは、イザベラが用意してくれた椅子に腰掛けてクラスの様子を見学した。レベッカの掛け声で、ザワザワと賑やかさを増していくクラス。獣人は陸を走ることは得意だが、水中を泳ぐことが苦手な人も多いらしい。見学しながらこっそりとラルフが教えてくれた。

「はいはーい。ダニエルがいいと思いまーす」

 その時、誰かが選手を推薦する声が上がった。途端にシン、と場が静まり返った。

「えっ…ぼ、僕!?」

 ダニエルと呼ばれた少年は、教壇の前に座っていた。
 突然の指名に、顔を真っ白にして少し震えている。赤銅色の髪と瞳をした垂れ目で愛嬌のある男の子だ。頭に控えめについている小さな耳は、ペタッと伏してしまっている。

「だってダニエルはカバの加護を受けてるから水中は得意だろう?」

 クスクスと嘲笑する声がして、ダニエルはぎゅっと拳を握りしめながら俯いてしまった。

「えーでもカバってノロマじゃない?ダニエルもおっとりしてるし大事なリレーの選手を任せても大丈夫なの?」
「それもそうだなぁ」
「ダニエルに任せるのはちょっと…」

 あちらこちらで不満や心配する声が上がり、ダニエルはますます俯いてしまっている。

(まぁっ、カバを馬鹿にすると痛い目を見るわよ。そんなことも知らないのかしら)

 クラスの雰囲気に内心で憤慨するマリアンヌであるが、隣に座るラルフも不快感を露わにしているようだ。

「はーい、そこまで。やっぱり競泳はみんな倦厭しがちねぇ…この後グラウンドでラルフ殿下に走り方の指導をしてもらう前に、プール際に泳いで代表を決めましょうか」
「「えぇー」」
「はい、じゃあ水着を持って移動して。更衣室で着替えたらプールサイドに集合すること!いいわね?」

 イザベラがパチンと手を叩くと、それを合図に生徒たちはゾロゾロと着替えの袋を抱えて移動していく。中には不満げに文句を言っている生徒もいるようで、水泳はあまり生徒に好かれていないのかと少し寂しい気持ちになるマリアンヌである。

 生徒たちが出て行った後、マリアンヌとラルフもプールへと向かう。

「あのダニエルとかいう生徒、少し心配だな」
「ええ…カバの加護もとても素敵ですのに。見ましたか!?あの可愛くってちっちゃなお耳!もふもふとはまた違った魅力があって…素敵だわぁ」
「お前の守備範囲の広さに驚くぞ」
「それより、カバの加護を受けた獣人さんもいるのですね。私てっきり、もふもふふさふさな獣の加護ばかりかと思っておりました。勉強不足ですわね」
「まぁ、そんなイメージを持つのも仕方ないだろう。実際にカバの加護は希少だし、他にも両生類や爬虫類の加護を受ける者もいる。とても数は少なく、亜種のような存在ではあるが…その分生きづらさを感じている者もいるのだろうな」
「そうですか…」

 ラルフも先ほどのダニエルの姿を思い返しているのだろう。苦々しげな表情を浮かべている。マリアンヌからすれば、加護を受ける動物によってその人の優劣が決まるわけではなく、それぞれに長所がある。そのことをここの子供達には知って欲しいし、学んで欲しいと僭越ながら感じてしまう。

「ああ、ラルフ殿下。運動祭当日のことについて少しお話よろしいか?」
「校長」

 移動中に通過した職員室から、白髪の男性が現れた。どうやらこの学園の校長先生らしい。ラルフはチラリとマリアンヌに視線を投げる。

「一人で先に行けるか?イザベラ先生に少し遅れると伝えてくれ。すぐに行く」
「承知いたしましたわ」

 マリアンヌが頷くと、ラルフは校長と共に職員室に入って行った。運動祭では王族も来賓として出席するらしいので、そのあたりの調整だろう。
 マリアンヌは子供たちの後を追ってプールへと向かった。百メートルの縦幅を有する大きなプールだと聞いたので、タイミングがあれば少し泳がせてもらいたいなと浮き足立っマリアンヌであった。
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