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最終話 チルとレオン 1
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「本当にごめんね」
「いえ、チル様が謝ることではありませんから。それに、どちらにしろ極刑だったのです。神が天罰を下されたのですよ」
「まあ、確かにあいつは魔界の神だからあながち間違ってはいないのか……?」
昨夜、いつものように頭の中で神様たちがやいやい騒がしい中、リヴァルドが居なかったので不思議に思っていた。
そしたらなんと、ザギルモンド元国王が魔王召喚の儀をして呼び出されていたなんて……はあ。
魔界を統べる王を呼ぶには少なすぎる対価なのに召喚に応じたのは、単にこっちに来たかったからだろうなあ。
結局牢に囚われていた罪人の魂を余すことなく吸い尽くして、嬉々として僕の前に現れたリヴァルド。
何故か褒めて欲しそうに目をキラキラ輝かせて、得意げな顔をしていた。
その顔にイラッとしたものの事情を聞くと随分好き勝手したらしかったので、指輪の力を使って魔界に強制送還した。本当に油断も隙もない。
まあ、今回はザギルモンド元国王の自業自得だから仕方がないかな。
とりあえず、エリックには報告しておかねばと、こうしてレオンを連れて新生ザギルモンド王国を訪れたってわけ。
レオンは僕の隣に座って、エリックが用意してくれたお菓子を夢中になって口いっぱいに詰め込んでいる。
「ところで、どうだい? 最近」
せっかく久々に対面で話すので、エリックに近況を尋ねてみる。エリックは肩を揉みながらため息を一つ落とした。
「やることばかりで大変ですよ」
王国に巣食っていた膿を絞り出し、人事の刷新が整ったところだから、今が一番忙しい時だろう。
エリックの顔には疲労の色が滲んでいるけれど、目は力強く煌めいていて、やる気が漲っている。
「この国は表向き豊かな新興国だと思われてるけど、実のところ貧富の差が激しい。早めに貧しい人への支援や慈善事業に注力してあげてほしい」
「ええ。すでに動いておりますよ」
「さすがエリック!」
僕はパチンと指を鳴らしてみせる。エリックは誇らしげな笑みを浮かべ、ふと表情に影を落とした。
「……チル様は、貧しい生まれだったと言っていましたね」
ああ、そういえば、エリックには僕の生い立ちについて話していたんだった。
初めて聞く話に、レオンが密かに聞き耳を立てている。
気配でバレバレだけどね。
「うん。日銭暮らしだったけど家族仲良くて、笑顔が絶えない幼少期だったよ? でも――」
僕はは手のひらを上にして、ゴポリと清らかな水球を生み出した。水球は光を反射してキラキラ輝いている。
「もし、僕があの頃から魔法が使えたら……こうして綺麗な水を生み出すことができたら……幼い妹が泥水を啜ることも、そこから感染病に罹って家族みんなが死ぬこともなかった。水さえあれば、熱で張り付く喉も潤せたし、薄汚れた身体も清めてあげられた。治癒魔法が使えたら、病気や怪我も癒すことができた。まあ、学ぶ機会がなかったから仕方がないけど、たまに考えてしまうよね」
僕の家族は不衛生な環境下で感染病に罹り、薬を買うことも医者に診てもらうこともできずに衰弱して命を落とした。
せめて、魔法が使えたら――今でもたまにそう思ってしまうのも仕方がないのかもしれない。
幼いながら、懸命に看病していた僕も家族を看取った後に疲労で倒れてしまった。
ガリガリに痩せて、ああ、もうここまでか、思ったよりも早い家族との再会になりそうだ、と諦めかけていた時、僕は出会った。
――当時の大賢者に。
彼に救われ、行動を共にするようになってから、僕は魔法の存在を知った。それすら知らない無知な子供だったんだ。
僕は彼を師匠と呼び、魔法を教わった。
