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第十二話 陽菜と両親の話②
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『正直、どうしよっかな~って思ったよ? まさか買われるとは思ってなかったし。ずっと隠れてひっそりと過ごすこともできたけど、隠れてばかりの日々にも飽き飽きしていたからね』
「その割にノリノリだった気がするけどな……」
小鳥遊と初めて出会った日のことを思い出す。うん、だいぶテンション高めだった気がする。
『第一印象は大事でしょ? それに、少し話しただけで悠馬はいい人だって分かったから』
「……ふうん」
『あ、照れた』
「うるせ、照れてない」
俺は大学に入ってから人と最低限の関わりしか持ってこなかった。だから、実は小鳥遊と毎日他愛のない話をすることで、かなり人と話すことへの苦手意識が和らいでいた。
圭一と友達になろうという気になったのも、小鳥遊との会話が楽しかったからでもある。あちこち一緒に旅して、俺の世界の狭さを痛感した。そして、世界を狭めていたのは、他でもない俺自身だということにもようやく思い至ることができた。
ならば、閉じた世界をこじ開けるのも、俺にしかできないことだと思った。
だから、一歩踏み出すことにした。
その後押しとなったのは、小鳥遊の存在だった。本人には言わないけどな。
「さて……」
小鳥遊との不毛なやり取りを切り上げ、俺は小鳥遊家の豪邸を仰いだ。
小鳥遊に確認して、両親の休診日を選んで今日ここへやって来た。やって来たはいいが、どうするかな。
チャイムを鳴らして中へ入れてもらう? いや、いきなり訪ねてきた不審な男を易々と家の中に入れるか?
小鳥遊の母さんとは一応カメラ屋で顔を合わせているが、さすがに覚えていないだろうし、出てくるまで待つというのも現実的ではない。
うーん、と頭を悩ませていると、でかい玄関扉がガチャリと音を立てて開いた。
「えっ」
なんというタイミングだ。中から俯き加減で出て来たのは、小鳥遊の母さんだった。
「……そのカメラ……あなたは、あの時の?」
小鳥遊の母さんは、玄関前で立ち尽くしている俺に不審げな視線を投げたが、すぐに首から下げたカメラに気がついたようだ。目を眇めてジッと俺の顔を見てから、呟くように言葉を漏らした。俺のことを覚えているのか。
「こ、こんにちは。すみません、突然。ええっと……実は、小鳥遊……いや、陽菜、さんのことでお聞きしたいことがありまして」
「陽菜の……? あなた、一体?」
小鳥遊の名前を出した途端、小鳥遊の母さんは瞳を激しく揺らした。
「陽菜さんの友人です。このカメラを託されました」
「陽菜に……そう。そうだったの……ごめんなさい、玄関先で。よかったら上がってください。主人もおりますので」
なんと、家の中に上げてもらえるのか。俺が言うのもなんだが、ちょっと警戒心が足りないんじゃないか?
と心配になるが、きっとこのカメラが通行手形なのだろう。俺は遠慮なく豪邸の中にお邪魔した。
「すげ……」
玄関は大理石。廊下も壁も真っ白で清潔感はあるが、どこか寂しげで殺伐とした様相をしている。
通されたのはリビング。大きなソファにゆったりと腰掛けているのが、小鳥遊の父親だろうか。
『お父さん……』
小鳥遊が呟くように言ったので、どうやら父親らしいな。
「お邪魔します」
ペコリと頭を下げるも、小鳥遊の父さんは怪訝な顔をして問いかけるように小鳥遊の母さんを一瞥する。
「……陽菜の、友人なのですって。あの子のカメラを買ってくれたのよ」
「…………そうか」
二人とも視線を合わせずに、辛うじて聞こえる程度の声音で会話を交わしている。
「どうぞ。座ってください」
小鳥遊の母さんに促されて、小鳥遊の父さんの対面に浅く腰掛ける。素早く紅茶と茶菓子が出て来たので驚いた。
小鳥遊の母さんは、茶菓子の用意を終えると、静かに小鳥遊の父さんの隣に腰掛けた。
「それで、どうしてそのカメラが陽菜のものだと分かったの? カメラを託されたって言っていたけど、陽菜は事故死だったわ。事故を予期できるわけがないし、カメラだって、まだ買って日が浅かったはずなのに」
小鳥遊の母さんの疑問はもっともだ。
ここからは、家族の問題だ。きっと、みんな本音を言えないままに突然の別れとなってしまったのだろう。この人たちには、お互いに向き合い対話する時間が必要なのだと思う。
「小鳥遊から、事故に至る経緯は簡単に聞いています」
「事故に至る経緯って……どういうこと?」
きっと俺の口から説明したところで、信じてはもらえない。現に、小鳥遊の父さんの視線は随分と鋭い。この目に幼い頃から見据えられていた小鳥遊の心を思うと、少し胸が詰まる思いがする。
「それは、ぜひ本人に聞いてみてください。彼女もまた、苦しんでいます。この世に未練があるんです。それはきっと、あなたたちに自分の本当の気持ちを伝えていないことなのだと思います。……なあ、小鳥遊。この機会に、本音をぶつけてみろよ」
俺はそっとカメラを撫でると、ソファの間に置かれたガラス製のローテーブルに置いた。
小鳥遊の両親は、カメラを見て苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「どうぞ、カメラに触れてみてください」
さて、家族の話に部外者は立ち入り禁止だ。そう思ってカメラから手を離そうとして――小鳥遊のすがるような声がした。
『お願い、悠馬。見守っていて欲しいの』
「……分かった」
俺は離そうとした手を止めて、指先をカメラに添えたまま、二人がカメラに触れるのを待った。
小鳥遊の両親は、顔を見合わせると、恐る恐るといった調子でカメラに手を伸ばした。
「その割にノリノリだった気がするけどな……」
小鳥遊と初めて出会った日のことを思い出す。うん、だいぶテンション高めだった気がする。
『第一印象は大事でしょ? それに、少し話しただけで悠馬はいい人だって分かったから』
「……ふうん」
『あ、照れた』
「うるせ、照れてない」
俺は大学に入ってから人と最低限の関わりしか持ってこなかった。だから、実は小鳥遊と毎日他愛のない話をすることで、かなり人と話すことへの苦手意識が和らいでいた。
圭一と友達になろうという気になったのも、小鳥遊との会話が楽しかったからでもある。あちこち一緒に旅して、俺の世界の狭さを痛感した。そして、世界を狭めていたのは、他でもない俺自身だということにもようやく思い至ることができた。
ならば、閉じた世界をこじ開けるのも、俺にしかできないことだと思った。
だから、一歩踏み出すことにした。
その後押しとなったのは、小鳥遊の存在だった。本人には言わないけどな。
「さて……」
小鳥遊との不毛なやり取りを切り上げ、俺は小鳥遊家の豪邸を仰いだ。
小鳥遊に確認して、両親の休診日を選んで今日ここへやって来た。やって来たはいいが、どうするかな。
チャイムを鳴らして中へ入れてもらう? いや、いきなり訪ねてきた不審な男を易々と家の中に入れるか?
