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第八話 チルと古の厄災 4
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今、自分は何を目にしているのだろう。
エリックは目の前で繰り広げられる非日常的な光景に唖然としていた。
厄災がレオンを連れ去ってきて、もしや大賢者チルでさえ厄災には敵わなかったのかと絶望しかけていた。
そんな中、唯一の光として現れたのは、やはりチルその人であった。
かつて、義母である現王妃に命を狙われたあの日、エリックは死を覚悟した。
そんな時、野党に扮した暗殺者を瞬く間に地面に沈めて救ってくれたのがチルだった。それから数日、チルと森で過ごした穏やかな日々は、生きることを諦めかけたエリックに希望を与えてくれた。
命の恩人であり、尊敬する師であるチルは、やはり常人ではなかった。
『僕は各界の神様の弟子だからね。まったく、彼らは過保護すぎて困るんだよ。僕に何かあればきっとただじゃおかないだろうね』
そう言って笑ったチルの言葉を冗談半分で聞いていたエリックであるが、その言葉が冗談ではなかったのだと、今になってようやく実感することができた。
五色の光を携えながら宙に漂うように浮かぶチルは、神々しくて思わず跪いてしまいそうな衝動に駆られる。
そして奇妙なことに、チルの口から紡がれる言葉や声音が次々入れ替わり、まるでそこに何人もの人物がいるように錯覚する。話し方が変わる時、チルの瞳の色も変化している。赤や青、桃色に翠緑色、瞳の色が変わる度に人格が入れ替わっているようだ。
規格外な威力の魔法を次々に放ち、かつて人間界を滅びに向かわせた厄災がなす術もなく痛めつけられている。
やがて、チルの一方的な猛攻により、厄災はあっさりと消滅してしまった。
「ふう……」
厄災の消滅を確認したチルは、息を吐きながら静かに地に足をつけた。
そして真っ直ぐにレオンを支えるエリックの元へと向かってくる。
「ありがとう。レオンを見ていてくれて」
「あ、いえ……こちらこそ、厄災を滅ぼしてくださりありがとうございます」
「一度遅れを取ってしまったからね。被害が広がる前になんとかしたくてさ」
そう言いながら、チルは優しい眼差しでレオンの頭を撫でている。
「うふふ、この子がチルのお気に入りの猫耳族ちゃんね。あら、治癒魔法の適性があるのね。ふふっ、特別に女神様の加護を与えちゃおうかしら」
「はっ⁉︎ ちょおっ!」
急にチルの瞳が桃色に煌めき、頬に手を当てて妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、チルはレオンの頬にそっと唇を寄せた。
すぐに我に返ったようにチルが頬を真っ赤にして仰け反り、「おい! ヴィーナ! 勝手なことをするな!」と激怒している。
その様子がおかしくて、フッと緊張が解けたようにエリックは笑みを漏らしていた。
「もう、エリックも笑わないでよ」
「すみません。チル様は本当に神様のお弟子様だったのですね」
「ええっ、もしかして信じてなかったの?」
「だって、あまりにも飛び抜けすぎているではありませんか」
「そうかなあ……」
唇を尖らせながら頭を掻く姿は十五歳の少年なのに、彼はどれほどの経験と研鑽を積んできたのだろう。
「ああ、そうだ。今回の騒動の顛末を決めなくっちゃ。というわけで、みんなありがとうね」
「はあっ⁉︎ まさか、もう繋がりを切るつもりなのか⁉︎」
「ちょ、ちょちょ、待ってよ!」
「勝負がまだだぞ! 勝負が! む? チルの身体に入っていたら勝負ができんな」
「嫌じゃ嫌じゃ! もう少し、のう?」
「そうですよ! せっかくこうしてチルに頼ってもらったのですから……」
目まぐるしいほどに瞳の色が入れ替わり、まるで虹色のように眩く煌めいている。
「もう、キリがないだろ? どうせまた夜に話せるんだから。じゃあね。『神下ろし――封緘』」
