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閑話 ミーシャ、頑張る

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「うぇいん~もっと飲ませてよお~キャハハ!」
「ほら、しっかり歩きなさい」

 アリエッタのドレスを作り終え、キラッキラに磨き上げて気持ちが浮ついていたミーシャは、ついついお酒を飲みすぎてしまった。
 いつも晩酌を楽しむほどには酒に強いミーシャであるが、今日は随分と酔いが回ってしまった。

 千鳥足で歩くミーシャを見ていられず、ウェインはため息をつきながらその肩を支える。大きく露出された鎖骨や肩はほんのり桃色に色づいており、常時色気に溢れるミーシャをより一層妖艶な雰囲気にしている。

 やれやれ、手がかかる娘だ、と思いながらも、このままだと廊下や中庭で眠りかねないミーシャを放ってはおけない。ずり落ちそうになるミーシャの腰を引き寄せつつ、自室までなんとか運び込んだ。

「悪いわねえ~おっとっとお……きゃあっ」

 ウェインは依然としてフラフラしているミーシャの身体を軽々と持ち上げると、ベッドに優しく横たえた。枕元に水差しがあったため、グラスに注いで飲ませようとする。

「ほら、水ですよ。飲んでおきなさい」
「んん~、無理よお……うぇいんが飲ませてよお」
「はぁ、子供のような我儘を言わないでください。少し身体を起こしなさい」

 埒が明かないとミーシャの背中に手を滑り込ませ、飲ませやすいように身体を起こそうとするが、ミーシャは一向に起き上がる素振りを見せない。ウェインが「いい加減に……」と口を開きかけた時、拗ねたような声でミーシャが呟いた。

「……違うわよお。口移しで飲ませてって言ってるのお……ねえ、あなたの目にはいつまで私が子供のように映っているの?」

 潤んで揺れるピンク色の瞳には、どこか必死さが滲んでいる。ウェインはごくりと生唾を飲み込み、深いため息を吐いた。

「……あまり老いぼれを誘惑しないでください」
「老いぼれなんかじゃないわ。私にとっては素敵な優しい紳士だもの」

 疲れたように眉間の皺を揉んでいたウェインの手がピタリと止まる。

「――いつまでも紳士ではいられないですよ」
「え? うぇい……」

 怒気を孕んだ声音に、流石にやりすぎたかと恐る恐る視線を上げると、そこにはギラめく真っ赤な瞳があった。
 息をする間も無く、素早く水差しから水を煽ったウェインが覆いかぶさってきて――

「ん、んう」

 唇に熱が広がった。
 固まるミーシャの唇を割り、冷たい水が口移しで注ぎ込まれる。

 ゴクン、とミーシャの喉が上下したことを確認し、ウェインは口元を拭いながら身体を離した。

「……ルイス様とアリエッタ殿にあてられましたかね」

 そう呟きながら、放心するミーシャにそっと布団を被せた。
 飲み込み切れなかった水がミーシャの口の端から一筋溢れる。ウェインは優しい眼差しでミーシャを見つめつつ、親指の腹でグイッとその滴を拭ってやる。

「え、あ……? ええ? なに?」

 脳が焼き切れそうなほど頭に血が上ったミーシャは、布団を両手で掴んで口元まで引き上げた。
 お酒も回っているし、つい今し方起こった出来事を脳が処理してくれない。
 ぐるぐる目を回すミーシャの頭を、ウェインは子供をあやすように優しく撫でた。

「ふ、飲み過ぎです。きっと明日には綺麗さっぱり忘れていますよ」

 ミーシャはたまに記憶をなくすほど飲むことがある。今日の出来事もきっと、明日起きれば忘れているだろう。

 ウェインはそう考えていた。
 かくいうウェインも少しお酒を飲んで、いつもならば理性が勝る場面で十分な仕事をしてくれなかった。

「明日からはまた、よき同僚として、よろしくお願いしますね」

 ウェインはそう言い残すと、足早にミーシャの部屋を後にした。

 一人残されたミーシャは、ポーッとする意識の中、小さく呟いた。

「忘れられるわけ、ないじゃない。絶対に忘れない、んだから……」

 そのままプツンと糸が切れたようにミーシャの意識は沈んでいった。






 翌日。

「ううん、頭いたあい」
「おはようございます。二日酔いですか? 昨夜は随分飲んでいましたからね」

 ミーシャが痛む頭を押さえながら廊下を歩いていると、前方からウェインが姿を現し、ミーシャの心臓は大きく跳ねた。

「そ、そおねえ。楽しく飲んでいたあたりから記憶が曖昧で……えっとお、私、何かやらかしちゃったかしら?」

 極力平常心を保って、動揺なんてしていないと強がって尋ねたミーシャに、ウェインはやっぱりといった顔をした。
 少し残念そうな、それでいて安心したような、複雑な表情。けれど、すぐにいつもの隙のない笑顔に戻った。

「だから飲みすぎないようにと言ったでしょう? 次からは気をつけるのですよ。マルディラムが酔い覚ましのスープを作って厨房で待っています。早く行きなさい」
「……はあい」

 シャンと背筋を伸ばしてにこやかに去っていくウェインが見えなくなるまで、ミーシャはその背を見送った。

「……覚えている、って言ったらあなたはどんな顔を見せてくれるのかしら」

 倍以上も歳が離れた壮年のウェイン。ミーシャは幼い頃から魔王城に従事しており、その頃からウェインに懐いていた。尊敬がいつから恋に変わったのかは分からない。たくさんの男に言い寄られたけれど、どうしても落ち着いて紳士的なウェインの顔が脳裏に浮かぶのだ。

 昨日は確かにたくさんお酒を飲んだし、いつもより深酔いをしていた。けれど、実は意識ははっきりしていたので、昨日のやりとりの一言一句をしっかり覚えていた。忘れるつもりも毛頭なかったけれど。

「少しは女として見てくれている、と思っていいわよね」

 ミーシャはドキドキ高鳴る胸を抑えながら、マルディラムが待つという厨房へと足を向けた。
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