ファインダー越しの君と過ごす夏

水都 ミナト

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第三話 島の人との交流

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「魚のざーまに釣れたばい、今日の夕飯はごっつやね」


 島をのんびり散策して、日が傾いた頃に宿泊先の民宿へ到着した。潮風を浴びていたので、先に風呂に入ってサッパリしてから少し早めの夕食を用意してもらった。


「ざ、ざーば? ごっつ……?」


 五島弁か? なんだ?

 キョトンとしているうちに、海の幸が続々と運ばれてきた。刺身から鍋までご馳走が並ぶ。


「あ」


 もしかして、ごっつってご馳走のことか? ざーばは……たくさん、とか? 後でググってみるか。

 一通り運ばれてきたことを確認し、「いただきます」と両手を合わせてから、刺身に箸を伸ばした。


「! うま! コリコリ!」


 魚は身が引き締まっていて噛むほどに甘みが口内に広がる。そして噛んでいると溶けてなくなる。恍惚とした表情でどんどん料理を口に運ぶ様子をおかみさんが嬉しそうに見守ってくれている。

 小鳥遊と一緒に食べれたら、美味い美味いと感動し合って楽しいんだろうなあ、と考えてハッとする。

 今日一日中カメラを持っていたから、ずっと小鳥遊を近くに感じていた。だから、本当にそこにいるものだと思ってしまった。

 不意に寂しさを感じて黙り込んだ俺に何かを察したのか、おかみさんは料理の由来や材料について色々と話してくれた。正直、方言が強くて理解できない内容も多くあったんだけど――その優しさが嬉しかった。



 おかみさんをはじめとして、島の人はとても温かい。
 見ず知らずの観光客である俺にも、まるで昔馴染みの島民かのように接してくれる。うっかり俺の故郷はここだったか? と錯覚してしまうほどだ。子供たちなんてもっとすごい。コミュ力の塊だった。

「兄ちゃんどこからきたん?」「都会ってでっかい?」「一緒に海行こ」「これ食べる?」とまあ絡んでくること。

 けれど、不思議とその距離感が嫌じゃなかった。


 電気を消して布団に入り、今日1日のことを思い返しながらその理由を考える。

 カメラは枕元に置いているから小鳥遊の声は聞こえない。なんとなくもうひと組布団を敷いてみたけど、小鳥遊も横になっているのかな。


「――ああ、そうか」


 ぼんやりと思考の海に潜っていると、胸にじんわり広がる温かさの正体にすぐに思い至った。

 俺は大学に入ってから、人との関わりがかなり希薄になっていた。大学には生徒も教授もたくさんいるが、上京してきたとあって、少し地元との違いを感じて心を開ききれなかった。

 そしてそのままズルズルと2年。

 講義で顔を合わせれば隣に座ることもある。でも、俺は基本窓際に一人で座るのが好きだ。俺が周囲と壁を作っていることは、きっと側にいる奴ほど敏感に感じ取るのだろう。無難な距離感、無難な会話で程よく別れる。そんな関係が気楽だと思っていた。いや、思い込もうとしていたし、そう装っていた。

 休みの日に出かける友達もいないので、買い物の用事があるとき以外はバイトを入れていた。バイト先の同僚には同じ歳の奴もいる。業務中は仲良く過ごしているので関係良好だとは思うが、それも職場だけの関係だ。あえてバイト外で時間を合わせて会おうという話にはならない。いや、俺がすぐに帰るから、誘う隙を与えていないんだろうな。相手がたまに何か言いかけて、「じゃあ、また」と少し寂しげに手を振っていたことには気づいていた。少し足を踏み出せば、いい友人になれるのかもしれない。

 ……次にバイトに入るときは、思い切ってどこか出かけないか誘ってみるかな。

 それに、そろそろゼミを選ぶ時期だし、情報収集がてら大学の顔見知りたちと飯を食いにいくのもいいかもしれない。何人かの顔を思い浮かべて、ああ、俺は彼らの名前すらきちんと覚えていないのかと自分に呆れた。

