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第5話 魚人の姫
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なんということだ。
言われてみれば、ラルフは口は悪いがどこか滲み出るような気品がある。高貴で豪奢なこの豪邸も、もしかすると王宮なのか。
王子だと聞いて色々と納得したマリアンヌであるが、相手が王族であるならばそれ相応の挨拶をせねばならない。あろうことかマリアンヌは未だベッドの上にいる。
マリアンヌはするりとベッドから降り立つと、ワンピースの裾を掴んで恭しくお辞儀をした。マリンウッド海王国ではカーテシーの作法も幼い頃から教え込まれているため、マリアンヌのそれも大変優雅な所作で、ラルフは思わずたじろいでしまった。
「ザバン獣王国の王子殿下とは知らずに、数々の無礼失礼いたしました。改めまして私、シーウッド海王国の第七皇女、マリアンヌ・セイレーンでございます。以後末長くお見知り置きくださいませ」
「は…?皇女、だと?」
にっこりと満面の笑みで挨拶をするマリアンヌに対し、ラルフの目はまんまるに見開かれていく。キリッとした目つきも素敵だが、クリクリ丸まった目も愛らしいと緩みそうになる頬を懸命に引き締めるマリアンヌ。ラルフは色々と情報過多な脳内を整理する。
あまりにも常識外れな言動、変態だがところどころで醸し出る品の良さに優雅な所作。育ちがいいのだろうとは薄々感じていたが、流石に王族というのは信じ難いのだが…
「いや、待て…セイレーン…そうだ、海王国の王家の名が確かセイレーンだったな。だとすれば虚言ではなく本当に?」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、認め難い事実を咀嚼していく。最後にはがくりと肩を落として深く息を吐いた。
(獣人さんが吐いた桃色吐息…!瓶に詰めて保管してはいけないかしら…)
憧れ続けた獣人、しかもその王子を前にして元々外れかけていた思考のネジがぶっ飛ぶマリアンヌ。結局引き締めきれずにふにゃりと頬が緩んだマリアンヌをどこか諦めた目で見据えつつラルフが口を開いた。
「魚人の姫を路頭に迷わせるわけにはいかない。我が国に滞在する間はこの部屋を使うといい。父や使用人達には客人として扱うよう俺から伝えておく」
「まあぁぁぁ…!いいのですか?ありがとうございます…!私、未来永劫この国に滞在するつもりですが、よろしいのでしょうか?はっ!もしかして…一生俺の側にいろということでしょうか!?こほん、そのプロポーズ謹んでお受けいたしますわ!」
「はぁ!?お前その都合のいい思考回路どうにかしろよ!何をどう解釈すればそうなるんだよ!」
「いやですわ、そんなに照れられては私も恥ずかしくなって参りますわ」
「照れてない!…はぁ、お前と話しているとドッと疲れるな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めていないし頬を染めるな」
マリアンヌとの会話でどこか頬がこけたように見えるラルフである。
「長旅で疲れが溜まっているだろう。食事を運ばせるからとにかく休め。明日にでもなぜ魚人の姫が獣王国にいるのか、経緯や目的をゆっくり聞かせてもらおう」
「ええ、まずはお互いのことを知るところからですわね。これまでの生い立ちから今日に至るまで私のことを全てお話しいたします。お求めとあらば少し恥ずかしいですが…スリーサイズも」
「いや、そこまでは求めていない」
ラルフは右手を胸の前まで上げてピシャリとマリアンヌの言葉を否定する。両頬を手で包み込んだまま妄想の世界に飛び立つマリアンヌを放置し、ラルフは再び顎に手を当てる。
(魚人は獣人にあまりいい印象を抱いていないはず…逆もまた然りだが、この女の目的はなんだ?もしかして国を代表して獣王国の偵察にでも来たのか?それともまさか国交を結びに…?いや、海王国の国王は聡明だと聞く。そんな重要なことをこの変な女に一任するわけがないな)
マリアンヌはただ幼い頃から憧れ続けた獣人に会いたいがために獣王国に来たのだが、そんなこととは露知らず、ラルフは突然の魚人の姫の登場にただひたすらに頭を悩ませるのであった。
