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第二話 アリエッタのウキウキ魔界ライフ 5

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「あなたもすっかり馴染んだわねぇ」
「えへへ、光栄です。お姉たま」
「お姉たまはやめなさい」
「えー、じゃあ……お姉様?」
「変わらないじゃない……まあ、いいわあ」

 その日の夜、ルイ様の天使の寝顔を全員が拝み終わった後、私はミーシャお姉たま……じゃなくて、お姉様の晩酌に付き合っている。ちなみに私は十八歳。人間界では成人を迎える歳なのでお酒も飲める。

 私たちが押しかけたのは厨房。そこでは明日の下拵えをするマルディラムさんの姿があった。

 邪魔では? と思ったけれど、ミーシャお姉様は「お邪魔するわよお」と慣れた様子でガタガタと椅子を用意し始めた。マルディラムさんは何か言いたげだったものの、言っても聞かないと分かっているのか諦めた様子で再び調理に戻っていった。
 そんなマルディラムさんには目もくれず、ミーシャお姉様は、ふんふん鼻歌を歌いながら、グラスを二つとボトルを一本取り出して、なみなみと赤い葡萄酒を注いでいく。

「はーい、かんぱーい」
「わっ、乾杯!」

 ミーシャお姉様はグラスをズイッと差し出し、私が溢れないように慌てて受け取っている間に乾杯の音頭を取ってしまった。つくづくマイペースなお姉様である。

「ぷはぁ! 生き返るわあ」

 ぐびぐびと白くて艶やかな喉を反らせて葡萄酒を煽るお姉様。あっという間にグラスが空になったため、素早く追加の葡萄酒を注ぐ。

「あら、悪いわね」

 お姉様はそう言って再びグラスを煽ると、「ねぇ、何かつまめるものはないのお?」とマルディラムさんに要求した。

「お前な……」

 マルディラムさんはげんなりした様子を見せつつも、サッとチーズを乗せたクリケットを皿に盛り付けてくれる。仕上げにオリーブオイルを軽く垂らしてくれた。手慣れている。きっとお姉様は頻繁に厨房に入り浸っていて、その都度つまみを作らされているのだろう。

「んうー! 美味しい。お酒が進むわあ」
「……美味しい!」

 私も遠慮がちに一枚摘んで口に放り込んだ。チーズの程よい酸味とサクッと食感が楽しいクリケットが絶妙なバランスだ。つい勢いよく顔を上げて尊敬の眼差しでマルディラムさんを見つめてしまった。彼はまんざらでもなさそうに鼻の下辺りを掻いている。頭、ないんだけど。

「それで、どう? 魔界での生活にはもう……すっかり慣れたようね」
「はい、おかげさまで。幸せで充実した毎日を過ごしています!」

 嬉々として語る私を優しい眼差しで見つめてくれるミーシャお姉様。その瞳はとろんとして妙に色っぽい。頬もどことなく朱が差していて……って、これはもう酔っ払っているわ。「うーん、可愛いわあ」と私の頬をペタペタ触ってきて、遂にはむぎゅうっと抱きしめて頬擦りされてしまう。うわあ! 圧が! おっぱいの圧がすごい!

 救いを求めてマルディラムさんに熱い視線を送るも、素知らぬ顔でカシャカシャとホイッパーで生クリームを泡立てている。ケーキ? 明日のおやつはケーキですか?

「ルイス様もすっかりアリエッタに懐いちゃって……可愛くて仕方がないんじゃなあい?」
「ええ、そりゃもう、可愛くてたまらんですよ」

 ようやくおっぱいから解放された私は、ちびちびと葡萄酒に口をつけがらしみじみと答える。ルイ様は可愛い。見た目が秀麗であることはもちろん、魔界を統べる魔王であろうと日々努力する様子も愛おしくてたまらない。とっても努力家なのだ。

「叶うなら、ずっと小さくて可愛いルイ様でいてほしいですねぇ」
「さぁ、どうかしら。男の成長は早いわよお。ルイス様は間違いなくとびきりのいい男になるわあ」

 成長したルイ様か……今でさえ美少年なのだから、きっととてつもない色気を醸し出す素敵な男性になるのだろう。

「あーあ。ルイ様が成人する頃には私はおばさんですよ」
「あら……そう、まだ知らないのね」

 私が盛大なため息をついて、グイッとグラスを煽った時、ミーシャお姉様が何か呟いた。「ん? 何か言いましたか?」と尋ねるも、「んーん、何にも?」と妖艶な笑顔で誤魔化されてしまった。
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