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第八話 チルと古の厄災 2
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「さて、厄災とやらはうまくやっておるのだろうか」
ザギルモンド王国の王座の間にて、顎をタプタプ揺らしながら、ザギルモンド国王が歪んだ笑みを浮かべていた。
王座の間の真ん中には、砕け散った魔封じの壺の欠片が未だ片付けられることなく飛び散っている。
文官のエリックは青い顔をしながら壁際に控え、ただ祈りを捧げていた。チルであれば、厄災をも容易に封じることができるだろう、そう思いながら。
けれども、その淡い期待は最悪の形で裏切られてしまった。
「おおっ!」
ザギルモンド国王の歓喜の声に顔を上げると、壺の欠片を飲み込むように真っ黒な影が床に広がった。途端に周囲が暗くなり、グッと気温が下がる。ガチガチと歯を鳴らしながら固唾を飲んで見守っていると、迫り上がった異形の中から、どぷん、と何かが吐き出されてベシャっと床に倒れ込んだ。
「あれは……!」
闇に包まれているのは、確かにチルが連れていた猫耳族の少女であった。
まさか、チルはもう――?
ドッドッとエリックの心臓が嫌な音を立てている。
厄災に触れると、生命を吸われ糧とされてしまう。そう文献で読んでいたエリックは、レオンの生命も尽きてしまったと絶望した。
けれど、よく見るとレオンは気を失っているようだが、うっすらと白い光に包まれていて、胸が上下している様子からまだ息があるように見えた。
「おおっ! よくやった! フハハ、これで小娘を助けにきたあの小童の絶望する様子を目の前で見ることができる!」
ガハハ! と耳障りな笑い声をあげるザギルモンド国王に嫌悪感が募り、吐きそうになる。
「あの小童を手中に収めようと思っていたが、この力があればあんな小僧恐るるに足らん。やはり口答えするような生意気な手駒はいらぬ、か。この場で惨殺してしまおう」
ザギルモンド国王は、かつて世界を滅亡に向かわせた厄災を手中に収めたと勘違いして、有頂天になっている。
今はただ、『賢者への復讐』という利害が一致しているだけで、その積年の恨みが晴らされた時、厄災が再び世界に解き放たれるであろうと考えもしていない。
恐らく、レオンとチルを亡き者にしたら、次はこの場にいる者たちが厄災に飲み込まれるだろう。
どちらにせよ、チルが倒せない時点で人類の滅亡は決定事項なのだが――
ああ、あなたにも無理なのでしょうか。あるいは、レオンを包む光に希望を見出してもよろしいのでしょうか。
エリックが血が滲むほど拳を握り締め、諦めかけていたその時、闇を打ち消すような光が弾けた。
◇◇◇
「やあ、やっぱり君だったんだね。忠告を無視してよくもレオンを攫ってくれたな」
転移魔法によってレオンの元へと転移した僕は、宙に浮いたままザギルモンド国王を見下ろした。
眼下にはどろりどろりと厄災がうねりを上げ、その麓にはうつ伏せで倒れるレオンの姿があった。
どうやら日頃からレオンに施していた光魔法が効果を発揮したらしい。レオンは生命を吸われることなく、まだ生きている。
まずはそのことにホッと息を吐く。
「は、ははは! 最強賢者と言われるお前が、あっさりと小娘を攫われたのだ。強大な力を前に手も足も出ない気持ちはどうだ? 床にひれ伏し乞うならば、命だけは救ってやらんこともないぞ? ん?」
「うるさい。耳障りだし空気が穢れるから口を開くな」
「んっ、んんん⁉︎」
僕は魔法でザギルモンド国王の口を封じると、レオンを囲むように影を広げる厄災の前に降り立った。
「認めるよ。僕だけの力じゃ、君を倒すことはできないと」
『グハハ、ナラバ我ガ、血肉トナルガイイ』
鼓膜を震わせるような不快な音を発しながら、厄災が愉快げに波打っている。
「何を勘違いしているの? 僕だけの力じゃ倒すことはできないとは言ったけど、君を倒せないとは言っていないんだよ」
『ハ?』
――本当は、この力に頼ることだけはしたくなかった。
だって、後から彼らがうるさそうだから。
でも今は、レオンを救わなくてはならない。
少なからず今の人間界に僕に叶うものはいないと驕っていた。その驕りがレオンを生命の危機に瀕しさせてしまった。
レオンを守ると言ったのに、その約束すら守ることができなかった。
だから僕は、贖罪しなければならない。この力を解放してでも――
「これを使うのは初めてだから、どうなるか分からない。死んでしまっても文句は言わないでよね」
僕はザギルモンド国王を流し見て、左手を高く掲げた。
僕の指に光るのは、五つの指輪。
各界の神様との繋がり。
僕はこの指輪を介して、神様たちと交信することができる。
――けれど、この指輪の真価は神様たちと会話できることではない。
「『解放――神下ろし』」
ザギルモンド王国の王座の間にて、顎をタプタプ揺らしながら、ザギルモンド国王が歪んだ笑みを浮かべていた。
王座の間の真ん中には、砕け散った魔封じの壺の欠片が未だ片付けられることなく飛び散っている。
文官のエリックは青い顔をしながら壁際に控え、ただ祈りを捧げていた。チルであれば、厄災をも容易に封じることができるだろう、そう思いながら。
けれども、その淡い期待は最悪の形で裏切られてしまった。
「おおっ!」
ザギルモンド国王の歓喜の声に顔を上げると、壺の欠片を飲み込むように真っ黒な影が床に広がった。途端に周囲が暗くなり、グッと気温が下がる。ガチガチと歯を鳴らしながら固唾を飲んで見守っていると、迫り上がった異形の中から、どぷん、と何かが吐き出されてベシャっと床に倒れ込んだ。
「あれは……!」
闇に包まれているのは、確かにチルが連れていた猫耳族の少女であった。
まさか、チルはもう――?