チルが指輪の嵌められた左手をギュッと握り締めると、チルを包み込んでいた五色の光もシュウウと指輪に収束していく。それと共に城を包み込んでいた結界も光の粒子となって大気中に溶けていった。
「ふう、今夜も眠れそうにないな」
ため息を吐いたチルは、玉座の陰で小さく身を縮めていたザギルモンド国王に視線を投げた。
「さて、己が傲慢のために世界を滅ぼしかけた落とし前、どうつけてもらおうか……とりあえず、君は今この時を持って退位ね」
「んんっ⁉︎ んー! んー!」
「ああ、そっか。喋れなくしてたんだった」
目が血走っているザギルモンド国王の発言を封じていた魔法を解消する。途端にギャンギャン喚き始めた。
「ま、待て! ただ少し貴様を懲らしめてやろうと思うただけだ! は、ははっ、世界を滅ぼそうなどとそんなことは微塵も――」
「あのね、そういうところが考えなしで軽薄なんだよ。厄災を支配下においたとでも思っていた? もし僕たちが負けていたら、次に喰われていたのは君たちだったよ」
「そ、そんなことはない! 完璧にコントロールしておったし、現に私の命令通り猫耳族の小娘を攫ってき――ヒィィッ!」
「……へえ、やっぱり君がレオンを。今ここで殺してあげようか?」
ザギルモンド国王がうっかり溢した内容に、チルの殺気がぶわりと溢れる。直に殺気を浴びて、ザギルモンド国王の顔から血の気が引き、ガチガチと震えながら歯を鳴らしている。
「ひっ、あ……その……ぐうう」
忙しなく眼球を動かし、滝のように流れる冷や汗を拭っている。
「とにかく、こんなやつが上に立つ国が不憫でならないよ。今すぐ王の座を降りるんだ。――そして、次期国王には、ここにいるエリックを推薦する」
「なっ⁉︎」
いきなり飛び出した名前に、激しく動揺するのは当人のエリックである。
「な、なな、なにを言うておる! 王族は世襲制。たかが文官ごときが王位につけるなどと――」
「王族ならいいんでしょう? なら大丈夫。エリックは正真正銘あんたの子だから」
チルは素早くエリックの鼻先までずり落ちていた丸眼鏡を外してしまった。その場にいた者たちはみんな目が覚めたように目を瞬き、エリックの姿を確認するとギョッと目を剥いた。
「あ、あなたは……エリック王子? いや、まさか……」
エリックの出自を知る城の兵士たちの間にざわめきが広がっていく。
「な、なな……まさか、お前は死んだはず……!」
パクパクと口を動かしながらザギルモンド国王が震える指でエリックを指差す。
エリックは観念したように髪をかきあげると、青ざめすぎて真っ白になっている父王を横目に見ながらチルにお辞儀をした。
「まったく、あなたはいつも急なのですから……ですが、このエリック・ザギルモンド、あなたの命とあらば甘んじて拝命いたします」
「うん、いつかこうするつもりだったのが、少し早まっただけのことさ」
エリックは、病死した前王妃の一人息子である。
妻を亡くしたザギルモンド国王は、喪が明けてすぐに派手で顕示欲の強い後妻を娶った。エリックが五歳の時である。
すぐに二人の間には男子が生まれた。
エリックは、我が息子である第二王子を次期国王にと画策する現王妃に虐げられて地獄のような日々を過ごすようになった。王妃に頭が上がらない国王は、エリックに救いの手を差し伸べることなく第二王子に愛情を注いだ。
その結果、傲慢で女好きに育った第二王子は数々の問題を起こし、現在は隣国の学園に通っているが、勉強も碌にせずに遊び呆けていると聞き及んでいる。
エリックが成人を迎え、立太子の話が持ち上がり始めた頃、我が子を王に据えたい王妃は遂にエリックを亡き者にしようと動いた。刺客を放ち、事故に見せかけて殺そうとしたのだ。それを救い出したのがチルである。
チルはエリックの事情を聞き、認識阻害効果のある丸眼鏡を与えた。エリックが生きていると分かれば、きっとまた命を狙われる。城に戻り、いつの日かその実権を握る日が来るまで、国の内情を調べ、不正を暴き、危険人物を探り続けてきた。
「離宮で好き勝手に散財している王妃も追放。馬鹿で女狂いの第二王子は廃嫡。そのまま隣国で平民として生きていかせる」
