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第五話 スタンピードは突然に 2
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一際大きなドラゴンの前に飛び出ると、ドラゴンは急停止して慌てて僕を抱えて脇へと退避した。
「ああ。久しぶりだな」
驚き目を見開くドラゴンの名は、ヴェルディ。魔王リヴァルドのお気に入りの一頭だ。
漆黒の艶やかな鱗は美しく、大きくて鋭い爪や牙は、通常のドラゴンよりも随分と立派だ。魔界にいた頃は、よく背に乗せてもらって散歩に行ったものだ。
でも――
「君は魔界にいたはずなのに、どうして……」
そう、ヴェルディは人間界にやってくることはなく、魔界でリヴァルドの遊び相手をしていることが常なのだ。そのヴェルディが人間界にやってきているなんて、よっぽどの理由があると思うのだけれど……
『いえ、その。リヴァルド様の命令でして――』
「はあ? リヴァルドの? どういうことだよ」
歯切れの悪いヴェルディを問い詰めると、ヴェルディは気まずそうに黒曜石のように真っ黒な瞳をキョドキョドと泳がせている。おかしい。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
ジトリと睨みつけると、ヴェルディは観念したように話し始めた。
『えーっと……チル殿が人間界で随分と物足りない思いをしているから、ちょっとひと暴れして来いと。ドラゴンに魔物、手の空いているものはチル殿の遊び相手になってこい、きっと喜ぶぞ、とおっしゃっておりました。なんでも、他の神々と随分盛り上がって決定されたことらしく……詳しくは存じ上げておりませぬが』
「……………………………………そう。神様たちが原因、なんだね」
『ひっ!』
僕の氷点下の笑みに、ヴェルディが萎縮する。うっかり冷気を漏らしてしまって、僕を大事に抱くヴェルディの腕がピキピキと凍っていく。
いけない。ヴェルディに罪はない。
火魔法ですぐに氷を溶かしてやると、寒さに弱いヴェルディはホッと息を吐いた。
そう、ヴェルディに罪はない。罰するべきは――
「ねえ、リヴァルドに伝えてくれる? 馬鹿なことを続けるなら――絶交だよって」
満面の笑みで伝えると、ヴェルディはピャッと飛び上がった。
『たっ、直ちに!』
ヴェルディはものすごい勢いで踵を返して空を駆け、彼の前に突如現れた空間の歪みに突っ込んでいった。魔界に繋がっているのだろう。
ヴェルディが消えて数分も立たずに、空を駆けるドラゴンや森を徘徊する魔物たちが慌てて回れ右をし始めた。次から次へと異空間へと飛び込み帰っていく様子を確認し、僕は世界中の魔物を押さえている状態異常魔法を解除した。きっと魔物たちは我先にと魔界に帰っていくだろう。
「さて、ヴェルディが言っていた『他の神々』ってのが気になる。きっとリヴァルドだけの企てじゃないだろうな。
海に面する国からも救援要請が来ていたということは、アトラスも一枚噛んでいそうだな。はあ、これを使うのは嫌だけど、仕方がないか」
僕は左手に嵌められた指輪を睨みつけ、ギュッと拳を握り込んだ。
「――『交信』」
五指に嵌められた指輪は、五つの世界の神々とそれぞれ繋がっている。
親指がリヴァルド。
人差し指がヴィーナ。
中指がアトラス。
薬指がキララ。
そして小指がリーフィン。
僕はその全ての指輪との繋がりを強め、各界の神々との交信を試みた。
『やーん! チルから交信してくれるだなんて! やだやだ、どうしたの?』
いち早く応えてくれたのは女神ヴィーナだった。
『ほう、その指輪を使って呼びかけてくるなど、初めてのことではないか』
『あら、嬉しいこともあるものですね』
キララとリーフィンも続けて応えてくれる。
さて、今一番話したい彼は――
『お、おいっ! チル! 絶交だなんて嘘だよな⁉︎』
「来たな、リヴァルド!」
魔物たちをけしかけた張本人の登場だ。
声音から随分焦っている様子が窺える。やっぱり『絶交』の言葉が随分と効いたようだな。
「なんてことしてくれたんだ」
『いや、そのー……チルが最近の魔物退治は手応えがなくてつまらないと言っただろう? だから配下の魔物たちに命令してスタンピードを起こしたんだ。ははは、ちょっとは楽しめた……だろう?』