ドッドッとエリックの心臓が嫌な音を立てている。
厄災に触れると、生命を吸われ糧とされてしまう。そう文献で読んでいたエリックは、レオンの生命も尽きてしまったと絶望した。
けれど、よく見るとレオンは気を失っているようだが、うっすらと白い光に包まれていて、胸が上下している様子からまだ息があるように見えた。
「おおっ! よくやった! フハハ、これで小娘を助けにきたあの小童の絶望する様子を目の前で見ることができる!」
ガハハ! と耳障りな笑い声をあげるザギルモンド国王に嫌悪感が募り、吐きそうになる。
「あの小童を手中に収めようと思っていたが、この力があればあんな小僧恐るるに足らん。やはり口答えするような生意気な手駒はいらぬ、か。この場で惨殺してしまおう」
ザギルモンド国王は、かつて世界を滅亡に向かわせた厄災を手中に収めたと勘違いして、有頂天になっている。
今はただ、『賢者への復讐』という利害が一致しているだけで、その積年の恨みが晴らされた時、厄災が再び世界に解き放たれるであろうと考えもしていない。
恐らく、レオンとチルを亡き者にしたら、次はこの場にいる者たちが厄災に飲み込まれるだろう。
どちらにせよ、チルが倒せない時点で人類の滅亡は決定事項なのだが――
ああ、あなたにも無理なのでしょうか。あるいは、レオンを包む光に希望を見出してもよろしいのでしょうか。
エリックが血が滲むほど拳を握り締め、諦めかけていたその時、闇を打ち消すような光が弾けた。
◇◇◇
「やあ、やっぱり君だったんだね。忠告を無視してよくもレオンを攫ってくれたな」
転移魔法によってレオンの元へと転移した僕は、宙に浮いたままザギルモンド国王を見下ろした。
眼下にはどろりどろりと厄災がうねりを上げ、その麓にはうつ伏せで倒れるレオンの姿があった。
どうやら日頃からレオンに施していた光魔法が効果を発揮したらしい。レオンは生命を吸われることなく、まだ生きている。
まずはそのことにホッと息を吐く。
「は、ははは! 最強賢者と言われるお前が、あっさりと小娘を攫われたのだ。強大な力を前に手も足も出ない気持ちはどうだ? 床にひれ伏し乞うならば、命だけは救ってやらんこともないぞ? ん?」
「うるさい。耳障りだし空気が穢れるから口を開くな」
「んっ、んんん⁉︎」
僕は魔法でザギルモンド国王の口を封じると、レオンを囲むように影を広げる厄災の前に降り立った。
「認めるよ。僕だけの力じゃ、君を倒すことはできないと」
『グハハ、ナラバ我ガ、血肉トナルガイイ』
鼓膜を震わせるような不快な音を発しながら、厄災が愉快げに波打っている。
「何を勘違いしているの? 僕だけの力じゃ倒すことはできないとは言ったけど、君を倒せないとは言っていないんだよ」
『ハ?』
――本当は、この力に頼ることだけはしたくなかった。
だって、後から彼らがうるさそうだから。
でも今は、レオンを救わなくてはならない。
少なからず今の人間界に僕に叶うものはいないと驕っていた。その驕りがレオンを生命の危機に瀕しさせてしまった。
レオンを守ると言ったのに、その約束すら守ることができなかった。
だから僕は、贖罪しなければならない。この力を解放してでも――
「これを使うのは初めてだから、どうなるか分からない。死んでしまっても文句は言わないでよね」
僕はザギルモンド国王を流し見て、左手を高く掲げた。
僕の指に光るのは、五つの指輪。
各界の神様との繋がり。
僕はこの指輪を介して、神様たちと交信することができる。
――けれど、この指輪の真価は神様たちと会話できることではない。
「『解放――神下ろし』」
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