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第七話 砂暦と時間
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ガタゴトと、俺は今列車に揺られている。
夏休みに入って3週目。島根県にやって来ていた。
『なんでまた島根? 出雲大社?』
「出雲大社も行きたいな。ま、黙って着いてこいよ」
『おっと、何やら男前な発言ですな』
「うるせ」
相変わらずの小鳥遊に相槌を打っていると、ポロン、とメッセージの到着を知らせる通知音が鳴った。
確認すると、圭一からだった。
今度一緒に映画に行くことになったので、映画館の場所や上映時間の候補を知らせる内容だった。
見る予定なのはシリーズもののアクション映画。この間ラーメン屋で話している時にちょうどテレビでCMが流れてお互いに好きな映画だということが発覚した。そのままあれよあれよと一緒に観に行くことになっていた。
スマホのメッセージを見ながら表情を緩ませる俺に、小鳥遊が話しかけてくる。
『悠馬ってばニヤけてる~。彼女? いるわけないか』
「お前な……まあ居ないけど……友達だよ。バイト先の」
『へえ、よかったじゃん!』
女子高生に交友関係を心配される大学生……情けない。まあ、カメラを買ってから初めて友人と連絡を取り合っているところを見た小鳥遊からすると、正直安心するものがあったのかもしれない。
「そういえば、小鳥遊は友達多かった方なのか?」
少し気持ちが浮ついていたのは否めない。デリカシーに欠けた質問をするぐらいには、確かに俺は大学に入って初めてできた友人に浮き足立っていたのだ。
『……うん。友達はたくさんいたかなー。あんまり放課後一緒に遊んだりはできなかったけど、学校はいつも楽しかったなあ』
明らかに小鳥遊の声から元気がなくなっている。
当たり前だ。そんな楽しかった学園生活を、小鳥遊はもう送ることができないのだから。
当然だ。仲が良かった友人と、もう笑い合うことはできないのだから。
「……悪い」
『あはは、そんな落ち込まないでよ。ごめん、ちょっと感傷的になっちゃった。あ、あれじゃない?』
自己嫌悪に陥りながら謝るも、小鳥遊に気を遣われてしまった。
小鳥遊の声に顔を上げて窓の外に視線を投げると、目的地の建造物らしい三角屋根がちょうど車窓を流れていった。
「あれっぽいな。降りる用意しとくか」
間も無く停車を知らせる案内が流れたため、席を立って扉の前に立つ。
帰りの電車の時間を確認してから木造の駅舎を抜ける。かなり電車の本数が少ないので、うっかり乗り逃すと何十分も駅で待ちぼうけすることになるからだ。
電車内で確認していた道順をなぞって目的地へと向かう。
「うん、間違いない。ここだな」
『わー! 着いた!』
そして到着したのは、仁摩サンドミュージアム。砂暦と呼ばれる1年計砂時計が有名な博物館だ。
『ね、早く砂暦見に行こうよ!』
「落ち着けって。入館料払わねえと」
小鳥遊にうるさく催促されながら、入り口で入館料を払って、ようやく中に入った。
中に入ると、開けた中央ホールがあり、ゆっくりと顔を上げると――
「でか……」
『思ったより小さいね』
巨大な砂時計があったのだが、小鳥遊と真逆の感想となってしまった。
「は? でかいだろう。普通の砂時計なんてこんなんだぞ」
そう言って両手で10センチほどの幅を作って見せる。
『そりゃ、普通の砂時計と比べたら大きいけどさあ……1年だよ? 1年を可視化したらこんなもんなんだって思っちゃったなあ』
「そうか?」
言われて再び砂時計を仰ぎ見る。サラサラと一定の速さで砂が流れ落ちている。その砂一粒一粒が、無気力にただ流れていっていた俺の時間を想起させて、自然と眉間に皺が寄ってしまった。
いや、普通にでかいだろう。1年ってこんなにあるんだって思わされるけどな。
流れ落ちる砂を見ていると、どれほどの時間を無駄に過ごしてきたのかを突きつけられているようで、未来の自分に申し訳なくなる。
『大きいか小さいか、1年が長いか短いか、人それぞれ感じ方が違うんだろうね』
しみじみと噛み締めるように語る小鳥遊の表情は見えない。ファインダーを覗いていないからだ。きっと彼女は今、俺の隣に立って、同じように砂時計を見上げているのだろう。
『ほんと、時間は有限だなぁって思わされるよね』
「…………そうだな」
