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第三話 ルイ様とワクワクピクニック 2

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「……はっ!」

 いけない、あの時のルイ様の上目遣いを思い出したらまた鼻血が出るところだったわ。そっと鼻に手を当てて粗相をしていないか確認する。うん、大丈夫。血は出ていない。


 意識を現実に引き戻そう。

 私たちは城を出て、真っ直ぐに南の丘を目指していた。ゆっくり歩いて三〇分ほどで到着する距離にある。
 この一帯は年中温暖で過ごしやすい気候のため、いつも色とりどりの花を咲き綻ばせているのだとか。魔界に居座ってからずっと城内で忙しく過ごしていたので、改めて外の空気に触れるとなんとも不思議な気分になる。
 とてものどかで平和な光景。見渡す限り広がるのは青い空と広大な自然。野を駆けるウサギやリスは人間界とさほど変わらない。角が生えたものや、鋭利な牙を有する種族はいるようだが、こちらから手を出さなければ襲っては来ないようだ。

「平和ですねえ」
「そうねえ」

 なんだかほのぼのとした気分になる。同調してくれたミーシャお姉様もまどろんだ表情をしている。

 ちなみに魔界にも太陽と月がある。お姉様は紫外線を気にして、いつもの際どい服装の上に薄手の外套を羽織っている。それはそれで色っぽいのだけれど、あえて口にしないでおこう。ピンクの日傘まで差していて防御力高めだ。

 私も今日のために動きやすいパンツスタイルの服を繕ってもらった。
 裾がふわりと膨らんでいて、足首でキュッと絞られている。トップスは半袖で、元々着ていた法衣をイメージして、胸の辺りまでゆったりとした襟が垂れている。城の針子もしているお姉様は、話し方こそゆったりしているものの裁縫となると目を見張るほどの速さで服を仕上げていく。
 この三日で自分の外套と私の服、それにルイ様のおでかけ着まで作り上げてしまった。

 ルイ様はいつも厳かな軍服のような衣装を着こなしているけれど、今日はピクニック。
 外は暑いしそれなりに歩く予定なので、私とお揃いのズボン(色違い)に、トップスは黒の半袖シャツを身に纏っている。生地は通気性の良い麻を使っているとお姉様が説明してくれた。いつもよりずっとラフな服装なので、年相応の男の子に見える。子供らしいなんて言うと拗ねてしまうのでこれまた胸の内に秘めておく。

「それほど高い丘でもないので上まで登ってしまってからゆっくり休憩しましょう」

 ウェインさんの言葉通り、目的地の丘は緩やかな丘陵で、歩道も整備されていて歩きやすそうだ。それにしてお誰が整備したのだろう?

「城の周りは魔王様がいつ訪れてもいいように、自然を壊さぬ程度に道が舗装されておるのじゃ」

 私が不思議そうに歩道を見ていたからか、後ろを歩いていたカロン爺が教えてくれた。

「そうなのね。おかげでこうしてストレスなくお散歩できるのだから、整備してくれた魔物さんに感謝しないとね」

 そう返すと、カロン爺の首がころんと落ちた。なんで⁉︎

「わーっ! ちょっと! どうしたの」
「いや、すまん」

 危うく蹴り飛ばすところだったカロン爺の頭を慌てて拾い上げる。そっと差し出すと、カロン爺は短くお礼を言って頭を首に装着した。すっかりこの光景にも慣れてしまった。

「……ここらを整備したのはワシでのう」
「えっ! そうなの! ありがとう」
「ふん」

 なんと、先ほどの話はカロン爺自身の話だったようだ。城の掃除だけでなく、城外のこんなところまで綺麗にしているなんて驚いた。詳しく聞くと、城の庭師と共に少しずつ整備していったのだという。この話はルイ様自身も知らなかったみたいで同じく驚嘆の声をあげていた。

「そうだったのか。知らずにすまない。爺らのおかげで歩道には小石の一つすら落ちておらず歩きやすい。大義であった」

 ルイ様の天使の微笑みを食らったカロン爺の頭が吹っ飛んだのは言うまでもない。丘を転がり落ちていくものだから、拾いに行くのが大変だった。


 なんてことを話していると、あっという間に頂上に到着した。


「わぁ……本当に綺麗」

 小高い丘の上には柔らかな風が吹いていて、しっとり汗をかいた肌に心地よい。一帯が見渡すことができて大自然の一部になったかのように錯覚する。それに、話に聞いていた以上に多種多様な花々が咲き誇っている。人間界に見られない花もあるようなので、城に帰ったら植物図鑑を改めてみよう。

「これは圧巻だな」
「そうですね。ルイ様もここに来たのは初めてですか?」
「ああ。城からはいつも見ていたのだがな……こうして足を運ぶのは初めてだ。気持ちがいいな」

 私の隣に立ったルイ様は、目を閉じて自然を感じているようだ。ふわりと旋風が吹き上げて、ルイ様の艶やかな黒髪を靡かせる。

「え……?」

 その時、なぜかルイ様の姿が重なって見えた。慌てて瞬きをして目を擦る。いつものルイ様だ。


 ありえないよね。大人の姿に見えるだなんて。一瞬見えたルイ様は、背がグッと高くて長髪で鼻梁が整っていて……この世のものと思えないほどに美しかった。


「ん? アリエッタ、どうした? 顔が赤いぞ」
「えっ⁉︎ あ、あはは! 立ち止まったらドッと汗が吹き出してきたみたいです。水分摂ってきますね!」

 いけない。一瞬重なって見えた姿に見惚れて赤面するなんて!
 なぜだか心臓がどんどこ騒がしい。イケメンの力、恐るべし。

 敷物を広げて荷物を下ろし、弁当の準備をするマルディラムさんの元へ駆けて行き、水筒をもらう。ごくごくと水を飲み干すと熱くなった体がすうっと冷えていった。

「あれ、ちょっと酸っぱい」
「塩とレモンを少々絞っている。熱中症対策だ」

 さすがマルディラムさん。水筒の水ひとつにも細かな気配りを忘れない。

「美味しかったです」
「ならばよかった。ちょうどいい、弁当の用意を手伝ってくれ」
「もちろんです!」
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