17 / 62
閑話 深夜の緊急会議③
しおりを挟む
「はあ、楽しかったわねえ」
「うむ」
「楽しかったのう……これまでの努力が報われて、天にも昇る心地じゃったわい」
ピクニック翌日の夜。家臣の魔物たちは会議室で昨日の余韻に浸っていた。
アリエッタが来るまでは、主人と家臣という距離感をお互いが崩すことなく、少々余所余所しささえ感じて寂しく思っていた。ところが、アリエッタ旋風により、ルイスは随分とあどけなく笑うようになり、まだぎこちなさは残るものの家臣たちとも気の置けない関係になりつつある。
ポワポワと未だに花盛りな丘の上に意識が飛んでいる一同を呆れたように見回すのはウェインである。
「みなさん、お気持ちはよく分かりますが、切り替えが肝心ですよ。今日の仕事は滞りなく済ませたのでしょうね?」
ウェインの言葉に一同の肩がびくりと跳ねる。片眼鏡の奥の瞳は笑っていない。悪魔族特有の真っ赤な鮮血のような赤目が鋭く光っている。
「やれやれ。呆れた人たちですね。我らはルイス様の側近。そのことをゆめゆめお忘れなきよう」
「はあい」
「う、うむ」
「承知した」
お小言が済んだところで、本日の議題に移る。カカカッと小気味よい音を鳴らしてウェインが黒い板に議題を書き記していく。
本日の議題は、『第一次成長期について』。
「もうそんな時期か」
その一文を見て、マルディラムが腕を組んだ。その目は昔を懐かしむように遠くを見つめている。目はないのだが。
魔界の王は、通常の魔物とは違う特別な存在。母親の腹から生まれるのではなく、輪廻転生を繰り返し、魔力が翳ると赤子からやり直す。そのことはアリエッタにも説明済である。だが、魔王にはもう一つ特徴的なことがあった。
それは、幼少期の成長速度について。
人間で言う五歳ごろまでは緩やかに成長する。だが、それ以降、二度の急激な成長期が訪れる。第一次成長期は一ヶ月ほど、第二次成長期は一年かけて身長もグッと伸び、精神面も大人へと近づいていく。あと二年もすれば、ルイスは成人を迎えるだろう。
「第一次成長期はお身体だけでなく、心も急激に成長なさる時。より一層の気配りを忘れないでください」
ウェインの言葉に皆は頷くが、カロンが心配そうにカタカタと骨を鳴らした。
「あの小娘は子供が好きなのだろう? ルイス様が愛らしい幼子だからこそ魔界に残ったのであって、もしルイス様が相応の男性に成長したら……」
「まさか、出て行くっていうの? ありえないわあ」
カロンの懸念をミーシャが呆れ顔で一蹴する。けれど、カロンの憂いは晴れないようで、なおも食い下がる。
「じゃが」
「いい? あの子はね、ルイス様が子供だからお世話をしている訳ではないわ。ルイス様だからよ。分かるかしら?」
「むう、ワシにも分かるように説明してくれんか?」
「全く、これだから男は」
察しの悪い骸骨にミーシャは大袈裟なほどのため息を吐く。
「確かにあの子は無類の子供好きよ? 魔界に残ったきっかけがルイス様の愛らしさに魅了されてのことだとしても、この一ヶ月で二人の間には確かな信頼関係が見えるわ。それはみんなも感じているし認めているのでしょう?」
カロンもマルディラムやウェインと顔を見合わせてこくりと神妙に頷いた。その様子に満足げなミーシャが続ける。
「そりゃあ人間とは違った成長速度で大人になっていくルイス様に戸惑うでしょう。けれど、そんなところまで丸っと全部受け入れてしまうのがあの子のいいところだと思うわあ。私は魔界生まれだから、人間のことは深くは知らない。でも、みんながアリエッタみたいに種族の垣根を飛び越えてくるのなら……世界は分たれなかったのかしら、なんて考えてしまうのよお」
「ええ。時の魔王様も、人間との共存を望んでおられました。世界を隔てたのも不要な争いを避けるため、苦肉の策だったのです。アリエッタを契機に、ルイス様の代で何かが変わるのかもしれませんね」
ミーシャの話にウェインも同調する。
そしてかつて夢見た世界に、僅かばかり期待しまう。
静かに話を聞いていたマルディラムが、不意に口を開いた。
「某もアリエッタがルイス様を見限ることは心配していない。むしろ逆なのだ」
「逆?」
「ルイス様はこれから心も身体も急激に成長される。あれほど心を開いておるのだ、いずれアリエッタに対して特別な感情を抱いてもおかしくはないだろう」
「あら、それはそれで素敵じゃなあい。推せるわあ」
ほう、と頬を桃色に染めて蕩けた表情をするミーシャ。
マルディラムは堅物に見えて、感情の機微に敏感なのだ。彼がそういうのならば、すでにその兆候が見られるのだろう。
「ともかく、我らは見守るしかなかろう」
同意するように頷くウェインであるが、アリエッタの前で見せるルイスの表情を思い返し、マルディラムの言うこともあながち間違いではないと感じる。
それぞれがこれから訪れる大きな変化を察し、僅かな不安と大きな期待を胸に抱いていた。
「うむ」
「楽しかったのう……これまでの努力が報われて、天にも昇る心地じゃったわい」
ピクニック翌日の夜。家臣の魔物たちは会議室で昨日の余韻に浸っていた。
アリエッタが来るまでは、主人と家臣という距離感をお互いが崩すことなく、少々余所余所しささえ感じて寂しく思っていた。ところが、アリエッタ旋風により、ルイスは随分とあどけなく笑うようになり、まだぎこちなさは残るものの家臣たちとも気の置けない関係になりつつある。
ポワポワと未だに花盛りな丘の上に意識が飛んでいる一同を呆れたように見回すのはウェインである。
「みなさん、お気持ちはよく分かりますが、切り替えが肝心ですよ。今日の仕事は滞りなく済ませたのでしょうね?」
ウェインの言葉に一同の肩がびくりと跳ねる。片眼鏡の奥の瞳は笑っていない。悪魔族特有の真っ赤な鮮血のような赤目が鋭く光っている。
「やれやれ。呆れた人たちですね。我らはルイス様の側近。そのことをゆめゆめお忘れなきよう」
「はあい」
「う、うむ」
「承知した」
お小言が済んだところで、本日の議題に移る。カカカッと小気味よい音を鳴らしてウェインが黒い板に議題を書き記していく。
