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第16話 ザバンの港と指輪②
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「えっと…こ、国王陛下でいらっしゃいますの?」
「ん?ああ、名乗っていなかったな。余はレナード・ザビンバーグ。この国を治める王であり、ここにいるラルフの父だ」
「さようでしたか…遅れましたが、私はマリアンヌ・セイレーンと申します。シーウッド海王国の第七皇女でございますわ」
「ああ、ラルフから聞いている。王宮で保護している魚人の姫とはお主のことだったのだな。すまんな、中々謁見の時間が取れず。ここしばらく指輪を探すのに忙しくてな…」
待ち望んでいた国王への謁見がこんな形で実現するとは思いもよらなかった。マリアンヌは恭しくお辞儀をしつつ、改めてレナード王に視線を移した。
確かに滲み出る品格、オーラ、威厳のある雰囲気……王と呼ぶに相応しい風格だ。だが、やっぱりどうみても幼い子供に見える。え、何歳なの?と思わずにはいられないマリアンヌである。
マリアンヌの疑問を感じ取ったのか、ラルフが溜息をつきつつ説明してくれる。
「父上は、凄まじく童顔なんだ。俺が生まれた頃から外見は全く変わらず衰えることを知らない。子供のように見えるが、実際は四十二歳だ」
「おい、ラルフよ。お客人に親の歳を言う奴があるか」
「いいでしょう。父上がそんな外見なのがややこしいんですよ」
「むう」
ラルフの言葉に不満そうに唇を尖らせるレナード王。どこからどう見ても兄に咎められて拗ねる弟の図である。可愛い。たまらない。ぐへへ。
「こほん、国王陛下は魅力的でとても素敵な殿方ですわ。ところでその指輪はひょっとすると…」
マリアンヌは緩んだ顔を引き締め直し、気になっていたことを尋ねた。
「……ああ、結婚指輪だ。妻に失くしたとバレると恐ろしいことになるところだった。本当に感謝する。マリアンヌ、お主は余の命の恩人だ」
「ええっ、大袈裟ですわ」
「いや、母上は怒ると物凄く怖いからな。俺からも礼を言うよ。今は外交のため隣国にいるが、帰国したら紹介する」
えっ、どれだけ恐妻なの?
獣王国の王妃様はさぞかし美しいのだろうが、会うのが少しだけ怖くなったマリアンヌである。
「それで、ラルフよ。漁港で何をしていたのだ?」
「いえ、最近の調子はどうかと確認したまでです…ですが、やはり需要に対する供給が不足しているようですね」
「うむ…獣人の中には肉よりも魚を好む者も多いからな。だが海の幸を乱獲するわけにもいくまい。それこそ海王国との関係にヒビが入るというものだ」
「あら、魚が足りていないのですか?」
ラルフとレナード王が重々しい雰囲気で話をする中、マリアンヌの陽気な声がその緊張を打ち破った。
「あ、ああ…だが、年間の漁獲量は海王国との取り決めで定められている。一方的に覆すわけには」
「確か、漁場も決められておりましたよね?実は、最近魚が増えすぎて海藻や珊瑚に被害が出ている区画がございますの。父に話せばその区画で漁の許可が下りると思いますわ」
ラルフの戸惑う声を遮り、マリアンヌは雄弁に語る。その提案に、レナード王は「ふむ」と思案気な顔をした。
「…なるほど、それも海王国の役割、というわけか」
「さようです。何事もバランスが大事なのです。魚が顕著に増えすぎると生態系のバランスが崩れます。プランクトンや微生物が少なくなり、他の生物や環境に影響を及ぼします。それに珊瑚を食べる魚もいまして…美しい珊瑚礁ができるまでには長き年月を要します。無惨に食い散らかされるのは忍びないのです。もちろん魚の減り過ぎもよくありません。国王陛下のおっしゃる通り、海の中の均衡を保ち、環境を守ることも海王国の務めなのです」
マリアンヌの話に、レナード王は感心したように頷いている。マリアンヌは承諾と受け取り、海辺に近づくと手を海中に入れてくるくると回した。すると今度はイルカが3頭ひょっこりと海面から顔を出した。
「久しぶりね。元気そうで何よりだわ。あのね、お父様に伝えて欲しいの。この間話していた区画の魚たちが増え過ぎている件について、獣王国に漁猟の許可を出して欲しいって…いえ、それよりもしっかりと条約を締結し直した方がいいわね。漁場の範囲に漁獲量はしっかりと決めておいた方がいいもの。そうお父様に言伝を頼めるかしら?…ふふ、ありがとう。いい子ね」
マリアンヌはイルカに言伝を頼むと、柔らかく微笑んでその頭を撫でた。イルカたちは嬉しそうにマリアンヌの手に擦り寄ると、キュイッとひと泣きして海の底へと潜っていった。
「魚人の姫よ。感謝する。獣王国と海王国で正式に条約を結び直すとしよう。ここからは余が責任を持って取り組もう」
「ええ、海王国にとってもいいお話ですから。よろしくお願いいたします」
満足げに腕を組むレナード王に対し、ラルフはぽけっと呆けた顔をしてマリアンヌを見つめていた。
「あら、なにか?」
「いや…お前もちゃんと海王国の姫なのだなと思ってな」
「え?前々からお伝えしておりましたよ?」
「……そうだな、なんでもない」
普段は獣人のお尻を追いかけてはハスハスと恍惚とした表情を浮かべているマリアンヌ。ラルフはどうしても、甘やかされて育った身勝手な姫かと誤解していたが、しっかりと海の平穏を守るために考え、行動しているマリアンヌを見て、その考えを改めた。