 珍しくそんなことを思うぐらいには、俺の狭く閉じ切っていた視野と心は開いてきたようだ。

 そこでふと、そういえば小鳥遊は友達いたのかな、と考えた。

 あれだけ元気で明るいんだから、きっとクラスの中心人物だったに違いない。カースト上位ってやつだ。

 どことなく知的な雰囲気があるし、もしかしたら勉強もできるのかも。うわ、無敵じゃん。でも、急な事故死ってことは、友達に別れを告げる間もなかったんだろうな。

 18歳で事故死。これからやりたいことや行きたい場所もたくさんあったんだろう。叶えたい夢だってあったかもしれない。

 カメラを持ってあちこち旅をしたかったと言っていたし、せめてこの夏は、俺の旅に付き合ってもらおう。少しでも小鳥遊の心が満たされて、成仏ができるように。そう思いながら、すっかり闇夜になれた目を閉じた。



 ◇◇◇


 翌朝も朝の漁で採れたてだという焼き魚をいただいた。美味かった。

 うまいうまいと言って食べていたからか、おかみさんはずっとニコニコ笑顔だった。帰り際に、俺は孫に似ているのだと少し寂しげな笑顔で教えてくれた。どうやら博多で働いているらしく、盆と正月ぐらいしか帰って来れないらしい。「とうじんなか」と言っていたので調べたら、「寂しい」という意味だった。


「あがもたまには親に顔見せんね」

「はは……そっすね」


 話の流れでそう言われた時はドキッとした。今の俺の状況を見透かされているような気がした。



 朝食を済ませてから、一度部屋に戻って荷物を整理する。元々着替え数枚とカメラに貴重品ぐらいしか持ってきていないので、すぐに身支度は整った。

 支払いを済ませて、おかみさんとおやじさんに感謝の言葉を述べ、見送りの言葉をもらってから民宿を出た。

 帰りのフェリーは夕方の便なので、自転車を借りてブラブラと島を散策して過ごした。


 そしてゆっくりとだが着実に時間は流れ、気がつけば港に向かう時間になっていた。自転車を返却してバスで港に向かう。行きは深夜だったので、甲板には出れなかったが、今度はまだ日が落ちていないので乗船してから甲板に向かった。

 間も無く出港し、あっという間に島が小さくなっていく。海風に当たりながら、夕陽が染める海をぼんやり眺める。眼前には海だけ。ゆらゆら揺れる水面が夕陽を反射して一面が秋の稲穂のような美しさを醸していて思わず見惚れてしまう。


『ねえ、なんで五島列島を選んだの?』


 不意に小鳥遊の声がした。少し答えに躊躇して、口を開く。


「………………………………テレビで見たから」

『プフッ、案外そういうとこあるんだ。可愛い』

「……っるせえ」


 動機なんて単純なものだ。テレビで見た景色が、夕日を反射する海が、激しく俺の心を奪い忘れられなかった。あれは確か旅番組だったか。島の人々の朗らかさ、気負わない関係、アットホームな空気。きっと俺はそういったものに無意識のうちに惹かれていたんだろうな。一人旅をするなら、まず訪れたいと思っていた場所だったのだ。結果的に一人旅とはいえない、珍妙な二人旅になってはいるんだが。


「来てよかったと思うよ」

『そうだね。私も楽しかった。ありがと、悠馬』

「まあ、こっちこそカメラのあれこれ教わってる身だし……おかげでいい写真が撮れてるよ」

『いひっ、嬉しい』


 小鳥遊は今、どんな表情をしているんだろう。
 照れ笑いをしているのか、満面の笑みを浮かべているのか、あるいはそんなに表情には出していないのか。

 とにかく、声音には喜色が乗っているようなので良しとしよう。


 日が沈み、風が冷たくなってきたので船内に戻って空いていた席に着く。スマホを取り出して帰り際におかみさんに言われた言葉を調べてみた。


『またいつでも遊びにおいで。自分の実家だと思っていいからね』


 ……実家か。実のところ、大学に入ってから一度も帰省していない。大都会で垢抜けた学友たちと輝かしい大学生活を送っている、そう装っているから余計に帰りづらい。本当のところは大見栄張って上京しておいて、まともな友人一人いないんだから笑っちゃうよな。


 ……みんな元気にしているのかな。


 あれだけ鬱陶しかったはずのお節介が、不意に恋しくなって目を閉じた。
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