魔法を一つ覚えるたびに、この力があったら、家族は死なずに済んだのに、と思わずにはいられなかった。
『チル、死者を蘇らせることは、大賢者であれど不可能だ。この世のことわりに背くことはできないからね。まだこの世界には貧富の差もあれば危険な魔物も存在する。チルみたいに死の間際に瀕している人だって、たくさんいる。チルはその力をどう使いたい?』
『僕は――僕みたいな子が、二度と現れない世界にしたい』
『ははっ、それはいい。世界そのものを変えることはとても難しい。それこそ神にでもならないと不可能かもしれないね』
『神様……』
この時の師匠の言葉を間に受けた僕が、魔物に対する文句を言いに魔界に向かい、魔界の神に弟子入りすることになったんだよねえ。
ちなみに師匠は、僕が人間界に戻った後、自分も悠々自適に世界を巡りたいと言って、大賢者の称号を返還した。
その後、功績を上げた僕が大賢者の称号を引き継ぐことになるなんて、縁は繋がっているなと思わされる。
「――実は魔法に適性がある子って意外といるんだよね。だからさ、教育環境も整えてあげてよ。近い未来、この国を支えるのは今を生きる子供達なんだから。貧富の差に関わらず、学ぶ機会を均等に与えてあげて欲しい」
「ええ。精一杯頑張りますよ」
僕の話を聞いたエリックは、静かに頷いてくれた。
「チル……」
少ししんみりとした雰囲気だったから、レオンが心配そうに僕を見上げてきた。
「ん、大丈夫だよ。今はレオンも、やかましいけど神様たちもいるしね」
レオンは少し、妹に似ている。三つ年下の妹は、生きていればレオンと同じ歳の頃だ。
「妹……」
そのことを伝えると、レオンはなぜか、むううと頬を膨らませて拗ねてしまった。何か気に障ることを言ってしまったのかな?
「あはは、大賢者様も色恋には疎いようだ」
「はあ? 何言ってるのさ」
まったく、訳が分からない。
その時、和やかな空気を打ち消すように、突然部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「いえ、チル様が謝ることではありませんから。それに、どちらにしろ極刑だったのです。神が天罰を下されたのですよ」
「まあ、確かにあいつは魔界の神だからあながち間違ってはいないのか……?」
昨夜、いつものように頭の中で神様たちがやいやい騒がしい中、リヴァルドが居なかったので不思議に思っていた。
そしたらなんと、ザギルモンド元国王が魔王召喚の儀をして呼び出されていたなんて……はあ。
魔界を統べる王を呼ぶには少なすぎる対価なのに召喚に応じたのは、単にこっちに来たかったからだろうなあ。
結局牢に囚われていた罪人の魂を余すことなく吸い尽くして、嬉々として僕の前に現れたリヴァルド。
何故か褒めて欲しそうに目をキラキラ輝かせて、得意げな顔をしていた。
その顔にイラッとしたものの事情を聞くと随分好き勝手したらしかったので、指輪の力を使って魔界に強制送還した。本当に油断も隙もない。
まあ、今回はザギルモンド元国王の自業自得だから仕方がないかな。
とりあえず、エリックには報告しておかねばと、こうしてレオンを連れて新生ザギルモンド王国を訪れたってわけ。
レオンは僕の隣に座って、エリックが用意してくれたお菓子を夢中になって口いっぱいに詰め込んでいる。
「ところで、どうだい? 最近」
せっかく久々に対面で話すので、エリックに近況を尋ねてみる。エリックは肩を揉みながらため息を一つ落とした。
「やることばかりで大変ですよ」
王国に巣食っていた膿を絞り出し、人事の刷新が整ったところだから、今が一番忙しい時だろう。
エリックの顔には疲労の色が滲んでいるけれど、目は力強く煌めいていて、やる気が漲っている。
「この国は表向き豊かな新興国だと思われてるけど、実のところ貧富の差が激しい。早めに貧しい人への支援や慈善事業に注力してあげてほしい」
「ええ。すでに動いておりますよ」