当人のマリアンヌは、ラルフからの評価の変化には気づかずに、キョトンと首を傾げていた。
「ん?ああ、名乗っていなかったな。余はレナード・ザビンバーグ。この国を治める王であり、ここにいるラルフの父だ」
「さようでしたか…遅れましたが、私はマリアンヌ・セイレーンと申します。シーウッド海王国の第七皇女でございますわ」
「ああ、ラルフから聞いている。王宮で保護している魚人の姫とはお主のことだったのだな。すまんな、中々謁見の時間が取れず。ここしばらく指輪を探すのに忙しくてな…」
待ち望んでいた国王への謁見がこんな形で実現するとは思いもよらなかった。マリアンヌは恭しくお辞儀をしつつ、改めてレナード王に視線を移した。
確かに滲み出る品格、オーラ、威厳のある雰囲気……王と呼ぶに相応しい風格だ。だが、やっぱりどうみても幼い子供に見える。え、何歳なの?と思わずにはいられないマリアンヌである。
マリアンヌの疑問を感じ取ったのか、ラルフが溜息をつきつつ説明してくれる。
「父上は、凄まじく童顔なんだ。俺が生まれた頃から外見は全く変わらず衰えることを知らない。子供のように見えるが、実際は四十二歳だ」
「おい、ラルフよ。お客人に親の歳を言う奴があるか」
「いいでしょう。父上がそんな外見なのがややこしいんですよ」
「むう」
ラルフの言葉に不満そうに唇を尖らせるレナード王。どこからどう見ても兄に咎められて拗ねる弟の図である。可愛い。たまらない。ぐへへ。
「こほん、国王陛下は魅力的でとても素敵な殿方ですわ。ところでその指輪はひょっとすると…」
マリアンヌは緩んだ顔を引き締め直し、気になっていたことを尋ねた。
「……ああ、結婚指輪だ。妻に失くしたとバレると恐ろしいことになるところだった。本当に感謝する。マリアンヌ、お主は余の命の恩人だ」
「ええっ、大袈裟ですわ」
「いや、母上は怒ると物凄く怖いからな。俺からも礼を言うよ。今は外交のため隣国にいるが、帰国したら紹介する」
えっ、どれだけ恐妻なの?
獣王国の王妃様はさぞかし美しいのだろうが、会うのが少しだけ怖くなったマリアンヌである。
「それで、ラルフよ。漁港で何をしていたのだ?」
「いえ、最近の調子はどうかと確認したまでです…ですが、やはり需要に対する供給が不足しているようですね」
「うむ…獣人の中には肉よりも魚を好む者も多いからな。だが海の幸を乱獲するわけにもいくまい。それこそ海王国との関係にヒビが入るというものだ」
「あら、魚が足りていないのですか?」
ラルフとレナード王が重々しい雰囲気で話をする中、マリアンヌの陽気な声がその緊張を打ち破った。
「あ、ああ…だが、年間の漁獲量は海王国との取り決めで定められている。一方的に覆すわけには」
「確か、漁場も決められておりましたよね?実は、最近魚が増えすぎて海藻や珊瑚に被害が出ている区画がございますの。父に話せばその区画で漁の許可が下りると思いますわ」
ラルフの戸惑う声を遮り、マリアンヌは雄弁に語る。その提案に、レナード王は「ふむ」と思案気な顔をした。
「…なるほど、それも海王国の役割、というわけか」
「さようです。何事もバランスが大事なのです。魚が顕著に増えすぎると生態系のバランスが崩れます。プランクトンや微生物が少なくなり、他の生物や環境に影響を及ぼします。それに珊瑚を食べる魚もいまして…美しい珊瑚礁ができるまでには長き年月を要します。無惨に食い散らかされるのは忍びないのです。もちろん魚の減り過ぎもよくありません。国王陛下のおっしゃる通り、海の中の均衡を保ち、環境を守ることも海王国の務めなのです」
マリアンヌの話に、レナード王は感心したように頷いている。マリアンヌは承諾と受け取り、海辺に近づくと手を海中に入れてくるくると回した。すると今度はイルカが3頭ひょっこりと海面から顔を出した。
「久しぶりね。元気そうで何よりだわ。あのね、お父様に伝えて欲しいの。この間話していた区画の魚たちが増え過ぎている件について、獣王国に漁猟の許可を出して欲しいって…いえ、それよりもしっかりと条約を締結し直した方がいいわね。漁場の範囲に漁獲量はしっかりと決めておいた方がいいもの。そうお父様に言伝を頼めるかしら?…ふふ、ありがとう。いい子ね」
マリアンヌはイルカに言伝を頼むと、柔らかく微笑んでその頭を撫でた。イルカたちは嬉しそうにマリアンヌの手に擦り寄ると、キュイッとひと泣きして海の底へと潜っていった。
「魚人の姫よ。感謝する。獣王国と海王国で正式に条約を結び直すとしよう。ここからは余が責任を持って取り組もう」
「ええ、海王国にとってもいいお話ですから。よろしくお願いいたします」
満足げに腕を組むレナード王に対し、ラルフはぽけっと呆けた顔をしてマリアンヌを見つめていた。
「あら、なにか?」
「いや…お前もちゃんと海王国の姫なのだなと思ってな」
「え?前々からお伝えしておりましたよ?」
「……そうだな、なんでもない」
普段は獣人のお尻を追いかけてはハスハスと恍惚とした表情を浮かべているマリアンヌ。ラルフはどうしても、甘やかされて育った身勝手な姫かと誤解していたが、しっかりと海の平穏を守るために考え、行動しているマリアンヌを見て、その考えを改めた。
当人のマリアンヌは、ラルフからの評価の変化には気づかずに、キョトンと首を傾げていた。
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