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第19話 獣王国立学園初等部①
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「はぁ…楽しみですわね」
「相手は子供だからな。くれぐれも暴走するなよ」
「おほほ、もちろんですわ。流石の私も場を弁えますとも」
「信用ならんな…」
朝食会の後、支度が整ったマリアンヌとラルフは獣王国立学園に向かう馬車に揺られていた。シェリルと同じ年の頃の子供たちが通う初等部。多種多様な動物から加護を受けた獣人の子供たちはさぞ愛らしいに違いない。マリアンヌは期待に胸膨らませ、口角が上がって仕方がない。
その様子にもすっかり見慣れてしまったラルフは、窓辺に肘をついてため息をつく。
「父上の言う通り、未だ我が国には魚人にいい印象を持っていない者も多い。この間街で絡まれた奴らのことは覚えているだろう?どうしても根付いた偏見というものは払拭するのが困難でな…」
「あら、それはお互い様です。魚人も獣人は野蛮で獰猛な種族だと思い込んでいる者が多いですもの。はぁ…どうして獣人さんの魅力が分からないのか不思議でなりませんわ。ですが、魚人の姫である私が獣人さんと結婚をして幸せになれば、ある程度は民の考えが変わるのではないかと思っておりますわ。というわけで結婚しませんか?」
「お前の話は突拍子もなさすぎる!するわけないだろう!」
「あら残念です」
口ではそう言うものの、マリアンヌに凹んだ様子は見られない。
マリアンヌは以前獣人との結婚が夢であり野望だと語った。その相手が誰であれ、獣人であれば構わないのだろう。
それが分かるからこそ、ラルフはマリアンヌが冗談混じりで求婚してくるたびにモヤッと胸に引っ掛かるものを感じていた。
マリアンヌの人となりを知れば知るほど印象は好転しているのだが、ラルフはそのことを決して口には出さない。口に出したら認めたことになるし、何だか悔しいからだ。打ち明けた時のマリアンヌのにやけ顔が目に浮かぶようで、面白くない。
ラルフは気を取り直して再びマリアンヌに向かい合う。
「子供たちは活発で元気が有り余っている。相手をするのは少し骨が折れるぞ」
「あら、私は兄弟が多いので子供の相手は慣れておりますわ」
ふふんと得意げに胸を逸らすマリアンヌに、ラルフは僅かに笑みを溢し、窓の外に視線を投げた。そこには雲一つない青々とした爽やかな空が広がっている。
「子供は純真無垢だからな。それ故に…残酷な一面を持つ」
「え?」
『残酷』という子供に似つかわしくない単語に、マリアンヌは目を瞬かせる。
「子供は親の影響を大いに受ける。親が差別的だと、どうしてもその子供も同じ思想になりがちなんだよ。だからもし、嫌な思いをしたら必ず俺に言え」
「…分かりましたわ」
ラルフの言わんとすることを理解し、マリアンヌは笑みを深めた。純粋だからこそ、悪意なき言葉を投げかけられるかもしれない。そのことを杞憂し、気にかけてくれているのだ。
(やっぱり王子殿下は優しい人ね)
大好きな国を担う人物がラルフのような人でよかったと、マリアンヌは今朝感じた思いを改めて胸に抱いた。
◇◇◇
「はわ…はわわわ…あっちにも、こっちにも…!!」
「落ち着け。涎を拭け。表情を引き締めろ」
「む、無理ですわ…!だって、だってこんなにも愛くるしい獣人さんがたくさん…はぁぁん」
獣王国立学園の初等部に到着し、マリアンヌは興奮絶頂であった。今は休憩時間なのか、校庭や中庭、廊下のあちこちで小さい獣人の子供たちが元気に駆け回っているのだ。
その姿にマリアンヌは目を輝かせ、両手で頬を押さえるが、口元は緩み切って涎が垂れている。頬をバラ色に染め、はぁはぁと荒い息を吐く姿は不審者そのものである。ラルフは苦笑しつつもマリアンヌにハンカチを押し付けた。
「ありがとうございます」
「落ち着いたら今日訪問するクラスに行くぞ」
「はいっ!」
今朝聞いた話によると、王子殿下であるラルフが王立学園の初等部を訪れたのは、間も無く開催される学園の運動祭の視察のためだという。毎年気候のいい時期に開催される運動祭は、学園の子供たちとその保護者が列席する催しで、運動自慢の獣人にとっては誇らしい舞台らしい。
中でも目玉は、徒競走と競泳を組み合わせたリレーらしい。千メートルの距離を三人で繋ぎ、更に五百メートルの距離を二人で泳ぐという内容だ。各クラスでも足に自慢のある生徒が一同に会す運動祭の花形種目である。
ラルフは王国一の俊足と名高く、生徒たちに檄を入れる役目も担っているようだ。マリアンヌはラルフが走っている姿を未だ見たことがないため、目の前で見れることを楽しみにしていた。
長い廊下を歩き、目的の教室の前に到着した。
「落ち着いたか?入るぞ」
「ええ、大丈夫です。すー…はぁぁー…よしっ」
「…不安でしかない」
