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閑話 深夜の緊急会議③

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「はあ、楽しかったわねえ」
「うむ」
「楽しかったのう……これまでの努力が報われて、天にも昇る心地じゃったわい」

 ピクニック翌日の夜。家臣の魔物たちは会議室で昨日の余韻に浸っていた。

 アリエッタが来るまでは、主人と家臣という距離感をお互いが崩すことなく、少々余所余所しささえ感じて寂しく思っていた。ところが、アリエッタ旋風により、ルイスは随分とあどけなく笑うようになり、まだぎこちなさは残るものの家臣たちとも気の置けない関係になりつつある。

 ポワポワと未だに花盛りな丘の上に意識が飛んでいる一同を呆れたように見回すのはウェインである。

「みなさん、お気持ちはよく分かりますが、切り替えが肝心ですよ。今日の仕事は滞りなく済ませたのでしょうね?」

 ウェインの言葉に一同の肩がびくりと跳ねる。片眼鏡の奥の瞳は笑っていない。悪魔族特有の真っ赤な鮮血のような赤目が鋭く光っている。

「やれやれ。呆れた人たちですね。我らはルイス様の側近。そのことをゆめゆめお忘れなきよう」
「はあい」
「う、うむ」
「承知した」

 お小言が済んだところで、本日の議題に移る。カカカッと小気味よい音を鳴らしてウェインが黒い板に議題を書き記していく。


 本日の議題は、『第一次成長期について』。


「もうそんな時期か」

 その一文を見て、マルディラムが腕を組んだ。その目は昔を懐かしむように遠くを見つめている。目はないのだが。

 魔界の王は、通常の魔物とは違う特別な存在。母親の腹から生まれるのではなく、輪廻転生を繰り返し、魔力が翳ると赤子からやり直す。そのことはアリエッタにも説明済である。だが、魔王にはもう一つ特徴的なことがあった。


 それは、幼少期の成長速度について。


 人間で言う五歳ごろまでは緩やかに成長する。だが、それ以降、二度の急激な成長期が訪れる。第一次成長期は一ヶ月ほど、第二次成長期は一年かけて身長もグッと伸び、精神面も大人へと近づいていく。あと二年もすれば、ルイスは成人を迎えるだろう。

「第一次成長期はお身体だけでなく、心も急激に成長なさる時。より一層の気配りを忘れないでください」

 ウェインの言葉に皆は頷くが、カロンが心配そうにカタカタと骨を鳴らした。

「あの小娘は子供が好きなのだろう? ルイス様が愛らしい幼子だからこそ魔界に残ったのであって、もしルイス様が相応の男性に成長したら……」
「まさか、出て行くっていうの? ありえないわあ」

 カロンの懸念をミーシャが呆れ顔で一蹴する。けれど、カロンの憂いは晴れないようで、なおも食い下がる。

「じゃが」
「いい? あの子はね、ルイス様が子供だからお世話をしている訳ではないわ。ルイス様だからよ。分かるかしら?」
「むう、ワシにも分かるように説明してくれんか?」
「全く、これだから男は」

 察しの悪い骸骨にミーシャは大袈裟なほどのため息を吐く。

「確かにあの子は無類の子供好きよ? 魔界に残ったきっかけがルイス様の愛らしさに魅了されてのことだとしても、この一ヶ月で二人の間には確かな信頼関係が見えるわ。それはみんなも感じているし認めているのでしょう?」

 カロンもマルディラムやウェインと顔を見合わせてこくりと神妙に頷いた。その様子に満足げなミーシャが続ける。

「そりゃあ人間とは違った成長速度で大人になっていくルイス様に戸惑うでしょう。けれど、そんなところまで丸っと全部受け入れてしまうのがあの子のいいところだと思うわあ。私は魔界生まれだから、人間のことは深くは知らない。でも、みんながアリエッタみたいに種族の垣根を飛び越えてくるのなら……世界は分たれなかったのかしら、なんて考えてしまうのよお」
「ええ。時の魔王様も、人間との共存を望んでおられました。世界を隔てたのも不要な争いを避けるため、苦肉の策だったのです。アリエッタを契機に、ルイス様の代で何かが変わるのかもしれませんね」

 ミーシャの話にウェインも同調する。
 そしてかつて夢見た世界に、僅かばかり期待しまう。
 静かに話を聞いていたマルディラムが、不意に口を開いた。

「某もアリエッタがルイス様を見限ることは心配していない。むしろ逆なのだ」
「逆?」
「ルイス様はこれから心も身体も急激に成長される。あれほど心を開いておるのだ、いずれアリエッタに対して特別な感情を抱いてもおかしくはないだろう」
「あら、それはそれで素敵じゃなあい。推せるわあ」

 ほう、と頬を桃色に染めて蕩けた表情をするミーシャ。

 マルディラムは堅物に見えて、感情の機微に敏感なのだ。彼がそういうのならば、すでにその兆候が見られるのだろう。

「ともかく、我らは見守るしかなかろう」

 同意するように頷くウェインであるが、アリエッタの前で見せるルイスの表情を思い返し、マルディラムの言うこともあながち間違いではないと感じる。

 それぞれがこれから訪れる大きな変化を察し、僅かな不安と大きな期待を胸に抱いていた。
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