「さすがエリック!」
僕はパチンと指を鳴らしてみせる。エリックは誇らしげな笑みを浮かべ、ふと表情に影を落とした。
「……チル様は、貧しい生まれだったと言っていましたね」
ああ、そういえば、エリックには僕の生い立ちについて話していたんだった。
初めて聞く話に、レオンが密かに聞き耳を立てている。
気配でバレバレだけどね。
「うん。日銭暮らしだったけど家族仲良くて、笑顔が絶えない幼少期だったよ? でも――」
僕はは手のひらを上にして、ゴポリと清らかな水球を生み出した。水球は光を反射してキラキラ輝いている。
「もし、僕があの頃から魔法が使えたら……こうして綺麗な水を生み出すことができたら……幼い妹が泥水を啜ることも、そこから感染病に罹って家族みんなが死ぬこともなかった。水さえあれば、熱で張り付く喉も潤せたし、薄汚れた身体も清めてあげられた。治癒魔法が使えたら、病気や怪我も癒すことができた。まあ、学ぶ機会がなかったから仕方がないけど、たまに考えてしまうよね」
僕の家族は不衛生な環境下で感染病に罹り、薬を買うことも医者に診てもらうこともできずに衰弱して命を落とした。
せめて、魔法が使えたら――今でもたまにそう思ってしまうのも仕方がないのかもしれない。
幼いながら、懸命に看病していた僕も家族を看取った後に疲労で倒れてしまった。
ガリガリに痩せて、ああ、もうここまでか、思ったよりも早い家族との再会になりそうだ、と諦めかけていた時、僕は出会った。
――当時の大賢者に。
彼に救われ、行動を共にするようになってから、僕は魔法の存在を知った。それすら知らない無知な子供だったんだ。
僕は彼を師匠と呼び、魔法を教わった。
魔法を一つ覚えるたびに、この力があったら、家族は死なずに済んだのに、と思わずにはいられなかった。
『チル、死者を蘇らせることは、大賢者であれど不可能だ。この世のことわりに背くことはできないからね。まだこの世界には貧富の差もあれば危険な魔物も存在する。チルみたいに死の間際に瀕している人だって、たくさんいる。チルはその力をどう使いたい?』
『僕は――僕みたいな子が、二度と現れない世界にしたい』
『ははっ、それはいい。世界そのものを変えることはとても難しい。それこそ神にでもならないと不可能かもしれないね』
『神様……』
この時の師匠の言葉を間に受けた僕が、魔物に対する文句を言いに魔界に向かい、魔界の神に弟子入りすることになったんだよねえ。
ちなみに師匠は、僕が人間界に戻った後、自分も悠々自適に世界を巡りたいと言って、大賢者の称号を返還した。
その後、功績を上げた僕が大賢者の称号を引き継ぐことになるなんて、縁は繋がっているなと思わされる。
「――実は魔法に適性がある子って意外といるんだよね。だからさ、教育環境も整えてあげてよ。近い未来、この国を支えるのは今を生きる子供達なんだから。貧富の差に関わらず、学ぶ機会を均等に与えてあげて欲しい」
「ええ。精一杯頑張りますよ」
僕の話を聞いたエリックは、静かに頷いてくれた。
「チル……」
少ししんみりとした雰囲気だったから、レオンが心配そうに僕を見上げてきた。
「ん、大丈夫だよ。今はレオンも、やかましいけど神様たちもいるしね」
レオンは少し、妹に似ている。三つ年下の妹は、生きていればレオンと同じ歳の頃だ。
「妹……」
そのことを伝えると、レオンはなぜか、むううと頬を膨らませて拗ねてしまった。何か気に障ることを言ってしまったのかな?
「あはは、大賢者様も色恋には疎いようだ」
「はあ? 何言ってるのさ」
まったく、訳が分からない。
その時、和やかな空気を打ち消すように、突然部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
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