「なっ……くっ、たかが小僧の戯言に従う義理はない!」
指折り今後のことを淡々と述べていくチルに、ザギルモンド国王が尚も食ってかかる。大概怖いもの知らずだと呆れずにいられないエリックである。
「はあ。ほんと馬鹿だよね。僕は世界に認められた大賢者。僕が審判を下したことに誰も文句は言えない。今この時を持ってあんたは退位してエリックが即位する。これは決定事項だ」
チルは空中にサラサラと一筆したためると、指を軽く振った。魔力により刻まれた文字は、目で追えない速さで消えていった。
「今各国に通達を出した。これでもう君は国王でもなんでもない。さあ、エリック、あとは煮るなり焼くなり好きにしなよ」
「ええ――衛兵、そこにいる罪人を捕らえよ。魔封じの壺を私利私欲のために割り、大賢者チル様を亡き者にしようとした罪は重い。余罪は追って追及する。ここに名を上げている大臣も不正を働いていた証拠がある。逃げられる前に捕らえておくように」
「は、ははっ!」
「ぐ、離せ! 離さんか! 私は国王だぞ!」
未だ戸惑う衛兵たちであるが、彼らはエリックの命を受けてザギルモンド国王を拘束した。
「く、くそ! 小僧……いつまでも大きな顔をしていられると思うなよ!」
ザギルモンド国王は尚も負け惜しみを叫びながら王座の間から強制的に連れ出されていった。
「……本当に、あなたはとんでもない人だ」
「そう? ま、あの男が国の予算を横領したり、不当な税率で民を貧窮させたりしていたことは君の報告から知っていたしね。捕まえるいいきっかけになったよ」
そう言ってカラリとチルは笑った。
「さて、前王の退位と新王の即位の表明、腐敗した政治の刷新、人事体制の見直しに色々とやることがあって大変だと思うけど、何か困ったことがあったらいつでも頼ってよ。君のためならすぐに駆けつけるさ」
「それは何よりも心強いです」
チルの言う通り、この国を立て直すことは簡単ではないだろう。けれど、チルに救われた命を国民のために費やしたいとエリックは心から思っている。
「じゃあ、僕はレオンと家に帰るね」
そして、なんともなかったように、チルはレオンを抱いて転移魔法で消えていった。
エリックは目の前で繰り広げられる非日常的な光景に唖然としていた。
厄災がレオンを連れ去ってきて、もしや大賢者チルでさえ厄災には敵わなかったのかと絶望しかけていた。
そんな中、唯一の光として現れたのは、やはりチルその人であった。
かつて、義母である現王妃に命を狙われたあの日、エリックは死を覚悟した。
そんな時、野党に扮した暗殺者を瞬く間に地面に沈めて救ってくれたのがチルだった。それから数日、チルと森で過ごした穏やかな日々は、生きることを諦めかけたエリックに希望を与えてくれた。
命の恩人であり、尊敬する師であるチルは、やはり常人ではなかった。
『僕は各界の神様の弟子だからね。まったく、彼らは過保護すぎて困るんだよ。僕に何かあればきっとただじゃおかないだろうね』
そう言って笑ったチルの言葉を冗談半分で聞いていたエリックであるが、その言葉が冗談ではなかったのだと、今になってようやく実感することができた。
五色の光を携えながら宙に漂うように浮かぶチルは、神々しくて思わず跪いてしまいそうな衝動に駆られる。
そして奇妙なことに、チルの口から紡がれる言葉や声音が次々入れ替わり、まるでそこに何人もの人物がいるように錯覚する。話し方が変わる時、チルの瞳の色も変化している。赤や青、桃色に翠緑色、瞳の色が変わる度に人格が入れ替わっているようだ。
規格外な威力の魔法を次々に放ち、かつて人間界を滅びに向かわせた厄災がなす術もなく痛めつけられている。
やがて、チルの一方的な猛攻により、厄災はあっさりと消滅してしまった。
「ふう……」
厄災の消滅を確認したチルは、息を吐きながら静かに地に足をつけた。
そして真っ直ぐにレオンを支えるエリックの元へと向かってくる。
「ありがとう。レオンを見ていてくれて」
「あ、いえ……こちらこそ、厄災を滅ぼしてくださりありがとうございます」
「一度遅れを取ってしまったからね。被害が広がる前になんとかしたくてさ」