言われてみれば、ラルフは口は悪いがどこか滲み出るような気品がある。高貴で豪奢なこの豪邸も、もしかすると王宮なのか。
王子だと聞いて色々と納得したマリアンヌであるが、相手が王族であるならばそれ相応の挨拶をせねばならない。あろうことかマリアンヌは未だベッドの上にいる。
マリアンヌはするりとベッドから降り立つと、ワンピースの裾を掴んで恭しくお辞儀をした。マリンウッド海王国ではカーテシーの作法も幼い頃から教え込まれているため、マリアンヌのそれも大変優雅な所作で、ラルフは思わずたじろいでしまった。
「ザバン獣王国の王子殿下とは知らずに、数々の無礼失礼いたしました。改めまして私、シーウッド海王国の第七皇女、マリアンヌ・セイレーンでございます。以後末長くお見知り置きくださいませ」
「は…?皇女、だと?」
にっこりと満面の笑みで挨拶をするマリアンヌに対し、ラルフの目はまんまるに見開かれていく。キリッとした目つきも素敵だが、クリクリ丸まった目も愛らしいと緩みそうになる頬を懸命に引き締めるマリアンヌ。ラルフは色々と情報過多な脳内を整理する。
あまりにも常識外れな言動、変態だがところどころで醸し出る品の良さに優雅な所作。育ちがいいのだろうとは薄々感じていたが、流石に王族というのは信じ難いのだが…
「いや、待て…セイレーン…そうだ、海王国の王家の名が確かセイレーンだったな。だとすれば虚言ではなく本当に?」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、認め難い事実を咀嚼していく。最後にはがくりと肩を落として深く息を吐いた。
(獣人さんが吐いた桃色吐息…!瓶に詰めて保管してはいけないかしら…)
憧れ続けた獣人、しかもその王子を前にして元々外れかけていた思考のネジがぶっ飛ぶマリアンヌ。結局引き締めきれずにふにゃりと頬が緩んだマリアンヌをどこか諦めた目で見据えつつラルフが口を開いた。
「魚人の姫を路頭に迷わせるわけにはいかない。我が国に滞在する間はこの部屋を使うといい。父や使用人達には客人として扱うよう俺から伝えておく」
「まあぁぁぁ…!いいのですか?ありがとうございます…!私、未来永劫この国に滞在するつもりですが、よろしいのでしょうか?はっ!もしかして…一生俺の側にいろということでしょうか!?こほん、そのプロポーズ謹んでお受けいたしますわ!」
「はぁ!?お前その都合のいい思考回路どうにかしろよ!何をどう解釈すればそうなるんだよ!」
「いやですわ、そんなに照れられては私も恥ずかしくなって参りますわ」
「照れてない!…はぁ、お前と話しているとドッと疲れるな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めていないし頬を染めるな」
マリアンヌとの会話でどこか頬がこけたように見えるラルフである。
「長旅で疲れが溜まっているだろう。食事を運ばせるからとにかく休め。明日にでもなぜ魚人の姫が獣王国にいるのか、経緯や目的をゆっくり聞かせてもらおう」
「ええ、まずはお互いのことを知るところからですわね。これまでの生い立ちから今日に至るまで私のことを全てお話しいたします。お求めとあらば少し恥ずかしいですが…スリーサイズも」
「いや、そこまでは求めていない」
ラルフは右手を胸の前まで上げてピシャリとマリアンヌの言葉を否定する。両頬を手で包み込んだまま妄想の世界に飛び立つマリアンヌを放置し、ラルフは再び顎に手を当てる。
(魚人は獣人にあまりいい印象を抱いていないはず…逆もまた然りだが、この女の目的はなんだ?もしかして国を代表して獣王国の偵察にでも来たのか?それともまさか国交を結びに…?いや、海王国の国王は聡明だと聞く。そんな重要なことをこの変な女に一任するわけがないな)
マリアンヌはただ幼い頃から憧れ続けた獣人に会いたいがために獣王国に来たのだが、そんなこととは露知らず、ラルフは突然の魚人の姫の登場にただひたすらに頭を悩ませるのであった。
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