15 / 25
第七話 チルと海と魔物 3
しおりを挟む
「にゃあああ……!」
「ほら、あんまり近付くと濡れちゃうよ」
「ぴっ!」
「言わんこっちゃない」
茜色の空が海と同化する夕暮れ時、僕とレオンはクラーケンがいた無人島の砂浜にいた。
『あの島はザギルモンド王国の領地だよね?』
『え、ええ。我が国の領海に位置しておりますので』
『よし、じゃあ報酬として、丸一日あの島で遊んでもいいかな?』
僕の申し出に戸惑いつつも快諾してくれたエリックに感謝だ。
寄せては返す波間を駆けるレオンは無邪気な子供そのもの。屈託のない笑顔で浜辺を駆け回っていて、時折跳ねる水飛沫が夕日を反射して煌めいている。
レオンの橙色の髪が夕日に溶け込み、輪郭を金色に輝かせていてなんとも神秘的な光景だ。
「レオン! そろそろ夕飯の支度をしようか」
「ん! 魚! 魚!」
木陰からレオンに声をかけると、ピュンッと僕の元へと駆け戻ってきた。
我が家の外にあるテーブルと椅子、そして天幕を召喚し、木の枝を拾って作った焚き火の周りに串に刺した魚を並べていく。
「あまり火に近づけすぎると焦げてしまうから、少し離してじっくり火を通すんだ」
「ん」
焚き火の上には網をぶら下げる。浅い鉄鍋を置いてたっぷりの油でニンニクを炒め、香りが立ってきたところで魚を丸ごと一匹放り込む。程よく焼き色がついたら野菜と貝、調味料を加えて一煮立ちさせる。貝がパックリ開いて魚にしっかり火が通った頃には焼き魚もいい感じに仕上がっていた。
「熱いから気をつけて」
「ありがとう」
出来上がった料理を木皿によそって、焼き魚と共にレオンに差し出すと、レオンは目をキラキラ輝かせて必死で匂いを嗅いでいた。
「ふはっ、たっぷりあるからゆっくりお食べ」
「えへへ」
僕たちは優しい波の音を聴きながら、焼き魚に齧り付いた。沈みゆく夕日が僕たちの影を長くして、夜の訪れを告げていた。
その晩、天幕の下に葉っぱを敷き詰めて簡易的な寝床を作ると、はしゃぎ疲れたレオンは早々に丸くなって寝息を立て始めた。
僕はレオンの柔らかな髪を撫でながら、彼女の隣に横たわった。
目を閉じると、案の定アトラスの大音声が脳を揺らした。
『チルよ! 急にクラーケンを転送してくるとは、面白いことをする!』
「事後報告でごめんよ。始末するのも可哀想だし、アトラスのところだったら退屈せずに暮らせるだろう?」
『ああ! 早速手合わせしたが、なかなかにタフな奴だ。海底界を気に入ったようで、早々に手頃な岩場を見つけて潜り込んで行ったぞ』
「そうか。それはよかった」
アトラスはやかましいけれど面倒見がいいので、予想通りクラーケンを仲間として受け入れてくれたようだ。
『それでよお。チル、急に随分昔に封じられたクラーケンが現れるなんざ、どうもおかしいよな』
「うん。リヴァルドの言う通り、僕も気になってクラーケンをよく調べたよ。そしたら、魔封じの壺に封じられていたことが分かった」
『ほう、魔封じの壺か。あれは中からは決して破れん強固な封印じゃ。クラーケンが解き放たれたというならば、誰かが意図的に壺を割ったとしか考えられんのう』
リヴァルドやキララも僕と同じ疑問を抱いているようだ。やはり人為的なものなのだろう。
『やだあ。チルの周りに悪意ある人間がいるってこと? 見つけてくれさえすれば天罰を下すのにい』
『そうです。太古のクラーケンなどを海に解き放つなんて愚の骨頂です。力を失い衰弱していたから功を奏したものの、人間に被害が出るだけでなく、現代の生態系が大いに崩れてしまうでしょう』
ヴィーナとリーフィンも警戒心を強めている。
「ああ、僕もみんなと同じ意見だよ。ま、首謀者についてはおおよそ予想がついているから、明日の夜にでも訪ねるつもりさ」
『ふ、ほどほどにな』
「リヴァルドには言われたくないね。ま、万一の時は――いや、なんでもない」
途中で口をつぐめば、『なになになに?』と神様たちからの質問ラッシュが止まらない。
ある程度のことなら、僕一人でもサクッと解決ができる。けれど、大きな災いが起きて僕の住む世界が危機に陥ったら――僕には頼りになりすぎる師匠たちがいる。なんてことを口にしようものなら、数日間はお祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎになるに違いない。だから彼らを浮つかせる発言はできないのだ。
僕は一人含み笑いをしながら再び「なんでもないよ」と伝えた。
「ほら、あんまり近付くと濡れちゃうよ」
「ぴっ!」
「言わんこっちゃない」