そう言いながら、チルは優しい眼差しでレオンの頭を撫でている。
「うふふ、この子がチルのお気に入りの猫耳族ちゃんね。あら、治癒魔法の適性があるのね。ふふっ、特別に女神様の加護を与えちゃおうかしら」
「はっ⁉︎ ちょおっ!」
急にチルの瞳が桃色に煌めき、頬に手を当てて妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、チルはレオンの頬にそっと唇を寄せた。
すぐに我に返ったようにチルが頬を真っ赤にして仰け反り、「おい! ヴィーナ! 勝手なことをするな!」と激怒している。
その様子がおかしくて、フッと緊張が解けたようにエリックは笑みを漏らしていた。
「もう、エリックも笑わないでよ」
「すみません。チル様は本当に神様のお弟子様だったのですね」
「ええっ、もしかして信じてなかったの?」
「だって、あまりにも飛び抜けすぎているではありませんか」
「そうかなあ……」
唇を尖らせながら頭を掻く姿は十五歳の少年なのに、彼はどれほどの経験と研鑽を積んできたのだろう。
「ああ、そうだ。今回の騒動の顛末を決めなくっちゃ。というわけで、みんなありがとうね」
「はあっ⁉︎ まさか、もう繋がりを切るつもりなのか⁉︎」
「ちょ、ちょちょ、待ってよ!」
「勝負がまだだぞ! 勝負が! む? チルの身体に入っていたら勝負ができんな」
「嫌じゃ嫌じゃ! もう少し、のう?」
「そうですよ! せっかくこうしてチルに頼ってもらったのですから……」
目まぐるしいほどに瞳の色が入れ替わり、まるで虹色のように眩く煌めいている。
「もう、キリがないだろ? どうせまた夜に話せるんだから。じゃあね。『神下ろし――封緘』」
チルが指輪の嵌められた左手をギュッと握り締めると、チルを包み込んでいた五色の光もシュウウと指輪に収束していく。それと共に城を包み込んでいた結界も光の粒子となって大気中に溶けていった。
「ふう、今夜も眠れそうにないな」
ため息を吐いたチルは、玉座の陰で小さく身を縮めていたザギルモンド国王に視線を投げた。
「さて、己が傲慢のために世界を滅ぼしかけた落とし前、どうつけてもらおうか……とりあえず、君は今この時を持って退位ね」
「んんっ⁉︎ んー! んー!」
「ああ、そっか。喋れなくしてたんだった」
目が血走っているザギルモンド国王の発言を封じていた魔法を解消する。途端にギャンギャン喚き始めた。
「ま、待て! ただ少し貴様を懲らしめてやろうと思うただけだ! は、ははっ、世界を滅ぼそうなどとそんなことは微塵も――」
「あのね、そういうところが考えなしで軽薄なんだよ。厄災を支配下においたとでも思っていた? もし僕たちが負けていたら、次に喰われていたのは君たちだったよ」
「そ、そんなことはない! 完璧にコントロールしておったし、現に私の命令通り猫耳族の小娘を攫ってき――ヒィィッ!」
「……へえ、やっぱり君がレオンを。今ここで殺してあげようか?」
ザギルモンド国王がうっかり溢した内容に、チルの殺気がぶわりと溢れる。直に殺気を浴びて、ザギルモンド国王の顔から血の気が引き、ガチガチと震えながら歯を鳴らしている。
「ひっ、あ……その……ぐうう」
忙しなく眼球を動かし、滝のように流れる冷や汗を拭っている。
「とにかく、こんなやつが上に立つ国が不憫でならないよ。今すぐ王の座を降りるんだ。――そして、次期国王には、ここにいるエリックを推薦する」
「なっ⁉︎」
いきなり飛び出した名前に、激しく動揺するのは当人のエリックである。
「な、なな、なにを言うておる! 王族は世襲制。たかが文官ごときが王位につけるなどと――」
「王族ならいいんでしょう? なら大丈夫。エリックは正真正銘あんたの子だから」
チルは素早くエリックの鼻先までずり落ちていた丸眼鏡を外してしまった。その場にいた者たちはみんな目が覚めたように目を瞬き、エリックの姿を確認するとギョッと目を剥いた。
「あ、あなたは……エリック王子? いや、まさか……」
エリックの出自を知る城の兵士たちの間にざわめきが広がっていく。
「な、なな……まさか、お前は死んだはず……!」
パクパクと口を動かしながらザギルモンド国王が震える指でエリックを指差す。
エリックは観念したように髪をかきあげると、青ざめすぎて真っ白になっている父王を横目に見ながらチルにお辞儀をした。
「まったく、あなたはいつも急なのですから……ですが、このエリック・ザギルモンド、あなたの命とあらば甘んじて拝命いたします」
「うん、いつかこうするつもりだったのが、少し早まっただけのことさ」
エリックは、病死した前王妃の一人息子である。
妻を亡くしたザギルモンド国王は、喪が明けてすぐに派手で顕示欲の強い後妻を娶った。エリックが五歳の時である。
すぐに二人の間には男子が生まれた。
エリックは、我が息子である第二王子を次期国王にと画策する現王妃に虐げられて地獄のような日々を過ごすようになった。王妃に頭が上がらない国王は、エリックに救いの手を差し伸べることなく第二王子に愛情を注いだ。
その結果、傲慢で女好きに育った第二王子は数々の問題を起こし、現在は隣国の学園に通っているが、勉強も碌にせずに遊び呆けていると聞き及んでいる。
エリックが成人を迎え、立太子の話が持ち上がり始めた頃、我が子を王に据えたい王妃は遂にエリックを亡き者にしようと動いた。刺客を放ち、事故に見せかけて殺そうとしたのだ。それを救い出したのがチルである。
チルはエリックの事情を聞き、認識阻害効果のある丸眼鏡を与えた。エリックが生きていると分かれば、きっとまた命を狙われる。城に戻り、いつの日かその実権を握る日が来るまで、国の内情を調べ、不正を暴き、危険人物を探り続けてきた。
「離宮で好き勝手に散財している王妃も追放。馬鹿で女狂いの第二王子は廃嫡。そのまま隣国で平民として生きていかせる」
「なっ……くっ、たかが小僧の戯言に従う義理はない!」
指折り今後のことを淡々と述べていくチルに、ザギルモンド国王が尚も食ってかかる。大概怖いもの知らずだと呆れずにいられないエリックである。
「はあ。ほんと馬鹿だよね。僕は世界に認められた大賢者。僕が審判を下したことに誰も文句は言えない。今この時を持ってあんたは退位してエリックが即位する。これは決定事項だ」
チルは空中にサラサラと一筆したためると、指を軽く振った。魔力により刻まれた文字は、目で追えない速さで消えていった。
「今各国に通達を出した。これでもう君は国王でもなんでもない。さあ、エリック、あとは煮るなり焼くなり好きにしなよ」
「ええ――衛兵、そこにいる罪人を捕らえよ。魔封じの壺を私利私欲のために割り、大賢者チル様を亡き者にしようとした罪は重い。余罪は追って追及する。ここに名を上げている大臣も不正を働いていた証拠がある。逃げられる前に捕らえておくように」
「は、ははっ!」
「ぐ、離せ! 離さんか! 私は国王だぞ!」
未だ戸惑う衛兵たちであるが、彼らはエリックの命を受けてザギルモンド国王を拘束した。
「く、くそ! 小僧……いつまでも大きな顔をしていられると思うなよ!」
ザギルモンド国王は尚も負け惜しみを叫びながら王座の間から強制的に連れ出されていった。
「……本当に、あなたはとんでもない人だ」
「そう? ま、あの男が国の予算を横領したり、不当な税率で民を貧窮させたりしていたことは君の報告から知っていたしね。捕まえるいいきっかけになったよ」
そう言ってカラリとチルは笑った。
「さて、前王の退位と新王の即位の表明、腐敗した政治の刷新、人事体制の見直しに色々とやることがあって大変だと思うけど、何か困ったことがあったらいつでも頼ってよ。君のためならすぐに駆けつけるさ」
「それは何よりも心強いです」
チルの言う通り、この国を立て直すことは簡単ではないだろう。けれど、チルに救われた命を国民のために費やしたいとエリックは心から思っている。
「じゃあ、僕はレオンと家に帰るね」
そして、なんともなかったように、チルはレオンを抱いて転移魔法で消えていった。
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