「馬鹿言うな! 僕は戦闘狂じゃない。不要な戦いは避けたいし、自分と同等の好敵手を求めているわけじゃない。平和で穏やかな毎日が過ごせればそれでいい。それなのに、世界中の人々を危険に晒すようなことを! ましてや、神様が! このド阿呆!」
日頃の鬱憤をぶちまけるように喝をいれる僕に対して、魔王リヴァルドはタジタジだ。狼狽する様子が目に浮かぶ。
『う……いや、その……チルだったら人間に被害を出さずに収めるだろうと思ってだな……っていうか、アトラス! それにヴィーナ! お前ら狡いぞ! お前らも共犯だろうが!』
『お、おい! リヴァルド! 何もバラすことはないだろう!』
『そ、そうよ! 男らしくないわよ!』
『うるせえ! オレだけチルの好感度ダダ下がりじゃねえか! 連帯責任だ!』
珍しくアトラスが黙り込んでいると思ったら、案の定共犯だったな。
ギャイギャイと責任をなすりつけ合う神様たち。醜い。とても醜い争いだ。
「反省の色が見られないな。あんたたちには罰を与える」
『えっ』
『ヤダヤダ!』
『殺生な!』
盛大なため息をついた僕に縋り付く神様たち。実際には声しか届いていないんだけど。
「ダメだ。罰としてこの先一ヶ月、毎夜の交信を禁止する!」
『なにぃぃぃぃ!』
『いやぁぁぁぁ!』
『なんだとぉぉぉ!』
ビシッと宣言した僕に対し、膝から崩れ落ちる神様たち。実際には声しか届いていないんだけど。
『ほっ、わっちらは関係ないからのう。下手に関与せんでよかったのじゃ』
『ええ。傍観して正解でした』
「何言っているんだ? こいつらの暴走を止めなかったキララとリーフィンも同罪だぞ?」
『んなっ⁉︎』
『そ、そんなっ⁉︎』
当たり前だろう。スタンピードなんて危険な企て、なぜ傍観できるのか甚だ疑問だぞ⁉︎
「というわけで! 今日から一ヶ月! 話しかけてくることは禁止! 破った神様とは二度と口をきかん!」
五人の悲鳴で阿鼻叫喚とする中、僕は一方的に交信を切った。
本当に困った神様たちだ。
たった一人の弟子のために、世界を巻き込むスタンピードを起こすなんて。危険だ。思考が危険すぎる。
さて、一応被害状況の確認は入れておこう。
僕は依頼書に手を翳して『被害状況の確認と報告を』と指示を送った。これで連合ギルドに情報が集まってくるだろう。
「まったく。随分時間がかかってしまったじゃないか。レオンが待つ家に帰ろう」
きっと心配している。そう思ってふわりと地上に降りようとした時、ふっと頭に疑問がよぎった。
「……ん? 待てよ。あああああっ! 僕の馬鹿! なんで一ヶ月なんて言ったんだ。今後一切夜間に話しかけてくるなと言えば僕の安眠生活の幕開けだったのに……」
がくりと肩を落として帰宅した僕を、慌てたレオンが随分熱心に労ってくれた。うっ、優しさが身に染みる。これは当分立ち直れそうもない。
◇◇◇
「魔物たちが一斉に帰っていったですって?」
チルに緊急要請を出した国の一つ、ザギルモンド王国の一室で、ブロンドの髪を靡かせた気の強そうな女がお付きの侍女に食ってかかる。
「え、ええ。どうやら、先日国王陛下が砦の救援依頼を出した大賢者様が解決されたらしく……」
「大賢者……確か、チルって言ったかしら」
バサリと豪奢な扇を広げるのは――ロゼリア・ザギルモンド。ザギルモンド王国の第一王女である。
魔物に攻め入られた砦を大賢者チルがあっさり救い出した話は、ここ最近城中で話題になっている。
「はい。世界で唯一大賢者の称号を与えられた、歴代最強の賢者であるとのことです」
「へえ、そう。やっぱり随分と特別な存在なのね」
ロゼリアの美しいエメラルド色の瞳が煌めく。ロゼリアは父王のロスターに溺愛され、何不自由なく育ってきたため、なんでも欲しがりなんでも自分の言う通りに物事が進むと考えている気がある。そのことを痛いほど知っている侍女は、主人がまた良からぬことを企んでいるとゲンナリした表情を浮かべる。
「いいじゃない。わたくし、特別なものって大好きなのよ。どうしても手に入れないと気が済まないぐらいに、ね」
嫌な予感が的中した侍女は、あからさまに眉を顰めた。そのことに気づかないロゼリアは、バサバサと扇を仰ぎながらグッと仰け反った。
「報酬を払えば、なんでも依頼を受けてくれるのよね?」
「はい、確かそのはずです」