本日の議題は、『第一次成長期について』。
「もうそんな時期か」
その一文を見て、マルディラムが腕を組んだ。その目は昔を懐かしむように遠くを見つめている。目はないのだが。
魔界の王は、通常の魔物とは違う特別な存在。母親の腹から生まれるのではなく、輪廻転生を繰り返し、魔力が翳ると赤子からやり直す。そのことはアリエッタにも説明済である。だが、魔王にはもう一つ特徴的なことがあった。
それは、幼少期の成長速度について。
人間で言う五歳ごろまでは緩やかに成長する。だが、それ以降、二度の急激な成長期が訪れる。第一次成長期は一ヶ月ほど、第二次成長期は一年かけて身長もグッと伸び、精神面も大人へと近づいていく。あと二年もすれば、ルイスは成人を迎えるだろう。
「第一次成長期はお身体だけでなく、心も急激に成長なさる時。より一層の気配りを忘れないでください」
ウェインの言葉に皆は頷くが、カロンが心配そうにカタカタと骨を鳴らした。
「あの小娘は子供が好きなのだろう? ルイス様が愛らしい幼子だからこそ魔界に残ったのであって、もしルイス様が相応の男性に成長したら……」
「まさか、出て行くっていうの? ありえないわあ」
カロンの懸念をミーシャが呆れ顔で一蹴する。けれど、カロンの憂いは晴れないようで、なおも食い下がる。
「じゃが」
「いい? あの子はね、ルイス様が子供だからお世話をしている訳ではないわ。ルイス様だからよ。分かるかしら?」
「むう、ワシにも分かるように説明してくれんか?」
「全く、これだから男は」
察しの悪い骸骨にミーシャは大袈裟なほどのため息を吐く。
「確かにあの子は無類の子供好きよ? 魔界に残ったきっかけがルイス様の愛らしさに魅了されてのことだとしても、この一ヶ月で二人の間には確かな信頼関係が見えるわ。それはみんなも感じているし認めているのでしょう?」
カロンもマルディラムやウェインと顔を見合わせてこくりと神妙に頷いた。その様子に満足げなミーシャが続ける。
「そりゃあ人間とは違った成長速度で大人になっていくルイス様に戸惑うでしょう。けれど、そんなところまで丸っと全部受け入れてしまうのがあの子のいいところだと思うわあ。私は魔界生まれだから、人間のことは深くは知らない。でも、みんながアリエッタみたいに種族の垣根を飛び越えてくるのなら……世界は分たれなかったのかしら、なんて考えてしまうのよお」
「ええ。時の魔王様も、人間との共存を望んでおられました。世界を隔てたのも不要な争いを避けるため、苦肉の策だったのです。アリエッタを契機に、ルイス様の代で何かが変わるのかもしれませんね」
ミーシャの話にウェインも同調する。
そしてかつて夢見た世界に、僅かばかり期待しまう。
静かに話を聞いていたマルディラムが、不意に口を開いた。
「某もアリエッタがルイス様を見限ることは心配していない。むしろ逆なのだ」
「逆?」
「ルイス様はこれから心も身体も急激に成長される。あれほど心を開いておるのだ、いずれアリエッタに対して特別な感情を抱いてもおかしくはないだろう」
「あら、それはそれで素敵じゃなあい。推せるわあ」
ほう、と頬を桃色に染めて蕩けた表情をするミーシャ。
マルディラムは堅物に見えて、感情の機微に敏感なのだ。彼がそういうのならば、すでにその兆候が見られるのだろう。
「ともかく、我らは見守るしかなかろう」
同意するように頷くウェインであるが、アリエッタの前で見せるルイスの表情を思い返し、マルディラムの言うこともあながち間違いではないと感じる。
それぞれがこれから訪れる大きな変化を察し、僅かな不安と大きな期待を胸に抱いていた。
11
お気に入りに追加
954
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【☆完結☆】転生箱庭師は引き籠り人生を送りたい
うどん五段
ファンタジー
昔やっていたゲームに、大型アップデートで追加されたソレは、小さな箱庭の様だった。
ビーチがあって、畑があって、釣り堀があって、伐採も出来れば採掘も出来る。
ビーチには人が軽く住めるくらいの広さがあって、畑は枯れず、釣りも伐採も発掘もレベルが上がれば上がる程、レアリティの高いものが取れる仕組みだった。
時折、海から流れつくアイテムは、ハズレだったり当たりだったり、クジを引いてる気分で楽しかった。
だから――。
「リディア・マルシャン様のスキルは――箱庭師です」
異世界転生したわたくし、リディアは――そんな箱庭を目指しますわ!
============
小説家になろうにも上げています。
一気に更新させて頂きました。
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」
ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい
珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。
本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。
…………私も消えることができるかな。
私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。
私は、邪魔な子だから。
私は、いらない子だから。
だからきっと、誰も悲しまない。
どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。
そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。
異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。
☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。
彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる