5 / 62
閑話 深夜の緊急会議①
しおりを挟む
「お眠りになったか?」
「ああ、よく眠っていらっしゃる」
「今日は色々あったもの。ぐっすりね」
聖女アリエッタが魔界にやってきたその夜。魔王側近の魔物たちは、魔王ルイスの寝所にいた。
彼らはルイスのベッドを囲むようにして愛すべき主君の寝顔を見つめている。その表情は一様に蕩けており、魔王への忠誠以上のものが窺える。
日中は魔界を統べる王として、幼いながらに凛とした姿を見せるルイス。だが、こうして無防備に眠る姿は年相応のあどけなさを滲ませている。家臣たちは、毎晩この麗しい寝顔を見ては、必ずルイスをお守りするのだと忠誠心を新たにするのだ。
「さて、皆の衆。会議室に移動しますよ」
燕尾服を優雅に着こなす壮年の執事が、金縁の片眼鏡をクイッと上げて一同に移動を促した。その声に続いて、ゾロゾロと会議室に移動していく。そしてそれぞれ自分の席に着くと、執事が黒い壁に石灰を固めて作った白い棒でスラスラと議題を書き記していく。
本日の議題は、『聖女アリエッタの処遇について』である。
神秘的に輝く銀髪に、宝石と見紛うほど美しいアメジストの瞳。その内面には強かさが潜んでいるようだが、魔界に残りたいという奇なる娘の処遇について話し合わねばなるまい。
執事が着席すると同時に、ワッと口々に話し始めた。
「いいのか? 人間の女、しかも魔王討伐パーティに属していた聖女を魔界に留まらせて」
「いいもなにも、ルイス様がお決めになったことだもの。家臣の私たちはその決定に従うだけじゃなあい?」
「左様。ルイス様も申しておられたが、我らの信頼を得なければ人間界に送り返されるのだ」
「ふうむ。信頼、と言われてものう。人間じゃぞ? ワシは人間とどう接していいか分からん」
やはり皆、人間を魔界に留まらせておくことに抵抗を感じているらしい。
「それにしても変わった子よねえ? わざわざ一人で魔界に残るなんて。私たち魔物を怖がっている素振りも見せないわ」
「なにを企んでおるのやら……その真意が見えん」
「ううむ。まさか、我らを懐柔し、油断させたところでルイス様を討とうなどとは考えておらぬだろうな」
「それはない。ルイス様がその審美眼にて見極めをなされたのだ。あの者はルイス様にも、我らが魔界にも害をもたらそうとはしておらぬ」
ルイスの瞳は、相手の悪意や嘘を見抜く能力を秘めている。その目で見極められ、認められたアリエッタは、ルイスの言う通り魔物に害なすつもりは毛頭ないのだろう。
では、果たしてその目的とは? 人間が魔界に留まって何の得がある?
一同は顔を見合わせて、溜息をついた。ここでいくら頭を悩ませてもその答えは得れそうにない。
「……あの娘の目的がなんであれ、魔法の指導を任せるのも一興かもしれませんね」
「えっ⁉︎ 何よ、急に」
ポツリと執事がこぼした言葉に、半人半鳥は目を瞠る。最もルイスに近しく、身の回りの世話を担っているのは執事だ。その彼が自らの責務を人間に任せようなどと考えるとは思わなかったのだ。
「いや、ルイス様……魔王様は特殊な産まれ方をされる。母がおらず、親の温もりを知らずに育っておられる。我らが親代わりとしてもルイス様に誠心誠意仕えてはおりますが、やはり主君と家臣という関係は越えられません。それに、我らが過保護に接しすぎているためか、ルイス様は歴代の魔王様の中でも特に争いに消極的でいらっしゃる。誰かを傷つけるために魔法を行使することを嫌い、強すぎる魔力ゆえに魔法を余程のことがない限りは使おうとなさらない。このままではルイス様は保守的すぎるまま育ってしまわれる。もしかすると、あの娘がルイス様の閉じた殻を破る存在となるやもしれん。ふと、そう思いましてね」
執事の言葉に、思い当たる節がある面々は苦い顔をして俯いた。
魔界にいる魔物は、魔王であるルイスを敬い、主君として忠誠を誓っている。だからこそ、厳しくしきれないところもあれば、ルイスが甘えたい時に胸を貸してやることも叶わない。その役割を、あの娘が担うことができるなら、ルイスはもっと肩の力を抜いて子供らしく生きることができるのではないか。
「よし、まずはやはり、魔界に残った真意を問わねばなるまい。回答によっては受け入れることはできん。いいな?」
「異論はありません」
首無し騎士に執事も頷き、明朝、アリエッタが泊まる客間を訪ねて真意を問いただすことが決まった。
「それにしても、聖女、ですか……巡り合わせでしょうか」
皆が会議室を辞した後、一人残された執事はポツリと呟いた。
「ああ、よく眠っていらっしゃる」
「今日は色々あったもの。ぐっすりね」
聖女アリエッタが魔界にやってきたその夜。魔王側近の魔物たちは、魔王ルイスの寝所にいた。
彼らはルイスのベッドを囲むようにして愛すべき主君の寝顔を見つめている。その表情は一様に蕩けており、魔王への忠誠以上のものが窺える。
日中は魔界を統べる王として、幼いながらに凛とした姿を見せるルイス。だが、こうして無防備に眠る姿は年相応のあどけなさを滲ませている。家臣たちは、毎晩この麗しい寝顔を見ては、必ずルイスをお守りするのだと忠誠心を新たにするのだ。
「さて、皆の衆。会議室に移動しますよ」
燕尾服を優雅に着こなす壮年の執事が、金縁の片眼鏡をクイッと上げて一同に移動を促した。その声に続いて、ゾロゾロと会議室に移動していく。そしてそれぞれ自分の席に着くと、執事が黒い壁に石灰を固めて作った白い棒でスラスラと議題を書き記していく。
本日の議題は、『聖女アリエッタの処遇について』である。
神秘的に輝く銀髪に、宝石と見紛うほど美しいアメジストの瞳。その内面には強かさが潜んでいるようだが、魔界に残りたいという奇なる娘の処遇について話し合わねばなるまい。