その通り過ぎて、小鳥遊の静かに落とされた言葉が深く胸に突き刺さる。
時間の波に漂い取り残される俺と、肉体の死とともに時間が止まってしまった小鳥遊。
俺は柄にもなく、小鳥遊の分までとは言わないが、せめて彼女に顔向けできる程度には真っ当に生きよう。そう思っていた。
◇◇◇
「へえ、砂絵か」
砂暦以外にも砂にまつわる展示がたくさんあるため、順々に見ていく。砂なんてその辺りにある当たり障りのないものだと思っていたが、想像以上に種類もあれば奥も深い。そして展示コーナーの一角に、無料の砂絵コーナーを発見した。
『面白そう~! 小学生の時にやったなぁ』
「俺もやったわ。懐いな」
鮮やかに着色された砂がトレイに入れられて並んでいる。台紙はポストカードぐらいのサイズか。塗り絵のようにデザインが既に描かれている。数種類ある中から悩んで、無難に博物館の外観を描いた一枚を選んだ。
『やだ、地味~。もっとたくさん色を使いなさいよ』
「……うるさいな。美術は2だったんだよ」
『あらら~』
憐憫を帯びた視線を感じる。絶対こっち見てるだろ。
とりあえず外野は無視して気の向くままに色を乗せていく。別にコンクールに出品するわけでも人様にお見せするわけでもない。ただ今日ここに来た思い出を残すためにしているのだから。
乗せれるところにはひたすら砂をかけて糊にくっつけていく。同じ作業を繰り返していると、やがて完成した。
「よし」
『あら、それっぽく仕上がったじゃん』
小鳥遊が生意気なことを言っている。俺は余分な砂を払って、砂絵を袋に入れながら意趣返しを試みる。
「そういうお前はどうなんだよ。美術、いくつだったんだ」
『ふんっ、5段階評価で5に決まってるじゃない』
ぐう。小鳥遊はカメラのセンスも抜群だし、そりゃ美的センスもあるよな。
見事に白旗を上げることになった俺は、ふとスマホの時計を見た。
「やべ。のんびりしてると電車に乗れなくなるぞ」
『ええ~バタバタじゃん』
砂暦の写真はバッチリ撮った。中々全体がうまく収まらなくて苦戦したけど、何かは分かるだろう。
せっかくだし急いで売店により、3分の砂時計を購入した。カップ麺を食うのに重宝しそうだ。
『うわっ! いいな~!』
「部屋に飾るから好きなだけ見ればいいだろ」
『ひっくり返せないじゃん』
そうして俺たちはそんな話をしながら、足速に駅への道を駆け抜けた。今日はもう一箇所行きたい場所があるのだ。
夏休みに入って3週目。島根県にやって来ていた。
『なんでまた島根? 出雲大社?』
「出雲大社も行きたいな。ま、黙って着いてこいよ」
『おっと、何やら男前な発言ですな』
「うるせ」
相変わらずの小鳥遊に相槌を打っていると、ポロン、とメッセージの到着を知らせる通知音が鳴った。
確認すると、圭一からだった。
今度一緒に映画に行くことになったので、映画館の場所や上映時間の候補を知らせる内容だった。
見る予定なのはシリーズもののアクション映画。この間ラーメン屋で話している時にちょうどテレビでCMが流れてお互いに好きな映画だということが発覚した。そのままあれよあれよと一緒に観に行くことになっていた。
スマホのメッセージを見ながら表情を緩ませる俺に、小鳥遊が話しかけてくる。
『悠馬ってばニヤけてる~。彼女? いるわけないか』
「お前な……まあ居ないけど……友達だよ。バイト先の」
『へえ、よかったじゃん!』
女子高生に交友関係を心配される大学生……情けない。まあ、カメラを買ってから初めて友人と連絡を取り合っているところを見た小鳥遊からすると、正直安心するものがあったのかもしれない。
「そういえば、小鳥遊は友達多かった方なのか?」
少し気持ちが浮ついていたのは否めない。デリカシーに欠けた質問をするぐらいには、確かに俺は大学に入って初めてできた友人に浮き足立っていたのだ。
『……うん。友達はたくさんいたかなー。あんまり放課後一緒に遊んだりはできなかったけど、学校はいつも楽しかったなあ』
明らかに小鳥遊の声から元気がなくなっている。
当たり前だ。そんな楽しかった学園生活を、小鳥遊はもう送ることができないのだから。
当然だ。仲が良かった友人と、もう笑い合うことはできないのだから。
「……悪い」
『あはは、そんな落ち込まないでよ。ごめん、ちょっと感傷的になっちゃった。あ、あれじゃない?』
自己嫌悪に陥りながら謝るも、小鳥遊に気を遣われてしまった。
小鳥遊の声に顔を上げて窓の外に視線を投げると、目的地の建造物らしい三角屋根がちょうど車窓を流れていった。