「ふうん、そう」
ロゼリアはパチンと扇を畳むと、サラサラと一筆したためた後、父であるロスターの元へと向かった。
「ああ。久しぶりだな」
驚き目を見開くドラゴンの名は、ヴェルディ。魔王リヴァルドのお気に入りの一頭だ。
漆黒の艶やかな鱗は美しく、大きくて鋭い爪や牙は、通常のドラゴンよりも随分と立派だ。魔界にいた頃は、よく背に乗せてもらって散歩に行ったものだ。
でも――
「君は魔界にいたはずなのに、どうして……」
そう、ヴェルディは人間界にやってくることはなく、魔界でリヴァルドの遊び相手をしていることが常なのだ。そのヴェルディが人間界にやってきているなんて、よっぽどの理由があると思うのだけれど……
『いえ、その。リヴァルド様の命令でして――』
「はあ? リヴァルドの? どういうことだよ」
歯切れの悪いヴェルディを問い詰めると、ヴェルディは気まずそうに黒曜石のように真っ黒な瞳をキョドキョドと泳がせている。おかしい。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
ジトリと睨みつけると、ヴェルディは観念したように話し始めた。
『えーっと……チル殿が人間界で随分と物足りない思いをしているから、ちょっとひと暴れして来いと。ドラゴンに魔物、手の空いているものはチル殿の遊び相手になってこい、きっと喜ぶぞ、とおっしゃっておりました。なんでも、他の神々と随分盛り上がって決定されたことらしく……詳しくは存じ上げておりませぬが』
「……………………………………そう。神様たちが原因、なんだね」
『ひっ!』
僕の氷点下の笑みに、ヴェルディが萎縮する。うっかり冷気を漏らしてしまって、僕を大事に抱くヴェルディの腕がピキピキと凍っていく。
いけない。ヴェルディに罪はない。
火魔法ですぐに氷を溶かしてやると、寒さに弱いヴェルディはホッと息を吐いた。
そう、ヴェルディに罪はない。罰するべきは――
「ねえ、リヴァルドに伝えてくれる? 馬鹿なことを続けるなら――絶交だよって」
満面の笑みで伝えると、ヴェルディはピャッと飛び上がった。
『たっ、直ちに!』
ヴェルディはものすごい勢いで踵を返して空を駆け、彼の前に突如現れた空間の歪みに突っ込んでいった。魔界に繋がっているのだろう。
ヴェルディが消えて数分も立たずに、空を駆けるドラゴンや森を徘徊する魔物たちが慌てて回れ右をし始めた。次から次へと異空間へと飛び込み帰っていく様子を確認し、僕は世界中の魔物を押さえている状態異常魔法を解除した。きっと魔物たちは我先にと魔界に帰っていくだろう。
「さて、ヴェルディが言っていた『他の神々』ってのが気になる。きっとリヴァルドだけの企てじゃないだろうな。
海に面する国からも救援要請が来ていたということは、アトラスも一枚噛んでいそうだな。はあ、これを使うのは嫌だけど、仕方がないか」
僕は左手に嵌められた指輪を睨みつけ、ギュッと拳を握り込んだ。
「――『交信』」
五指に嵌められた指輪は、五つの世界の神々とそれぞれ繋がっている。
親指がリヴァルド。
人差し指がヴィーナ。
中指がアトラス。
薬指がキララ。
そして小指がリーフィン。
僕はその全ての指輪との繋がりを強め、各界の神々との交信を試みた。
『やーん! チルから交信してくれるだなんて! やだやだ、どうしたの?』
いち早く応えてくれたのは女神ヴィーナだった。
『ほう、その指輪を使って呼びかけてくるなど、初めてのことではないか』
『あら、嬉しいこともあるものですね』
キララとリーフィンも続けて応えてくれる。
さて、今一番話したい彼は――
『お、おいっ! チル! 絶交だなんて嘘だよな⁉︎』
「来たな、リヴァルド!」
魔物たちをけしかけた張本人の登場だ。
声音から随分焦っている様子が窺える。やっぱり『絶交』の言葉が随分と効いたようだな。
「なんてことしてくれたんだ」
『いや、そのー……チルが最近の魔物退治は手応えがなくてつまらないと言っただろう? だから配下の魔物たちに命令してスタンピードを起こしたんだ。ははは、ちょっとは楽しめた……だろう?』
「馬鹿言うな! 僕は戦闘狂じゃない。不要な戦いは避けたいし、自分と同等の好敵手を求めているわけじゃない。平和で穏やかな毎日が過ごせればそれでいい。それなのに、世界中の人々を危険に晒すようなことを! ましてや、神様が! このド阿呆!」