小鳥遊の母さんとは一応カメラ屋で顔を合わせているが、さすがに覚えていないだろうし、出てくるまで待つというのも現実的ではない。
うーん、と頭を悩ませていると、でかい玄関扉がガチャリと音を立てて開いた。
「えっ」
なんというタイミングだ。中から俯き加減で出て来たのは、小鳥遊の母さんだった。
「……そのカメラ……あなたは、あの時の?」
小鳥遊の母さんは、玄関前で立ち尽くしている俺に不審げな視線を投げたが、すぐに首から下げたカメラに気がついたようだ。目を眇めてジッと俺の顔を見てから、呟くように言葉を漏らした。俺のことを覚えているのか。
「こ、こんにちは。すみません、突然。ええっと……実は、小鳥遊……いや、陽菜、さんのことでお聞きしたいことがありまして」
「陽菜の……? あなた、一体?」
小鳥遊の名前を出した途端、小鳥遊の母さんは瞳を激しく揺らした。
「陽菜さんの友人です。このカメラを託されました」
「陽菜に……そう。そうだったの……ごめんなさい、玄関先で。よかったら上がってください。主人もおりますので」
なんと、家の中に上げてもらえるのか。俺が言うのもなんだが、ちょっと警戒心が足りないんじゃないか?
と心配になるが、きっとこのカメラが通行手形なのだろう。俺は遠慮なく豪邸の中にお邪魔した。
「すげ……」
玄関は大理石。廊下も壁も真っ白で清潔感はあるが、どこか寂しげで殺伐とした様相をしている。
通されたのはリビング。大きなソファにゆったりと腰掛けているのが、小鳥遊の父親だろうか。
『お父さん……』
小鳥遊が呟くように言ったので、どうやら父親らしいな。
「お邪魔します」
ペコリと頭を下げるも、小鳥遊の父さんは怪訝な顔をして問いかけるように小鳥遊の母さんを一瞥する。
「……陽菜の、友人なのですって。あの子のカメラを買ってくれたのよ」
「…………そうか」
二人とも視線を合わせずに、辛うじて聞こえる程度の声音で会話を交わしている。
「どうぞ。座ってください」
小鳥遊の母さんに促されて、小鳥遊の父さんの対面に浅く腰掛ける。素早く紅茶と茶菓子が出て来たので驚いた。
小鳥遊の母さんは、茶菓子の用意を終えると、静かに小鳥遊の父さんの隣に腰掛けた。
「それで、どうしてそのカメラが陽菜のものだと分かったの? カメラを託されたって言っていたけど、陽菜は事故死だったわ。事故を予期できるわけがないし、カメラだって、まだ買って日が浅かったはずなのに」
小鳥遊の母さんの疑問はもっともだ。
ここからは、家族の問題だ。きっと、みんな本音を言えないままに突然の別れとなってしまったのだろう。この人たちには、お互いに向き合い対話する時間が必要なのだと思う。
「小鳥遊から、事故に至る経緯は簡単に聞いています」
「事故に至る経緯って……どういうこと?」
きっと俺の口から説明したところで、信じてはもらえない。現に、小鳥遊の父さんの視線は随分と鋭い。この目に幼い頃から見据えられていた小鳥遊の心を思うと、少し胸が詰まる思いがする。
「それは、ぜひ本人に聞いてみてください。彼女もまた、苦しんでいます。この世に未練があるんです。それはきっと、あなたたちに自分の本当の気持ちを伝えていないことなのだと思います。……なあ、小鳥遊。この機会に、本音をぶつけてみろよ」
俺はそっとカメラを撫でると、ソファの間に置かれたガラス製のローテーブルに置いた。
小鳥遊の両親は、カメラを見て苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「どうぞ、カメラに触れてみてください」
さて、家族の話に部外者は立ち入り禁止だ。そう思ってカメラから手を離そうとして――小鳥遊のすがるような声がした。
『お願い、悠馬。見守っていて欲しいの』
「……分かった」
俺は離そうとした手を止めて、指先をカメラに添えたまま、二人がカメラに触れるのを待った。
小鳥遊の両親は、顔を見合わせると、恐る恐るといった調子でカメラに手を伸ばした。
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