「あれっぽいな。降りる用意しとくか」
間も無く停車を知らせる案内が流れたため、席を立って扉の前に立つ。
帰りの電車の時間を確認してから木造の駅舎を抜ける。かなり電車の本数が少ないので、うっかり乗り逃すと何十分も駅で待ちぼうけすることになるからだ。
電車内で確認していた道順をなぞって目的地へと向かう。
「うん、間違いない。ここだな」
『わー! 着いた!』
そして到着したのは、仁摩サンドミュージアム。砂暦と呼ばれる1年計砂時計が有名な博物館だ。
『ね、早く砂暦見に行こうよ!』
「落ち着けって。入館料払わねえと」
小鳥遊にうるさく催促されながら、入り口で入館料を払って、ようやく中に入った。
中に入ると、開けた中央ホールがあり、ゆっくりと顔を上げると――
「でか……」
『思ったより小さいね』
巨大な砂時計があったのだが、小鳥遊と真逆の感想となってしまった。
「は? でかいだろう。普通の砂時計なんてこんなんだぞ」
そう言って両手で10センチほどの幅を作って見せる。
『そりゃ、普通の砂時計と比べたら大きいけどさあ……1年だよ? 1年を可視化したらこんなもんなんだって思っちゃったなあ』
「そうか?」
言われて再び砂時計を仰ぎ見る。サラサラと一定の速さで砂が流れ落ちている。その砂一粒一粒が、無気力にただ流れていっていた俺の時間を想起させて、自然と眉間に皺が寄ってしまった。
いや、普通にでかいだろう。1年ってこんなにあるんだって思わされるけどな。
流れ落ちる砂を見ていると、どれほどの時間を無駄に過ごしてきたのかを突きつけられているようで、未来の自分に申し訳なくなる。
『大きいか小さいか、1年が長いか短いか、人それぞれ感じ方が違うんだろうね』
しみじみと噛み締めるように語る小鳥遊の表情は見えない。ファインダーを覗いていないからだ。きっと彼女は今、俺の隣に立って、同じように砂時計を見上げているのだろう。
『ほんと、時間は有限だなぁって思わされるよね』
「…………そうだな」
その通り過ぎて、小鳥遊の静かに落とされた言葉が深く胸に突き刺さる。
時間の波に漂い取り残される俺と、肉体の死とともに時間が止まってしまった小鳥遊。
俺は柄にもなく、小鳥遊の分までとは言わないが、せめて彼女に顔向けできる程度には真っ当に生きよう。そう思っていた。
◇◇◇
「へえ、砂絵か」
砂暦以外にも砂にまつわる展示がたくさんあるため、順々に見ていく。砂なんてその辺りにある当たり障りのないものだと思っていたが、想像以上に種類もあれば奥も深い。そして展示コーナーの一角に、無料の砂絵コーナーを発見した。
『面白そう~! 小学生の時にやったなぁ』
「俺もやったわ。懐いな」
鮮やかに着色された砂がトレイに入れられて並んでいる。台紙はポストカードぐらいのサイズか。塗り絵のようにデザインが既に描かれている。数種類ある中から悩んで、無難に博物館の外観を描いた一枚を選んだ。
『やだ、地味~。もっとたくさん色を使いなさいよ』
「……うるさいな。美術は2だったんだよ」
『あらら~』
憐憫を帯びた視線を感じる。絶対こっち見てるだろ。
とりあえず外野は無視して気の向くままに色を乗せていく。別にコンクールに出品するわけでも人様にお見せするわけでもない。ただ今日ここに来た思い出を残すためにしているのだから。
乗せれるところにはひたすら砂をかけて糊にくっつけていく。同じ作業を繰り返していると、やがて完成した。
「よし」
『あら、それっぽく仕上がったじゃん』
小鳥遊が生意気なことを言っている。俺は余分な砂を払って、砂絵を袋に入れながら意趣返しを試みる。
「そういうお前はどうなんだよ。美術、いくつだったんだ」
『ふんっ、5段階評価で5に決まってるじゃない』
ぐう。小鳥遊はカメラのセンスも抜群だし、そりゃ美的センスもあるよな。
見事に白旗を上げることになった俺は、ふとスマホの時計を見た。
「やべ。のんびりしてると電車に乗れなくなるぞ」
『ええ~バタバタじゃん』
砂暦の写真はバッチリ撮った。中々全体がうまく収まらなくて苦戦したけど、何かは分かるだろう。
せっかくだし急いで売店により、3分の砂時計を購入した。カップ麺を食うのに重宝しそうだ。
『うわっ! いいな~!』
「部屋に飾るから好きなだけ見ればいいだろ」
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