深く深呼吸をして気合いを入れるマリアンヌを横目に、ラルフは教室の扉に手をかけた。
「相手は子供だからな。くれぐれも暴走するなよ」
「おほほ、もちろんですわ。流石の私も場を弁えますとも」
「信用ならんな…」
朝食会の後、支度が整ったマリアンヌとラルフは獣王国立学園に向かう馬車に揺られていた。シェリルと同じ年の頃の子供たちが通う初等部。多種多様な動物から加護を受けた獣人の子供たちはさぞ愛らしいに違いない。マリアンヌは期待に胸膨らませ、口角が上がって仕方がない。
その様子にもすっかり見慣れてしまったラルフは、窓辺に肘をついてため息をつく。
「父上の言う通り、未だ我が国には魚人にいい印象を持っていない者も多い。この間街で絡まれた奴らのことは覚えているだろう?どうしても根付いた偏見というものは払拭するのが困難でな…」
「あら、それはお互い様です。魚人も獣人は野蛮で獰猛な種族だと思い込んでいる者が多いですもの。はぁ…どうして獣人さんの魅力が分からないのか不思議でなりませんわ。ですが、魚人の姫である私が獣人さんと結婚をして幸せになれば、ある程度は民の考えが変わるのではないかと思っておりますわ。というわけで結婚しませんか?」
「お前の話は突拍子もなさすぎる!するわけないだろう!」
「あら残念です」
口ではそう言うものの、マリアンヌに凹んだ様子は見られない。
マリアンヌは以前獣人との結婚が夢であり野望だと語った。その相手が誰であれ、獣人であれば構わないのだろう。
それが分かるからこそ、ラルフはマリアンヌが冗談混じりで求婚してくるたびにモヤッと胸に引っ掛かるものを感じていた。
マリアンヌの人となりを知れば知るほど印象は好転しているのだが、ラルフはそのことを決して口には出さない。口に出したら認めたことになるし、何だか悔しいからだ。打ち明けた時のマリアンヌのにやけ顔が目に浮かぶようで、面白くない。
ラルフは気を取り直して再びマリアンヌに向かい合う。
「子供たちは活発で元気が有り余っている。相手をするのは少し骨が折れるぞ」
「あら、私は兄弟が多いので子供の相手は慣れておりますわ」
ふふんと得意げに胸を逸らすマリアンヌに、ラルフは僅かに笑みを溢し、窓の外に視線を投げた。そこには雲一つない青々とした爽やかな空が広がっている。
「子供は純真無垢だからな。それ故に…残酷な一面を持つ」
「え?」
『残酷』という子供に似つかわしくない単語に、マリアンヌは目を瞬かせる。
「子供は親の影響を大いに受ける。親が差別的だと、どうしてもその子供も同じ思想になりがちなんだよ。だからもし、嫌な思いをしたら必ず俺に言え」
「…分かりましたわ」
ラルフの言わんとすることを理解し、マリアンヌは笑みを深めた。純粋だからこそ、悪意なき言葉を投げかけられるかもしれない。そのことを杞憂し、気にかけてくれているのだ。
(やっぱり王子殿下は優しい人ね)
大好きな国を担う人物がラルフのような人でよかったと、マリアンヌは今朝感じた思いを改めて胸に抱いた。
◇◇◇
「はわ…はわわわ…あっちにも、こっちにも…!!」
「落ち着け。涎を拭け。表情を引き締めろ」
「む、無理ですわ…!だって、だってこんなにも愛くるしい獣人さんがたくさん…はぁぁん」
獣王国立学園の初等部に到着し、マリアンヌは興奮絶頂であった。今は休憩時間なのか、校庭や中庭、廊下のあちこちで小さい獣人の子供たちが元気に駆け回っているのだ。
その姿にマリアンヌは目を輝かせ、両手で頬を押さえるが、口元は緩み切って涎が垂れている。頬をバラ色に染め、はぁはぁと荒い息を吐く姿は不審者そのものである。ラルフは苦笑しつつもマリアンヌにハンカチを押し付けた。
「ありがとうございます」
「落ち着いたら今日訪問するクラスに行くぞ」
「はいっ!」
今朝聞いた話によると、王子殿下であるラルフが王立学園の初等部を訪れたのは、間も無く開催される学園の運動祭の視察のためだという。毎年気候のいい時期に開催される運動祭は、学園の子供たちとその保護者が列席する催しで、運動自慢の獣人にとっては誇らしい舞台らしい。
中でも目玉は、徒競走と競泳を組み合わせたリレーらしい。千メートルの距離を三人で繋ぎ、更に五百メートルの距離を二人で泳ぐという内容だ。各クラスでも足に自慢のある生徒が一同に会す運動祭の花形種目である。
ラルフは王国一の俊足と名高く、生徒たちに檄を入れる役目も担っているようだ。マリアンヌはラルフが走っている姿を未だ見たことがないため、目の前で見れることを楽しみにしていた。
長い廊下を歩き、目的の教室の前に到着した。
「落ち着いたか?入るぞ」
「ええ、大丈夫です。すー…はぁぁー…よしっ」
「…不安でしかない」
深く深呼吸をして気合いを入れるマリアンヌを横目に、ラルフは教室の扉に手をかけた。
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