執事が着席すると同時に、ワッと口々に話し始めた。
「いいのか? 人間の女、しかも魔王討伐パーティに属していた聖女を魔界に留まらせて」
「いいもなにも、ルイス様がお決めになったことだもの。家臣の私たちはその決定に従うだけじゃなあい?」
「左様。ルイス様も申しておられたが、我らの信頼を得なければ人間界に送り返されるのだ」
「ふうむ。信頼、と言われてものう。人間じゃぞ? ワシは人間とどう接していいか分からん」
やはり皆、人間を魔界に留まらせておくことに抵抗を感じているらしい。
「それにしても変わった子よねえ? わざわざ一人で魔界に残るなんて。私たち魔物を怖がっている素振りも見せないわ」
「なにを企んでおるのやら……その真意が見えん」
「ううむ。まさか、我らを懐柔し、油断させたところでルイス様を討とうなどとは考えておらぬだろうな」
「それはない。ルイス様がその審美眼にて見極めをなされたのだ。あの者はルイス様にも、我らが魔界にも害をもたらそうとはしておらぬ」
ルイスの瞳は、相手の悪意や嘘を見抜く能力を秘めている。その目で見極められ、認められたアリエッタは、ルイスの言う通り魔物に害なすつもりは毛頭ないのだろう。
では、果たしてその目的とは? 人間が魔界に留まって何の得がある?
一同は顔を見合わせて、溜息をついた。ここでいくら頭を悩ませてもその答えは得れそうにない。
「……あの娘の目的がなんであれ、魔法の指導を任せるのも一興かもしれませんね」
「えっ⁉︎ 何よ、急に」
ポツリと執事がこぼした言葉に、半人半鳥は目を瞠る。最もルイスに近しく、身の回りの世話を担っているのは執事だ。その彼が自らの責務を人間に任せようなどと考えるとは思わなかったのだ。
「いや、ルイス様……魔王様は特殊な産まれ方をされる。母がおらず、親の温もりを知らずに育っておられる。我らが親代わりとしてもルイス様に誠心誠意仕えてはおりますが、やはり主君と家臣という関係は越えられません。それに、我らが過保護に接しすぎているためか、ルイス様は歴代の魔王様の中でも特に争いに消極的でいらっしゃる。誰かを傷つけるために魔法を行使することを嫌い、強すぎる魔力ゆえに魔法を余程のことがない限りは使おうとなさらない。このままではルイス様は保守的すぎるまま育ってしまわれる。もしかすると、あの娘がルイス様の閉じた殻を破る存在となるやもしれん。ふと、そう思いましてね」
執事の言葉に、思い当たる節がある面々は苦い顔をして俯いた。
魔界にいる魔物は、魔王であるルイスを敬い、主君として忠誠を誓っている。だからこそ、厳しくしきれないところもあれば、ルイスが甘えたい時に胸を貸してやることも叶わない。その役割を、あの娘が担うことができるなら、ルイスはもっと肩の力を抜いて子供らしく生きることができるのではないか。
「よし、まずはやはり、魔界に残った真意を問わねばなるまい。回答によっては受け入れることはできん。いいな?」
「異論はありません」
首無し騎士に執事も頷き、明朝、アリエッタが泊まる客間を訪ねて真意を問いただすことが決まった。
「それにしても、聖女、ですか……巡り合わせでしょうか」
皆が会議室を辞した後、一人残された執事はポツリと呟いた。
24
お気に入りに追加
954
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【☆完結☆】転生箱庭師は引き籠り人生を送りたい
うどん五段
ファンタジー
昔やっていたゲームに、大型アップデートで追加されたソレは、小さな箱庭の様だった。
ビーチがあって、畑があって、釣り堀があって、伐採も出来れば採掘も出来る。
ビーチには人が軽く住めるくらいの広さがあって、畑は枯れず、釣りも伐採も発掘もレベルが上がれば上がる程、レアリティの高いものが取れる仕組みだった。
時折、海から流れつくアイテムは、ハズレだったり当たりだったり、クジを引いてる気分で楽しかった。
だから――。
「リディア・マルシャン様のスキルは――箱庭師です」
異世界転生したわたくし、リディアは――そんな箱庭を目指しますわ!
============
小説家になろうにも上げています。
一気に更新させて頂きました。
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」
ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい
珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。
本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。
…………私も消えることができるかな。
私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。
私は、邪魔な子だから。
私は、いらない子だから。
だからきっと、誰も悲しまない。
どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。
そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。
異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。
☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。
彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる