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第12話 麗しのお姫様③
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「ここだよー!」
シェリルに連れられて訪れたその場所は、中庭のさらに奥に位置していた。プールは扇型に形作られており、中心から弧に向かって深くなっているようだ。プールサイドにはヤシの木が等間隔で植えられ、南国風の装いで、想像以上の広さだった。
「広いわね…!」
「うん!夏の暑い日は使用人のみんなも自由に水浴びしていいんだよー」
「まあ!素敵ね!是非私もご一緒したいわ…でゅふふ」
「マリンちゃん、涎出てるよ」
「あら、失礼」
プールで水浴びをする獣人を想像し、途端に顔がゆるゆるになってしまったマリアンヌ。シェリルに指摘されて慌てて涎をハンカチで拭う。
マリアンヌが落ち着くまで待ちきれない様子のシェリルは、既にそわそわしている。キラキラと期待に満ちた目で見つめられ、マリアンヌは途端にとろけそうになるが、幼子の可愛い夢を叶えるために気を引き締める。
「では、よく見ていてくださいね」
「うんっ!」
マリアンヌは水深のある弧のサイドへと移動する。そして対岸にいるシェリルに向かって大きく手を振ると、タンッと軽やかに飛んで美しいフォームで水中へと飛び込んだ。
水はマリアンヌを優しく受け入れ、ほとんど水飛沫は上がらなかった。マリアンヌの脚とワンピースは瞬く間に鰭と鱗に変化し、軽く力を入れるとぐんっとスピードが上がる。
二日泳いでいないだけなのに水を纏う感覚が随分と久しぶりに感じる。
(やっぱりたまにはこうして鰭を伸ばすのも大事かしら)
なんてプールの端から端まで泳ぎながら、マリアンヌは思案する。
プールの水深は五メートルほどはありそうだ。底まで潜ったマリアンヌは、尾鰭を思いっきり振ってその推進力で勢いよく水面から飛び出した。
「わあ……」
空中に飛び上がったマリアンヌの鰭は太陽の光を反射してキラキラと虹色に光っている。艶やかなマリンブルーの髪が風に揺れる姿は神秘的で、飛び跳ねた水滴もまた日光を反射して、まるで宝石のようだ。
絵画のような美しさに、シェリルは息を呑んだ。無意識のうちに両手を胸の前で祈るように組んでいる。
(絵本よりもずっとずっと綺麗…)
まるで時が止まったように、シェリルはマリアンヌの姿に見惚れた。
ザブンッと再びマリアンヌが水中に潜った音でハッと我に返ると、シェリルは興奮冷めやらずに頬を上気させながら腕をぶんぶん振った。
「すごいすごいすごいー!マリンちゃん綺麗…!っ、げほっ、げほっ」
「シェリル?どうしたの、大丈夫!?」
ザバっと水面から顔を出したマリアンヌは、シェリルの様子がおかしいことにすぐに気がついた。急いで側まで泳いで行き、上半身を乗り上げてシェリルの様子を確認する。
「だい、じょうぶ、げほっ…いつものこと、だから…っ」
明らかに大丈夫ではない。胸を押さえて苦しそうに顔を歪ませている。
誰か助けを呼びに行くべきか。そう判断したマリアンヌがプールサイドに上ろうとした時、少し離れた中庭の方から見知った声がした。
「シェリル!こんなところにいたのか、探したぞ。お前また薬の時間だというのに…シェリル?シェリル!」
「王子殿下!」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは、ラルフであった。ラルフの位置からプールサイドまでは少し距離があったが、流石は獣人と言うべきか、飛ぶような速さであっという間に側まで走ってきた。
「お、お兄さま…げほっ、ごめ、なさい…」
「いいから喋るな。すぐに医務官のところへ行くぞ」
「はぁ、はぁ…大丈夫、です。少し落ち着いたから…ふぅ」
シェリルの言う通り、真っ白になっていた顔色は随分と落ち着いた様子である。だが、大事をとって医者に診てもらうべきだろう。
それよりも、シェリルの兄というのはラルフのことだったのか。ということは、シェリルは獣人の姫ということになる。
驚きを隠せないマリアンヌであるが、まずはラルフに詫びねばなるまい。
ざぶんと腕の力でプールサイドに上がり、淵に腰掛けて頭を下げる。
「殿下、申し訳ございません。シェリル、いえ、シェリル姫は私と遊んでくださっておりましたの。あまり強く叱らないであげてください」
「お前、…っ!?」
シェリルに連れられて訪れたその場所は、中庭のさらに奥に位置していた。プールは扇型に形作られており、中心から弧に向かって深くなっているようだ。プールサイドにはヤシの木が等間隔で植えられ、南国風の装いで、想像以上の広さだった。
「広いわね…!」
「うん!夏の暑い日は使用人のみんなも自由に水浴びしていいんだよー」
「まあ!素敵ね!是非私もご一緒したいわ…でゅふふ」
「マリンちゃん、涎出てるよ」
「あら、失礼」
プールで水浴びをする獣人を想像し、途端に顔がゆるゆるになってしまったマリアンヌ。シェリルに指摘されて慌てて涎をハンカチで拭う。
マリアンヌが落ち着くまで待ちきれない様子のシェリルは、既にそわそわしている。キラキラと期待に満ちた目で見つめられ、マリアンヌは途端にとろけそうになるが、幼子の可愛い夢を叶えるために気を引き締める。
「では、よく見ていてくださいね」
「うんっ!」
マリアンヌは水深のある弧のサイドへと移動する。そして対岸にいるシェリルに向かって大きく手を振ると、タンッと軽やかに飛んで美しいフォームで水中へと飛び込んだ。
水はマリアンヌを優しく受け入れ、ほとんど水飛沫は上がらなかった。マリアンヌの脚とワンピースは瞬く間に鰭と鱗に変化し、軽く力を入れるとぐんっとスピードが上がる。
二日泳いでいないだけなのに水を纏う感覚が随分と久しぶりに感じる。
(やっぱりたまにはこうして鰭を伸ばすのも大事かしら)
なんてプールの端から端まで泳ぎながら、マリアンヌは思案する。
プールの水深は五メートルほどはありそうだ。底まで潜ったマリアンヌは、尾鰭を思いっきり振ってその推進力で勢いよく水面から飛び出した。
「わあ……」
空中に飛び上がったマリアンヌの鰭は太陽の光を反射してキラキラと虹色に光っている。艶やかなマリンブルーの髪が風に揺れる姿は神秘的で、飛び跳ねた水滴もまた日光を反射して、まるで宝石のようだ。
絵画のような美しさに、シェリルは息を呑んだ。無意識のうちに両手を胸の前で祈るように組んでいる。
(絵本よりもずっとずっと綺麗…)
まるで時が止まったように、シェリルはマリアンヌの姿に見惚れた。
ザブンッと再びマリアンヌが水中に潜った音でハッと我に返ると、シェリルは興奮冷めやらずに頬を上気させながら腕をぶんぶん振った。
「すごいすごいすごいー!マリンちゃん綺麗…!っ、げほっ、げほっ」
「シェリル?どうしたの、大丈夫!?」
ザバっと水面から顔を出したマリアンヌは、シェリルの様子がおかしいことにすぐに気がついた。急いで側まで泳いで行き、上半身を乗り上げてシェリルの様子を確認する。
「だい、じょうぶ、げほっ…いつものこと、だから…っ」
明らかに大丈夫ではない。胸を押さえて苦しそうに顔を歪ませている。
誰か助けを呼びに行くべきか。そう判断したマリアンヌがプールサイドに上ろうとした時、少し離れた中庭の方から見知った声がした。
「シェリル!こんなところにいたのか、探したぞ。お前また薬の時間だというのに…シェリル?シェリル!」
「王子殿下!」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは、ラルフであった。ラルフの位置からプールサイドまでは少し距離があったが、流石は獣人と言うべきか、飛ぶような速さであっという間に側まで走ってきた。
「お、お兄さま…げほっ、ごめ、なさい…」
「いいから喋るな。すぐに医務官のところへ行くぞ」
「はぁ、はぁ…大丈夫、です。少し落ち着いたから…ふぅ」
シェリルの言う通り、真っ白になっていた顔色は随分と落ち着いた様子である。だが、大事をとって医者に診てもらうべきだろう。
それよりも、シェリルの兄というのはラルフのことだったのか。ということは、シェリルは獣人の姫ということになる。
驚きを隠せないマリアンヌであるが、まずはラルフに詫びねばなるまい。
ざぶんと腕の力でプールサイドに上がり、淵に腰掛けて頭を下げる。
「殿下、申し訳ございません。シェリル、いえ、シェリル姫は私と遊んでくださっておりましたの。あまり強く叱らないであげてください」
「お前、…っ!?」
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