茜色の空が海と同化する夕暮れ時、僕とレオンはクラーケンがいた無人島の砂浜にいた。
『あの島はザギルモンド王国の領地だよね?』
『え、ええ。我が国の領海に位置しておりますので』
『よし、じゃあ報酬として、丸一日あの島で遊んでもいいかな?』
僕の申し出に戸惑いつつも快諾してくれたエリックに感謝だ。
寄せては返す波間を駆けるレオンは無邪気な子供そのもの。屈託のない笑顔で浜辺を駆け回っていて、時折跳ねる水飛沫が夕日を反射して煌めいている。
レオンの橙色の髪が夕日に溶け込み、輪郭を金色に輝かせていてなんとも神秘的な光景だ。
「レオン! そろそろ夕飯の支度をしようか」
「ん! 魚! 魚!」
木陰からレオンに声をかけると、ピュンッと僕の元へと駆け戻ってきた。
我が家の外にあるテーブルと椅子、そして天幕を召喚し、木の枝を拾って作った焚き火の周りに串に刺した魚を並べていく。
「あまり火に近づけすぎると焦げてしまうから、少し離してじっくり火を通すんだ」
「ん」
焚き火の上には網をぶら下げる。浅い鉄鍋を置いてたっぷりの油でニンニクを炒め、香りが立ってきたところで魚を丸ごと一匹放り込む。程よく焼き色がついたら野菜と貝、調味料を加えて一煮立ちさせる。貝がパックリ開いて魚にしっかり火が通った頃には焼き魚もいい感じに仕上がっていた。
「熱いから気をつけて」
「ありがとう」
出来上がった料理を木皿によそって、焼き魚と共にレオンに差し出すと、レオンは目をキラキラ輝かせて必死で匂いを嗅いでいた。
「ふはっ、たっぷりあるからゆっくりお食べ」
「えへへ」
僕たちは優しい波の音を聴きながら、焼き魚に齧り付いた。沈みゆく夕日が僕たちの影を長くして、夜の訪れを告げていた。
その晩、天幕の下に葉っぱを敷き詰めて簡易的な寝床を作ると、はしゃぎ疲れたレオンは早々に丸くなって寝息を立て始めた。
僕はレオンの柔らかな髪を撫でながら、彼女の隣に横たわった。
目を閉じると、案の定アトラスの大音声が脳を揺らした。
『チルよ! 急にクラーケンを転送してくるとは、面白いことをする!』
「事後報告でごめんよ。始末するのも可哀想だし、アトラスのところだったら退屈せずに暮らせるだろう?」
『ああ! 早速手合わせしたが、なかなかにタフな奴だ。海底界を気に入ったようで、早々に手頃な岩場を見つけて潜り込んで行ったぞ』
「そうか。それはよかった」
アトラスはやかましいけれど面倒見がいいので、予想通りクラーケンを仲間として受け入れてくれたようだ。
『それでよお。チル、急に随分昔に封じられたクラーケンが現れるなんざ、どうもおかしいよな』
「うん。リヴァルドの言う通り、僕も気になってクラーケンをよく調べたよ。そしたら、魔封じの壺に封じられていたことが分かった」
『ほう、魔封じの壺か。あれは中からは決して破れん強固な封印じゃ。クラーケンが解き放たれたというならば、誰かが意図的に壺を割ったとしか考えられんのう』
リヴァルドやキララも僕と同じ疑問を抱いているようだ。やはり人為的なものなのだろう。
『やだあ。チルの周りに悪意ある人間がいるってこと? 見つけてくれさえすれば天罰を下すのにい』
『そうです。太古のクラーケンなどを海に解き放つなんて愚の骨頂です。力を失い衰弱していたから功を奏したものの、人間に被害が出るだけでなく、現代の生態系が大いに崩れてしまうでしょう』
ヴィーナとリーフィンも警戒心を強めている。
「ああ、僕もみんなと同じ意見だよ。ま、首謀者についてはおおよそ予想がついているから、明日の夜にでも訪ねるつもりさ」
『ふ、ほどほどにな』
「リヴァルドには言われたくないね。ま、万一の時は――いや、なんでもない」
途中で口をつぐめば、『なになになに?』と神様たちからの質問ラッシュが止まらない。
ある程度のことなら、僕一人でもサクッと解決ができる。けれど、大きな災いが起きて僕の住む世界が危機に陥ったら――僕には頼りになりすぎる師匠たちがいる。なんてことを口にしようものなら、数日間はお祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎになるに違いない。だから彼らを浮つかせる発言はできないのだ。
僕は一人含み笑いをしながら再び「なんでもないよ」と伝えた。
10
お気に入りに追加
210
あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?


荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる