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閑話 深夜の緊急会議①

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「お眠りになったか?」
「ああ、よく眠っていらっしゃる」
「今日は色々あったもの。ぐっすりね」

 聖女アリエッタが魔界にやってきたその夜。魔王側近の魔物たちは、魔王ルイスの寝所にいた。

 彼らはルイスのベッドを囲むようにして愛すべき主君の寝顔を見つめている。その表情は一様に蕩けており、魔王への忠誠以上のものが窺える。

 日中は魔界を統べる王として、幼いながらに凛とした姿を見せるルイス。だが、こうして無防備に眠る姿は年相応のあどけなさを滲ませている。家臣たちは、毎晩この麗しい寝顔を見ては、必ずルイスをお守りするのだと忠誠心を新たにするのだ。

「さて、皆の衆。会議室に移動しますよ」

 燕尾服を優雅に着こなす壮年の執事が、金縁の片眼鏡をクイッと上げて一同に移動を促した。その声に続いて、ゾロゾロと会議室に移動していく。そしてそれぞれ自分の席に着くと、執事が黒い壁に石灰を固めて作った白い棒でスラスラと議題を書き記していく。


 本日の議題は、『聖女アリエッタの処遇について』である。


 神秘的に輝く銀髪に、宝石と見紛うほど美しいアメジストの瞳。その内面には強かさが潜んでいるようだが、魔界に残りたいという奇なる娘の処遇について話し合わねばなるまい。

 執事が着席すると同時に、ワッと口々に話し始めた。

「いいのか? 人間の女、しかも魔王討伐パーティに属していた聖女を魔界に留まらせて」
「いいもなにも、ルイス様がお決めになったことだもの。家臣の私たちはその決定に従うだけじゃなあい?」
「左様。ルイス様も申しておられたが、我らの信頼を得なければ人間界に送り返されるのだ」
「ふうむ。信頼、と言われてものう。人間じゃぞ? ワシは人間とどう接していいか分からん」

 やはり皆、人間を魔界に留まらせておくことに抵抗を感じているらしい。

「それにしても変わった子よねえ? わざわざ一人で魔界に残るなんて。私たち魔物を怖がっている素振りも見せないわ」
「なにを企んでおるのやら……その真意が見えん」
「ううむ。まさか、我らを懐柔し、油断させたところでルイス様を討とうなどとは考えておらぬだろうな」
「それはない。ルイス様がその審美眼にて見極めをなされたのだ。あの者はルイス様にも、我らが魔界にも害をもたらそうとはしておらぬ」

 ルイスの瞳は、相手の悪意や嘘を見抜く能力を秘めている。その目で見極められ、認められたアリエッタは、ルイスの言う通り魔物に害なすつもりは毛頭ないのだろう。

 では、果たしてその目的とは? 人間が魔界に留まって何の得がある?

 一同は顔を見合わせて、溜息をついた。ここでいくら頭を悩ませてもその答えは得れそうにない。

「……あの娘の目的がなんであれ、魔法の指導を任せるのも一興かもしれませんね」
「えっ⁉︎ 何よ、急に」

 ポツリと執事がこぼした言葉に、半人半鳥は目を瞠る。最もルイスに近しく、身の回りの世話を担っているのは執事だ。その彼が自らの責務を人間に任せようなどと考えるとは思わなかったのだ。

「いや、ルイス様……魔王様は特殊な産まれ方をされる。母がおらず、親の温もりを知らずに育っておられる。我らが親代わりとしてもルイス様に誠心誠意仕えてはおりますが、やはり主君と家臣という関係は越えられません。それに、我らが過保護に接しすぎているためか、ルイス様は歴代の魔王様の中でも特に争いに消極的でいらっしゃる。誰かを傷つけるために魔法を行使することを嫌い、強すぎる魔力ゆえに魔法を余程のことがない限りは使おうとなさらない。このままではルイス様は保守的すぎるまま育ってしまわれる。もしかすると、あの娘がルイス様の閉じた殻を破る存在となるやもしれん。ふと、そう思いましてね」

 執事の言葉に、思い当たる節がある面々は苦い顔をして俯いた。

 魔界にいる魔物は、魔王であるルイスを敬い、主君として忠誠を誓っている。だからこそ、厳しくしきれないところもあれば、ルイスが甘えたい時に胸を貸してやることも叶わない。その役割を、あの娘が担うことができるなら、ルイスはもっと肩の力を抜いて子供らしく生きることができるのではないか。

「よし、まずはやはり、魔界に残った真意を問わねばなるまい。回答によっては受け入れることはできん。いいな?」
「異論はありません」

 首無し騎士に執事も頷き、明朝、アリエッタが泊まる客間を訪ねて真意を問いただすことが決まった。



「それにしても、聖女、ですか……巡り合わせでしょうか」



 皆が会議室を辞した後、一人残された執事はポツリと呟いた。
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