日頃の鬱憤をぶちまけるように喝をいれる僕に対して、魔王リヴァルドはタジタジだ。狼狽する様子が目に浮かぶ。
『う……いや、その……チルだったら人間に被害を出さずに収めるだろうと思ってだな……っていうか、アトラス! それにヴィーナ! お前ら狡いぞ! お前らも共犯だろうが!』
『お、おい! リヴァルド! 何もバラすことはないだろう!』
『そ、そうよ! 男らしくないわよ!』
『うるせえ! オレだけチルの好感度ダダ下がりじゃねえか! 連帯責任だ!』
珍しくアトラスが黙り込んでいると思ったら、案の定共犯だったな。
ギャイギャイと責任をなすりつけ合う神様たち。醜い。とても醜い争いだ。
「反省の色が見られないな。あんたたちには罰を与える」
『えっ』
『ヤダヤダ!』
『殺生な!』
盛大なため息をついた僕に縋り付く神様たち。実際には声しか届いていないんだけど。
「ダメだ。罰としてこの先一ヶ月、毎夜の交信を禁止する!」
『なにぃぃぃぃ!』
『いやぁぁぁぁ!』
『なんだとぉぉぉ!』
ビシッと宣言した僕に対し、膝から崩れ落ちる神様たち。実際には声しか届いていないんだけど。
『ほっ、わっちらは関係ないからのう。下手に関与せんでよかったのじゃ』
『ええ。傍観して正解でした』
「何言っているんだ? こいつらの暴走を止めなかったキララとリーフィンも同罪だぞ?」
『んなっ⁉︎』
『そ、そんなっ⁉︎』
当たり前だろう。スタンピードなんて危険な企て、なぜ傍観できるのか甚だ疑問だぞ⁉︎
「というわけで! 今日から一ヶ月! 話しかけてくることは禁止! 破った神様とは二度と口をきかん!」
五人の悲鳴で阿鼻叫喚とする中、僕は一方的に交信を切った。
本当に困った神様たちだ。
たった一人の弟子のために、世界を巻き込むスタンピードを起こすなんて。危険だ。思考が危険すぎる。
さて、一応被害状況の確認は入れておこう。
僕は依頼書に手を翳して『被害状況の確認と報告を』と指示を送った。これで連合ギルドに情報が集まってくるだろう。
「まったく。随分時間がかかってしまったじゃないか。レオンが待つ家に帰ろう」
きっと心配している。そう思ってふわりと地上に降りようとした時、ふっと頭に疑問がよぎった。
「……ん? 待てよ。あああああっ! 僕の馬鹿! なんで一ヶ月なんて言ったんだ。今後一切夜間に話しかけてくるなと言えば僕の安眠生活の幕開けだったのに……」
がくりと肩を落として帰宅した僕を、慌てたレオンが随分熱心に労ってくれた。うっ、優しさが身に染みる。これは当分立ち直れそうもない。
◇◇◇
「魔物たちが一斉に帰っていったですって?」
チルに緊急要請を出した国の一つ、ザギルモンド王国の一室で、ブロンドの髪を靡かせた気の強そうな女がお付きの侍女に食ってかかる。
「え、ええ。どうやら、先日国王陛下が砦の救援依頼を出した大賢者様が解決されたらしく……」
「大賢者……確か、チルって言ったかしら」
バサリと豪奢な扇を広げるのは――ロゼリア・ザギルモンド。ザギルモンド王国の第一王女である。
魔物に攻め入られた砦を大賢者チルがあっさり救い出した話は、ここ最近城中で話題になっている。
「はい。世界で唯一大賢者の称号を与えられた、歴代最強の賢者であるとのことです」
「へえ、そう。やっぱり随分と特別な存在なのね」
ロゼリアの美しいエメラルド色の瞳が煌めく。ロゼリアは父王のロスターに溺愛され、何不自由なく育ってきたため、なんでも欲しがりなんでも自分の言う通りに物事が進むと考えている気がある。そのことを痛いほど知っている侍女は、主人がまた良からぬことを企んでいるとゲンナリした表情を浮かべる。
「いいじゃない。わたくし、特別なものって大好きなのよ。どうしても手に入れないと気が済まないぐらいに、ね」
嫌な予感が的中した侍女は、あからさまに眉を顰めた。そのことに気づかないロゼリアは、バサバサと扇を仰ぎながらグッと仰け反った。
「報酬を払えば、なんでも依頼を受けてくれるのよね?」
「はい、確かそのはずです」
「ふうん、そう」
ロゼリアはパチンと扇を畳むと、サラサラと一筆したためた後、父であるロスターの元へと向かった。
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